東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第17回 無双】

 実体を失った亡霊の向こう側から現れた妖夢が戦いの始まりを宣言。

 迎え撃つ亡霊たちには、その目が炯々けいけいと輝いたように見えた。

 わずかに腰を沈めると、妖夢はそこから地面を蹴るように疾駆を開始。その動きはもはや駆けるというよりも地面を蹴って跳躍するようですらあった。

(まずは相手の懐に飛び込んで武器を封じる!)

 戦いは流れを先に掴んだ方が有利となる。まったく無駄のない足の運びで、瞬く間に妖夢は亡霊たちとの距離を詰めていく。

 すでに二度も銃との戦いを経験している少女剣士はその中で確実な成長を遂げていた。

 一方、まるで銃弾を恐れていないかのような躊躇いのなさ――――蛮勇にも似た行動を見せられ、亡霊たちの間に大きな動揺が走る。

 これだけ近くまで接近されてしまうと、優れた命中精度を生み出すための銃身の長さがかえって邪魔となり、思うように狙いをつけることができないのだ。

 思考能力が弱い亡霊では咄嗟の事態に反応できず、妖夢の動きにただただ翻弄されるだけ。

 そして、生まれた隙は致命的なものとなる。

「脇がガラ空きだ!」

 自分へと銃口を向けていた“遠くの亡霊歩兵”を最初の標的に選び、妖夢は地面を蹴って前方へ跳躍。

 まさか近くにいる敵を一切無視した動きを見せると思っていなかった亡霊たちはそれに対応することができない。

 自身が狙われていると気付いた亡霊が迎撃すべくKar98kの引き金を絞る。

 だが、妖夢はすでに銃口の向きから射線を予測しており、発砲と同時に身体を前方へ傾けて飛来する弾丸を回避してみせる。

 頭上を弾丸が音速で通過。自らの意志を持たない殺意の塊が生み出す衝撃波ソニックブームが耳朶を打ち、さすがの妖夢もこれには血の気が引く。

(でも、ここで臆したらみっともなく自滅するだけ!)

 本能の一部が退けと警鐘を鳴らすが、自身の迷いを置き去りに妖夢は前進を続ける。

「まず一体……!」

 着地と同時に横薙ぎの一撃。射撃後でガラ空きの腹部を深々と切り裂く。

 生身の相手のように悲鳴の類は上がらないが、切り口から腹部に詰まった内容物がこぼれ落ちる。腐敗した臓器の一部だった。

 普段であれば甲高い悲鳴のひとつでも上がりそうなものだが、今や辻斬りモード全開となった妖夢はまるで気にせず追撃の白楼剣で肉体を消滅させる。

「この期に及んで……まだ棒立ちのままですか!」

 魂に戻されていく敵の最期を見届けながら妖夢はその場で高速反転。次の標的とばかりに近くにいた二体も同様に、今度は逆方向の横に走る一閃で瞬時に首を飛ばす。

 滑り込むと表現できそうなほど肉体深くまで侵入した白刃は、その破壊力に反して意外なほど滑らかに外へと抜けていく。

 一切の無駄を省いた動きで “急所”を切り裂く鮮やかな剣技が相手の行動力を奪っていくがそれだけでは終わらない。

 さらに妖夢は駆け抜けてきた勢いは殺さず、そのまま近くにいた亡霊の間合いへと強烈な踏み込みを繰り出す。

 やっとのことで妖夢の動きに対応し始めていた亡霊兵士は、上段から銃剣ベイオネットを装着したKar98kを振り下ろそうとするも、予想以上に深くまで侵入してきた妖夢に対応できず逡巡したことで勢いが低下。

