音楽評
2021/05/12

東方とインターネット音楽が生み出すノスタルジー『幻想郷深夜ドライブ Vol.1』 / Violet Delta

東方アレンジCDレビュー『幻想郷深夜ドライブ Vol.1』 / Violet Delta

 ――2018年10月、東方アレンジ界にまた一つ、名盤が生まれた。

 マレーシアの編曲者Violet Deltaから放たれた『幻想郷深夜ドライブ Vol.1』である。

 今回はこのアルバムの魅力について、みなさんにご紹介したい。これはフリーダウンロード、無料公開されている作品だ。ぜひ再生ボタンを押してクロスフェードを聴きながら続きを読んでほしい。

幻想郷深夜ドライブ Vol.1 | bandcamp

 

マレーシアの東方アレンジャー

 Violet Delta氏はマレーシア、クアラルンプールの東方アレンジの編曲者である。

 2017年頃から制作しており、アレンジ曲はYouTubeBandcampから聴くことができる。ジャンルとしてはシンセウェイヴ、イタロ・ディスコ、アウトラン、ユーロビート、チルウェイヴといったクラブミュージックだ。

 海外の東方アレンジのコミュニティでは知られた人物で、コンピレーションアルバムの取りまとめ役も務めている。海外の掲示板サイト「Reddit」(※1)で毎年のように行われる東方同人イベント「Redditaisai」(※2)にも積極的に参加している。

(※1)Reddit
ニュース記事のリンクや画像を投稿する英語圏の投稿型ウェブサイト。

(※2)Redditaisai
Reddit発祥による東方Projectオンラインイベント。

 ちなみに『幻想郷深夜ドライブ Vol.1』にはブラジルのKonntali Records氏も2曲ほど提供している。ボーカルとして参加している02PC氏やジャケット絵のHrusa氏も海外の人物のようである。

 

『幻想郷深夜ドライブ Vol.1』という名盤

 アルバムの中より4曲ほどご紹介する。

 最もキャッチーなアレンジは「Feel That Bad Apple Beat!」だろう。こういう曲を前にすると、もはや言葉は無粋なようにも思う。タイトル通り、Bad Apple!!のビートを感じて、夜の街に駆け出していく。そんな爽快でゴツい曲である。

 アルバムの白眉は「Lime Avenue Under the Eastern Wind」だ。

 この曲はチルウェイヴで、疾走感のある曲ではないのだが、その代わり、異常にエモいノスタルジー空間が演出される。アルバム全体が懐古趣味をテーマにしてはいるのだが、この曲はその中でも屈指のノスタルジー度である。チルウェイヴはノスタルジーと同時に宇宙感・未来感といったものも強く放つジャンルだが、この曲はたしかにそういうものがありつつも、乗っかってくるG Freeのメロディーがあまりにも儚く切なく、そして力強い。

 風が吹き渡る並木道(Lime Avenue)を歩く蓮子とメリー。そんな二人の姿が本当に目の前に立ち現れてくる。僕らの頭には、あったかもしれない秘封倶楽部のいる風景が広がり、僕らはただその中に溶けていく。

 終わりに差しかかった朝5時のクラブでこの曲が流れたら、その場で泣き崩れてしまうだろう。あなたも一度聴けば、この表現が大げさでないことが分かるはずだ。ぜひ聴いてみてほしい。

 氏の作るイタロ・ディスコアレンジには現代的というか、シンセウェイヴ的な要素が強いものが多いのだが、その中にあって割と素朴な感触を持つのがこの曲。アルバム中で80年代感が一番強い。ディスコ的なムードを感じることができ、かなり楽しい。

 公共施設の呼び出し音みたいなシンセサイザーの音。ある意味で演出過剰とも思えるような、とろとろになった音の空間。迫力があり、同時に笑ってしまいそうにもなるのだが、擦り切れて泣くようなサックスの音色の先で響く0P2C氏の歌声と、それを盛り立てる音の空間には、たしかに真摯で切実なものが感じられる。胸にくる。なんだこれ。

 

Violet Delta氏の東方同人へのこだわり

 このアルバムは無料公開であるにもかかわらず、きちんと特設サイトがある。そして、その形式はTokusetsu 3(皆さんがよく見るTumblrのやつ)である。2018年の秋季例大祭に合わせての発表で、マレーシアからウェブ上で参戦してくれたということになる。氏の東方ファンダムに対する愛が伝わってくる。

幻想郷深夜ドライブ Vol.1

 『幻想郷深夜ドライブ Vol.1』の特徴のひとつに、PC-98作品からの原曲が10曲、Win作品からの原曲も10曲が収録されていることが挙げられる。つまり、原曲が新旧ちょうど半分ずつになっている。アルバムのジャケットが新旧の巫女であることも、そのことを表している。

 海外の東方ファンの間では(日本の東方ファンより)旧作の人気が高い傾向があるが、単にそういったものだけではない、このアルバムのコンセプトに対する氏の強いこだわりが感じられる。

 氏がYoutubeの動画でコメントしているように、「Endless」(『東方怪綺談 ~ Mystic Square』のエンドロール)を原曲にしたアレンジは、ほかではなかなか聞けないだろう。

 

