東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第9回 機甲】

 イヤになるほどの青空が広がっている。

 普通に生活しているだけであれば昼下がりのうららかな空と形容するであろう何気ない日だ。

 いつになっても春が訪れないだとか、夜が知らぬ間におかしなことになっていたり、季節関係なしに様々な花が咲き乱れているとか、地中から間欠泉と一緒に亡霊が噴き出してきたなんてこともない。ましてや怪しげな物体も飛んでいないどこまでも平和な空だった。

 だが、異変の兆候を察知し、その解決を命じられた者にとってはそうではない。

「次こそ手がかりが見つかるといいんだけどねぇ」

「そうですね」

 ここ二日ほど付き合っただけだが、妖夢もいつしか小町のブレなさに慣れてきつつあった。

 どちらかといえば真面目な妖夢にとって、どこまでも呑気な死神の気質とはいささか合わないところはあるが、多少なりとも解決に向けて動こうとしている部分は評価するべきだろう。

「なにさー。一蓮托生の相棒に向けてつれない反応をするじゃないかよぅ」

 妖夢の反応が気に入らなかったのか小町が絡んでくる。

「そうですか? こうして怠惰な死神の会話に付き合ってあげているだけでもわたしは褒められていい気がしますよ」

「ちょっ!? そんなに!?」

 容赦ない妖夢の言葉にショックを受けた様子を見せる小町。

 もしかしてこの死神はこの期に及んでも仕事に関する信用がまるでないことに気付いていないのだろうか。

「そんなにショックを受けるなら、もうすこし普段の言動を顧みられてはどうですか? 今回の異変にしたっておおかた――――」

 ちょっとした意地悪のつもりで「原因は実は小町なんじゃないですか?」と妖夢が冗談の類を口にしかけたところで、遠くで森が爆発した。

「――――妖夢!」

「ええ、行きましょう!」

 ふたりの表情が一瞬にして変わり、爆発のあった場所へと向けて走り出す。

「こりゃ藪をつついて蛇が出たってかね!」

「その表現は間違っていると思いますけど、方向だけは合っていたみたいですよ!」 

 近づくにつれて昨日夜の森で聞いた物騒な音が聞こえてくる。間違いなく“当たり”の気配だった。

「はぁ、また荒事かぁ……。べつにあたいは戦いたくて動いているわけじゃないんだけどねぇ」

 小町が愚痴を漏らす中、ふたたび爆音が発生。それをきっかけとしたかのように視線の先で森の切れ目から人影がふたつ飛び出てくる。

「河童と道具屋!?」

 予想外の人物を見た小町が驚きに小さく叫ぶ。

 姿を現したのはなんと顔見知り――――森近霖之助と河城にとりのふたりだった。

 普段はあまり見かけない組み合わせとの遭遇に妖夢も小町も驚きを隠せないようだ。

 しかし、その驚愕もすぐに消え去り、現状を思い出してふたりは表情を引き締める。

「ちょ、ちょうどいいところに! 助けてくれよ! とんでもない連中に追われて――――」

 にとりがそう言いかけたタイミングで森の中から低い唸り声のような音が響いてくる。

「うわぁ、もう追いついてきた! ちょっとは時間を稼げたと思ったのに!」

 よほどひどい目に遭ったのか、にとりは顔色を青くしてその場から逃げようと走り出す。

「ちょっとにとり! 待ってください!」

 さすがになにがあったかもわからないまま亡霊たちの相手をするわけにもいかない。

 とりあえず妖夢と小町も逃げようと必死なにとりと霖之助に並ぶようにして走り出す。

「いったいなにがあったっていうんですか?」

 にとりへ訊ねながらも森に何があるのかと気になった妖夢が振り返ると、そこで内部から唸り声をあげて低木を破壊しながら鉄の塊が飛び出してくる。

「うえっ!?」

 思わず変な声を出してしまう妖夢。

 昨日のように人の形をした亡霊たちが出てくると思っていただけに予想外の存在を前に表情を崩さざるを得なかった。

「あれは外の世界の武器――――Sd.Kfz.223っていう機械でできた自分で走る荷車だよ!」

 大事な部分を口にしてから「本当は武器じゃなくて兵器だし、軽装甲偵察車っていうんだけどね」と小声で続けるにとり。これは完全にエンジニアとしての自己満足からだった。

 とはいえ、目の前にいるのは死神と辻斬り。およそ工業製品などに興味がなさそうなふたりに言っても意味がないと判断したのだろう。そして、それはおおむね正解だった。

「なるほどわかりません!」

 この時点で妖夢は考えることをやめた。

 あの荷車の名称や種別、はたまた機構などを説明されたところで庭木の手入れか剣を振るうことが専門の妖夢に理解できるものではないし、そもそも今はそんなことをしている場合ではないのだ。

