小説
2020/02/28
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【連載】妖世刃弔華

【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第18回 拉致】

 人里手前で霖之助りんのすけと別れた霧雨魔理沙きりさめまりさは、とりあえず魔法の森へとやってきていた。

 彼女の向かう先に広がっている魔法の森は、幻想郷では一般的に不気味で怪しげな諸々の集まる場所とされている。

 では、実態はどうなのかというと、まともな記録――――客観的なものを残すほどやる気のある者が壊滅的に存在しないせいで、妙な噂や報告される不思議な出来事によって、ますますわからなくなっている場所とでもいうべきだろうか。

 とはいえ、それらもまったくの眉唾物まゆつばものではなかった。

 独自の生態系を持っているせいで人食い植物などが繁殖しており、これに加えて森に進入した者に降りかかる災いまでまことしやかに囁かれており、それらを跳ねのけられるならひっそりと暮らしたい存在には案外住みやすい場所なのかもしれない。

 そして、“とりあえず”という表現の時点ですでにおわかりだろうが、魔理沙は完全に進むべき方向を見失っていた。

「はぁ……。せっかく気張って出て来たっていうのに……。どうにも参っちまったなぁ……」

 すっかり予定が狂ってしまったとばかりに魔理沙の口から溜め息が漏れる。

 彼女は霊夢と並ぶかそれ以上に霖之助と絡むことが何かと多く、香霖堂の訪問客ランキングでもトップクラスに位置しているのは間違いない。

 そんな魔理沙もあれこれと絡みがあるだけでは少々物足りなくも感じており、たまには霖之助にいいところを見せてやりたいと思ったのはそうあり得ない話でもないだろう。

 また、「亡霊退治? それなら自分に任せておくんだぜ!」と勇ましく啖呵たんかを切って飛び出したまでは問題なかった。

 ところが、勢いだけで突っ走ってしまったのがケチの始まり。肝心の“どこで亡霊が暴れているか”について聞き忘れたと、しばらくしてから気が付いた時には何もかもが遅かった。

 とはいえ、今さら引き返すのは面倒だったし、何よりも下手に霖之助を探しに戻って知り合いに出くわす可能性を考えるとそれは避けたかったのだ。

「あー、わたしとしたことがやらかしちまったぜ……。どこに行けばいいか聞いておくなんて初歩中の初歩じゃないかよ、もう……」

 ほうきに跨り空を飛んだまま顔に手を当てて嘆いてみるが、もちろん周囲には彼女の独り言に答えてくれる者は誰も存在せず、ただ眼下に広がる幻想郷の景色が流れていくだけだ。

 忌憚なく言ってしまえば日頃の行い、あるいは自らの不注意が招き寄せた事態ではあるのだが、それがまた自由気まま――――いや、いささか自由過ぎるきらいのある魔理沙の感情をより一層掻き回す。

「ええい、こうなったら仕方がない。とりあえず勝手知ったる場所から調べれば何か手掛かりくらい見つかるだろ。落ち着けわたし。気楽に行くんだぜ~」

 この無計画さと無鉄砲さ、そして考えなしの要素が組み合わさり、過去に数々の異変解決の役に立ったこともそれなりにあるのだが、目的地を見失っている時点では今回も上手くいってくれるかは果てしなく未知数だった。

「このままひとりで寂しく飛んでいるのも飽きてきたなぁ」

 ぼやく魔理沙に答えるものなどあろうはずもない。

 ところが、世の中というものはまこと上手くできている。

 ふと見下ろした視線の先には森の中の一軒家、そしてちょうど扉を開けて出てきた一人の少女の姿があった。

 それまでこれからどうしようかと考えていた魔理沙の表情は一転、なにかを思いついたような笑みへと変わる。

 

「はぁ、静かで優雅な日ね……」

 日の差し込む窓の外を眺めながら、そっとつぶやきを漏らす少女。

 アリス・マーガトロイドは、魔法の森に建てられた洋館にひっそりと暮らす“生粋の魔法使い”である。

 属性を問わない万能の魔法使いとして知られている彼女だが、基本的には自分で作った人形を操り、それを介した魔力行使を得意とする“妖怪”だ。

 外の世界の妖怪マニアあたりに言わせれば異論のひとつやふたつ出るかもしれないが、少なくとも人の姿をしていながら人以上の力を持つ者であるがため、幻想郷における区分としては妖怪に分類される。

 住民の性格的に、細かく細分化して考えるのが嫌だったのかもしれない。

 ゆるくウェーブのかかった美しい金色の髪を持ち、肌の色は透き通るように薄く傷跡はおろかシミひとつないことから、彼女を知る者から言わせれば「操っている人形以上に人形らしい容姿をしている」などと言われている。

 その美貌とでもいうべき顔立ちと性格の冷静さが合わさり、外見からもわかる怜悧れいりさを醸し出している。知的美人とは彼女のことをいうのだろう。

「うーん、お腹も膨れたことだし、午後からはどうしようかしら?」

 辺りをふわふわと漂い家事に勤しむ人形たちに向けて言葉を投げかけるが、もちろんそれらはアリス自身が作り上げたもの――――魔法で使役している意志を持たない使い魔的な存在である。

