東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第43回 艦砲】

「だーかーらぁ。敵がここに砲弾? とやらを降らせてきても、どうにかできたらいいんだろ?」

 にとりは目の前で酒を飲み続けるすいかが言わんとするところを理解するのにしばらく時間を必要とした。

 あまりにも簡単そうに言っているのもあって、本当に状況を理解しているかが疑わしかった。

 数々の異変を解決してきた霊夢が連れてきたとはいえ、怪力くらいしか――それでも大変助かっているのだが――役立っていない酔っぱらいの言葉を容易く信じられるほど、にとりは単純ではない。

(いや、待てよ? この鬼の能力って密と疎を操るんだったっけ。ということは……)

 エンジニア――つまり理系に特化した脳が何かを閃きかけていた。

 彼女が過去に引き起こした異変は人をあつめるだけの、ある意味ではかわいらしい事態に過ぎなかった。

 だがそれは彼女が持つ実力のほんの一端に過ぎず、もし物質を極小単位の分子規模で操れるのなら、使い方次第では凄まじく強力な武器にも鉄壁の防御にもなる。

 そして萃香はそういう存在だ。疎に振り続ければ自身を霧散させるほど薄めることも可能で艦砲射撃の中でもお構いなしとなる。これこそが、そんじょそこらの妖怪では逆立ちしてもできないことをやって見せる、大妖怪たる“鬼”なのだ。

 そんな反則じみた能力を過去はどうか知らないが、ここ最近では宴会のために人を萃めることにしか使っていない。様々な分子を意識的に操るだけの知識が彼女にないからなのかはわからない。

 もしもその知識があったのなら――いや、彼女の質から考えて、悪鬼羅刹と見紛うような力を誇示することを望むとはさすがに思えないが……。

 あちこちに脱線しかける思考をまとめていくと、いくつかの可能性が見えてきた。

「……敢えて訊くよ。あんたならどうにかできるってのか?」

 疑いと縋るような感情の綯い交ぜになった眼差しを向けるにとり。

 対する萃香は瓢箪ひょうたんを大きく呷って喉を何回か鳴らし、最後に右手で口元を拭ってからにかっと笑う。

?」

 幼女の口から放たれたのは姿に反した力強い言葉だった。長ったらしい口上を並べることもなく、ただ簡潔に「できる」と萃香は断言した。

「わかったよ、遠慮なく頼らせてもらう。けど今は昔と違うし、ここは山じゃない。今この場の責任者はわたしだ、だからわたしの言うことに従ってもらう」

 指示以外のことをされたら堪らないと、にとりは萃香に釘を刺しておくのも忘れない。

「おいおい、ここまで逆らいもしなかったじゃないか。鬼なりの気遣いがわからないかねぇ」

 河童は鬼に支配されていた名残で、苦手意識が根強く残っている。それは本能に刻まれていると言ってもいいくらいだ。

 にとりも例外ではなく、その内心を見透かされた上に薄々感じていた怯えが伝わっていたことに気まずさを覚えていた。

「いや……まぁ感謝してるよ。わたしの態度が不快だったんなら許してほしい」

「ちょっと意地悪だったかね。あんたの言う通り、もう昔とは違う。仲良くやろうよ」

 悄然しょうぜんとうつむき加減になったにとりを落ち着けようとしてか、萃香はにへらと笑って見せた。このあたりは見た目に反した年の功かもしれない。

「にとりさん! 敵の近付く気配が!」

 砲身の冷却を見守っていた美鈴が警告の叫びを上げ、にとりは弾かれたように森の方を向く。

 残念ながら戦闘型の妖怪ではないにとりには、接近する敵の気配まで掴むような真似はできなかった。こんな時に自分の種族が足を引っ張ると悔しさを覚える。

「間違いないんだね!?」

「はい! 数はそれほど多くないですけど!」

 美鈴は緊張を浮かべて頷いた。傍を飛ぶ小悪魔もわずかではあるが不安そうな表情を浮かべている。このふたりが見誤るということもあるまい。

「馬鹿正直に前衛だけを攻めるわけないか、面倒な……! そのためのパチュリーがついてったのにこれかよ使えねえ!」

 新たな事態を受け、にとりは舌打ちをして慌ただしく動き始める。

 敵の目標は当然カールの奪還あるいは破壊、そして妖夢たちの殲滅だろう。自軍が数で上回るなら、対応能力を超える勢いで一挙に叩いて押しつぶす。軍団とはそのためにある。

「あらかじめ備えておくべきだったんだよな……」

 後悔の言葉がにとりの口から漏れる。先ほどは頭に血が上って好き勝手言ったが、妖夢ひとりを責めるつもりはない。

 刀一本で近代兵器に身を固めた亡霊の集団を相手にすること自体が、元から無謀極まる行為なのだ。それなら普段は大魔法使いのように振舞い、顔を出しに来たかと思えば好き放題に言ってくれるパチュリーがもっと働くべきだ――とは思っていた。