 河童の面倒くさい解説はいらないとばかりに言葉で無慈悲に一刀両断。次いで背中の楼観剣を抜き払って鉄の塊へと向き直る。

 にとりがつぶやいていた内容はいまいちよく覚えていないが、とりあえずあれの呼び名は“装甲車”でいいだろう。妖夢は脳内で荷車に名をつける。

 実のところ知らぬ間に少女は“正解”に辿り着いていた。それは戦闘モードへと移行したがゆえに勘が奇跡を招き寄せたのかもしれない。

「敵がいるならとりあえず斬る。そしたらあとは勝手に解決するはずです!」

 辻斬りモードの妖夢が言っていることは相変わらず無茶苦茶だったが、それでも彼女としては使命感で動いている。

 どのみち放っておけばろくなことにはならないのだ。ならばここで食い止めるだけである。

「ああもう! 戦闘狂はこれだから! あの鉄の塊は素早く動き回る上に連発できる飛び道具がついてるから気を付けてよ!」

 解説を諦めたにとりが簡潔に注意を促す。

 「主兵装として7.92㎜機関銃 MG34が据え付けられているから~」なんて言ったところで通じはしまい。

 自身の知識を披露したい気持ちとそうもいってはいられない現実との齟齬に悩まされるにとりだったが、ここは素直にわかりやすさを選ぶ。

「そんなこと言われても気をつけようがないですよ! 妖怪たちの弾幕ごっこじゃないんだから!」

 見たところあれは相当に重そうだ。飛び道具がついているとにとりは言っていたが、それでやられる前に体当たりでもされてしまえば終わりではないだろうか。

 おそらく森の中では縦横無尽に動き回れないことが霖之助とにとりを助けたのだろう。

「でも――――あれは斬れそうな気がする

 確信とまではいかないが妖夢には予感があった。

 あれを動かしているヤツは鉄の箱の中にいるのかもしれないが、攻撃を行う射手だけは剥き出し状態だ。相手がこちらを狙い撃とうとしてもここなら遠慮なく飛べるから回避するぶんには問題もない。

「ここはわたしが引き受けます! 小町、ふたりを頼みましたよ!」

 こんなところで顔見知りが死んでしまっては目覚めが悪い。まずは避難を優先させるべきだと、ちゃっかりにとりたちと逃げようとしている小町に声を投げる。

「任せなって。無事にちゃんと三途の川を渡らせ――――」

「「縁起でもないことを言うな!!」」

 場を盛り上げようとしたのか小町の放った笑えない冗談に霖之助とにとりのふたりが反射的に叫ぶ。それを聞きながら妖夢は口元をわずかに綻ばせた。

(おっといけない。今は目の前の敵に集中しなきゃ)

 短く息を吐き出して妖夢は意識を切り替えると、後方でのやりとりから離れ前方へと足を踏み出す。

 装甲車の周囲に展開していた亡霊歩兵たちが反撃の意志に気付き銃口を妖夢へと向ける。

「いざ参る!」

 短く告げた時にはすでに妖夢は長刀を携えたままその場から急速飛翔。放たれる弾丸を高速で回避しながら一気に距離を詰めて着地と同時に踏み込んで鋭い横薙ぎを放つ。

 手近な歩兵の首を真一文字に飛ばし、返す刀でもう一体を逆袈裟で斜めに両断。

 距離を取ったままでの戦いを想定していたか、妖夢のとった予想外の動きで亡霊たちの足並みが大きく乱れていた。

 数に頼んだ戦い方は個人の武勇を容易に圧殺するものだが、それも統制がとれていればの話である。

 新手の殺気を感じた妖夢は身を屈めて銃撃を回避しつつ、即座に地面を蹴って次の敵へと一息で肉迫。振り下ろされる一撃が肩口に食らいつき一気に心臓までを両断して抜ける。

 もちろん、すでに死んでいる亡霊にこのような攻撃は意味がないため、次いで引き抜いた白楼剣が翻りさまよえる肉体を消滅させて始末完了だ。

 乱戦というのに味方への誤射を気にしてか亡霊たちからの射撃はまばらだった。自分たちの包囲網の中へと飛び込んできたに等しい敵への対応としてはあまりに下策ではないか。

(同士討ちを避けてる? いや、まさかね……)

 疑問も覚えつつ、道が開けたところで妖夢は本命である鉄の荷車――――装甲車へ距離を詰める。

「っと!」

 搭載された武器が素早く旋回した瞬間、イヤな予感を覚えた妖夢は咄嗟に上空へ飛んで狙いを強引に外す。

 直後、猛烈な音とともにほんのすこし前まで妖夢がいた空間を大量に放たれた礫が薙いでいった。

「危なかった……」

 本心からの言葉が漏れる。

 今までの武器は点を狙った攻撃だったが、あれは連続して放つことによって、ある意味“薙ぎ払う”ような使い方もできるようだ。

 にとりの言葉からそういうものだと頭では理解していたつもりだったが、実際に攻撃を受けてみると自分の認識が甘かったことに気付かされる。

 下手をすれば今での穴だらけにされていた。いつまでも弾幕ごっこの意識でいては危険だ。

(雑魚は放っておいて、あれを早めに潰しておかないとダメね)

