東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第63回 怪力】

「にとり! 敵拠点までどのくらいかわかりますか!?」

 妖夢は楼観剣を霞に構え、残る敵を睥睨へいげいしたまま後方へ問いかけた。もちろん直前に発せられたにとりの不満の声は黙殺していた。

 順調に敵の数を減らせているのはいいとして、そもそも時間制限があることを忘れてはならない。敵は倒したが目的を果たせなかったでは本末転倒だ。

「わかるわけないよ! でももう屋根に登ってから10分は経過してる! そろそろまずいかも!」

 妖夢との距離を詰めながらにとりが叫んだ。彼女も策を考え出すのに必死ですっかり忘れていたようだ。

「えっ、そんなに経ってました!? あーホントにもー! イヤな具合に邪魔をしてくれますねぇ!」

 妖夢たち別動隊を釘付けにしてくれた亡霊特殊部隊の残りは2体。

 ヤマメやにとりの支援もあって瞬く間に数の優位を覆されてしまったものの、彼女たちに諦めて後退するという選択肢は存在しないようだ。たった2体が戻ろうと戦術的な意味はないに等しい。

 だが、彼女たちは亡霊だ。軍事的な考え方はそっくりそのまま当てはまらない。首魁オウスティナへの忠義心もあるだろうが、やはりどこまでいっても亡霊らしく執念に突き動かされているのだろう。

(ならばこちらもこちらのやり方で応えるまで!)

 屋根板を強く蹴った妖夢は近くにいた亡霊の下半身に肩から当たり、その反動を利用して上空へ舞い上がる。視線の先では体当たりを喰らって後方へ倒れ込んだ亡霊が、先ほどヤマメの仕掛けた蜘蛛の巣に引っかかって行動力を奪われていた。

 敵の無力化を見届けた妖夢は弧を描くように半回転、体勢を整え天井を全力で蹴る。

 狙うは最後の1体。にとりがM1ガーランドの射撃で牽制をしていてくれたおかげで真上は隙だらけだった。

「そういえば今更だけど――亡霊を転落させてきたっつったら、あとで小町がなんて言うかな」

 白刃が閃いた瞬間、そんなにとりの声が聞こえてきた。

「え、ダメだったの?」

「今更すぎますよ!! あと小町はもうちょっと働けばいいんです!」

 こんな状況でそんな配慮などできるはずもない。抗議の声を上げたが時すでに遅し。

 1体はすでにヤマメが張った巣ごと糸で絡め捕って宙を舞わせているし、残る1体は妖夢が白楼剣で斬って実体を魂にしてしまっていた。それぞれがそれぞれの理由で重力のくびきから解放され――走り続ける列車からあっという間に置いてけぼりになる。

「いやーなんだ、その……うん。予想はしてた」

 にとりは気まずそうにしつつ、開き直るように笑みを浮かべた。

「そういう大事なことは先に言っといてくださいよ!!!」

「だって霊体だぞ? 踏ん張りが利くわけないだろ」

 にとりは頬を膨らませて答えた。

 霊体に足がない――というのはいささか古典的解釈だが、実際はそれなりの格がないと生前の姿すら保てない。武器・兵器を依り代にして実体化していた亡霊が、いきなりふわりふわりと漂う霊魂に戻されてしまえばどうなるか。結果は見ての通りだ。

「まぁそうだよねぇ」

 ヤマメは仕方ないねと小さく肩を竦めた。

「とりあえず次どうするか指示をください!!」

 妖夢が叫んだ。ついつい忘れがちになるがあまり時間がないのだ。

「おっとそうだった。先頭の機関車を奪取しなきゃ!」

 妖夢たちは急いで残りの貨車の群れを渡っていく。

 下は相変わらず騒がしいようだが、逆に言えば騒がしい間はみんな無事というわけだ。

 そんなことを考えながら進んで行くと、先頭車両を目前に進行方向の先に何やら灯りらしきものの集まりが見えてくる。

「お、あれが連中の本拠地だな。こりゃ急がないと」

「じゃあ、あそこを制圧しますね!」

 もう盾は要らないと、にとりに手渡した妖夢は貨車の端から跳躍した。

 水タンク部分を一気に飛び越え、燃料にくべるため石炭の山に1度足を着きながら猛禽の眼で敵に狙いを定める。そして、次の跳躍で屋根に覆われた操縦室の隙間へ楼観剣の刃を滑り込ませた。

