東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第62回 蜘蛛】

「お相手仕る!!」

 短く叫んだ妖夢が前進していく。

 迷いのない疾駆だった。

 先ほどまでのおっかなびっくり感はどこへいったのだろうか。貨車の上を全力で駆け抜ける、すでに最高速近くにまで達している。ちょっと足を踏み外せばたちまち滑り落ちてしまうが、そんなことは考えてもいない動きだ。

「遅いですよ!」

 距離を詰めながら妖夢は叫んだ。

 飛んでくる銃弾の群れを最小限の見切りで避け、あるいは斬り払い、危険度の高いものだけを掲げた盾で受け止める。

 相手の持っている武器が、先ほどにとりが使ったような高威力のライフルM1ガーランドでなくて助かった。不安定な足場での取り回しが利くようにと短機関銃サブマシンガンを選んだのだろうが、これまで野外で相手にしてきたものよりも弾速はずっと遅く感じられる。

 だから、妖夢は迷わず前進を選ぶ。

 敵は確実にこれまで戦ってきた亡霊たちよりも精鋭だ。

 統率された動きで繰り出される、戦術で圧し潰してくる攻撃は本来個人で抗えるようなものではない。

 しかし、それとて完璧ではなかった。元々彼女たちは仮初の肉体を得て現世に舞い戻って来た亡霊だ。幻想郷に流れ着いた武器・兵器を余さず使わざるを得ない不完全さと、焦りのようなものがあるからこそ思わぬ綻びが生じる。

 先ほどにとりが仕掛けた策によって、それはより引き起こされやすくなっていた。

 たとえば、こうして堪えきれず突出して来た敵のように――。

「狩れる……!」

 進み出てきた二体を仕留めるべく、妖夢は大きく重心を移動させた。煤が堆積した屋根の上を、敢えて滑るように進んでいく。

 足裏はヤマメの支援によってよく効く滑り止めが施されているが、そこは絶妙な体勢の変化でブレーキとして調整すればいい。

 言葉にすれば誰にでも理屈はわかるが、実際にそれを実行できるかは度胸を含めてまったく別の問題となる。真におそろしいのはこれをすべて直感でやっていることだ。

 銃火の間を少女剣士は飛翔するように移動。いや、

「んなバカな」

 にとりの口から半ば呆然とした声が漏れた。

 列車が絶えず走っているのであれば、それを上回る速度で壁を走ることができれば置いてはいかれない。これも理屈上はわかる。だが、現実の光景として理解できなかった。

 亡霊たちから放たれる弾丸が壁を穿つが、予想外に過ぎる妖夢の動きに射線が乱れる。

 ここで彼女たちは射撃を諦め近接戦闘に移行するべきだった。しかし、互いに距離を詰めていたことで咄嗟の判断が下せない。

 好機と判断した妖夢が壁を蹴って強襲。構えた盾から突き出された楼観剣が串刺しにし、盾の下で用意していた白楼剣が亡霊を魂に戻す。まさしく一瞬の“狩り”だった。

「うわぁすっごいね妖夢は! でもさぁ、あの弾丸? ってさ、遅いとか速いとか目で見てわかるものなの?」

 妖夢ほど無鉄砲なことはできないため、徐々に距離を詰めながら後を追うヤマメが盾を持ったにとりに問いかけた。

「ん? バカなこと訊くなよ。普通は無理」

「ええ?」

「近付けばどんどん密度も上がるし、速度も鈍っていないからめちゃ危ない」

 にとりが思いっきり呆れ交じりで答えたように、自分目がけて飛来してくる弾丸を目視で回避しようだなどと、常人であれば考えない。

 ところが、良くも悪くもすっかりこの状況に慣れてしまった妖夢は、戦いに没入して感覚が麻痺している。後ろで見守っているヤマメたちのほうがハラハラするほどだ。

「じゃあ援護してあげないとダメじゃん!」

 ヤマメは本気で妖夢のことを心配していた。もし本人がこの会話を聞いていたら泣いて喜んでいたかもしれない。

「そうは言ってもなぁ……。見ての通り場所が狭いから、下手な援護すると妖夢に当たっちまうんだよ」

 答えたにとりは援護できないかとM1ガーランドを構えてみるが――だめだ、銃口が安定しない。自分に狙撃じみたことはできそうにないと早々に断念する。助けるつもりが後ろ弾になっては目も当てられない。

「わたしはいじるのが専門なんだよ」

 無力感からにとりは小さく下唇を嚙んだ。

 こんなことなら狙撃のセンスが開花しつつある小町を連れて来れば良かったと後悔したくなる。いや、でもそうしてしまうと下で陽動にあたる人数が足りなく――。

 後方でにとりたちが悩み、そして言い合っているうちにも状況は刻々と変化していく。

「……!」

 このまま散開していても有効打が与えられないと思ったのか、視界の先で亡霊たちが互いに密着しようと集まり始めた。

「ああ、やっぱりそう動きますか」

 次なる敵を見据えた妖夢は驚かず、むしろ気を引き締めた。

 自分が同じ立場でもそうするだろう。逸る者もいたが、彼女たちの動きは思った以上に果断だった。ここからは“土蜘蛛の盾”があろうと銃の威力も無視できないものになるはずだ。

(慣れるのはまだしも、油断していいものじゃない……!)

