
「ただ作品をまとめただけじゃない!?『総集編』でしかできないギミックを備えた総集編」同人誌レビュー『ムガムビル9』/ゾウノセ
同人誌レビュー『ムガムビル9』

はじめに
今回「薬味さらい」さんの『ムガムビル』9巻のレビューを執筆させて頂く、人形使いです。
私はさまざまな東方二次創作作品の感想を、ブログ「A Day in The Life」で書いています。東方我楽多叢誌ではこれまでに、東方クロスオーバー小説同人誌「魔界の人」、東方二次創作ゲーム「ヨイヤミドリーマー」のレビューを執筆させていただきました。
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今回ご紹介する作品は「東方コミック系同人誌の総集編」となります。ぜひ楽しんでいただければ幸いです。
同人誌の総集編とは?
同人誌には、総集編という形で既刊をまとめたものがあります。活動歴が長く多作なサークルなら10巻近い数の総集編があることも珍しくありません。
同人誌は再販が難しいので、総集編は在庫切れの作品や合同誌に寄稿された小品などをまとめて読むことができる、とてもありがたいもの。
今回取り上げるサークル「薬味さらい」さんも歴史の長いサークルで、2024年10月時点で総集編は9巻まで出ています。
そんな薬味さらいさんの総集編には、他の総集編にはない大きな特徴があります。それは、総集編には必ず「収録作品の内容をまとめた新作の描き下ろし」がついていることです。
収録作品をまとめて新しい物語を作る描き下ろし
たしかに、既刊だけではなく巻末に新作の描き下ろしが総集編に収録されるケースが全くない訳ではありません。ですが、「ムガムビル9」の巻末に描き下ろされた新作には、「収録された作品の内容を統合して新たな物語を作り上げている」点は、特筆すべき特徴です。
今回取り上げる総集編に収録されているのは、登場キャラもストーリーも異なる5作品。しかし、描き下ろしでは収録作品の内容や起こった出来事、語られた設定や解釈などをひとつの作品にまとめ上げているのです。
しかも、ただ単にひとつひとつの要素を並べているだけではありません。それぞれの作品から取り上げたさまざまな要素を相互に関連させることで、あたかも収録作品の持つ要素が伏線だったかのように構成されています。そのため、薬味さらいさんの総集編では各収録作品はもちろんのこと、描き下ろしでこれらの作品がどのように新しい物語として紡ぎ直されるのかという独特な楽しみがあるのです。
作者であるゾウノセ氏によれば、総集編の収録作品は単品で描いている時点では総集編としてまとめることは一切考えていないのこと。つまり、描き下ろしは総集編を作る時点ではじめて収録作品からさまざまな要素を導き出して描かれているということになります。読んでいる方からすればとても信じられない話ですが、総集編としてはそこがとても大変でもあり面白いところでもあるそうです。
それでは次項からは、『ムガムビル9』収録の5作品を紹介したうえで、描き下ろし『EATER』の解説を行っていきましょう。
収録作品解説
『花椒娘』
薬味さらいさんの作品では一貫して、幻想郷の妖怪は明確に人間を食べているという設定・描写があり、紅魔館は食用の人肉が日常的に保管・加工されている場所です。そして、その食事事情を一手に引き受けているのが紅魔館で唯一の人間である咲夜。
本作では、そんな人間としてイレギュラーな存在である咲夜の食人に対する感覚の一端が、同僚かつ妖怪である美鈴へのアプローチとしてユーモラスに描かれています。
本作において紅魔館の住人のために日常的に人肉を供する立場である咲夜は、普通人とは大きくかけ離れた思考や精神性を持つ存在です。そして、彼女にとっては自身すらも「食材」であるという異常な思考が、花椒をふんだんに用いた料理を摂ることで「妖怪である美鈴に対してその食欲をそそる」というアプローチとして現れています。
食人はしばしば「食する相手と一体になりたい」という動機から行われますが、この咲夜から美鈴へのアプローチは、人間を食う妖怪に対しての実にストレートな「I Love You」だと言えるでしょう。
『さよならビースト』
妖怪であるルーミアと星を主役に据え、『花椒娘』とはまた異なった視点から「食人」という行為をテーマを描いた作品。
『花椒娘』での食人は「食事」「料理」としてだったのに対し、本作での食人は「狩り」です。そしてメインキャラであるルーミアと星は、それぞれ「現在も人間を襲って食っている妖怪」と「現在は毘沙門天の代理として肉食を禁じている妖怪」という対置構造になっています。
積極的ではないものの人を襲って食っているルーミアの姿に、かつては己も獣であったことを思い出す星。「妖怪は人を襲って食うモノ」であるなら、このまま人を食わないでいたら、本来の自分である妖怪には戻れなくなるのでは? また逆に、もし人を襲って食ってしまえば、自分は仏ではなくなるのでは?