 いずれにせよ焦る必要はない。

 亡霊たちは妖夢を明確な驚異として認識したらしくにとりたちを追う様子は見られなかった。ならば今は回避に専念していても問題はない。

「でも鬱陶しいなぁ……」

 自分へと向かって伸びてくる火線を妖夢は悪態を吐きながら空を駆けるようにしながら回避。高度を巧みに上下させ、左右へも身体を滑らせて相手を翻弄するが、それ以前に装甲車自体も動き回りながら攻撃を行っているため狙いが安定しているとは言い難かった。

「こっちの反撃を警戒しているにしても変よね……。低級の亡霊じゃあれが限界なのかしら」

 しつこく続けられる攻撃を回避しながら妖夢は考える。

 どうも今回の亡霊たちの中に知性の高い個体がいないことが災い……いや、妖夢からすれば幸運な結果となっているようだ。

「それとも……?」

 あるいは、空を飛ぶものに対してはああった動きをするようになっているのか。

 一瞬そんな考えが妖夢の脳裏に浮かび上がったが、すぐにそれを思考の隅に追いやる。今は戦闘に集中せねばならない。

 追い続けてくる攻撃に対して軌道を変えながら回避行動をとり続け、にとりたちが逃げる時間を稼きだす。先読みも交えながら銃撃を躱して相手の様子を窺っていると不意に銃撃が止んだ。

「――――好機!」

 妖夢の決断は素早かった。

 それまでの回避機動から一気に進路を変えて急激に地上へ向かって降りて――――いや、突っ込んでいく。

 戦闘機の急降下爆撃を思わせる動きをされては、高射砲の役割をこなせるとはいえ機関銃一挺の迎撃手段だけではあまりにも役者が不足していた。そもそも仰角が取れず無駄玉をまき散らすだけだ。

 随伴する亡霊歩兵たちも集団の要である装甲車を守ろうとKar98kを構え一斉に発射。

 しかし、それはこれまでに幾多の弾幕を潜り抜けてきた妖夢の前では無駄な足搔きに等しかった。

 飛来する弾丸の群れ。それらをまるで螺旋を描くように高速回避しながら突入した妖夢の楼観剣が、機関銃を構えたままでいた射手の身体を脳天から貫き鉄の床へと縫いつける。

 肉体を串刺しにされ小さく痙攣を続ける兵を無視して、妖夢は亡霊の身体から引き抜いた長刀を使って勘が命じるままに内部へと通じるハッチを破壊。

 こじ開けた内部にいた新手の亡霊が妖夢に対してなにかを向けようとするが、腕を掴みとって一気にへし折った。乾いた音が響くが妖夢は止まらない。

「しつこい!」

 それでも動きを止めずに残った腕を伸ばしてくる亡霊に向けて短く叫び、妖夢は腰から引き抜いた白楼剣を叩き込んで肉体を消滅させる。

「……!」

 大物を仕留めた達成感に気が緩みかけるが、不意に背筋へ悪寒が走り妖夢は外を見る。

 視線の先では生き残った亡霊兵士がなにやら木槌にも似た棒状のものを自分――――この装甲車へと向けて構えていた。

(どう見てもあれはマズい……!)

 悪寒とともに妖夢の全身の皮膚が粟立つ。

 妖夢に兵器に関する知識はないため具体的になにが起きるかまでわかったわけではない。ただひたすらに戦いの中で培われてきた本能が全力で警鐘を鳴らしていた。

「ッ!」

 咄嗟に床を蹴って飛び立とうとするも、そこで妖夢は足首に違和感を覚える。

 見れば先ほど刃で貫いた亡霊が妖夢の脚を握りしめていた。自分を見上げる虚ろな眼窩には生者への怨嗟の感情だけが漂っている。

「邪魔を! するなっ!」

 先にトドメを刺しておくべきだったと悔やみつつ、白楼剣でしぶとい亡霊を切りつけて自由になる。

 しかし、今の亡霊が仲間のために稼ぎ出した時間は大きなものだった。今からではとてもではないが回避は間に合わない。

(そういえば身体の残り半分が死ぬってどんな感じなんだろう……。あ、わたしが完全な幽霊になっても幽々子様はちゃんとわかってくれるかな?)

 さすがに今回ばかりは無理かと思った妖夢の脳内に妙な思考が流れはじめる。

 この期に及んで生きたいとか死にたくないとかそんな感情が浮かび上がらないのは自分でもおかしく、そして他人事のように感じられた。

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