 ――手応えあり。

 すぐさま妖夢は前方確認用に設けられた窓からするりと内部へ侵入。

 敵の襲撃を受け、刃に縫い留められた亡霊が暴れ、手近にあった何かのレバーを倒したがそんなものに構っている暇はない。残る一体を先にして霊魂に還し、返す刀が最後の亡霊を仕留める。

「倒しましたよ」

 乗降用のドアを開けて呼びかけると、にとりとヤマメが後からやって来る。

「ご苦労さん。とりあえず、目的は達したかな? あれ?」

 にとりは違和感に気付き首を傾げた。車体の振動が強くなっている。つまり――

「なんか速度上がってない?」

 ヤマメが先に声を上げた。吹き寄せる風が先ほどよりも強くなっている。それに煙突から噴き上がる煤の量も大きく増えているような気がした。

「ここで速度上げるとかどういうつもりだ?」

 亡霊の狙いがわからずにとりは思案する。

「ちょっと待って。これって本当は人の手で操作して動かしたり止めたりするんだよね?」

「勝手に判断してくれるような高度な機能はついてないね」

 なに当たり前のことを訊いてくるんだ? と言わんばかりの顔でにとりはヤマメに胡乱な視線を向ける。そこで妖夢も怪訝に思ったのかふたりのところへ戻ってくる。

「じゃあ亡霊斬っちゃったし、わたしたちで止めないとまずいんじゃ!? どっかにぶつかったりしない!?」

 にわかに危機感を募らせたヤマメが訴える。勘の鋭さは相当なものらしい。

「……あっ」

「「あっ、じゃないでしょ!!」」

 妖夢とヤマメの声が重なった。

 にとりは時々こういうことをしでかしてくれるから困る。

 先ほど亡霊が斬られる直前に最期の足掻きで出力を全開にしていったのだろう。このままにしていては終着点に全速力で突っ込んでしまう。

「ど、どど、どうやって止めればいいんですか!? どこを斬れば!?」

 楼観剣の柄に手を伸ばした妖夢が左右に首を振りながら叫んだ。

「違うそうじゃない。おまえが一番落ち着け」

 根はビビリな妖夢が派手に取り乱してくれたおかげで、かえってにとりは冷静になれた。とはいえ自分たちだけでやれることは――

「おっしゃあー!! 待たせたねぇ!!」

 張りのある声と共に、貨車へ続く扉をぶち破って勇儀が現れた。

 ちゃんと扉の向こう側にいる仲間の気配を感じ取っていたのか、吹き飛んだ鉄板が上手いこと妖夢たちを避けて飛んで行く。

「んげっ……!」

 鬼の登場に、思わずにとりは石炭の山の上で後ずさりしそうになった。そんな場合ではないとわかっているのに苦手意識が先行してしまう。

「まーた引き戸をぶち抜いてるし……」

 正拳突きを繰り出したままの姿勢で様子を窺っている彼女の背後には、呆れた顔の小町が立っていた。

「今度はちゃんと鍵がかかっていたんだよォ!」

 容赦のない小町のツッコミに振り返った勇儀が珍しく狼狽えながら釈明をしていた。

 どうやら妖夢たちの知らないところで似たようなやり取りをしていたらしい。

「そちらは片付いたんですか?」

 ビビって半分使い物にならないにとりに代わって妖夢が問いかけた。

「ああ、連中の性質上仕留めるまではできないけど、行動不能にはしてきた。あとでゆっくり始末すればいいだろうさ。妖夢たちも今着いたところなのか?」

「ええ。さっきここを制圧したところです」

 屋根での戦闘とドタバタを思い出して妖夢は小さく溜め息を吐いた。

「じゃあ二手に分かれる必要もなかったな」

「いや、上でも襲撃を受けました。あれと狭い車内でやり合うのは厳しかったと思います」

 あの練度を相手に脱落させずに仕留めようと思ったら相当時間を食ったに違いない。

 勇儀と妖夢は力でゴリ押しできたかもしれないが、それに付き合う周りが危険に晒されたことだろう。

「なるほど、勘のいいやつがいたんだな」

「けど、妖夢がバシバシってやってくれたから大丈夫だったよ」

