小説
2019/11/01
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【連載】妖世刃弔華

【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第5回 盟主】

「どうやら片付いたようだね」

 楼観剣を背中の鞘に収め、周囲に残った亡霊たちにとどめを刺して回っていた妖夢に投げかけられる声。

 視線の先では木の幹に背中を預けた小町の姿があった。

「おかげさまで。……ところで、その鎌ってたしか死神としてのサービス用じゃありませんでした?」

 軽く息を整え、残る白楼剣も腰の鞘に収めた妖夢が小町に向かって言葉を返す。

 記憶がたしかなら、小町は弾幕ごっこの際には小銭をバラまいていたはずだ。

 しかし、妖夢の見たかぎりではこの戦闘で彼女がそれを使ったのは亡霊の武器を狙った時だけであった。

「さすがに作り物ってだけじゃ舐められることもあるし、いざって時に役立つからと試験的に変えてみたのさ。まぁ、あたいもこんな形で役立つなんて思っちゃいなかったけれども……」

 これはしがない船頭の仕事じゃないねと、肩を竦めるように溜め息を吐き出す小町。

 それらしきことを言っているが、どうにも妖夢としては腑に落ちない。

(あっ、そういうことか……)

 妖夢はすぐに実情を察した。

 死者から受け取る三途の川の渡し賃が小町の収入に直結しているはずだ。それを投げつけるとはなかなかに剛毅なことをすると過去に見た際は思ったものだが…………どうやらその感想はここで撤回しなければならないようだ。

「それがあれば小銭の消費も抑えられますものね」

「そうそう。毎回毎回、身銭を切って弾幕ごっこをするのはなかなか大変――――って、ちょっと妖夢! そんなみみっちい理由なわけないだろう!?」

 途中で失言に気付き、慌てたように声を張り上げる小町。しかし、あまりにも本音が漏れ過ぎていて取り繕うようにしか見えなかった。

「はいはい。死神らしく見えるいい鎌ができてよかったですね」

「だからさぁ……」

 もちろんそんな無駄な足搔きをしたところで今しがたの戦闘で気疲れした妖夢には響かない。語るに落ちるとはまさしくこのことであった。

「……それにしても、あの連中はなんだったのでしょうか? 亡霊だというのはわかりましたけど、あのようなものは見たことがありません」

 未だに誤魔化すことを諦めていない小町を放置して妖夢は疑問を口にする。

 戦いの後に残っているのは木々に穿たれた穴と怨念から解放されふよふよと漂う霊体だけで、地の底の闇を感じさせるような怨嗟の気配も禍々しい武器も仮初の肉体が消滅すると同時に消えてなくなっていた。

「順当に考えれば、あれがくだんの彼岸から消えた魂ってヤツだろうね」

「向こうからどうしてこちら側に来れたかはともかくとして、どうしてあんな強力な存在になっているのでしょう?」

「あたいも死神やって長いけど、こんなことははじめてだよ。はっきりしたことは言えないが、なにかしらの異変と混ざり合ったって感じかね。そこは調べるしかないだろうさ」

 お手上げとばかりに大きく息を吐き出す小町。

 それから死神の少女は視線を明後日の方向へと向ける。

「それはそれとして、あたいたちに妙な連中の相手をさせてくれたヤツらにおしおきをしなくちゃあねぇ……?」

 小町が声にほのかな剣呑さを含ませながら向ける視線の先には、自分たちが戦っている中、こっそりと近くから様子を窺っていた三月精の三匹の姿があった。

「「「げげっ、バレちゃった!」」」

 見事に三匹揃った三重奏トリオで驚きの表情を浮かべる妖精たち。

 あの戦いを見ていながら逃げ出さなかったのは妖夢からすれば無謀に思えるが、こうも呑気な姿を見ると生物としての根本的な思考形態が違いすぎるのかもしれない。

「あんたら、いったいどこからあんな連中を連れてきたんだい?」

 小町は視線の圧力を強める。最悪の場合は実力行使も選択肢の内に入れている。

 弾幕ごっこならいざ知らず、本気で戦うとなれば彼我の実力差は大きく影響するだろう。すくなくとも幻想郷に災禍を招きかねない存在が確認されたのだ。

「んー、山の方かなぁ。どうだったっけ?」

 いたずらのことしか頭になかったのかろくに覚えていないらしきサニーミルク。 

「山であってるよ。そっちで見かけたから神社にぶつけちゃおうと思って連れて来てたんだけれどねぇ。いつのまにかわたしたちが狙われちゃってて」

 さらっと恐ろしいことを口にするスターサファイア。

「これじゃいたずら失敗ね」と締めくくるルナチャルド。

 一瞬妖夢は言葉を失いるどころか眩暈すら覚えてしまった。

 あんなものを神社にぶつけた日にはそれこそいたずらでは済まされない。

 だが、勝手気ままな妖精たちに事の重大さを懇々と説いたところで芳しい成果は得られないだろう。彼女たちからすれば弾幕ごっこも斬り合いも同じようなものに見えていても不思議ではないのだから。

