小説
2019/10/25
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【連載】妖世刃弔華

【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第4回 回向】

「妖夢、ダメだよ! そいつらはもう死んでいるんだ!」

 連続する破裂音の中、暗がりの中から投げかけられる小町の叫びを聞いた妖夢は瞬時に気付く。

 なまじ実体があり、武器を使っているせいで妖怪を相手にするようなものだと錯覚していたが、この連中が件の異変であるとすれば正体は亡霊の類だ。

 であれば、それを倒せるだけの手段が必要になる。

「じゃあどうやって倒せって言うんです――――かっ!」

 決定打がない状態で間近にいては危険と妖夢は判断。

 目の前にいる亡霊の腹を蹴って後方へと飛ばし、奥にいる仲間へとぶつけて隙を稼ぎ出す。

 そのまま迷わず妖夢は後退を選択。

 ふたたび押し寄せる攻撃を回避し、間合いを空けながら隠れていた小町のもとへと向かう。

「おやおや、なかなかにお早い出戻りで」

 木陰に逃げ込むと、そこには小町が待ち構えていた。

「戦略的撤退と言ってほしいですね。それで、なにか案はないんですか?」

 斬ってなんとかなるなら体力の続くかぎりいくらでも斬るつもりだが、どうもそれでは上手くいかないと思い知らされたばかりだ。

 ここは霊だなんだに造詣が深い死神に助言を求めるべきだろう。

「……賭けにはなるけど、方法がないこともないんだよ」

 妖夢から問われた小町は、彼女にしては珍しく神妙な表情を浮かべる。

「それは?」

 もったいぶるなと小町を促す妖夢。

 まことに不可解な事態ではあるが、それでも妖夢は命を懸けて戦おうとしているのだ。ここで会話に時間をかけている暇などありはしない。

 今だって敵の攻撃は止んでいないのだから。

「あの連中、見たところじゃなにかしらの依り代を得て実体化している亡霊だ。でなけりゃ、低級霊ごときがあんな風にみょうちくりんな武器を使ったりなんてできやしない」

「それはなんとなくわかりますが……」

 幻想郷でも時折地下の旧地獄から湧き出た怨霊の類を見かけることがある。

 たいした力もないため生前の姿を実体化させることさえできず、生者にちょっかいを出そうにも妖怪たちと比べるとろくな攻撃手段も持たない雑魚扱いだ。

 間近に接近して刃を振るったからわかるが、あのミイラもどきたちが宿しているのは単純な感情だけのようで、他のもの――――知性らしきものをまるで感じられないのだ。それに低級霊だからか動きもそれほど素早くない。むしろノロい。

 妙な武器を持ってこそいるものの、間合いにさえ侵入すれば剣術で容易に叩き切れると思ったのだが、すこしばかり読みが甘かったらしい。

「だったら簡単なことさ。実体のない霊にまで戻しちまえばいい」

 にやりと笑って小町は言う。

「だから、それをどうやって」

 妖夢は苛立ちをわずかに浮かべ、なんならその死神の鎌でなんとかしてくれと言いたげな口調で問いかける。

「白楼剣を使うんだよ。おあつらえ向きだろう?」

「なっ!?」

 いきなりの提案に妖夢は一瞬言葉を失いかける。

「小町、あなたこの剣を使うことの意味を――――」

「サボり癖を持っていても一応死神だからね。わかっちゃいるよ。そいつで斬ればどうなるかも、それ以前にやたらめったら使っちゃいけないものだってこともね」

「だったら!」

 思わず激昂しそうになる妖夢だが、小町は手を軽く掲げて落ち着くように促す。

「だけど、他に方法が考えられないんだよ」

 小町の表情には苦い感情が浮かんでいた。

 もうすこしマシなことで思いつけばという思いが伝わってくる。

 妖夢もそれを見せられては小町を責める気にもなれなくなった。

 完全にというわけではないが一定の理解を得られたかと、小町は話を続けるべく口を開いていく。

「あいつらを取り巻いてる怨念は、依り代が増幅させて実体化までさせちまってるみたいなんだ。もしそうなら、原因――――迷いを取り除いて仮初の肉体から追い出してやるしかない」

