【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第42回 信頼】

「照準よし! 総員退避ッ!!」

 妖夢とパチュリーが押し寄せる亡霊との戦いに突入した頃、にとりたちはにとりたちでカール自走臼砲のまわりをドタバタと走り回っていた。

 いつにない忙しなさであるが、すべては時間との戦いだった。

「いっくよ、2発目ェッ!!」

 砲台の上から飛び降り、腹の底から絞り出した声でにとりは叫んだ。

 度重なる危機を経て、彼女の中でついになにかが振り切れたのかもしれない。

 周りで見守る者たちが一瞬「こいつ、大丈夫か?」と思うほどだ。

 だが、発射を担う拉縄りゅうじょうを引く手つきは、河童のエンジニアの名に恥じぬしっかりとしたものだった。

 とんでもない厄介事に巻き込まれてしまった。否、にとりに関してはどちらかといえば厄介を承知の上で自ら戦いに身を投じたとも言える。

 すべては兵器という未知の技術を自分の手で堪能するためだ。そのためならば多少――――の域は超えているが、危険を冒すことさえ厭わない。

 二度目となる、すべてを飲み込むような轟音が響き渡り、大口径砲弾を射出した反動で生まれた衝撃波が放射状に駆け抜ける。

 それと引き換えに、霧の向こう側に潜む敵へとびきりの一撃を見舞うべく超重量の砲弾が送り出されていくのだ。

「小町は着弾観測を! 3発目の準備を進めるよ! あのフネ、絶対に沈めてやる……!」

「あいよっ!任せな!」

 ――――ここは自分が仕切らなければならない。

 そう決意したにとりの合図で、各々がふたたび動き出す。

「ねぇ、にとりさん。本当にあんな感じで大丈夫なんです?」

 逃げ出し――――もとい、妖夢の援護へ出向いた上司の分まで必死に作業を手伝う美鈴が疑問を口にした。その目は弧を描く鉄塊を追っている。

「あれは弾がデカ過ぎて、相対的に遅く見えてるだけだよ。そもそもあんなバカみたいに重い砲弾を飛ばそうって発想と、それをやってのけちまうこと自体がおかしいんだから」

 FlaK36高射砲アハト・アハトなどと比べ、初速が大して速くないこともあるが、それ以上に常識外れな砲弾の大きさのせいで宙を滑っていくように見えるのだ。

 もっとも、湖に漂う濃い霧のせいで、すぐに砲弾の姿は見えなくなってしまったが。

「そういうものなんですか?」

 いまいちピンとこないのか美鈴は小首を傾げた。

「もっといい兵器があったら、こんなもんカールを積極的に使おうなんて思わなかったけどね。パチュリーの言うように、こいつを使って湖の化け物を倒せたら一挙両得ってだけさ。あいつの方がよっぽど博打の素質があるよ」