「さすがのわたしもちょっと口元のヒクつきを我慢できそうにありませんね……」

 妖夢は口元どころかこめかみまで怒りで小刻みに震えていた。

 すこしくらいは痛い目を見てもらった方がいいのではないか。

 このおバカな妖精たちにちょっとばかしお灸を据えてやろうかと考え始めたところで新たな声が降って湧く。

「あんたたち! 人んちの庭先で暴れ回るなんていい度胸してるじゃない!」

 怒り心頭と言った様子で大声を上げてやって来たのはひとりの人間だった。

 妖夢は反射的に背中の楼観剣の柄に手を伸ばしかけるが、戦いの昂揚感が残る中であっても理性が働きそれを押しとどめる。

「「「わ! 霊夢さんに見つかった! にげろー!」」」

 真っ先に逃げ出したのは三月精の三匹だった。

「あっ、ちょっと待ちなよ!」

 しまったと思うが、新たに接近する存在を前に小町は追うのをやめる。

 声の主が誰であるかに気付き、このまま妖精たちを追ってもろくなことにならないと理解したのだ。

 そして、それは妖夢も同じだった。

 向ける視線の先には妖夢よりも頭半分ほど背の高い少女。

 鮮やかな紅白の装束を身に纏っていることから巫女とわかるが、だいぶ服をいじっているらしく軽装に仕上がっている。

 いや、問題は服装ではない。

 巫女服姿の少女の周りにはいくもの御札が彼女を中心として周回軌道を描いており、本人はご丁寧にお祓い棒まで持っていた。これでもかというほどの完全武装っぷりである。

「妖夢に小町じゃない……。なんだか珍しい組み合わせね」

「うーんまぁ、ちょっと事情があってね」

「まさか、またなんか変なこと企んでいるんじゃないでしょうね?」

 過去の異変に関与していた前科があるふたりに対して胡乱げな視線を送る霊夢。

 のんびりしていた時間を邪魔されたからかは定かではないが、妙に不機嫌そうに見える。

「違いますよ! あれからなにもしていないでしょう?」

「どうだかねぇ~。前科者を信用しろってのはなかなか難しい話だわ」

 妖夢が反論の言葉を発するが、鼻で笑う霊夢には素直に信じてくれた様子は見られなかった。

 春を集めに奔走していたのは事実であるため、妖夢としてはあまり強く言い返すことができないのが悔しい。

「それにしたってこんな夜更けに人目につかないところで妖精なんかいじめて、あんたやっぱり通り魔なんじゃないの?」

 霊夢の訝しげな視線が若干ではあるが強められる。

 そこらに残る戦いの痕跡――――といっても今は木に残った弾痕とふよふよと漂っている霊魂のみ。

 過去の記憶が蘇った妖夢はまたしても楼観剣の柄に手が伸ばしかけ、あわててその手を止める。

「いや、待ってください。これには深いわけが……」

 遭遇早々よからぬ疑いをかけられる妖夢と小町。

「ふーん。それじゃあ、ゆっくりと聞かせてもらいましょうか。人がせっかくダラダラしてた時間を邪魔してくれたんだからそれくらいはできるわよねぇ?」

 有無を言わさない口調に妖夢と小町の表情が引きつる。

「あ、妖夢。あたいはこの霊魂たちを運んでこなきゃいけないから代わりに頼むよ」

「そんな小町!? ひとりで逃げる気ですか!?」

「ばか言っちゃいけないよ。これは仕事! ちゃんと死神の仕事するんだから誰もあたいを咎められはしない!」

 とんでもない詭弁である。

 間違いなくなにか他の方法がひとつやふたつあるはずなのに、小町は面倒ごとに関わりたくない一心で妖夢を巫女の生贄に捧げようとしているのだ。

「そ、そんな無茶苦茶な――――」

「逃げようったってそうはいかないわよ! 半人半霊!」

「うひゃあ!?」

 小町を追いかけようとしたところで妖夢は伸びてきた手に容赦なく首根っこを掴まれる。

 そこにはもはや先ほどまでの冴え渡る剣技を見せた少女の姿はない。

 そうして、霊夢に神社まで引きずられていく間、夜の森に妖夢が上げる悲痛な声が木霊するのだった。

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