「あくまでも物に憑りついているってことですか」

 憑依していそうなものは……おそらくあの妙な武器なのだろう。怨念を強める効果としてはうってつけの組み合わせといえる。

「そう。霊体を直接斬りつけるわけじゃなくて分離させるだけだから、成仏は……たぶんしちゃわないと思う」

「いや、そこは専門家らしく断言してくださいよ……」

 最後まで確信をもって言い切ることのできないない小町に嘆息する妖夢。

 だが、同時にそこからは死神でもない半霊半人の少女に無責任なことをさせたくないという気持ちも汲み取れた。

 みだりに霊を成仏させてしまえば、たとえ事態を鎮静化させたとしても今度は妖夢が裁きの対象となってしまう。

 見知った顔がそんなことになるのは小町としても本意ではないのだろう。

 でも、それだけじゃない――――。

 暗闇の中で少女は瞳に意志の輝きを宿らせて小町を見る。

「……わかりました、やりましょう」

 これまで自身とともに在り、けっして抜くことのなかった白楼剣。その柄に空いた方の手を持っていきながら妖夢は答えた。

 もしかしたら、これが己の剣境を磨くための一助となるかもしれない。……そうだ。強くなるんだ。もう負けないために。

 心の内側に広がっていく闘志。

 ふとそこで脳裏に浮かんだのは捉えどころはないけれど、優しげに微笑む主の姿だった。

 彼女はなにも言わない。肯定も否定もせずただ笑みを浮かべて漂うだけ。

 しかし、妖夢にはそれだけで十分だった。

「それしか手段がないのであれば、これは非常事態です。幻想郷に災いをもたらさないとも限らない以上、わたしがあの亡霊たちを倒すしかない。そして、それこそが魂魄家の当主としてわたしが白楼剣を継承した意味でしょうから」

 ふたたび木陰から飛び出ていく妖夢。

 小町と会話をしている間に敵は距離を詰めて来ていたらしく、それぞれが包囲するかのように横に展開していた。

「連中、密度を下げたのね。……これは好機!」

 見たところ、ヤツらが使う武器は点で制圧することが目的のようだ。

 威力は多くの木に残る痕跡を見ればわかるように大きな驚異となりえるが、逆に言えば当たらなければいい。

 しかも、連続して放つことはできいようなので、予想されうる本来の使い方としては、複数人が集まって密度を高めて攻撃、点を一定の範囲内にまとめて命中率を上げようとするものだろう。

 しかし、怨霊たちはそれとは正反対の行動に出てしまった。いかに隠れた自分たちを探すためとはいえそれは下策である。

 空を切り裂く衝撃波を上げて付近を通り過ぎて行く敵の攻撃を前に、妖夢は怯むことなく駆け抜けていく。

「いかに強力でも当たらなければどうということはない!」

 自身を奮い立たせる叫びとともに、妖夢はもっとも近くまで接近していた亡霊へと肉薄。

 踏み込みと同時に繰り出す横薙ぎの一撃で腹部を深々と切り裂くが、やはり手ごたえはない。

 だが、今度は違う。それだけでは終わらない。

「これで!」

 左手で腰の白楼剣を引き抜き、逆手のまま妖夢はひと息に振るう。

 目の前の亡霊が武器を掲げてそれを防ごうとするが、そのまま攻撃を敢行。

 刀の造り同様に優美な軌跡を描いて喰らい付いた白楼剣は驚異的な切れ味を見せつけ、刀身はKar98kを機関部ごと切断する。

 なんとも妙な感覚が残るも、斬った次の瞬間には目の前の亡霊の動きが止まっていた。

 剥き出しの眼窩の中で燃えていた鬼火は姿を消し、それまで死と憎悪を幻想郷に振り撒こうとしていた肉体はその場に崩れ落ちると塵となって消えていく。

 そして、後に残ったのは実体のない霊だけだった。

「成仏してない……! これならいける!」

 このまま決定打のない不毛な戦いを繰り広げるようであれば、本格的な撤退も選ばなければならないと思っていた妖夢の表情に精気が戻ってくる。

 こうなれば、本人からすれば甚だ遺憾な呼ばれ方ではあるが、幻想郷に悪名高き「辻斬り少女」の本領が発揮される。

 勢いを取り戻した妖夢は、次の獲物を目がけて疾走。

 仲間が倒されたことに動揺にも似た感情が広がったように思う中、狩人となった半霊半人の少女は自身に向かって放たれる銃火の間を飛翔するように駆け抜け敵へと迫る。

 射撃を安定させようと膝立ち姿勢に移行した相手の攻撃を前に、妖夢は側面の木へと跳躍。

 空中で身体を真横に向けながら身体を捻り、垂直方向に長刀を振るってライフルを支える亡霊の左腕を斬り飛ばす。相手の体勢が崩れたところで着地し、同時に翻った白楼剣が亡霊の首を刎ねる。