 他に選択肢がないのだから仕方がない。

 もしも相手が忙しなく動き回るようなら、カール自走臼砲では最早どうにもならなかった。

 というか、本来であれば、たかが自走砲に毛が生えた程度の存在で戦艦なんて化物を相手にできるはずがなかったのだ。

 ところが、小町の偵察によって得た情報から判断すると、幸いにして敵の戦艦は、全力で動きながら砲撃できるほどの余力はないらしい。

 こちらほどではないが、亡霊たちも人手が足りていないのだろう。艦艇の操舵は素人が考えるほど容易なものではない。

「どうせ思いつきじゃないんですか? 当の本人は妖夢さんの援護に行っちゃいましたし」

「あんた……上司に向かってなかなか言うんだな……」

「だって、人使いが荒いんですもの」

 ハンドルを懸命に回しながら、不満げに小さく鼻を鳴らす美鈴。どうやら面倒な作業を押し付けられて腹に据えかねているらしい。

 とはいえ、仮にパチュリーが残っていたところで、肉体作業をやらせたら冗談抜きに倒れかねない。どちらかといえば放って置かれたことへの不満なのだろう。

 にとりとしては、余計なひと言を並べたがるやつがいなくて助かるくらいなのだが。

「おーい、チルノ!」

 大きく手を振って、にとりは作業を眺めていたチルノを呼びつける。

「なに?」

「悪い、仕事だ! こいつを冷やしてくれ!」

 2発の射撃で熱を持った砲身のままでは歪みも発生して正確な射撃ができない。

 もちろんそれだけではなく、あまりにも高熱の状態で砲弾を装填してしまえば暴発する可能性もある。

「まったく! 妖精使いが荒いんだから! こんなことになるなんて聞いてなかったわよ!」

 いい加減にしろと、飛んできたチルノは全身を使って抗議の声を発した。

 最初は戦車のエンジンルームの冷却役として連れて来られたわけだが、その道中でも戦闘やら無茶苦茶な機動に巻き込まれた挙句、(戦車の中にいたにとりたちは忘れていたが)生身剥き出しの状態で戦艦マラートによる艦砲射撃の至近弾まで喰らったりした。チルノが怒るのも無理はない。

 カール自走臼砲は設計思想から運用まですべてが曲者で、次弾装填時には砲を一旦水平にしなければならない。

 その状態で暴発などされた日には、作業している者皆が強烈な衝撃を至近距離で浴びることになる。それで済めばまだいい。

 最悪の場合、炸裂した砲身や砲弾の破片によってみんな仲良く“別の死神こまちいがい”のお世話になってしまう。

「ここまで来る途中でも何回か死にかけるし。お菓子をくれるくらいじゃ、全然割に合わないんだけど!?」

 さりげなく報酬への不満を口にするチルノ。こういう部分は妖精らしいというべきか、実に抜け目がなかった。

「まぁまぁ、そう言うなって……。おっと、あんま急激に冷さないでくれ? やり過ぎても砲身が壊れちまう」

「ほんとうもう! 注文がこまかいんだからー!」

 兵器に詳しいにとりとしては「よくあの砲撃を間近で喰らって生きていられたな、こいつ」と素直に感心していたりするのだが、そんな空気の読めないことを口にした日にはチルノが森へ帰ってしまいそうなので黙っておく。

「悪いとは思ってるんだぞ、チルノ。……でもな、人生ってままならないもんなんだ! ここは臨機応変に頼む!」

 頭を下げてどうにかなるなら、いくらでもやってやる。

 このまま座視していれば、いずれ頭上から降り注ぐ砲弾によって自分たちは肉片も残さず消滅させられる。ここまで戦ってそんな結末になるのは御免だった。

「えー、まだ働かせるつもりなわけぇ!?」

「あのなぁ……。状況が状況なんだから仕方ないだろ?」

「ふとーろーどーこーいだー! ほーしゅーのぞーがくをよーきゅーするー!!」

「どこで覚えてきたんだ、そんな言葉」

 社会性なんてものが皆無に等しい妖精のくせに、とにとりは呆れた。

「あたいはいんてりなのよ? むずかしい言葉だって使いこなしてみせるわ!」

「絶対意味わかってないだろ。でもほんと、お前が頼りだ。お前だけじゃなくて、ここにいるみんなが頼りなんだ。頼むよ、助けてくれ!」

 本当に専門用語を使いこなせているか疑問な部分はさておき、報酬にゴネていたチルノをなんとか説得しようと、ここでにとりは表情を引き締めた。

「ど……どしたのさ急に」

 一転して苦渋に満ちた表情を浮かべたにとり。それを目の当たりにしたチルノは困惑の声を上げた。

「聞いてくれ、チルノ。今私たちが戦っている相手は、この世界――幻想郷を壊そうとしているんだ」

「えっ」

「お前に理解できるかわからないけど、もし連中の目論見通りに事が進んでしまえば、わたしたちは死ぬ。いや、わたしたちだけじゃ済まない。みんな死ぬんだ。間違いなく」

 とんでもないことを口にしたにとり。しかし、彼女の表情に冗談の気配は微塵も存在していない。適当なことを言っているわけでないことはチルノにも理解できた。

「んなっ――。待ってよ。なんだってそんなこと、今まで黙ってたんだよ! みんなって、あたいも!? 大ちゃんもサニーもルナもスターも!?」

 驚愕の言葉がチルノから漏れると同時に、身近な――大切な者たちの姿が妖精の脳裏に浮かび上がった。

「そうだよ……! みんな死んじまう……! だからわたしたちが、あいつらの野望を阻止しなきゃならない! ここでお前の力が必要なんだ! だから頼む! 力を貸してくれ!」

 にとりの言葉は、チルノの頭では理解しきれないものも多かった。

(けれど……)