 ようやく掴んだ機会に対し、その選択は致命的でさえあった。

「ふっ!」

 漏れ出る呼気と共に左切り上げに走る楼観剣兼の刀身が、ライフルを握っている右腕を斬り飛ばすと同時に切っ先が新たな獲物を求めるかのように右下顎部へと食らいついた。

 それでも刃は止まらず、虚ろな視線を妖夢へと向ける左眼を切り裂きつつ左腕も巻き込み耳側に抜けて頭部を切断。

 瞬く間に四体の亡霊を倒してのけた妖夢を前に亡霊たちの脅威度判定が跳ね上がった。

 小町の姿を追っていた亡霊たちからも無機質な表情が一斉に妖夢へと向けられるが、妖夢ほどの剣士を前にした対応として見れば、それはあまりにも遅かった。

 ひるがえった楼観剣の長い刀身が次々に亡霊たちの身体を叩き斬り、続く短刀の突きでとどめを刺す。

 相手の銃口が自身を捉えられないよう計算尽くされた間合いの中で、妖夢は巧みに刀を振るい亡霊たちを確実に一体ずつ仕留めていく。

「やるじゃないか、妖夢。やっぱり味方にすると心強いねぇ」

 邪魔にならないよう支援に努めていた小町が小声で漏らす。

 目の前で展開される剣技は、まさに物語の中から出てきた鬼神そのものであった。

 必死に応戦する亡霊たちも、あまりに容易く仲間が倒されていく状況に攻めきれないのが見てとれる。

 たしかに銃は生身の存在を圧倒できるだけの破壊力を備えている。

「でも、今回ばかりはさすがに相手が悪すぎたと言わざるを得ないかねぇ……」

 行く末を見守る小町の視線の先で、また一体の亡霊が斬られ肉体が消滅していく。

 意を決したように一体が背後から回り込んで白兵戦を仕掛けるが、妖夢は相手の接近がわかっていたかのように身体を反転。

 上段へと流れるように移動していた刀が、相手に向き直るのと同時に神速で振り下ろされた。

 地上へ迸る迅雷の如く、ガラ空きの左肩口から垂直に侵入した刃は亡霊の雁金かりがねにまで達して左腕は肉体としての機能を喪失。

 銃撃では倒せないと距離を詰めてきた新手の亡霊歩兵から銃床が叩きつけられるが、妖夢はそれを最小限の足さばきで回避。

 その場で身体を回転させるように放った鋭い回し蹴りが亡霊の脛骨を粉砕する。

 首が明後日の方向を向いた亡霊の身体の向こうに、新手の銃口と鈍い輝きを放つ銃剣ベイオネットの切っ先が一瞬だけ見えた。

 相変わらず無機質な瞳だが、そこには紛れもない殺意があることを妖夢は感じ取る。

 瞬間的に軸足で地面を踏みしめ迎撃態勢を取る。驚異的な集中力と動体視力を発揮していた。

「そうまでして勝とうとする執念は評価しなくもないですが……。狙いがバレバレでしたし、せっかくの速さを失っていますよ!」

 値千金にも等しい絶好の間合いを作り出した機を逃さず、亡霊は怯むことなく追撃の刃を放つ。

 しかし、弾丸を斬った時点で趨勢すうせいは妖夢へと傾いていた。

 繰り出される銃剣の鋭い突きを楼観剣で弾き、続く攻勢も左右へ小さく跳ねて回避。この時、妖夢が放つ剣の冴えは自分でも信じられないほどの領域に差し掛かっていた。

 どの瞬間に刀を振るえばいいか、なんとなくわかるのだ

 相手の動きの中に隙が生まれると、自然と視線が吸い寄せられる。あとはそこへ刃を送り込むだけだ。

 距離を詰めながら身体をわずかに屈め、螺旋を描くように全身で旋回。颶風ぐふうとなって襲い掛かる横薙ぎが、亡霊を胴の中心で上下に切断していた。

 血風と死臭、そして硝煙の臭いが漂う最中、強烈な殺意が妖夢を射抜く。

(撃ってくる……!)

 本能が発する警告を認識した時には、すでに楼観剣が終点から逆方向へと走っていた。

 鋭い発砲音と共に、“隠れ蓑”とした仲間の身体を貫いた弾丸は妖夢の身体を間違いなく射線上に収めていた。

「甘い!」

 裂帛の叫びと間髪容れぬ甲高い金属音。

 あらかじめ来る位置がわかっていたかのように翻った刃は弾丸を両断していた。

 人生二度目の離れ業をやってのけた妖夢だが、喜びの感情が湧き上がる暇など今はない。

 流れるように投擲された白楼剣が崩れ落ちる亡霊の肩越しに奇襲を仕掛けた新手の眉間を貫いていた。

「……はぁっ!? 弾丸を斬ったぁっ!?」

 遠くから戦いの様子を窺っていたにとりが驚愕のあまり素っ頓狂な叫び声を上げる。

 音速を超える弾丸をわずかな厚みしかない刀身で迎撃しただけでなく両断するなど、あまりにも非常識な技であったし、そもそも途中合流の彼女からすればこれを見ることすら初めてなのだ。