 ヤマメが我がことのようにはしゃいで答えた。見ている側までつられてしまいそうな喜びようだ。

「いやぁ、援護をもらえたから自由に動けたんですよ」

 眩しいまでの善性に心を浄化されながら妖夢は答えた。本当に清涼剤になってくれるありがたい存在だった。

「出会ったばかりのヤマメとも仲良さそうにしてる、妬ましい妬ましい」

 小町の横ではパルスィが呪詛の声を上げていた。

「あんた本当にそればっかりだな」

 すっかり慣れてしまったのか小町の呆れ具合にも慣れが感じられた。この様子ではこちらも“親睦”を深めてきたのかもしれない。

「それで? なんだか焦ってるみたいじゃない」

「そうだった! このままじゃ加速したコイツが敵の拠点に突っ込んじゃうんですよ!」

「ええ? そうなのか、にとり」

「ちょっと調べてたけど、今から操作手順を覚えるのは不可能だ! このまま突っ込むぞ! どっかに掴まれ!!」

「無理無理無理!! 死んじゃう死んじゃう死んじゃう!!」

 いきなりの無茶苦茶な要求に妖夢が叫んだ。

「掴まる必要ないだろ。飛んで退避すりゃいいじゃん」

「……それもそうでした」

 あまりに混乱し過ぎてて基本的なことさえ忘れていた。こんな調子で大丈夫なのだろうかとにとりは嘆息する。

「そうと決まれば、むしろ全速力のままでいくべきかな。上手くやれば即席の質量弾になるし」

「しつりょ……」

 勇儀の目が点になった。武闘派系なのであまり細かい話は得意ではなさそうだ。

「ええと、『重い』『速い』『すごく強い攻撃』」

「そこはかとなく馬鹿にしてるだろ、そこまで端折らなくてもわかるよ。具体的にはどうすんだい?」

 まるで蛮族に教えるようではないか。勇儀は釈然としない様子だったが、すぐに表情を切り替えてにとりに策を訊ねた。

「ああ、ええと……これは別にこう、煽りとか挑発とかではないんですが……」

「勿体ぶらんではよ言いな。時間がないんだろ」

 自分という存在が怯えさせている自覚はあるのか、勇儀はなるべく声を荒げないように語り掛ける。

「こいつの前に飛び降りる形で、頭から掴んで後ろの車輌までひっくるめて投げ飛ばす――なんてことはできますか?」

「それができたらいよいよ鬼は怪物だよ」

 珍しく小町が突っ込んだ。

 いつの間にか妖夢たちは役割分担だとかフォローだとかが阿吽の呼吸でできるようになっていた。連携だけなら幻想郷最強クラスかもしれない。

「できないと思ってもらっちゃ困るね」

「……ああそう」

 どうやら怪物だったらしい。小町はツッコミを諦めた。

 ほどなくして、列車の前方が開けてきた。

 線路が何段階かに分岐し、4本が敵拠点らしき敷地に接続している。

 そのうち2本は列車の進行方向へまっすぐ伸び、暗闇に飲まれているように見えた。

「あれが亡霊たちの基地ですかね?」

「だと思うけど、道が分かれてる。他にも何かあるのかなぁ」

「いや、この道は旧地獄を囲むようにぐるっと繋がれてるんだ」

 妖夢たちの疑問に勇儀が解説を挟んだ。

 亡霊たちがこそこそやっているのを見ていただけはあって、そのあたりの事情には詳しいようだ。だったらこうなる前に止めてくれよと思わなくもないが今は言うまい。

「環状線かよ!!! たしかに折り返しとかどうしてるんだろうって気になってたけどさぁ!!」

「あんた時々よくわからんところでキレるよな」

 ツッコミどころはそこじゃないだろとすっかり慣れた小町がため息を吐いた。

「とりあえずどうしたらいいのか指示をくれないか」

 勇儀も他と同様に呆れてはいたが、なるべく穏やかに語り掛けた。

「ああそうでした。先頭車両の鼻先から持ち上げて、あの拠点に放り投げてください。豪快に」

 身振り手振りでにとりは説明していく。実際には勇儀が上手くやってくれるだろう。

