東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第27回 強襲】

「よーし、いい感じだね。動きもかなり良くなってきてるよ」

 せっせと動く人形たちの連携を満足そうに眺めるにとり。

 誇らしげにドヤ顔を浮かべているが、彼女は指示を出していただけでほとんどアリスの頑張りによると言っていい。

 しかし、その甲斐もあって人形たちは対空および対戦車戦闘の両方もこなせそうなまでになっていた。

 今では空と地上の転換やら連続射撃の訓練を実弾は使わない形で繰り返している。

 慣れないというよりも初めて経験する作業であるため、操り手であるアリスが自分自身にどうやったら人形が最適な動きをするか覚えさせているようなものだ。

「ふぅ……。まさかここまで細かい動きをさせられるなんて思ってなかったわ」

「なーに弱音吐いてんのさ。稀代の人形遣いならこれくらい余裕だろ?」

 数少ない援軍を逃がすまいと、人使いは荒いながらきちんと褒めておくことも忘れないにとり。こういったところは実にちゃっかりしている。

「べつに弱音じゃないわ。ちょっと予想外だっただけよ」

 小さく咳払いをしてアリスはまだまだ余裕だとアピールする。

「ならいいんだけど」

「魔法使いだからって図書室に引きこもりっぱなしの誰かさんみたいに虚弱だなんて思わないでほしいわね」

 さすがにパチュリー・ノーレッジを引き合いに出すのはどうなのかとにとり的には思わなくもないが、今はその気にさせるのが大事なので無粋なつっこみは避ける。

「悪い悪い。でも期待してるのはたしかだよ?」

「まったく、後を任せていなくなるからって気楽なものね……。でも、本当ならこれを動かすには人形と同じだけ人員を集めなきゃならなかったんでしょう? よく使う気になったわね」

 普段以上に神経を使うのかアリスが首を小さく回しながら傍らのにとりに訊ねる。

「アリスが来なけりゃこんな厄介なのぶっ壊していただろうね」

「妥当な判断だと思うわ」

 自分たちで使えないなら破壊して敵の戦力を削いでおくに限る。放置したまま住んで後から来た誰かが撃ち落されたなんてことになっては笑えない。

膂力りょりょくに優れる妖怪でもいれば人員も減らせたと思うけど、頭が働くヤツがいなけりゃ宝の持ち腐れさ。幸いなことにコイツはもう展開されているし、余所に移動させるわけでもないからアリスに頼んだんだよ」

 運搬車から連結を外して展開地まで人力で押して左右の補助支持架アウトリガーを展張して……と射撃準備にかかる作業がとにかく多い。

 もっとも、今回のようにすでに下準備が整っていたからまだしも、実際には先述のとおり下準備もあれば、各所からの警報を受けた対空陣地がそれぞれに連動して射撃を行うためずっと大がかりなものになる。

 これが最新の現代兵器であればレーダーに連動した機関砲やミサイルがあるためFlaK36に比べれば必要とする人員はかなり削減される。単純に兵器が実用化された時点での技術の問題だったが、さすがのにとりもそこまでは知らない。

「安心して、役目に恥じないだけの働きはして見せるから」

 いずれにせよここにあるFlaK36は5基。流れ着いた兵器の中から使えそうなものだけ展開させたのだろう。往時の本職が見れば“なんちゃって対空陣地”としか思われないだろうが、今まで未知の兵器に襲われるがままであった幻想郷側からすれば大きな進歩といえた。

「空飛ぶ機械を落とすためとはいえ、これだけ人員を必要とするのはずいぶんと非効率に思えるのだけれどそのへんはどうなのかしら?」

 ここまでやらなければいけないの?と疑問を挟むアリス。

「割に合うっていうより、その時点での外の技術で「やるだけの価値がある」って判断されたから作られたんだろうよ。空からやりたい放題されるんじゃ堪らないからね」

「なるほど、道理ではあるか。外の人間は飛べないものね」

「そう。空飛ぶ機械は生身じゃ飛べない外の世界で自分たちが持ってたら便利だけど、敵が使ったらこれほど厄介なものもないよ。今回は使われなかったけど、爆弾っていう広範囲を吹き飛ばす武器だって投下できるんだ」