東方とインターネット音楽が生み出すノスタルジー

 シンセウェイヴやアウトランといった音楽ジャンルは2000年代に生まれたもので、80年代のレトロフューチャーなゲーム、映画、その他様々な文化に対する憧れとノスタルジーが表現される。アートワークのモチーフには80年代のネオン、椰子の木、格子と地平線、そして車である。近接した音楽ジャンルにヴェイパーウェイヴがあり、そちらを知っている人なら雰囲気は分かってもらえるかもしれない。

 シンセウェイヴやアウトランの代表的なアルバムとしてはKavinsky『Outrun』やLazerhawk『Redline』を挙げることができるが、ここではViolet Delta氏が「Feel That Bad Apple Beat!」の動画コメントで言及しているMiami Nights 1984『Turbulence』を紹介しておく。

 イタロ・ディスコについて言えば、これは80年代そのものの音楽であり、後にユーロビートなどに派生していくジャンルである。現代からすれば野暮ったくも聴こえるシンセサイザーの音、ゆったりめなBPM……。それはクラブではなくディスコで流れる音楽である。そしてイタロ・ディスコ自体は90年代初頭には衰退していく。

 イタロ・ディスコというジャンル名は「ZYX Music」というドイツのレーベルに起源がある。下記に紹介するのは、ZYX Musicが出したアルバム『The Best Of Italo Disco Vol. 2』に収録されたK.B. CAPSの「Do You Really Need Me」という曲だ。一口にイタロ・ディスコといっても様々なものがあるが、Violet Delta氏の曲に近いような雰囲気のものを選んでみた。

 80年代、それは日本が高度経済成長の末にバブルを謳歌していた時代だ。昭和である。それは好むと好まざるとに関わらず、私たちが忘れ去り、捨て去った時代でもある。

 『幻想郷深夜ドライブ Vol.1』には二本の補助線を引くことができるように思う。ひとつ目はすでに述べたような80年代の文化へのノスタルジー。そしてふたつ目は、東方Projectの幻想郷という枠組みそのものが持つノスタルジーだ。ご存知のように、幻想郷は外の世界で失われ、忘れ去られたものが流れつく場所である。そしてその場所では、今もなお、流れ着いた者たちによって終わることのない饗宴が繰り広げられている。『幻想郷深夜ドライブ Vol.1』は、そうした二本の補助線が交わる点に蜃気楼となって立ち現れる。

 また、ノスタルジーという目線は、多くの旧作曲のアレンジという形でも表現されているようにも思う。

 『幻想郷深夜ドライブ Vol.1』には『東方幻想郷 ~ Lotus Land Story』からの曲が最も多い。アルバム全14曲中、6曲に東方幻想郷の曲が含まれている。

Track.1「Intro ~ Danmaku Drive!!!」は「Arcadian Dream」のアレンジに始まり、
Track.6「Feel That Bad Apple Beat!」は「Bad Apple!!」のアレンジ、
Track.10「Distant Dream Land (Feat. 0P2C) (Violet Delta Remix)」は「Dream Land」のアレンジである。

 「Bad Apple!!」ことエリーが守る夢幻館は、現実世界と夢幻世界の境目にある館だ。私たちはそこを通り抜け、「Dream Land」の幽香の元にたどりつく。「Distant Dream Land」では、0P2C氏が美しく歌い上げる。

Konntali Records – Distant Dream Land (Feat. 0P2C) (Violet Delta Remix)

“We are just flowers that’ll never bloom in this ruined land

The dream always ends, the truth is an eternal falsehood

And we’re walking on for the day that we’ll fall in a utopic world

Patience’s running out, time passes more slowly every day now”

“私たちはこの荒れ果てた地では咲くことのない花でしかない

夢はいつも終わって、真実は永遠の偽りになる

理想の世界に堕ちる日を信じて歩いている

もう耐えられない 時間の流れは日に日に長く感じられる“

 私たちはこの荒れ地では咲くことのできない花だ。だから花開く場所へ、楽園に向かって歩き続けなくてはならない。

 このアルバムでは曲名に繰り返しMoonという名詞が出てくる。それが浮かぶのは私たちが駆け抜ける、終わらない夜だ。実はTrack.1の「Intro ~ Danmaku Drive!!!」には「永夜の報い ~ Imperishable Night」のアレンジも含まれている。

 考えてみれば、80年代に東方Projectは存在しなかった。ZUN氏によって最初の東方作品が生み出されたのはバブルが崩壊したあとの世界、1996年だ。ということは、幻想郷もまた80年代には存在しなかった、と言っていいかもしれない。ある意味では、80年代は私たちの現実と幻想郷が分化していない世界だ。

 現実と夢幻の狭間、終わりのない偽りの月、あり得なかった過去。あなたはそうした幻視の焦点へ、饗宴の園に向かって進んでいく。新しいものと旧いもの。二本のラインに縁どられた道路を、ビートに突き動かされながら、あなたはただひたすらに駆け抜ける。

 

作品情報

『幻想郷深夜ドライブ Vol.1』
https://gmdvol1.tumblr.com

Production, Mixing & Mastering:Violet Delta
Original Arranger (Track 3, 10):Konntali Records
Vocalist (Track 10):0P2C
Illustrator:Hrusa

Violet Delta
Twitter:https://twitter.com/violet_delta
bandcamp:https://violetdelta.bandcamp.com
SoundCloud:https://soundcloud.com/violetdelta
YouTube:https://www.youtube.com/c/VioletDelta2