 話し相手が欲しいのであれば、どこぞの妖怪のように式神なり使い魔なりを保有すればいいのかもしれないが、こんな場所で暮らしている時点で騒がしさが欲しいわけでもない。

 だから、アリスは自分のとっている行動になんの意味のないと知りながら、そういう何気なく、そして“無駄な行動”をちょうどいいものとして好んでいた。ばかばかしくて、それでいてなんとなく落ち着くのだ。

 元々アリスは修行を重ねその末に魔法使いとなった人間であり、さよなら人類の基準となる“捨食の魔法”を取得しているため、わざわざ睡眠や食事を取る必要はない。

 にもかかわらず、彼女は今でも人間と同じように睡眠や食事を取っており、かつての自分の種族に対する友好度・理解度は高いものと広く認識されている。

 魔法の森のような俗世から離れた場所に住んでいながら、どこかで過去を切り離せないでいるアリスは外見だけでなく言動や行動をとっても人間とほとんど変わりない存在となっている。

「たまには気合を入れて夕飯の仕込みをしてみるのもいいかもしれないけれど、天気がいいのに引きこもっているのもなんだかもったいない気がするわよね……」

 外の天気に一喜一憂したり、あれこれ食事を考えてみたり。

 魔法という超常の力を持ちながらあえて人間のように振る舞ってみるのは、かつて在ったところから大きく逸脱してしまうことを忌避しているかのようだ。

 一見すればクールビューティーでとっつきにくそうに感じられるアリスだが、実際には森に迷った人間を快く家に泊めてくれたり、親切丁寧に外まで送ってくれたりなどの噂もあった。

 そればかりか、人里との交流は盛んなようで、祭りともなると街中で人形劇を披露する姿も目撃されている。もしかすると案外寂しがり屋な部分を持っているのかもしれない。

「ふぁ……。眠くなってきたわ……。だからって安易に昼寝するのも、なんだか霊夢みたいでだらしないわ……」

 あれこれ考えていたら、急に眠気がやってきた。

 昼食をとってくちくなった腹をそっと撫で、ベッドではなく玄関から出て外に置いてある机と椅子に向かう。軽く伸びをしてから腰を下ろす。

 椅子のひんやりとした感触を身体に覚えつつ、人形たちを操って紅茶を入れさせる。

「いい天気。こういう平和な日はのんびりするにかぎるわ……」

 幸い、午後のうららかな時間を邪魔する存在はいない。時として異変に巻き込まれることもあるが、そんな兆候も今の幻想郷にはまるで見られない。

 ――――いや、直前までは見られなかった。

「アーリースー!!」

「えっ?」

 突如として響き渡る声にアリスは弾かれたように顔を上げる。優雅なひとときをぶち壊した声への驚きにより一瞬で眠気も吹き飛んでいた。

 聞き覚えのある声の持ち主を特定するよりも早く、視線に飛び込んできた特徴的な姿に声が漏れる。

「ま、魔理沙!?」

「はっけぇんしちゃったんだぜーーーーーー!!!」

 Ju87シュトゥーカの急降下爆撃もかくやとばかりの、それはそれは見事な魔法使いダイブだった。過去に存在したエースパイロットたちが見てもさぞや惚れ惚れしたことだろう。

 惜しむらくは風を切りながら発せられた音が、「悪魔のサイレン」と呼ばれ恐れられたものではなく少女の放つ歓喜の声であったことだろうか。

「ちょっと付き合ってほしいんだぜー!」

 地面に突っ込むかと思うほどの速さで、瞬く間に接近した魔理沙。

 これが愛の告白ならもう少し浪漫なりがあったかもしれないが、残念ながらここにはそんな気の利いたもの――――強いて言うなら色気は欠片も存在しなかった。

「え? え?」

ほかーく捕獲!」

 混乱しっぱなしのアリスが事態を理解する間もなく、魔法使いの少女は見事な身体さばきで彼女の胴体を抱え込むようにして捕まえ、そのまま大空へ向かい上昇していく。

 つい先ほどは急降下爆撃に喩えたが、どちらかというとそれは獲物を掻っ攫っていく猛禽類もうきんるいの捕食シーンと言った方が正確だったかもしれない。

 この時、アリスが反射的に手に持ったカップをソーサーへ戻せたのは奇跡といえよう。

 だが、それにより大事なカップを割らずに済んだものの、代わりに生贄となったのは他ならぬ自分自身だった。

「え、ちょっと!? なに!? い、いやぁぁぁぁぁっ!!!?」

 魔法の森に絹を裂くような少女の悲鳴が響き渡ったが、あいにくそれを気にするような者はこの森には存在しない。

 奇しくもこれが“種族魔法使い”の少女が職業魔法使いの少女によって拉致された瞬間にして、新たな演者プレイヤーがこの騒動に参加した合図でもあった。