「でしょうね。相手にしてみてわかったけれど、素早く……機関銃と言ったかしら? 普通に強力な武器も積んでいる。妖怪であっても脅威になりかねないわ」

「その分、落とした時に相手に与える損害もデカい」

 にとりが言うように今回は幸運にも使われなかったが、機銃だけでなく広範囲を吹き飛ばせる爆弾を遠方まで運搬して投下できる点で航空機の果たす役割は大きい。

 地上の戦力だけで同じことをしようとすれば戦車では到底なし得ないし、砲撃でやろうとしても着弾地点の付近に観測者がいなければ当たったかどうかもわからないのだ。

 それが航空機であれば高所から一方的に相手の動きを見張れる上、必要とあらば攻撃まで行えるのだ。反対に高高度を高速で侵入してくる敵の航空機を落とすため躍起になるのも頷ける話だった。

「ねぇ、小町?」

「なんだい?」

 休息がてら訓練の様子を見ていた妖夢が小町に訊ねる。ふたりともにとりとアリスの話にはまったく興味が湧かなかった。

「動き回っている人形たちの姿が亡霊兵みたいになっているのはなぜなんでしょう?」

 よく見れば、たしかに人形たちの格好が目立ちにくい深緑の野戦服を模したものに変わっていた。

 いったいいつの間にやってのけたのか。アリスの芸の細かさに感心するが憧れはしない。

「ああ見えて案外アリスも気分を出したいんじゃないかい? 口ではあれこれ言ってるけどみんな騒ぎに飢えてるのさ」

 ヘルメットを立てた指でくるくると回しながら小町は答える。

 クールに見えるアリスにもそんなお茶目な部分があるということだろうか。日々娯楽に飢えている気配のある幻想郷の住人たちは、案外形から入らないと気が済まないところがあるのかもしれない。

 もっとも、そんなイメージのない妖夢は実感が湧かず首をかしげるばかりだ。

「――――そういえば、航空機とやらへの対抗手段を奪って何機か落としもしたけれど、その分敵を本気にさせちゃったんじゃないかしら? 味方が戻って来なかったら怪しむでしょう?」

 不意にアリスが兵器談話をやめて疑問を挟む。

「……やっぱりそう思う?」

 答えながら溜め息を吐き出すにとり。あまり考えないようにしていたことだった。

 だが、彼女は失念していた。世の中、意識してしまったが最後、“影が差す”ものだと。

「にとりー! なんか来たんだぜー!」

 上空を警戒役についていた魔理沙が叫んだ。地上にいた面々は弾かれたように迎撃準備に移る。もはやこうした切り替えもお手の物だった。

「数は!?」

「ひとつだけだぜ! でもさっきのやつよりずっと速い!」

 降ってくる魔理沙からの報告を受けにとりは猛烈にイヤな予感に襲われる。

 それに次いで予感を裏付けるようにこれまでのどの兵器とも異なる甲高い音があたりに響き渡る。

「ま、まさか……」

 前もって兵器群の中からくすねておいた双眼鏡を取り出して覗き込む。幻想郷にも少なからずある遠眼鏡とおめがねなどまるで比較にならないほど高性能なそれが新たな“敵影”を捉えた。

「冗談じゃない! ここであれを出してくるって!?」

 空を切り裂きながら蒼穹そうきゅうを高速で突き進んでくるのはMe262 Schwalbeシュヴァルベ。ドイツはメッサーシュミット社が開発し第二次世界大戦末期に投入された“ジェット戦闘機”であり、当時の空戦において相手より30km/h速ければ優位に立てた中で、更に他国の主力機よりも150km/h速かった異次元の機体だ。あれに比べればP-36Cなどおもちゃのようなものだ。

 ついに敵が本気を出してきたかとにとりの頬を汗が伝う。

「なんですか、あの速いのは! さっきのP-36Cとはまるで――――」

 妖夢の言葉を遮るように一斉にFlaK36が火を噴いた。しかし、強烈な対空榴弾の弾幕をMe262は速度で振り切るようにして潜り抜けていく。

「ダメだわ! 想定していたものよりずっと速くて当たらない!」

 人形たちに間断なく射撃を続けさせながらアリスが叫ぶ。

「マズいな……」

 にとりが爪を噛む中、上空を高速で飛んでいたMe262は何度かの高射砲の砲撃を大回りに旋回しながら回避すると、そのまま甲高いエンジンの音を残してこの空域を離脱していく。