「どうしましょう!?」

「美鈴は小悪魔と一緒に、森の敵がいつ動き出すか注意しといて! 様子見て突入してくると思うから! 小町! 敵艦の位置はわかる!?」

 射撃準備を整えたにとりが訊ねると、小町はすぐに飛んでから戻ってくる。

「デカい図体だからか知らないけどノロノロとしたもんだね。20けんくらいしか動いていないよ」

 報告を上げてきた小町が小さく鼻を鳴らした。デカいくせに大したことないとでもいいたいのだろうか。

「その認識は違うよ、小町。動きたくても動けないからだ」

 思考にリソースの大半が割かれているからか、にとりの指摘は淡々としていた。

「えっ」

 戸惑いの声を上げる小町。彼女はひとつ勘違いをしていた。

 たとえ幻想郷ではそうであっても、兵器の世界で大きい=遅いという図式は成り立たない。

「あんたも乗ったんだからわかるだろ。装甲車や戦車は人間や妖怪が走るより遅かったか?」

「そういうわけかい……」

 得心がいったのか小町が唸る。

 とはいえ、彼女がそう思い込むのも無理はない。手漕ぎの舟か怪しげな宝船くらいしか乗り物のイメージがないからだ。

 対してガングート級戦艦は、42,000馬力の機関を搭載し、最大で23.4ノットの速力を出すことができる。世界に名だたる巨大戦艦の速力には及ばないが、全長180mを超える巨体であることを考えれば信じられない速度と言えよう。

 しかし、ここは大海原と比べればずっと狭い湖だ。あまり速度を上げても持て余すのは間違いなく、旋回しきれなかったり座礁したりする可能性があった。それが満足に動けない理由なのだろう。

 海図(今回に限って言えば湖沼図)のない水上航行ほど怖いものはない。巨大な湖には何百メートルという水深を誇るものもあるがそんなのは少数派だ。ガングート級の吃水は9メートル、かなり深い水深が必要になる。

「とは言っても、それはこっちも同じなんだけどねぇ」

 ぼやきを漏らしながら、にとりはカールの砲尾側――車体からすると実は前方部分の操縦席へと移動していく。

「そうなのかい? コイツは湖のヤツみたいに大きくないじゃないかい」

「見てりゃわかるよ。みんな、チルノ以外は離れてて!」

 露天式の操縦席に入ったにとりはエンジンを始動。同時に周囲から退避するよう促した。

 すでに砲身近くで待機しているチルノはともかく、この巨体が下手に動くと他の面々を巻き込んでしまいかねないためだ。

 にとりがレバーを操作すると、戦艦には見劣りするものの590馬力を誇るダイムラー・ベンツ製のMB 507 C 液冷12気筒ディーゼルエンジンがすさまじい音を立ててカールの車体をその場から徐々に動かしていく。

 本来は砲塔が邪魔になって見えない視界を補佐するために操縦助手が必要なのだが、今回はその場で向きを変えるだけなので、にとりひとりでなんとかなると思ったのだ。

「お? お? おおおおおおおっ!?」

 振動をもろに受け、車体に乗ったままの小町から素っ頓狂な声が上がる中、カールは巨体を唸らせながらゆっくりと向きを変えていった。

 機械の移動など考えられていない剥き出しの地面は柔らかく、ほとんど穴を掘っているようなものだった。

「わかっただろ? コイツの扱いが面倒臭いって言ったのはこれが理由だよ。ちょっと砲の向きを変えるだけでこんな冷や冷やしなくちゃならないんだ」

 ギリギリだったなと、にとりは安堵の溜め息を漏らす。もしかすると亡霊たちが先に地面を整えていたのかもしれない。

「なるほど、こりゃ使いにくいことこの上ないねぇ」

 ようやくすべての合点がいったと小町は頷きながら同意した。

「まぁ、向こうの動きが遅い理由は色々考えられるけど、とにかく今がチャンスだ! 3発目発射してからが防衛戦の本番だぜ、みんな準備しとけよ!!」

 各々が表情を引き締めて次弾装填の用意と迎撃体制を整えていく。

 拉縄りゅうじょうを掴んで架台から降りたにとりが大きく息を吸い込んだ。

「いくよ、発射ァッ!!」

 3回目ともなれば流れるような動きで砲弾が虚空へ送り出されていく。

弾着だんちゃーく……今!」

 湖の方から今までとは違う音が響き渡る。

「音が違った! 観測、何があったか確かめて!」

 タイミングを測っていたにとりは、砲口から白煙を吹き上げるカールに駆け寄りながら指示を出す。

「よっしゃー! 砲塔とか言うんだっけ? あれをいっこ潰したよ! こりゃ勝てるんじゃないかい?」

 戻ってきた小町が興奮気味で報告を上げてくる。いつも飄々としているはずの彼女からすれば、やたらと身振り手振りが多い。

「「「やったー!!」」」

 固唾を呑んで見守っていた美鈴や小悪魔、チルノが手を叩いて喜び合う。

(ついに命中した! やってやったぞ!)