「いーや、今度は前よりも弾が遅いから問題なんてないのさ」

 にとりの間近で発せられた声。

 いつの間にか空間を渡っていた小町が腕を組みながら不敵な笑みを浮かべていた。

 なにやら師匠か兄弟子が技を評するかのような物言いであるが、もちろん剣術などかじったこともない小町は単なる野次馬にすぎない。

「……あんた、偉そうに見てないでもうちょっと援護したらどうなの? 相棒なんでしょ?」

「バカを言うでないよ。あんな風にやたらめったら刃物を振り回しているところに入っていくなんて、そんな危ない真似がか弱いあたいにできるわけないだろう?」

 わざとらしく肩を竦め「これだから素人は……」と口にする小町。一連の仕草がにとりを妙に苛立たせる。

「ちっ、これだからサボり魔は……!」

 これ以上言っても無駄だと短く、それでいて深い溜め息を吐き出したにとりは、Sd.Kfz.223の窓から顔を覗かせると、構えたKar98kの引き金を絞る。

「とんでもない、あたしゃ死神様だよ……って、ちょいと!」

 すぐ近くでいきなり発砲されたため、不意打ちで聴覚をやられかけた小町が怒りを露わにするが、にとりの狙いはそこではなかった。

「ほら、すこしはあんたも働きなよ!」

 短く叫んでにとりが運転席の中に身を隠す。

 同時にSd.Kfz.223の車体へと飛来した弾丸が命中。鋼板が鉛弾によって殴りつけられる音が小町の鼓膜を殴りつける。

 硬直した死神少女が視線を向けると、一部の亡霊の狙いが妖夢から外れていた。

 紛れもなく横合いからにとりによって銃撃を喰らったせいである。

「な、なんてことしてくれたんだい、このバカ河童!!」

 叫んだ小町はふたたび空間を跳躍するも、この場から逃げるわけにもいかないため否応なしに戦いへと引き戻される。

「さぁ、次に斬られたいのは誰ですか!」

 にとりと小町がひと悶着起こしている間に、妖夢はひとりで亡霊の大半を駆逐しかけていた。

 楼観剣に胸部を貫かれた亡霊が硬直。引き抜いた刃が戻り、頭部が唐竹に割られる。

 刀を元の位置に戻しながら妖夢は身体を反転。背後から迫っていた銃床の一撃をすり抜けるように回避しながら勢いを利用した斬撃で両腕を斬り飛ばす。

 ひとたび“戦い”となれば、剣術少女はけして容赦などしない。

 次なる獲物を探す妖夢の視線の中で亡霊の首が飛び、ひょっこりと小町が姿を見せた。

「たまには援護しないと後が怖いからね!」

 あとはほとんど掃討戦だった。

 亡霊の集団を掻き回しているのは妖夢だが、時折現れる死神の鎌が盲点を突くように戦力を削り取っていく。

 いつの間にかふたり――――妖夢と小町が織りなす連携は抜群の戦果を生み出していた。

「なんだい、呆気ない」

「小町、そうやってまた厄介ごとを招くような発言は――――」

 妖夢の苦言は爆音によって遮られ最後まで発することができなかった。

 遅れるように山奥から鋼鉄の唸り声が響き渡る。

 今までとは違う、より重厚な機械の奏でる声。自分たちが乗ってきたSd.Kfz.223とはまた別のものだと妖夢は直感的に理解できた。

 音の発生源に対して釘付けになった三人の視線。

 臨戦態勢のままで各々が様子を窺う中、ついに“それ”が姿を現した。

「ちょっと。いったいなんだい、あれ……」

 露わになった姿に小町は呆然とつぶやき、隣の妖夢は完全に言葉を失っていた。

「げぇっ!! 戦車ぁっ!?」

 にとりの甲高い叫び声が聞こえたような気がしたが、それは直後の山が噴火したかと思うような轟音と直後の爆発によってすべて掻き消されていった。

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