そうして自分を見つめ直した星は、妖怪狩りに来た人間たちを返り討ちにします。しかしその行為は「妖怪としての狩り」ではなくなっていました。
本作では「人を襲って食うこと」を軸に、かつては虎という未知の獣に対する恐怖から生まれた妖怪であり、現在は毘沙門天の代理という仏としての立場を持つ星の抱える自己矛盾と葛藤を描いた作品だと言えるでしょう。
『スワコカエル』
「豊穣の神徳を持つ神様は誰が一番ご利益があるの?」という些細な疑問から開催された豊穣神たちの農耕合戦。秋姉妹、神奈子との豊穣神対決に敗れてしまった諏訪子は、そのまま大地の中に姿を消してしまいます。本作は、なんとか諏訪子を元の姿に戻そうと奮闘する早苗たちをコミカルかつシリアスに描いている作品。
タイトルの「カエル」には、「蛙」「還る」「孵る」「帰る」といったさまざまな意味が含まれているのは明白でしょう。
本作で印象的なのは、消えた諏訪子をもとに戻すための工程を非常にシステマティックに描いているという点。造形神である袿姫が土から御神体を作り、それを器として諏訪子の神気を集めて復活させるという手段は筋が通っており、だからこそその過程でのトラブルも物語のアクセントとして効果的に機能しています。
特に上手いと思ったのが大地に消えた諏訪子の痕跡をどんぐりとして描写している点。これから芽生える「命の種」であり、古代の人々が食していた「命の糧」でもあるどんぐりは、土着神たる洩矢の神を復活させるためのキーアイテムとして実にふさわしいと言えます。
薬味さらいさんの作品におけるキャラクターとアイテムの構成力の高さが光る一作です。
『刃傷!惨状!!いざ陳情!!!』
薬味さらいさんの作品で、しばしばある終始ギャグで笑わせてくれる一本。
本作では古くは辻斬りキャラとして、そして近年では『東方智霊奇伝』や『東方酔蝶華』といった公式コミックでの暴走っぷりで人気を博した妖夢をメインキャラに据えて、人間の里で起こった辻斬り事件のドタバタを描きます。
ギャグ優先の作品ではあるものの、辻斬り犯とは言え人間を斬ったことの罪悪感に悩む妖夢に対し、人間を食事として主に供する立場である咲夜や死者の魂を導く死神である小町をして「死者の供養とは死者ではなく生者が自身を慰めるためのもの」と言わせているのが、この作品の油断ならないところです。
『神神神』
タイトル通り、永琳、諏訪子、神奈子の三柱の神々、そして古代日本神話における因幡の白兎であるてゐを巡るお話。かつて八十神につけられた傷がぶり返して倒れたてゐを救おうとする永琳ですが、そこに諏訪子が立ちはだかります。
東方Projectにはさまざまな出自を持つキャラが登場しますが、日本神話をルーツとするキャラは原作では接点を持たなくともその元ネタには意外なつながりがあるもの。本作のメインキャラとなる3人とてゐは、決して無根拠に選ばれたキャラチョイスではなく、そうした日本神話に基づくつながりを根拠としているのです。
また、本作に登場する三柱の神々は決して万能の存在ではありません。作中の言葉を借りれば、人間と同じく、あるいはそれ以上に「慕い、妬み、絆され、猛る」存在として描かれているのが魅力的です。
『EATER(描き下ろし)』
本作では前述の5作品で起こった一連のできごとの後に発生した「因幡の白兎の神話に語られる怪物『和邇』の噂が人間の里で蔓延し、その畏れから和邇たちが実体を持って顕現、人間を襲い始める」という事件とその解決を描いています。
本作のストーリーは、前述の5作品の中で起こったさまざまな要素をまるでパズルのように組み合わせて構成されています。個々に独立しているはずの5作品の内容がひとつひとつ丁寧に組み上がって描き出されるまったく新しい物語こそが、薬味さらいさんの総集編でしか味わえない魅力なのです。
その魅力を知るために、5作品のどの部分が描き下ろしの中でどのようにはめ込まれているかを見ていきましょう。
事件解決に乗り出した神奈子たちは、「人を襲う捕食者」たる和邇たちをおびき寄せる囮として、「捕食者が狙う被食者としての人間」である咲夜を選びます。この捕食者・被食者という関係性は『花椒娘』で挙げられていた要素です。
