東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第57回 土竜】

 坑道はやけに広く、天井までの高さもそれなりにあった。モグラが掘った穴よろしく狭さで圧迫感を覚えることもない。

 この道がどこまで続いているかはわからないものの、10mくらいの間隔で灯りが点っていたのは妖夢たちにとっては紛れもなく幸運だった。

 お世辞にも視界は良いと言えないが、にとりが持ってきたランタンとヘッドライトのおかげもあって歩くに困ることはない。

「ふーむ。灯りが点いてるってことは、この坑道は生きてると見て良さそうだな。誰かが定期的に火を管理してないとおかしいし」

「いや~どうかね。これ旧地獄から持ってきた“消えない炎”じゃないかい?」

 周囲を見渡しながらつぶやいたにとりに、珍しく小町が異論を挟んだ。

「へぇ、そんな便利なものがあるんですか。初めて知りました」

 感心したように横合いから入ってきた妖夢が小町を見た。

「地獄にゃ絶えない火がそこかしこにあるだろ? 罪人に責め苦を与えるために、視覚的にも物理的にも火が必要なんだ。人間は獣と違って火を恐れないといっても、やっぱり恐ろしさは知っているからね」

「でもここは地獄じゃありませんよ? そんなもの一体どこから……」

「一応旧地獄にもあったはず。一説にはヒノカグツチが生まれてすぐイザナキに殺され、黄泉に送られてなおその身体が燃え続けて地獄中が火に包まれた、みたいなことは聞いたことあるけど。旧地獄は黄泉を区画整理したようなもんだし」

 記憶の中からそれっぽい情報を発掘サルベージしてくるが、普段まともに使っていないせいかどうにも要領を得ない。

「なんつーかはた迷惑な神だな」

「あくまで神話の話だからあたいだって本当かどうかは知らないよ。ヘカーティア様あたりに訊きゃわかるんじゃない?」

 結局最後は説明を断念し、投げ出してしまった。

「えっ。あの人、外国の神様じゃないんですか?」

 心底驚いたとばかりの声で妖夢が疑問を挟んだ。彼女の場合、深く考えず名前の響きだけで判断していそうな気がしていたが案の定だった。

「同一視って概念があるんだ。たとえばこの国には最高神として太陽神が君臨してるけど、外国――別の神話体系にも太陽神がいて、“別の姿だけど同一の存在”とされる場合があるわけさ」