「わかった。どの辺がいい?」

「敷地を囲う壁を壊したら、そこに敵が集まってくると思います。勇儀さんたちはそこで陽動してもらってる間に、わたしらが中にいると思われるボスを仕留めてきます」

「また陽動か。まぁ思いっきり暴れられるほうが性にあってるけどね」

 やはり鬼として主力と戦うくらいはしたいのだろう。

 だが、陽動とはいうものの敵本拠地の戦力を引き受けることになる。けして楽な戦いではないはずだ。

「申し訳ないです、こっちの切り札である妖夢でないと、この事態を収められないんで……」

「わたしもさっき見たよ、妖夢が本当に霊体に戻してるところ」

 ヤマメが口を開いた。同行していた彼女が補足してくれると話が早い。

「ほう。正直なところ半信半疑だったが、それなら信用できそうだな」

「損な役回りですまないね。全部終わったら地獄の酒を持ってくるよ」

「わかってるじゃねえか」

 にやりと勇儀が彼女らしい豪快さで相好を崩した。

「そんときはあんたも一緒にね」

 会話を羨ましそうに、そして妬ましそうに眺めているパルスィの肩を、小町はそっと叩いた。いきなり話を振られた橋姫は一瞬呆けたような顔を浮かべるが、すぐに顔を真っ赤にして視線を逸らした。

「う……そ、そこまで気を遣わなくてもいいわよ。どうしてもって言うなら同席もやぶさかではないけど」

 さすがに「無理しないでいいよ」などと意地悪は言わなかった。こういう会話に不慣れな彼女には効きすぎてしまうからだ。

「じゃあ行きましょう!」

 妖夢の声を皮切りに各々が動き出す。

 カタログ上の最高速度80km/hを突破し質量の弾丸――いや、砲弾と化した列車は行き止まりを目指して突っ込んでいく。

「総員脱出! あとは勇儀さん、お願いします!」

 用心棒の先生を引っ張り出してくるような口調だった。

「任しときな!」

 他のメンバーの脱出を確認したところで勇儀が前方の線路へと降り立った。

 普通なら刎ね飛ばされるか潰されるのがオチなのだが、そこに関しての心配など不要。そう、彼女は幻想郷最強の一角――“鬼”である。

 さすがに今回ばかりは両手を使うので酒杯は後ろへ避難させていた。自分が失敗すれば酒杯ごと破壊されてしまうのだが、そんなことなど考えてもいない。いや、成功を確信しているのだった。

 そして――衝突。

 瞬間的にかかった運動エネルギーと勇儀自身の踏ん張りで、枕木があっという間に押し潰された。

 折れた枕木が十本を超えたところで急激に速度が落ち、金属同士が擦れる甲高い音が響く。勇儀の強靱な両脚が下駄を蹴り続け、バラストの砂利を深く掘り下げ、ついには後退せずその場で耐えた。むしろ勝負はここからである。

「どっせいっ!!」

 気合の叫びと共に、上腕の筋肉が瞬間的に膨れ上がったように見えた。

 常識外の光景が巻き起こされる中、さらなる驚愕の光景が生じた。鉄の塊とも呼べる機関車が勇儀の動きに合わせて持ち上がり、彼女が上体を一気に逸らす中で後方へと投げ飛ばされたのだ。

「怪力乱神・即席秘技――大蛇オロチ投げぇっ!!」

 即席なのに秘技とはどういうことなのだろう。

 今は見守るしかない妖夢の疑問を余所に、巨大質量は見事に投げ飛ばされ空間を飛翔。本来の進路を外れて集積所に集まっていた亡霊たちの真上に落ちていく。

 列車が飛んでくるなどと想像すらしていない亡霊たちは、逃げ惑う暇もなく頭上から落ちて来た機関車と列車に潰されていった。

 折れた燃焼室から炎と蒸気が圧力を伴って激しく噴き出し、水蒸気爆発が発生。辺り一帯に衝撃波をまき散らす。

「おっしゃー! 大戦果ぁっ! 次はどいつだっ!」

 ひと仕事終えた勇儀は拳を振り上げ酒杯を煽る。この先に待ち受ける戦いに期待するように。

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