 刺客だけに頼ることなく五感のすべてを駆使し、妖夢は森の中を駆け抜けていく。

「さすがに黙って斬られてはくれないか」

 妖夢が向けた鋭い視線の先では散開していた亡霊たちがにわかに集結しはじめていた。

 どうやら密集隊形から射撃の命中精度を無理矢理上げるつもりらしい。

 銃声が重なる中、妖夢は軌道を見切り高速移動でそれを回避。次弾発射までの隙を衝くかのように身体全体で木の幹を蹴って彼我の間合いをひと息で詰める。

「遅い!」

 両手で握った長大な楼観剣が振り下ろされ、手近な亡霊の左肩から右脇腹までを両断。斬撃を繰り出したまま、地面近くまで姿勢を低くした少女剣士が袈裟懸けからその場で水平の一閃を繰り出し周囲の亡霊を薙ぎ倒す。

 間一髪で刃を逃れた亡霊が無表情のまま槓桿こうかんを引きながら次弾をKar98kの薬室へと送り込もうとするが、それは叶わず内側へと入り込んできた妖夢の白楼剣が伸びて首元を貫通。

 追撃を送り込む前に相手は武器を取り落とし、仮初の肉体を失って霊体に戻っていく。そんな亡霊の姿を見ながら妖夢は次の獲物を探す。

 胴体を斬られた亡霊たちは霊体にこそ戻っていないが、ほとんどは動けなくなっているようで戦闘能力を失っていた。

(行動力を奪うだけなら、武器を破壊するわけじゃなくてもいいのかな?)

 手近の亡霊を白楼剣で幽体に戻したところで、妖夢は木を盾にして残敵からの射撃を防ぎ一度状況を整理する。

「小町! よくわかりませんけど、手足を狙えば行動力なら奪えるみたいです!」

「あー、たぶん、無意識だろうけど生前の常識に囚われているんだろうね。もうちょっと強力な亡霊なら自己再生位してのけそうだけど――――おっと!」

 のぞき見をしていた小町は、遠くから妖夢を狙おうとて銃を構えていた亡霊に向けて、手首の鋭い返しをつけて金属――――三途の川の渡し賃を投げつける。

 “弾幕ごっこ”の際に小町がバラ撒いているものだが、今回は弾幕を張ることが目的ではないので一発狙いだ。

 夜の暗闇の中でも死神には関係ないのか、小銭は見事な軌跡を描いて飛翔。金属特有の甲高い音を立てて衝突し、構えていたライフルの銃口が逸れる。

「ちょいと妖夢! まだ敵はそこら中にいるんだ、気をつけとくれよ!」

「助かります、小町! 超一級サボリストのくせにいい援護ですね!」

 答えながら妖夢は次の獲物目がけて疾駆。

「ひとこと余計だよ!」

 さすがに心当たりがあるのか小町の表情には幾分か苦いものが混じっていた。

 

「どーれ、あたいもちょっとは働かないとねぇ……」

 妖夢を見送った小町は短くつぶやいてこの戦闘の最中にも担いでいた鎌を器用に両腕を動かして上下を反転させた。

 妖夢が目の前で実演してくれたことで自分も多少は戦えそうだとわかった。

 短く息を吐き出し能力を発動。

 次の瞬間には目の前に妖夢を狙ってライフルを構える亡霊たちの姿があった。

「あんたらの寿命は――――とっくに尽きてるんだよ!」

 唸りを上げて旋回した大鎌が亡霊たちを強襲し、腰の部分で上下に両断。

 普段の彼女の姿からは想像することができない、まさしく命を刈り取る死神が存在していた。

 自分の奇襲が成功したことを見届けた小町は再度空間を跳躍。

 彼女の持つ“距離を操る程度の能力”によって、武道の達人が見せる“縮地”にも似た効果を生み出し、敵の背後に音もなく現れ死神の鎌を振るっていく。

「あの様子なら他は小町に任せてもよさそうですね」

 背中に感じられる小町が戦っている気配を受けながら、残る亡霊たちへと視線をさまよわせる妖夢。

 集団には必ず頭がいる。

 これといった知性もない低位霊ながらこのような組織だった動きができるのも、この中にひとつ抜きんでた霊がいるからだ。

 それを潰してしまえばあとは駆逐するだけ。

「……お前か!」

 見つけたとばかりに声を上げ、妖夢は楼観剣の柄を握り締める。

 しかし、次の亡霊はひと味違った。

 妖夢が高速で間合いに侵入してくるや否や、Kar98kを発砲したと同時に姿勢を立て直し、その先端に装着されていた刃――――銃剣ベイオネットを振るってきた。

 予期せぬ敵の反撃を受け、妖夢は弧を描いて迫る金属の気配を手首の返しで割り込ませた楼観剣の刀身で受け止める。

 激突音とともに虚空に火花が生まれ両者の視線が空中で交差。亡霊の眼窩に燃える鬼火が揺らめく。

(こいつ!)