 ふたたびカンペもないのにすらすらと知識を披露していく小町。

「んで、ヘカーティア様にもこの国での姿があるってことですか」

「そゆこと。まぁ人間目線での勝手な位置づけだけど」

「「へー……」」

 心底驚いたとばかりの表情をふたり揃って浮かべていた。

「なんだいその目は」

 ふたりから向けられる視線。居心地が悪いのか小町が不満そうに言葉を発した。

「びっくりした。ただのサボり魔じゃなかったんだな」

「あなた本当に小町ですか? どこかで偽物と入れ替わったりしてません?」

 にとりの驚嘆に続き、眉根を寄せた胡乱な表情で妖夢が視線を向けてきた。

「失礼な! これでもれっきとした死神なんだよ!」

 さすがに馬鹿にし過ぎたか小町が声を張り上げて憤慨した。気持ちはわからないでもないが、やはり日頃の行いが悪すぎて擁護できそうになかった。

「小町が曲がりなりにも死神と証明されたからよしとして……せっかくだしこの火はもらっておこう」

 話題を変えたにとりは一度自分のランタンを消し、代わりに“消えない炎”を移す。

「ちょっとちょっと。あんたよくそれを拝借しようだなんて思うね」

 小町が「本気か?」とばかりに呆れ交じりの半眼を向けた。

 が、にとりはきょとんとした表情で逆に問い返す。

「なんで?」

「ええとなんだっけ。あんた機械いじりが好きだろ? 科学とかいうもので解明できない存在とか気味悪がったりしないのかい?」

「この期に及んでなーに戯言たわごと言ってるんだよ。非常し――じゃなかった、解明できないものだらけの幻想郷でそんなこといちいち気にしてたら身が持たないよ」

 にとりから返って来たのは紛れもない正論だった。小町としてはどうにも納得しがたいものであったが。

「そうかもしれないけどさぁ……」

 得体の知れない空間への不安を払拭するように、漫才を繰り返しながらしばらく進むと、なにやらざっくざっくと音が聞こえてきた。

「なんだなんだ、こんなところで暢気に穴掘りなんてしやがって。いったい誰だ?」

 まったく困ったもんだと小町が歩み寄っていく。

「おーい、危ないぞー。今はそんな状況じゃないん……だ……?」

 瞬間、空気が完全に固まった。

 小町が投げかけた声に振り向いたのは、自分たち同様にヘルメットに電灯をくくりつけスコップで一生懸命穴を掘っていた10体ほどの亡霊兵たちだった。

 彼女らも自分たち以外の者がどうしてこんなところにいるのかわからず、珍しく困惑しているようであった。

「……!」

「……!!」

 互いに顔を見合わせたり首を振ったり――ただし声は出せないようで、無機質な表情という制約の中、身振り手振りで必死に意思疎通を図ろうとしていた。

 そんなあまりにも必死な光景に、さすがの妖夢たちも問答無用で仕掛けるのを躊躇ってしまう。

 しばらくして同時に頷いた亡霊工兵たちは、手にしていたスコップを構えると妖夢たち目がけて一斉に突撃を始めたのだった。

 無表情の彼女らだが、完全にヤケクソであることは察しが付く。

「やっぱりこうなるんですよね!」

 勘弁してと叫びながら妖夢は楼観剣の鞘に手を伸ばした。

「ここはわたしも手伝うよ! 小町、ランタンを!」

 短く叫んだにとりは持っていたランタンを小町へと放り投げ鞄をまさぐる。

「え? ここで銃を使っちゃダメなのかい?」

「落盤怖い! 敵がどこにいるかわからない! 弾もったいない!」

「なるほどそういうことかい!」

「わかったらさっさと倒す!」

 叫びながら鞄の中からにとりが取り出したのは、亡霊たちが持っているものとほとんど同じスコップだった。まさかこれで彼らとガチンコ勝負をするつもりなのか。

「スコップの使い方で河童に勝てると思うなぁっ!!」

「いや、穴掘りと河童は関係ないでしょ」

 にとりに並走して突っ込んでいく妖夢が楼観剣を構えながら冷静に突っ込んだ。

 しかし、興奮状態となったにとりにその声は届いていなかった。

「おりゃああああああ!! どりゃああああああ!! 死ねよやぁー!!」

「……! ……!?」

 地下道の薄闇の中に、スコップを振り回すにとりの怒号と亡霊兵たちの声にならない悲鳴が響き渡った。

 今までの敵というか兵器群が異常だっただけで、にとりとてそこらの妖怪に引けを取らない実力は有しているのだ。

 問題はこの一方的なタコ殴りを“活躍”と呼べるかだが――敢えて触れはすまい。

「どうしたどうしたぁ!! 亡霊どもがこんなもんかぁ!!」

 そこからは見苦し――もとい壮絶な乱戦となったが、幸いにして特筆すべきことはなにも起こらなかった。繰り返すが起こらなかったのだ。

 にとりが思った以上にスコップの扱いに慣れていたのもあるが、白兵戦で妖夢を手こずらせるほどの亡霊もここにはいなかったのが最大の要因だった。

「ふぅ……。なんていうか、どうにもやりにくい戦いだった……」

 額に浮き出た汗を拭った妖夢が白楼剣を鞘に納めた。

 一生懸命穴を掘っていただけの、ろくな武器も持たない亡霊たちを一方的に殲滅したからか、なんとも言いようのない後味の悪さに襲われていた。

 いや、第1次世界大戦の塹壕でも証明されたスコップの殺傷能力を舐めてはいけないのだが。

「はん、手応えのない」

 刀の血払いよろしくスコップを軽く振ったにとりが鼻を鳴らした。

「あんた弱い者相手だと途端に態度がでかくなるのな」

 さすがの小町もこれには呆れるしかなかったようだ。

「あれ? これって無線機?」

 同行者たちの物言いたげな視線を無視して亡霊たちが残したものを物色する中、1体が背負っていたものを見つけたにとりが声を漏らした。

「無線機ってわたしたちが持ってるのと同じのですか?」

「ずいぶん大きいね」

 背後から覗き込んだ妖夢と小町が感想を口にした。

「なるほどなぁ。こんなもので連絡を取り合っていたのか……」

 無線機を調べながらにとりが分析を口にした。

 壊れてはいなさそうなのでまだまだ使えると思うが、さすがに何も考えずに手を出しては自分たちの存在を露見させるだけだ。

「でも彼女たち、喋れないじゃないですか」

 妖夢が素朴な疑問を呈した。

 今まで戦ってきた中で言葉らしきものを口にしていたのは、首魁であるオウスティナと、森の中で戦った部隊の指揮官と思しき亡霊と数えられるくらいしかいない。声も発せられないというのにどうやって連絡を取り合うというのか。

