紅魔館の図書館。
「パチェ、暇~」
レミリア・スカーレットは書斎に鎮座するパチュリー・ノーレッジに声を掛けた。
「退屈で死にそうなのよ。なにか面白い事はない?」
だが、知識の魔女は相手にせず、黙々と本を読んでいる。
「ねぇ、親友が訪ねたんだから構いなさいよ。相手してくれるまで帰らないわよ」
パチュリーはため息を付き、顔を上げて本を閉じた。
「…そこまで言うなら、退屈の方が良かったと思うくらい忙しくしてあげるわ。
けど、本当にいいのね?当分はそんな状態が続くけど」
「構わないわ!」
パチュリーは渋々魔導書を取り出す。
「これは潜在能力を『ずらす』魔法よ。貴方は『運命を操る能力』があるわよね?これを少しだけずらしてあげる」
レミリアはよく意味が分からなかったが、退屈が紛れるならと了承した。
―翌日。
レミリアは博麗神社に遊びに行くため、日傘を差して空を飛んでいた。
が、急速に雲行きが怪しくなる。ぽつり、ぽつりと雨が振り出し、やがて土砂降りとなった。
「あれだけ天気が良かったのに…!」
流水に弱い吸血鬼にとって致命的だ。慌てて地上に降り、樹の下で雨宿りし、九死に一生を得た。
―更に翌日。
「―紅茶がない?」
「はい、どうやら在庫切れのようで…」
レミリアが素っ頓狂な声を上げ、メイド妖精が申し訳なさそうに頭を下げる。
「じゃあ咲夜に頼んで買ってきて頂戴」
「メイド長は今外出中です…それに現在、白黒の魔法使いの侵攻を受け、全員手一杯で…」
レミリアは大きくため息を付いた。
「もういいわよ。私が行くわ」
その後、道中でチルノに絡まれたり、人里でも紅茶が品切れで方々を回ったりと、散々な目にあった。
以後、レミリアの周りでは小さな事件が頻発した。
そんな日々が続き、ストレスは募っていく。
「パチェ!もういいわ!魔法を解いて頂戴」
レミリアは音を上げ、親友に縋る。
「悪いけど、あの魔法は三十年間続くのよ。しかも時間経過でしか解けない」
パチュリーは本に視線を落としたまま、無慈悲に告げた。
「…は?」
レミリアは青ざめた。
「言ったでしょ。当分は続くって」
「三十年だなんて聞いてないわよ!」
「でもどうしようもないわ。まあ、大人しくしてなさい」
パチュリーは内心でほくそ笑んだ。
実は魔法はいつでも解除可能だった。が、少し懲らしめよう、という悪戯心だったのだ。
やがて日々を過ごす内に、レミリアはある程度の傾向を掴んだ。
事件は自分の望みに連動する。つまり何も望まなければ何も起こらない。
自然と我儘を控え、当主として節度ある振る舞いを心がけるようになった。
―あれから数ヶ月後。
「…レミィ、貴方大分変わったわね」
パチュリーが言う。
「ええ。以前の私がどれほど自己中心的で迷惑を掛けていたか、よく分かりました。有難う、パチェ」
その穏やかな物言いと微笑に、パチュリーは思わず目を見開いた。
「実はもう、魔法は解けてるのよ。貴方に反省を促すための嘘だったの。
だからもう、その気味悪い口調はやめて頂戴」
パチュリーはバツの悪そうに目を逸らしながら告げる。
「何故?私は過去を顧み、生まれ変わりました。今の私こそが正しい姿なのです」
レミリアは胸に手を当て、確信に満ちた笑みで目を輝かせた。
まさか、本当に矯正されてしまった…?
パチュリーは深く考え込み、悩んだ。だが、どうすればいいのか分からなかった。
―更に数ヶ月後。
パチュリーは罪の意識に苛まれていた。自分のせいで、レミリアが変わってしまった事に。
執務室を訪ねる。
「…お願い、元に戻ってレミィ。私が悪かったから…」
絞り出すように言い、俯き、肩を震わせた。
「パチェ…何を言うのですか。むしろ、私は貴方に感謝しているのですよ」
「私のせいなの。あなたを懲らしめようと、嘘をついて…。
以前のように、貴方らしく尊大に振る舞い、我儘を言って周囲を困らせて頂戴。お願いだから…」
懇願するパチュリーの目に、光るものが浮かんだ。
レミリアは俯いた。身体が小さく震えた。そして…あはは、と高笑いした。
「…なんてね、どう?アカデミー主演女優賞ものだったでしょ?」
腰に手を当て、ニコニコ顔で告げる。
パチュリーはぽかんとした表情を浮かべた。
「いや~、アンタの顔、鏡で見せてあげたかったわ!『私が悪かったから~』ですって?本っ当に傑作だったわ!」
堪えきれず、腹を抱えて笑い、執務机をバンバンと叩いた。
「ちょっとは反省したかしら?私を騙した罰よ!」
パチュリーは青白い顔を上げた。
「…そう。そういう事だったのね。えぇ、よく分かったわ」
―翌日。文々丸新聞では、紅魔館にて謎の爆発事故発生という記事が一面を飾っていた。