「……わかりました! あれの狙いは地上への攻撃じゃありません! こちらの正確な位置を把握するための陽動です!」

 そう口にした瞬間、妖夢は駆け出していた。

 彼女の視力が優れていることもそうだが、幾多の戦いを潜り抜けてきた中で先鋭化した意識がたしかな気配を感じ取っていた。

 そう、去って行くシュヴァルベの翼から飛び降り、地上へと高速で接近してくる小さな黒い影を。

 地面を蹴って飛翔。落ちてくる“敵”へ向かって一直線に上昇していく。

「あなたが“大将”か!」

 叫ぶ妖夢の右手が動き、左肩の柄を握り締める。間髪容れず小さな鞘走りの音を立て、長い鞘から楼観剣ろうかんけんの刀身が自ら滑り出るように抜き放たれた。

 次の瞬間、両者の間合いが激突。白昼の虚空こくうに火花と金属音が散る。

「ぐっ……!?」

 思わず呻き声が妖夢の唇の隙間から漏れる。

 黒衣の亡霊が見せた高速落下からの抜刀は凄まじい威力を有していた。重力加速がついている分相手が有利なのはわかる。

 だが、地上へと叩き落とされそうになるのはなんだ。少しでも気を抜けば押し切られそうになるのを妖夢は懸命に堪える。

(なんだ、この刀は……!?)

 相手の一撃以上に妖夢が驚いたのは、楼観剣とぶつかっていながら相手の刃がまったくの無傷であった点だ。

 妖気であるとか異能の類を宿している気配は感じられなかった。にもかかわらずまるで打ち負けていないのだ。なにか切り札を隠しているのか、あるいはこの亡霊の技量が桁違いなのか。

 妖夢の背中を汗が流れ落ちる。

「ここまで来ていたばかりか高射砲陣地まで奪取していたなんて、油断ならない連中がいたものね。出張ってきて正解だったわ」

 目の前の亡霊から放たれたのは恐ろしく冷え切った声だった。言葉だけにもかかわらず妖夢の背筋に悪寒が走る。この激突の中でも何ら感情を揺らめかせてはいない。

 言葉が終わるのとほぼ同時に亡霊の刀が振られる。妖夢は楼観剣で受け、金属の刃が悲鳴を上げる中、斜めに受流す。

(一撃一撃が鋭い! でも、やられたままでは!)

 返す妖夢の一撃が上段から高速で落下するが、跳ね上がった下段からの刃がそれを受け止める。

 両者がどちらからともなく離れ、そしてふたたび前進。刃と刃が激突して止まり、金属同士のきしりが響き渡る。

「そうそう、ひとつ答え忘れていたわ。わたしは大将ではなく――――」

 両者の力が拮抗していた中で、不意に妖夢の刃が身体ごと前方へと引き寄せられるように動く。

(――――しまった)

 空中というある意味で踏ん張りの利かない場所にもかかわらず、目の前の亡霊はごく自然に脱力――――膝を抜いてのけた・・・・・・・・

「“大佐”と呼ばれているわ」

 前のめりになったところで、先ほどよりも近くで放たれた絶対零度の声が妖夢の耳朶じだを打った。間近にまで迫った命の危機に全身が大きく粟立つ。

 即座に妖夢は半霊を実体化させ、襲い来る“大佐”の左蹴りを受け止める。衝撃まで完全に受け止められたわけではないが、それでも時間を稼ぐことはできた。

 後方へ身体を流しながら体勢を立て直し、刀身の長さを活かした突きを放つ。身体全体を見事に連動させた必殺の一撃だった。

った!」

「いえ、弱すぎる」

 渾身の突きを “大佐” は受け止めていた。

 反転するようにひるがえった刀のしのぎ部分が楼観剣のきっさきを受け止め静止していた。必殺と狙いを澄ませた奇襲を受け止めるとは刀もそうだが、とてつもない膂力だ。

「わたしを止めようとするには、力も、速さも、覚悟も、何もかもが足りていない」

 左眼窩に紅蓮の鬼火を揺らめかせながら亡霊の首魁は無慈悲に告げる。

 驚愕に流されている暇などありはしない。咄嗟に妖夢は防御を固めるべく動くが、そこに普段の冴えはなく、完全に相手の強さと圧力に呑まれていた。

 ふたたび横一文字に振り抜かれる亡霊の刃。高速で放たれた一撃は受け止めた妖夢の身体を地上目がけて吹き飛ばしていた。

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