 極端な話、敵が操る銃は鉛のつぶてを超高速でぶん投げているようなものだ。鬼がそのへんの石を全力投球しても似たような破壊力は簡単に生み出せるだろう。誤解を恐れずに言えば、やっていることは単純なのだ。

 だから最善手としては、このように足場の悪い場所でまともに相手はせず、敵と同じく射撃で倒してしまうべきだった。

 距離を取れば取るほどに速度と威力は段々と失われていくが、妖夢はそれとは文字通り逆行――相手に近付いて行っている。

 はっきり言って無謀だった。それこれもすべては時間制限があるからだ。

 すぐ近くの大気を切り裂いて飛んで行く弾丸。反射的に心拍が跳ねそうになる。やはり勝機は一気に間合いを詰めて超至近距離の乱戦に持ち込むしかない。

 常人と比べて生死への執着は希薄ながらも、本能が警鐘を鳴らし怯みそうになる。それを抑え込んだ妖夢は、わずかに姿勢を低くして少しでも狙いをつけにくくしながら接近を試みる。

 壁を走っての奇襲も二度目が通じるとは思えないし、先ほどよりも敵はずっと多い。

 次なる糸口を探す中、亡霊たちの武器が妖夢の目に飛び込んでくる。前衛が持っている武器は見慣れたPPsh-41だが、後ろに控えている者たちのものは少し形が違うように見えた。

(地上で戦った亡霊たちの短機関銃サブマシンガンに似ているけど……)

 元来銃火器の知識どころか興味すら微塵もなかったはずの妖夢だが、自分が戦う相手が持っているとなればたちまち話は変わってくるらしい。

 今までに活躍してきた銃器と同じく、第2次世界大戦のドイツで作られた短機関銃サブマシンガンMP40マシーネンピストーレ・フィアーツィヒの銃口が妖夢を捉えた。

 かつて欧州にて戦いを繰り広げ、双方の兵士が鹵獲した敵軍の銃を好んだというPPSh-41とMP40が、再び肩を並べて戦う光景が再現されるとは運命の皮肉だろうか。

 本来、毎分500発の発射速度で放たれる9×19mmパラベラム弾はこのように狭い空間では無慈悲なまでの猛威を振るう――はずだった。

 しかし、妖夢には通用しない。

 亡霊兵団ファントムレギオンとの“開戦”から初速が倍のライフル弾を相手に戦ってきたのだ。速度にはとっくに適応している。

「もう! 喋ってても埒が明かない! あの火を吐いてるやつが武器でしょ? それなら!」

 ヤマメは意を決して前へ進み出て、両腕を掲げた。

妖夢が狙いを定めている敵を狙っても意味はない。下手をすれば邪魔になるだけだ。

 それよりも後方から彼女を狙う亡霊兵をどうにかするべきだろう。残念ながらヤマメは疫病を操る能力以外に即効性のある殺傷力は持ってはいない。

 だから考え方を変える。自分は何だ? ――そう、土蜘蛛だ。たとえ敵が攻めてこようと、幾重にも張り巡らせて獲物を絡め捕ってきた糸で武器を封じてしまえばいい!