和邇たちは、飢えを満たすためでなくただ食らうがために人を食らっています。その姿に、事件解決に乗り出したメンバーのひとりである星は、かつて獣であった自分自身の凶暴性を、仏となったことで失った自分の半身とも言える野生を思い出します。これは『さよならビースト』で示されていた要素でしょう。
人々を襲う和邇たちは、本体を倒さない限り無限に出現し続ける分霊です。この和邇たちの大群は、「スワコカエル」にて登場した大量の暴走する御神体と対応していると見ることができるでしょう。
和邇たちの討伐には妖夢も加わっています。冒頭で軍神である神奈子と同等の戦闘力を発揮し、和邇の群れを切り捨てていく妖夢。この戦闘力はただ単に強いと言うだけでなく「刃傷!惨状!!いざ陳情!!!」にて描かれた「己が斬った死者と向き合うための迷い」を振り切ったがゆえの迷いのなさから来るものであることが描写されています。
そして一連の事件の解決策の発端となるのが、「神神神」で調伏された八十神の成れの果てを和邇の群れにぶつけるという策なのです。
描き下ろし後半は解決編とも呼べるバトルパート。ここもただ単に大ボスを倒すというだけでなく、「事件解決のためのパズル」となっているのが素晴らしい点です。
和邇の群れという集団に対しては同じく集団である八十神をぶつける。
そして被食者であるはずの「人間」でありながら同時に人間を食料として供している「絶対の捕食者」である咲夜のもとに追い立てることで、和邇たちを捕食者から被食者へと逆転させその力を剥ぎ取る。
さらに星の仏としての力で依代にされていたルーミアを救い出し、妖夢の迷いなき太刀筋でとどめを刺す。
ただの力押しではないロジックを通した戦いであるこのラストバトルは、まるで推理小説のトリックの読み解きのようですらあると感じます。
本作では一連の事件の内容、そしてその解決策がうまく既刊5作品から抽出した要素で構成されていることがわかるでしょう。また、最後はみんなでバーベキューというオチが、実に薬味さらいさんらしいと言えます。
終わりに
前段で紹介したように、薬味さらいさんの総集編は収録されている作品はもとより、総集編だけの追加要素である描き下ろしが大きな魅力となっています。
そして特筆すべきなのがそのボリューム。総集編の描き下ろしはいわゆるおまけ的な数ページのものが多いですが、薬味さらいさんの総集編の描き下ろしは、単品作品と同等かそれ以上の大ボリュームとなっています。本作でも収録された5作品の内容を使いつつ、それ単品でも十分な読み応えのある作品となっているのです。
さらに、そうした描き下ろしはこれまでの総集編すべてにあるので、既刊をすでに読んでいても描き下ろしのために総集編を手に入れる意義は十分にあると言っていいでしょう。一度読んだ作品でも、再読すると味わいが変わってくることがあるもの。
総集編には、作品をまとめて読むことでそのサークルさんの歴史や傾向を知るという楽しみもあります。気に入ったサークルさんがあれば、作品単品だけでなく総集編の有無も確認してみると良いでしょう。
今回取り上げた薬味さらいさんの総集編は、一貫して「総集編の内容をまとめた描き下ろしを加える」というスタイルで総集編ならではの楽しみを提供してくれます。「総集編としてまとめることを前提としては描いていない」ということが信じられないくらいの完成度を誇るこの描き下ろしは、非常に優れた構成力のたまものであるとともに、同人誌という媒体の自由さを示す一例とも言えるでしょう。
作品情報
作者名:
ゾウノセ作品名:
ムガムビル9サークル名:
薬味さらい作者SNS
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新刊告知
作品名:
それをたべるなんてとんでもないイベント/スペース:
2025年2月8日(土)「東方合同祭事・拾壱」
マ-06,07「薬味さらい」
2/8の東方合同祭事で頒布する新刊の書店予約が始まりました!レイマリの味を予想する妖怪達の与太話的なお話です。グロも流血もないライトなギャグ漫画だよ!
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