東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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音楽評
2022/02/24

「ジャンクな音の高速濁流を聴け!」東方アレンジ楽曲レビュー『Eastern Retrograde Memories』/Pegmode

東方アレンジ楽曲レビュー『Eastern Retrograde Memories』

カナダのチップチューン東方アレンジャー

 今回は、カナダの編曲者Pegmode氏からリリースされた『Eastern Retrograde Memories』の魅力について、みなさんにご紹介したい。

 Pegmode氏はカナダ、アルバータ州エドモントンのアレンジャーだ。主にチップチューンのアレンジを制作しており、Twitterの自己紹介文は「ヴィンテージ・コンピュータの愛好家、コンピュータ科学の学生、チップチューン制作者、多方面に変人」となっている。

 同氏のアレンジは基本的には原曲をなぞるようなストレートなものが多いが、どれも個性が遺憾なく発揮された“Pegmode節”といえるものになっている。そのサウンドの魅力は、作り込まれたノイジーな音の空間と、その中を突っ切っていく高速ピコピコ音だ。氏のアレンジを聴いていると、「短い時間にたくさんピコピコ音が鳴っていると嬉しい!」という原始的な衝動がインストールされるように思う。

 試しに「Harvest Princess」を聴いてみてほしい。私が言おうとしていることがなんとなく伝わるのではないだろうか。

 もちろんアルバム全体のクロスフェード動画もある。もし興味が湧いたなら、下記のリンクを聴いて、ぜひ続きを読んでほしい。

 また、アルバムは全曲Bandcamp上でフリーダウンロード・無料公開されているので、個々の曲をきちんと聴きたい方はこちらもチェックだ。

Eastern Retrograde Memories

 

『Eastern Retrograde Memories』

 Pegmode氏は東方アレンジを2017年頃から制作しており、今回ご紹介する『Eastern Retrograde Memories』は同氏の2020年までのアレンジ曲をまとめたアルバムだ。

 アルバムジャケットはアメリカのドット絵師、Ijjo氏によるもの。ゲームボーイに乗ったぬえと小傘がとても楽しそうで、アルバム内容を上手く表現している。良い。

 まずはTrack1「Goddess Create!」を聴いてみてほしい。初っ端から主旋律の後ろでボワボワバリバリした音がずっと鳴っている。そこにドラムが加わっていき、音の空間が完成されていく。主旋律のピコピコ音の隙間をノイジーな音が全て埋めてしまう。けれどそれが鬱陶しい感じではなく、重苦しい感じにもならない。どこまでも軽やかで、心地よいのだ。

 冒頭でも紹介したTrack3「Harvest Princess」は元々テンポの速い原曲だが、このアレンジではそれに輪をかけて速くなっている。原曲だと45秒くらいで1ループだが、このアレンジは40秒経たずに原曲の1ループが終了している。荒っぽいドラムのバシッバシッという音はちょっと馬鹿っぽくて楽しいし、原曲と相まって全体的にコミカルで賑やかな感じだ。

 Track4「9 on Nine(mk2)」は定番のチルノアレンジだ。アルバム中で同氏の遊び心が最も発揮されている曲だろう。他のアレンジより明らかに原曲が弄り回されている感じがある。原曲のメロディーをある程度維持しながらも、展開にかなりの緩急をつけて、とにかく様々な音をリスナーにぶつけてくる。曲名に”mk2″(日本語で言うと「改良版」くらいの意味)と付いていることからも分かるように、Pegmode氏はおてんば恋娘のアレンジを何度か制作しているのだろう。

 実は同氏は、以前にもご紹介したマレーシアのアレンジ制作者・Violet Delta氏のコンピレーションアルバム『Absolute Zero: Perfect 9』に参加しており、そちらにも別のおてんば恋娘のチップチューンアレンジ「Polar Blue」が収録されている。「Polar Blue」は重低音が強調されたアレンジになっていて、こちらもなかなか楽しい曲だ。聴き較べてみるのも面白いだろう。