「喋れる強度の亡霊がいるか、いない場合は多分モールス信号か何か使ってるんだ。音さえ立てられれば一応意思疎通は取れる――」

 にとりが不意に言葉を切った。

「――そうか、湖で戦った時に戦艦の攻撃や動きが妙に鈍いと感じたのはこれのせいだったのか」

 なぜ今までこんな単純なことに気付かなかったのだろうか。

「いちいち解読に時間がかかるから、動き出すのにも時間がかかるわけですね」

「複雑な命令もね」

 戦いに関することならニュアンスを読みとれるらしく、妖夢も小町も早々ににとりが言いたかった部分まで辿り着いた。

「あー。だんだん奴らの動きがわかってきたぞ。紅魔館の周辺に張り付かせていたのも、「吸血鬼が出て来ない限りは放っておけ」とか簡単な命令しか出してなかったからパチュリーたちは出て来れたわけか。思ったよりも連中の手が随所に伸びてきてるな。こりゃますます先を急がないと!」

「いずれにしても、この先は行き止まりみたいですね」

 先を急ごうとするにとりに対して、周囲をぐるりと見まわして妖夢は言った。

「なんだ、この道はハズレだったのかい」

 肩を竦めて小町が言う。

「……」

「どうしたんですか? にとり」

 考え込んでいるにとりに気付いた妖夢が声をかけた。

「いや、おかしいと思ってたんだ。壁の土を見てくれ、乾燥してるだろ」

「それがどうかしました?」

「思い出してみてよ。地上で偶然できた穴の土はどうなってた?」

「たしか水分が多くて脆くて……あっ!」

 そこまで聞いて、妖夢もようやく理解したようだ。

「そう。湖からかなり遠ざかってきてる。多分紅魔館の下を通って、博麗大結界のほうに向かってるんじゃないかな」

「ってことは……」

 この場にいた亡霊たちの目的が見えてきた。

「連中、地下から穴掘って結界を抜けようって魂胆かい」

「わたしだったら実行に移そうとは思いもしない。気の長い話だけど、人海戦術が使えるからこその悪くないアイディアだ。地上がダメなら地下、他にもいくつか手を考えてるんだろうね。あの敵のかしら、かなり切れるよ」

 二度にわたって対峙したオウスティナの顔が思い起こされる。

 圧倒的な武力を見せつけただけでなく、策謀においても弱点らしきものがまるで見えてこない。これから本拠地に乗り込もうとしているわけだが、実に厄介な敵だった。

「ここまで掘るのにどれくらいかかっているんだろう……。ちなみに結界って地下から抜けられるものなんですか?」

 人力でこんな坑道を掘り進めるなど並大抵の労力ではない。考えるだけでもげんなりしてくる。

「そこは霊夢に聞かないとだし、教えてくれるかもわからないけど……もしかしたらいけるかもしれないね」

 行き止まりの壁を眺めながら小町が答えた。

 亡霊たちの頑張りは阻止してしまったため、残念ながら結果を見届けることはできそうにない。

「自分から幻想郷の外に出ようとするヤツなんて滅多にいないしね。こんな「掘り続けて突き抜けたら自分たちの勝ち」みたいなバカをやるとは思ってもみなかったよ」

「そう考えるとすごい執念だな。どんな手を使ってもって意志が伝わってくる」

「ちょっと怖くなってきたよ」

 ぶるりと身を震わせてにとりはつぶやき、小町もまた同意を示した。

「……でも早いところ阻止しないと。なんだかいやな予感がするんです」

 妖夢が言及したのは幻想郷を吹き飛ばしかねない最終兵器のことではない。なにかこの先にイヤなものが待ち構えているのではないかという予感に対してだった。

「そうだね、すぐ引き返そう。きっと反対側が山のほうへ向かってるんだ」

 にとりの言葉に、妖夢と小町はいつになく鋭い眼差しと共に頷いた。

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