 正面から自分を見据えるにとりの熱意だけは不思議と、そして痛いほどに伝わってきた。

「幻想郷が壊されるかもしれない、なんて本当かどうかわかんないけど……。みんなが危ないんだったら、あたいも力を貸すよ」

「助かるよ。全部終わったら氷菓、みんなの分ふたつずつ買ってやるからさ」

「ふんっ。それと、あたいの活躍もちゃあんと伝えてよね! 幻想郷中に!」

「わかってるって。任せときなよ」

 すっかりやる気になったチルノは、カールの砲身を絶妙の温度調整で冷やしていく。驚くほどの集中力だった。

 カールからしゅうしゅうと水蒸気が立ち昇り始めたと同時に、小町が戻ってきた。

「ダメだー、当たっちゃいないね。ゆっくり動いてて、今は着弾位置から二十尺ほど右にズレてるかな」

「ええと二十尺は……だいたい6.6メートルか、直すのが面倒臭いな。しかし双眼鏡を使ってるとはいえ、結局は肉眼での観測をせにゃならんのはやっぱ厄介だね」

 小町の観測結果を得て、にとりは鞄から取り出した電卓を叩きつつ脳内でも計算を繰り返しながらハンドルを回し、次の照準を細心の注意を払いながら調整していく。

「その口ぶりだと、肉眼以外の観測方法があるのかい」

「外の世界じゃ基本だね。目で見て砲手に伝達してってのは基本だけど、通信機とかちょっと前に戦った飛行機なんかを使ってやらないと精度が落ちるんだ。遠くからだと正確にわからないだろう? 着弾までに時間がかかりすぎるのもあるし」

「ふぅん……??」

 そんな中で、やはり次々に発射されるマラートの砲撃。

 やはり敵も大口径砲を喰らえばタダでは済まないことを理解しているのだろう。次第に砲撃は、にとりたちのいる場所へと近づいて来ている。

 霧がある上に自身の砲撃によって発生する波の揺り返しを受ける時点で、向こうの方が照準を定めるのも困難なのはわかるが、手数でいえば向こうがはるかにこちらの上をいく。

 結界への全力射撃から砲塔1基だけをこちらに回してきているのだろう。それでも305mm砲3連装ともなればとてつもない破壊力を有しているのは間違いない。

 これで霧が出ていなければ、とっくの昔に磨り潰されていた可能性が高い。向こうは主砲だけでも最大12の砲による攻撃で敵を撃滅できるのだ。すべてが違いすぎる。

 それが幻想郷に迷い出てしまったことで不完全なまま戦わなくてはいけなくなっている。ここに勝利のチャンスがあるとにとりは睨んでいた。

 それに、どういうわけか向こうの砲撃のタイミングが異様に遅いように感じられるのだ。

 亡霊たちには彼らなりの事情があるのだろうが、ならばそこの隙をこちらは衝かせてもらうだけだ。

「早く済ませるよ! ほら、いつまでも飲んでるんじゃないよ!」

 苛立ちからにとりは萃香を怒鳴りつける。

 3発目を撃つまでにはまだまだ時間がかかる。ただ撃つというだけなら今だって不可能ではない。

 だが、それでは無駄弾に終わるだけだ。それがにとりにとってはもどかしくて堪らなかった。

「なんでそんな神経質になってんだよ? もうちょっと落ち着いたらどうなんだ」

 依然ペースを乱すことなく酒を口に運び続けている萃香がにとりに問いかけた。

「馬鹿言ってんじゃないよ! 今は着弾が遠いからいいけど、当たればこの一帯が衝撃でぺちゃんこになるんだよ!

「そりゃ大変だなぁ」

 わかっているのかいないのか。危機感というものがまるで感じられない萃香の反応ににとりの眉がぴくぴくと動く。どうしてこんな調子なのだろうか。

「いざとなりゃ存在を薄めて逃げられるあんたにはわかんないかもしれないけどねぇ、こっちゃまともに反撃喰らえば肉片も残らないくらいふっ飛ばされるんだよ! すこしはわたしらの身にもなったらどうなんだよ!?」

「でもさぁ河童よぉ。敵が撃ってきたって、べつに逸らしてやればいいんでないの?」

 けろっとした表情で萃香が言葉を口にした。

「へ?」

 まるで念頭になかったのか、にとりは萃香の発した言葉に間の抜けた反応を示すことしかできなかった。