東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【SS小説】三題話 ~ロスト・イン・レヴァリエ~

保冷剤

お題

「刀」「癒す」「パイプ」

イラスト

あとき

【三題話】「波」

『三題話 ~ロスト・イン・レヴァリエ~』とは?

 イラスト、音楽、ゲーム――多種多様なジャンルが存在する東方二次創作。なかでも最も自由度が高いのは……活字。小説かもしれません。

 文字によって繰り広げられる無限の創造性と可能性は、私たちが知っている――あるいは、知らない幻想郷の世界へと誘ってくれます。

『三題話 ~ロスト・イン・レヴァリエ~』は、さまざまな東方二次創作小説作家がお送りする、東方Projectの二次創作SS(ショートストーリー)。毎回ランダムに選ばれた3つのお題テーマをもとに、各作家が東方の世界を描き出します。

 今回のテーマは「刀」「癒す」「パイプ」。作者は保冷剤さんです。

 

 

「ええっ!? 鉄パイプを日本刀でぶった斬るASMRが最高の癒しだって!?」

 

 魂魄妖夢がいきなり大声を上げるものだから、鈴仙・優曇華院・イナバはびっくりしてスマートデバイスを取り落としそうになった。

 ふたりは人里と竹林を結ぶ鉄筋コンクリート橋の下に肩を並べて座っていた。金曜の夕方にここで落ち合っては、他愛もない世間話に興じる関係を、彼女たちはもう長いこと続けていた。

「妖夢ってば、声が大きいって」

「ぬあ。ごめん……で、ASMRだって?」

 こんなに一緒にいても知らない一面ってあるもんだね、と思いながら妖夢は鈴仙の肩にぴたりと身を寄せ、彼女のスマートデバイスを覗き込む。

 果たしてその画面には、藤色の長髪をポニーテールにした長身の少女が……日本刀で、鉄パイプを、巻き藁よろしくずばずばと切り刻む様子が映っていた。

 ううむ、と妖夢がうなる。

「素晴らしい体運び。この一撃、私でもさばけるか自信が無いな」

「そんな剣の技とかはどうだっていいのよ。それより、これ! この音!」

 鈴仙がデバイス側面の音量ボタンをいじると、ぐわんぐわん、ともゆわんゆわん、ともつかない独特のサウンドが妖夢の耳にも届いた。居合切りにされた鋼管が振動し、えもいわれぬ音を奏でているのだ……問題は、それを耳にした鈴仙の反応だ。

「ぅあぁ~~……脳に響くわあ」

 すっかりヘヴン状態、ガンギマリである。妖夢は引きつった笑みを浮かべるほかなかったが、我に返った鈴仙の表情が僅かに曇ったことは見逃さなかった。

「なに、どしたの」

「それがねえ。私、依姫様の動画大好きなんだけど。新作が出なくなって久しいのよ。数少ないオアシスだったのに」

 しょんぼりと耳を落とす鈴仙。そのあきらめと物足りなさが入り混じった顔を見て、妖夢は後先考えずに言い放った。

「なら、私がやるよ! 私が鈴仙に、ASMR動画をプレゼントしてあげる」

 そう言って妖夢はない胸を叩いた。

「あら、それは楽しみ! WEBに上げたら、イイネがたくさんつきそう!」

「任せなさいって。万バズはいただいたようなものだわ!」

 一転してはしゃぎ始める鈴仙に、たいそう気を良くする妖夢。

 これが過酷極まる #鉄パイプチャレンジ の幕開けになろうなどとは、この時の妖夢には知る由もないことだった。

 

  白玉楼に帰宅した妖夢は、その足で西行寺幽々子の元へ向かうやこのように宣言した。

「幽々子さま。恐縮なのですが私、一週間ほど忙しくしますので。その間、ご飯の用意とかはご自身でお願いします。では!」

「あら、あら~~……」

 言うが早いか妖夢はスタコラと立ち去ってしまった。

 呆気にとられたのは幽々子である。

 妖夢の白玉楼における仕事は庭師と剣術指南役だ。料理その他家事全般は専門の幽霊が担っているのだが、しばらくまえに料理担当幽霊が塩と砂糖を盛大に間違えセルフお清めで成仏してからというもの、妖夢が調理場を任されて久しい状態となっていた。そんな彼女がいなくなっては一大事である。

「まあー……いいか。たまには好きにさせてあげましょ」

 とはいえ普段ろくな給金も休みも与えていない手前、こうした無茶な申し出を押し通す程度の裁量と発言権が妖夢にはあったし、許す度量が幽々子にはあった。

 

