「日が落ちた同人ショップの店内で、とても濃い黒のインクで描かれた鍵山雛の表紙が白い電気の光に映えていた」 募集企画より全文掲載!舩 弦五郎さんよりいただいた東方同人誌レビュー『ひなたち』/tog.(フレキシ -flexi-)
舩 弦五郎さんよりいただいたレビュー全文公開
6月に募集しました「東方同人誌レビュー募集」企画。本当にたくさんの反響をいただきました!編集部に届いたレビューの数は、なんと55件!ご投稿いただいた皆様、本当に有難うございました!
元々、いただいたものの中から1件を選出してご掲載させていただく予定でした。ですが「コレほどの量、1件だけ掲載するのは申し訳ない!この熱い想いに応えたい!」と、編集部内での想いが高まり、オススメいただいた東方アレンジの情報はすべて“レビュー文で特にアツいと思った一文を添えて”掲載をさせていただきます!
レビューまとめはこちら
東方同人誌へのアツい想いがここに!頂いた「東方同人誌レビュー」全部まとめました その①
さらに、中でもよりすぐりのレビューについては、全文掲載させていただく形にいたしました!
今回は、舩 弦五郎さんよりいただきました「『ひなたち』/tog.(フレキシ -flexi-)」のレビューを掲載いたします。ぜひ御覧ください!
※掲載にあたり、一部編集部のほうで東方我楽多叢誌編集レギュレーションにのっとった構成・編集を行っております。
日が落ちた同人ショップの店内で、とても濃い黒のインクで描かれた鍵山雛の表紙が白い電気の光に映えていた。『ひなたち』
私は『ひなたち』という作品には、例えば生まれて初めて買った同人誌であるとか、自分の人生が変わってしまったというような思い出は、残念ながら無い。しかし、今まで私が読んできたあらゆる二次創作物の記憶の中で、これほど深く私の中に根を下ろしている作品は滅多にない。私の中で、お気に入りの同人誌は、と聞けば真っ先にこの作品が挙がるだろう。
私はこれを、日が落ちて電気の明かりだけが眩しい同人ショップの店内で探り当てた。サークル名は『フレキシ -flexi-』。とても濃い黒のインクで描かれた鍵山雛の表紙が白い電気の光に映えていた。
『フレキシ -flexi-』もといその作者、「tog.」氏の描かれる作品は、ネット上にそれなりの数が公開されている。ニコニコに入り浸った経験のある東方ファン諸氏の中には、「ややの人」というタグに聞き覚えのある人もいるだろう。私も聞き覚えのある内の一人で、初めて氏の同人誌を見かけてからは、必ず集めるようにしている。
閑話休題。とても濃い黒、と書いたが、本当に黒いのだ。氏の同人誌のほとんどは表紙までモノクロなのだが、過去のもの、付け加えるならそれから後に出たものと比べても明らかに真っ黒である。
表紙の絵からも尋常でない印象を強く受ける。何か遺影のような印象さえ受ける黒枠の中心で、静かに微笑む雛がいる。雛はスカートを持ち上げ、閉じた腿の間からリボンが絡むように伸び、周囲に浮かぶ不気味な白い胎児の腹に繋がる。そしてリボンの掛かる内腿からは血らしき液体が垂れている。
およそ、尋常な内容の同人誌から受ける印象ではないものを受けるだろう。その感覚はおそらく正しい。
「妊娠してます」と、雛に永琳が告げるシーンから話が始まる。しかし、雛には心当たりは無い。そこで永琳は、精神的病理による肉体的な傷への転化、という観点から、流し切れなかった”厄”、すなわち社会の抱える精神的病理が胎内に蓄積されて起こったのではないかという仮説を立てる。
そして永琳は雛に対して一つ問う。
「産むの? 堕胎(おろ)すの? 決めるなら早い方がいいわよ」
雛は答えを出せず、保留のまま夏を迎え、酷く暑い日に一人、子を産んだ。
血を洗うため、赤子を新聞紙に包んで川に向かった雛は、「手に抱いてみても全く実感が湧かない」と思う。「まるで出来の悪い白昼夢だ」とも。
「できのわるいはくちゅうむ」「出来の悪い白痴産む……」
喧しい蝉の声の中、雛は手に抱いた赤子を川に叩きつけるように沈め、石を振りかざして赤子を文字通り「水に流した」。
このシーンはサンプルで公開されている部分でもあるため、ぜひとも見て欲しいのだが、私はこのシーンが非常に気に入っている。
気に入っているというと、何かしら誤解を招きそうだから断っておくが、私が気に入ったというのは、このワンシーン、二ページ分に込められた、または高められた異様な重苦しさというか、凄惨さというか、「暑さの所為」と言うしかなくなる突発的な狂気の物凄さが、出産という生々しい出来事の直後にくることで、ある種究極的な高まりを見せている、そのtog.氏の創作者としての技量とセンスとを気に入っているのである。だから私は快感の意味で「気に入っている」というのではなく、その絶妙な完成度に対して賞賛しているということを理解して欲しい。
話の雰囲気としては、ここからさらに下り坂に入る。雛の胎内にはまたも厄が溜まり、異形の子が産まれると、次の子を身篭る。このおぞましく恐ろしい現象に対し、雛はどう考え、どう対応するのか──というのが、『ひなたち』の概要である。
この作品の見どころとしては、全体的に沈鬱な、生々しい恐怖感(あとがき曰く、「グチャグチャドロドロした感じ」)とそれに対する結末、更にその過程を縁取る、氏の独特な絵によって描かれる迫力ある表情が見どころである。個人的に、tog.氏の描く表情には人物の感情をこちらに痛いほど強く訴えかける力があると思う。単にどの作品でも人物に激しい感情の揺れ動きがあるというだけかもしれないが。
さて、今までに語った通り、この作品はとても暗い雰囲気で進行していく。しかし最後には、救いがあるとまでは言わないまでも、一つの美しい結論と結末を迎える。
そのラストを、爽やかなものに感じるか、それともこれ以上なくおぞましいものに感じるかは、私一人の一言で断ずるにはあまりに難しい。しかしその複雑な読後感こそ、この作品の要諦なのだとも私は思う。
──あの娘はうつろ夢心地 最後にぬかしたその言葉 「今度はあたしがこの星を 産み落とすのよ」だと──
『ひなたち』冒頭、もといTHEE MICHIEL GUN ELEPHANT『裸の太陽』より引用。
余談ではあるが、サークル『フレキシ -flexi-』の多くの作品には、様々な引用や元ネタがある。映画や書籍、音楽に思想にSFに特撮に落語にと、広範なジャンルの引き出しが話作りの根幹を成している。『ひなたち』だけでなく他の作品も読めば、様々な方向への興味を持つことができるだろう。
【作品情報】
作品名:ひなたち
https://www.pixiv.net/artworks/72171349サークル名:フレキシ -flexi-
https://www.pixiv.net/users/192808作者:tog.
@flexible_B委託情報:
とらのあな
https://ecs.toranoana.jp/tora/ec/item/040030692616/