 高速ピコピコの高揚感はTrack7「SUWA」でピークに達する。所謂、東方原曲における発狂ピアノと呼ばれるものとも相性が良いのだろう。原曲のピアノ音はもちろん美しいが、それを連続したピコピコ音で聞いた時の気持ち良さというのは確実に存在する。

 ここまで来れば、我々はただノイジーな音の高速濁流に身を委ねるだけだ。そして、そこに丁寧なイントロやアウトロといったものは必要ない。サッと始まり、サッと終わる。その潔さ、気持ち良さ。(決して手抜きで作られたアレンジ曲という意味ではなく)ジャンクな音楽を聴いているというこの感覚は、最高に心地良い。本当に最高に気持ち良いのだ。

 とはいえ、アルバム中には少し雰囲気の異なったアレンジも収録されている。Track9「Eastern Retrograde Memories」はアルバム表題曲で、Blue Mario氏(この方もチップチューン制作者である)との共作になる曲だ。このアレンジはコミカルさが抑えられており、代わりに真面目な雰囲気が前面に出ている。しかしノイズの濁流のようなピコピコポコポコ音は健在で、ジャンク感をもちながらも感情の起伏も呼び起こすような、“聴かせる曲”になっている。

 また、Track6「Astral Refraction」の出だしなどで顕著だが、主旋律を奏でる音が動物の鳴き声にも似たような、どこか切実な感情を伴ったような“哭き”の音に聞こえてくるのは不思議だ。チップチューンに有機的なものが見出される、デジタルでノイジーな音の中に感情を見出す、そういう瞬間に我々はふと立ち会ってしまう。

 

他アルバムへの参加

 他のアルバムに収録されているアレンジであるが「Fated Dark Road」も素晴らしい。

 同氏のノイジーで高速ピコピコの持ち味が最も発揮された曲だと、個人的には思う。ひたすらドゥルドゥルしている感じで、とにかく走りっぱなしのアレンジだ。特に00:25~00:26辺りにあるピャラララララ……という音が最高に気持ち良い。

 ちなみに、この楽曲が収録されている『TouWho??』というアルバムは隠れた名盤だろう。ブレイクコアを主体とした、個性的なアレンジ曲を収録したコンピレーションアルバムだ。聴く人を少し選ぶと思うが、海外コンポーザーの実力派ぞろいという感じで、東方アレンジ好きは一度聴いてみて絶対に損はしない。国内でいえば、蟲とLumpyとミュージックコンクリートによる「蟲と東方と」シリーズが好きな人におすすめ、といえば分かる人には分かるだろうか。

 こちらのアルバムも全曲無料で手に入るので、ぜひ聴いてみてほしい。ジャケットの海外カートゥーンっぽい東方キャラたちもポップでかわいい。

 また、すでに述べたがチルノオンリーコンピレーションの『Absolute Zero: Perfect 9』もおすすめしておく。こちらも、さまざまな海外のメンツが参加したごった煮アルバムである。Pegmode氏のアレンジはもちろん、他の方のアレンジも良いので、ぜひ、あなたの推しのアレンジャーを見つけてみてほしい。

 余談の余談だが、Pegmode氏はYouTubeに宝鐘マリンの「Ahoy!! 我ら宝鐘海賊団☆」のチップチューンアレンジなども上げており、東方以外のアレンジも面白い。リスナーとして末永くお付き合いしていきたいアレンジャーである。

 

作品情報

『Eastern Retrograde Memories』
https://pegmodedc.bandcamp.com/album/eastern-retrograde-memories

Production:Pegmode
Art:Ijjo

Pegmode
Twitter:https://twitter.com/Pegmode2
bandcamp:https://pegmodedc.bandcamp.com
SoundCloud:https://soundcloud.com/pegmode_dc
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCtQcrCQGT-pClAvZUDwagZA

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