 そんなわけで、暇乞いを叶えた妖夢はさっそくガレッジに陣取っていた。ここは庭師の職域、あるいは聖域とも呼べる場所で、彼女が自由にできる数少ない空間だった。

「さーってと。鋼管の試し切り、か。こんなことに家宝の二振りを使うわけにはいかないし……アレを使うか」

 工具類と一緒に壁かけにしていたひと振りを手に取る。

 これは刃渡り二尺五寸の打刀で、半世紀ほど前の刀剣ブームが終息した折に幻想郷に流れ込んだ無銘の品だ。刀工の手で作られたいわゆる『本物の日本刀』ではなく、高炉精錬された鉄を用い、機械鍛造で造られた、大量生産の安物だった。しかしそれゆえ、工芸品が持ち得ない堅牢さと実用性が宿っていた。

 資材置き場から見繕ってきた鋼管を床にがらがらと転がし、作業台にスマートデバイスを置いて動画投稿サイトを開く。

「まずは、改めてお手本を見てみよう」

 鈴仙が心酔していたASMR動画を再生する――

 

 納刀した少女が直立不動の姿勢で、縦にされた鋼管に向き合っている。

 鋼管は直径がおおよそ五〇ミリメートル、長さは一〇〇〇ミリメートル程度で、アンカーを打ち込まれたコンクリートブロックにL字型のアングルジョイントを介しボルトで固定されていた。

 少女が右足を滑らせる。それと同時に右手だけで抜かれた刃が、向かって右下からすくいあげるように鋼管を一閃。

 ちくわでも切るかのように鋼管が斜めに分断され、おーん、おーんと強弱はあるが単調な音が鳴り響く。

 返す刀で今度は左上から袈裟斬りが放たれ、これまたするりと鋼管が斬り落とされる。

 鋼管の振動はここで複雑怪奇な挙動を示しはじめ、強弱と高低の入り乱れた混沌が奏でられた。

 とどめとばかり横一文字に刃が走り、鋼管は元の半分以下の長さに。

 そしてその『鳴り』は最高潮に達し、様々な音色がひとまとまりの波となって押し寄せてきたかと思うと……ふっ、と消えてしまう。

 鋼管はまるで最初からそうであったかのように静止し、辺りは静寂に包まれる……。

 

 ――ざっと、こんな具合だった。

「この音のどこがそんなにイイのかは解らないけど、とにかくやってみますか」

 作業台に設置された万力で、錆の浮いた鋼管を固定する。

 ついで打刀を腰に寄せ、妖夢はひとつ呼吸を整えた。

「ぬふー……」

 一拍置き、抜刀とともに……刃を振り抜く!

「とりゃー」

 気合一閃! だが渾身の一撃は、鋼管を切断するどころか弾き返される始末だった……あるいは、鋼管を弾き飛ばしたと言い換えてもいい。

 金属と金属がぶつかり合うと小気味のよい音と共に、打撃を受けた鋼管が万力の戒めを振りほどき宙を舞う。

 壁に当たり天井に当たり、床をバウンドして妖夢の頭をかすめ、防火シャッターにぶち当たってようやく鋼管が運動量をゼロにする。これを拾い上げた妖夢はまじまじと観察し、ため息をついた。

 刃はいくらか食い込んでいたが、管の肉厚の半分にも達していない……これでは、切断にはほど遠い。

「もしかしたらこれ、生半可なことではないな……?」

 斬鉄それ自体はずいぶん前に修めたつもりだったが、鍛え直さねばならないようだ。

 とはいえこれは、妖夢の技量が足りていないというよりかは、彼女が修行に勤しんでいた頃と現在とで、市井に出回る鉄の品位が向上した事にこそ要因があった。昔なら、これほど良質な鋼材が一山いくらで取引されて、資材置き場に平積みにされることはなかっただろう。

「ホムセンで一本千円の鋼管が、わたしの剣術を上回る時代とは。参ったね」

 そう嘯きながらも、妖夢にはなお十分な勝算があった。

 左様、科学技術の進歩は鋼管のコストダウンにも、妖夢の剣術にも、等しく恩恵を与えるのだった。

 

 かくして試行錯誤が始まった。

 まずもって、斬鉄をモノにするため打刀を研ぎ直し刃先を均一に作り替えた。こうすることで鋼管に食い込んだとき刃が逃げず、せん断応力が稼げる。次いで自身が剣を構えた姿勢をスマートデバイスで撮影し、三次元計測した刃先の角度と合わせて切断するために最適な刃の軌道を計算、その結果を実践に落とし込む。原理的に言えばオーステナイト系ステンレスの鋼管とマルテンサイトの刃を比べれば、用いるスケールにもよるが機械的強度には倍近い開きがある。表面性状も結晶組織も妖夢の側に有利に働く。そもそも炭素量が違うのだ。斬って斬れない事はない。

 しかして、鋼管を曲がりなりにも叩き切れるようになる頃には二日間が経過していた。

 だが、そこから思い通りの音が出せるようになるまでが長かった。

 打刀と鋼管双方の素材、形状、そして音が反響する周囲の環境まで吟味し、鋼管を一端閉口の木管楽器に近似してあの手この手で音量、音域を空洞たる鋼管から引き出そうと模索する。