 自分も一緒になって叫びたかった。込み上げる感情を必死に堪え、架台へと登ったにとりは黙々と砲の上下を制御するハンドルを回していく。

「喜び合ってるところ悪いけどね、砲塔はあと3個残ってるんだ! 悠長なことをしている間にこっちが吹き飛んじゃうよ!」

 おそらくこれで敵は本気になる。円盤のような空薬莢を排出しながら、にとりはそう確信していた。

 放たれた軽ベトン弾(leichte Betongranate)041は、マラートの砲塔をほぼ真上から直撃したのだろう。

 弾薬庫にでも引火してくれればそれこそ一撃で葬り去ることができたのに――と、にとりは密かに臍を噛む。

 いかに540mmを誇る大口径砲弾とはいえ、所詮は装甲の破壊を念頭に置いた徹甲弾ではないのだから重要防御区画バイタルパートを貫けないのも仕方ない。むしろダメージを与えられただけでも喜ぶべきだ。

 だからこそ、にとりは本気になった敵──戦艦が恐ろしい。

 こちらを全力で叩き潰すに値する存在として、それまで博麗大結界の破壊に向けていた火力を投じてくるのだから。

 今までは向こうが手加減してくれていたようなものだ。ここにきて怪物を“その気”にさせてしまった。

 緊張から浮かび上がった汗が限界を迎え、にとりの頬を流れていく。

「次で仕留めないと――」

 にとりがつぶやいたその瞬間だった。付近の森が立て続けに爆発を起こしたのは。

「「「ひぇぇぇぇっ!!」」」

 喜び合っていたのも束の間、カールへと向かって来ていた美鈴と小悪魔、そしてチルノが咄嗟に頭を庇うように屈みながら悲鳴を上げた。

(ほら来やがった……!)

 爆煙と土が激しく舞い、なぎ倒された木々が玩具のように飛んでいく。大地を揺るがす衝撃でひっくり返りそうになりながら、皆必死にその場で踏みとどまる。

 いくら戦艦からの修正射の距離が近付いてきているとはいえ、これまでの射撃などとは比べ物にならない精度と規模だった。

 にとりからすれば驚くことではない。

 元々戦艦マラートが有する主砲の砲塔は4基あり、先ほどのカールの砲撃でそのうちの1基を潰しただけだ。その結果、結界を破壊するべく火を噴いていた残り3基がこちらを向いたのだから、都合3倍の火力が投射されていることになる。

 いや、そんな理論だの理屈だのはどうでもいい。すべては目の前に生み出された破壊の痕跡が証明してくれていた。

「な、なんなんですか今の!? あんなの撃ってくる敵を倒せるんですか!!」

「安心しな! 弾はこっちの方がデカい!」

 嘘は言っていない。重量1トン以上の砲弾が直撃すれば無傷でなどいられない。その証拠に砲塔をひとつ叩き潰したばかりだ。

「こんな敵と戦うなんて聞いてないですよぉっ!!」

 美鈴に同調するように涙目になった小悪魔が叫んだ。

「あれ、言ってなかったっけ? “弾幕ごっこ”じゃないマジの殺し合いだって」

「「聞いてないですぅっ!!」」

 ふたりの悲鳴交じりの声が見事に揃った。

 それを掻き消すように再度森が吹き飛ぶ。今度はカールを挟んで反対側へと着弾。砲撃の精度が上がり徐々にこちらへと近付いてきているのがわかる。

「この即応性がヤバいんだよ……!」

 無残にも破壊された森を見据え、にとりは憎々しげにつぶやいた。

 怯むまいと噛みしめた歯と歯が軋る音を立てる。士気を失えばそのまま転げ落ちるようにやられる。だからこそにとりは動き続けようと声を張り上げる。

「小町、そろそろヤバい! こちらに直撃しそうな気配があったら言って! 萃香さんもいつまでも飲んでないで動けるように準備しておいて!」

「あいよ!」

「お-、任せときな」

 最後の萃香だけどうにも緊張感に欠ける返事だった。だが協力してくれるだけでも心強さはまるで違う。ここは文句を言うまい。

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