 一方で、妖夢の進撃は止まっていた。

「そう簡単に隙を見せてはくれませんね……!」

 必殺の刃を届けるべく超至近距離に持ち込もうとしたため、妖夢もまた絶えず極限の回避行動を強いられる。喩えるならサイコロで常に1の目を出し続けるようなものだ。

 そして、おそらくそれは相手の技量によって容易く綻びを生じさせる。

 妖夢が攻めあぐねている理由はもうひとつあった。ヤマメの糸を以ってしても、まともに弾丸を受け止められるのはここが限界だと理解していたからだ。

 盾には頼れず、しかも足場は悪い。状況を打破するためには、捨て身に近い攻勢が必要となるだろう。その隙を待ち構えていた。

 そんな妖夢の逡巡を亡霊たちは見逃さなかった。近付けまいと銃火を伸ばす仲間たちの身体のわずかな隙間から、一体の亡霊がMP40の銃口を突き出してきた。

 遅れて妖夢も敵が奇襲を仕掛けようとしているのに気付くが多勢に無勢である。半霊があってもどうにもならないかに思えた。

「まず――」

 放たれた9mmパラベラム弾の群れは妖夢に届くことなく流れていくトンネルの中へ吸い込まれていった。

「危なかったぁー!」

 すぐ真後ろから発せられた声。振り返らなくともわかる。ヤマメのものだった。

 彼女から真っすぐ伸びたと思しき糸がMP40の銃身に貼り付き、明後日の方向へと強制的に動かされていた。

「た、助けに来てくれたんですか!?」

「当たり前じゃない、仲間だもの!」

 もしかして女神は存在したのか。感極まった妖夢は再び視界が歪みそうになる。ここまで身を挺して助けてくれる者がこれまでにいただろうか。いやいない。

「ムッ。そんなもんわたしにだってできるもんねー!」

 同じく距離を詰めてきたにとりが、なぜかヤマメに対して被せるように会話に入って来る。

 そんなにとりの不思議鞄から、またしてもなにかが射出された。

 先ほどの水風船よりも高速で射出されたそれは空気抵抗によって放射線状に拡散し、手近な亡霊たちを包み込むように絡め捕る。

 ――投網とあみだった。しかも地底で使用ときたからタチが悪い。完全な初見殺しだった。

「いや漁師じゃないんだから……。というか、やればできるんじゃないですか」

 理屈ばかりこねていないでなんでも試してみるべきなのだ。直感頼りの妖夢らしい意見だった。

「……ちょっとちょっと? もうちょっと感謝とか労いとかないの? なんだかわたしとヤマメで態度が違わない?」

 釈然としない様子のにとりは、M1ガーランドで亡霊たちへ威嚇射撃を続けながら不満の声を上げた。

 意図せずではあるが、初めてヤマメを名前で呼んでいたことにも気付いていない。

 ちょうどそんなタイミングで、「ピーン!」と澄んだ金属の音を響かせてM1ガーランドのクリップが飛んで弾切れを告げた。

「そうですか? 貢献度の差じゃないですかね」

 悪びれもしない妖夢は飛んできた弾丸を正確に見切り、楼観剣で逸らすように弾き飛ばした。やはり目が慣れてきている。

「これだよ! 薄情な半人半霊め!」

 感情を叩きつけるように次のクリップを固定弾倉に装填しながらにとりが毒づいた。

「そっか! 倒さなくても落としちゃえばいいんだ! じゃあ、こういう感じで糸を編んで――」

 何か思いついたのかヤマメが唐突に口を開いた。

 にとりの投網を真似て、すぐさま編み上げた蜘蛛網を投擲。同じ手は喰わんと払い除けようとする亡霊はそこで思わぬ“罠”に引っかかる。

 巧妙に混ぜ込まれた粘着質の糸が彼女たちの動きを絡め捕り、たちまちに身動きを取れなくした――どころかそのまま列車の上から叩き出す。

「さよーなら~」

 見えなくなった亡霊に向けてひらひらと手を振るヤマメ。まとめて2体を脱落させる、一石二鳥ならぬ一網二体の技である。即興でやったにしては十分過ぎるほどの戦果だった。

「こりゃまた見事な……」

 さすがのにとりも感嘆の声を上げていた。

「よーし、段々わかってきた! それならこれも!」

 味を占めたというわけではないだろうが、ここでの戦い方を理解したヤマメは再び蜘蛛網を投擲した。三度目の正直ではないが、身を低くして前進する亡霊たちはそれを回避。

 これこそがヤマメの狙いだった。

 貨車の屋根の上に広がった蜘蛛の巣――そう、亡霊たちは退路を封じられていた。

「まとめて吹き飛べ!!」

 そこでにとりが前進。今度は何が飛び出すかと思われた鞄から――巨大な拳が出現した。

「いや、だからそれどこに収まっていたんですか」

 あまりの非常識な光景に妖夢は突っ込まずにはいられなかった。

 スキマ妖怪の仕業ならわかる。しかし、彼女は河童のエンジニア。戦闘工兵ではないし、空間を捻じ曲げた収納袋を持ってもいないはず。

 もちろん喰らうほうはたまったものではない。突如として現れた巨大質量に吹き飛ばされ、精鋭たちが地下の闇の中へと消えていく。悲鳴も上げられないのが、なおのこと気の毒だった。

「っしゃー! 一網打尽!」

 両腕を真上に掲げてにとりは勝利を宣言した。無理を通して道理を引っ込めてしまった。

「なんですか、ふたりとも! 息もぴったりじゃないですか!」

 妖夢は手放しで褒め称える。

「でしょでしょ? 自分の意外な才能に気付いちゃったかも! 妖夢の援護も完璧だったし!」

 飛び跳ねんばかりに喜ぶヤマメ。蜘蛛だからだろうかバランス感覚は完璧だった。

「ムーッ!!」

 なぜか心底悔しそうなにとりの声が、地下空間に木霊していった。

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