 その最中。もう何十本目になろうかという鋼管を斬りつけ、その音に耳を傾け、打刀から伝わる振動に感覚を研ぎ澄ませるうち……次第に、妖夢にも、鈴仙があのASMRの何に惹きつけられていたのかが、おぼろげながら解ってきた。

 

「これは、歌だ」

 

 刀を握る強さ。支点、力点、作用点の距離関係。剣速、剣先の形状、そして鋼管を切り落とす位置……それらが僅かでも異なれば、鋼管内の空気柱が示す振動には無数の変動が生まれる。まして二度、三度と斬って鳴らすたび、重なり合い、打ち消しあった反響は、発声に引けを取らない複雑さと奥深さ、ニュアンスを持つに至る。

 これ即ち、鋼管を震わせて奏でる歌に他ならない。

 その音波を。波を。波長を。振幅を。鈴仙は感じ取り、フーリエ展開し、味わっていたのである。

 波に対し鋭い感覚を持つ彼女だからこそ楽しめる領域だった。

「これが、鈴仙の見ている世界……」

 そして妖夢もまた、鋼管と向き合い続けるうちに、その深みに至ったのだ。どうかしてるぜ。

「しかし。こんな方法でしか、歌えない人間もいるんだな」

 言ってから、自分もどちらかというとそっち側だなと気づき、人知れず苦笑する妖夢。その気づきを得るころには、さらに三日間が過ぎていた。

 

 それから丸一日。妖夢は鋼管の試し切りに没頭した。

 白玉楼でストックしている分がなくなると里へ買い出しに行き、そちらの在庫もなくなったら叩き切った鋼管を溶接して再利用するようになった。

「うちの庭師は、溶接ばかり上手くなって」

 とは、この有様を見た幽々子の言だ。

 実にここまでの六日間で消費した鋼管の総延長は二〇〇メートル。重量にして五〇〇キログラムを超えた頃、ようやく妖夢は『本番』の撮影に取り掛かった。

 スマートデバイスを固定して、録画ボタンを押した妖夢が刀を片手に鋼管に相対する……。

「大丈夫、落ち着いてやればいい」

  深呼吸を三回。ぬるりとすり足を踏み込み――妖夢は、乾坤一擲の声を上げた!

「ほいやー」

 次の瞬間には、いつ抜かれたかも定かではない打刀が、固定された鋼管の上部四分の一ほどを斬り落としている。

「でりゃー」

 それだけでは終わらない。すかさず追撃が加わり、振り上げられた刃が再び鋼管を袈裟斬りにした。

 妖夢はここで息を整え、響き渡る音に導かれるように……最後の一撃を浴びせる。

「ぬん!」

 鋼管の振動が、みょーん、みょーん……という独特の音となって周囲に響き、ほどなくそれは巨大な波となって……ぱたり、と途切れた――成功だ。

「っしゃい!」

 こぶしを小さく握ってぴょんぴょんと飛び跳ねる……こうして、妖夢のASMR動画は無事に完成を見たのだった。

 

 翌日!

 いつものように橋のたもとを訪れた鈴仙は、そこでくたくたになった妖夢を発見した。

 一週間、知恵を絞り剣を振り続けた妖夢はまさに疲労困憊だったが、それでもなお眼だけはぎらぎらと光り、鈴仙に自作のASMRを届けようという一心でここにたどり着いていた。

「そういえば、そんな約束したっけ」

 とは、思いつつも口には出さない鈴仙である。

 なにはともあれ、血豆のつぶれた手で妖夢が差し出してきたスマートデバイスをタップし、その音源に耳を澄ませてみる……

 ……これには、鈴仙も心底から震えてしまった。

「これは、この音色は。依姫様のように澄んではないけど……まさに地上の、雑味の多い。うん。

 妖夢らしい、音だと思うな」

 鈴仙がそう言って浮かべた笑顔こそ、頑張った妖夢への最高の褒美だった。緊張の糸が切れた彼女はずるずると鈴仙に身を預け、ぽすりとその膝に頭を乗せる。

「すこし。休ませてもらっていい?」

「うん。ゆっくり休んで」

 こうして、鈴仙に癒しを提供しようという妖夢の試みは、結局どっちが癒されているのかよくわからないまま成功裏に幕を閉じたのであった。

 

 眠りに落ちた妖夢の頭を撫ぜる鈴仙。

 そういえば……動画がうまくできたら、ネットに上げようと話していたことを思い出す。

「ま、いいか。誰にも共有しない、私の……私だけの癒しが、あったっていいものね」

 そうつぶやいて、スマートデバイスの電源を切り、ポケットにしまい込む……やがて膝の上で、妖夢がいびきをかき始める。

 そのいびきこそ、まったく怪音波であったのだが……それを聴くものは、ひとりしかいなかった。