 妖夢は確信した。自身を狙っているとわかった上で、この亡霊は彼女を正面から迎撃しようというのだ。

 鍔迫り合いの中、相手の腕力に妖夢の膝が沈みかけるが、なんとか耐えきって逆に相手の体勢を崩しにいく。

 体格に恵まれない妖夢であっても、地面を踏みしめる脚とはらの力で先手を取れば相手の隙を作り出すことができるのだ。

 鋭い息とともに気合いを吐き出し、一気呵成に押し切る。相手の姿勢が乱れた。

 すかさず一歩分退いて半身を作り、横に寝かせた楼観剣を相手の左上腕を狙って叩き込む。

 しかし、妖夢の一撃は反転した銃床で受け流され――――軌道を強引に逸らされた。楼観剣は間合いが長い分、通常の刀に比べると斬撃へ速度を乗せるのに時間を要してしまう。

 もちろん、だからといって簡単に見切れるものではない。

(やってくれる!)

 驚愕を覚える妖夢の視線の先で、楼観剣に切断された木の破片が宙を舞っていた。

 同時に少女の背筋を悪寒が走る。

 真下からほぼ垂直に跳ね上がってくる刃を妖夢は咄嗟に上半身を引いて回避。直後、鼻先三寸を通り抜けていく刃の気配に血液が頭部から下がっていきそうになる。

 重力に身体を委ねて後方へと流れながら体勢を立て直す妖夢は確信する。この亡霊はだけは特別だと。

 だからといって――――

「そんなちゃちな短剣で、この楼観剣に勝てると思うな!」

 叫んで妖夢が前進。

 同時に亡霊が握る銃剣付きのライフルが振り下ろされる。楼観剣がそれを受け止め金属音が鳴り響く。

 それぞれの刃の角度が変わり、近接戦から離れつつもその途中で相手を狙った横薙ぎの一撃が放たれる。

 妖夢の楼観剣の一撃を亡霊は銃剣と一体化したKar98kで迎撃。火花と激突音の発生など意に介さず、亡霊から追撃が繰り出されるが妖夢はそれを引き抜いた白楼剣で切り払う。

「ひさしぶりです、剣同士でこれほど使える相手と戦うのは」

 妖夢から賞賛にも似た言葉が向けられるが、対する亡霊は答えない。いや、その代わりに動きで応えた。

 彼我の間合いを維持したまま双方は夜の森を移動していく。

 将を討ち取ればおそらくこの戦いも流れが一気に傾くこととなる。

 しかし、大将首を前にしても妖夢は焦らない。

 楼観剣は強力な武器であるが、あくまでも行動力を奪うための武器で戦いの決定打を与えるものではない。決着をつけるには切り札となる白楼剣の刃を相手に届かせる必要がある。

 そのためには、ともすれば長さゆえにかえって扱いづらい間合いを持つ楼観剣を使いこなさなくてはならない。

 再度、両者が瞬間的に間合いを詰めて一撃を放つ。刃の激突から軋り声が上がり拮抗。

 そこで妖夢が動く。刃を押し込みながら体勢を傾け上段蹴りを放ったのだ。

 強烈な軌道を描いて急襲した一撃は亡霊の側道部を直撃。こめられた威力を遺憾なく発揮し亡霊の身体を吹き飛ばす。

 しかし、亡霊はほんのわずかな距離を飛ばされただけだった。

 地面を転がりながらも受けた衝撃を利用して起き上がり、高速で間合いへと侵入してきた妖夢を迎撃しようと彼女の胸元へ銃剣の刺突を繰り出す。

 全力の刺突はすさまじい速度を有していた。

 しかし、攻撃がくることを読んでいた妖夢の動きはそれさえも凌駕。

 地面を踏みしめた軸足を使って身体を捻り、身体の側面を晒すことで迫りくる刃の切っ先を回避。そのまま相手の側面に回り込むようにしながら、地面から逆袈裟懸けに放たれた刃が亡霊の伸びきった両腕を切断する。

 さらに妖夢は刀を振り抜いた勢いのままにその場で水平に回転。戻ってくると同時に、引き抜かれた白楼剣が翻り、両腕を失った亡霊の左脇腹から右腰までを切り裂いていた。