東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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同人誌評
2021/08/11

「過去、未来、現在、幻想。」同人誌レビュー『ファビュラス・ファニー・ロータスエイジア -幻想郷綺史抜萃-』/ヘルメットが直せません

同人誌レビュー『ファビュラス・ファニー・ロータスエイジア -幻想郷綺史抜萃-』

1.はじめに

 過去の話をしよう。

 今から十五年以上前の話である。当時まだ同人誌を出すどころかろくに小説さえ書いたことのなかった私は、とあるサークルの本を読んで心の底から感動し、感銘を受けた。物語が美しかったからではない。物語を物語る、そのやり方があまりにも美しかったからだ。

 ああ。
 同人誌とは、こういう風に作ってもいいのだ。

 感動し、感銘し、そして当然のように影響された。私の作る同人誌の物語構造は、このサークルが源流だと言っても過言ではない。

 同人誌の名を『フォルスバンブースプラウトインザミソスープ』。言わずとしれた、サークル「ヘルメットが直せません」の傑作同人誌であり、今回紹介する総集編第一弾『ファビュラス・ファニー・ロータスエイジア』にも収録されている、秘封倶楽部と永遠亭にまつわる物語である。

 

2.物語を、物語ること

『フォルスバンブースプラウトインザミソスープ』は、今となってはある種オーソドックスな作りをした同人誌だと言える。

 まず最初に、秘封倶楽部を名乗る少し変わった二人組の少女が出てくる。少女たちは待ち合わせをし、冥い街から境界の隙間を越えて探検へと赴こうとする。秘封倶楽部の公式ブックレットでおなじみの流れだ。

 

 そうして場面は一転する。次に描かれるのは、秘封倶楽部の二人ではない。境界を越えた先にある幻想郷ですらない。描写されるのは、『東方永夜抄』にまつわる、遥か過去の物語だ。

 藤原妹紅と、蓬莱山輝夜の遥かなる時を超えた因縁。『東方永夜抄』の過去話が描かれ、その後、夜空を舞台に殺し合う妹紅と輝夜の戦いが描かれて、永遠亭パートとも呼ぶべき場面は終了する。

 場面は再び転換し、秘封倶楽部の二人が他愛のない話をするシーンが描かれると共に、同人誌は結末を迎える。秘封倶楽部の二人と永夜抄の面々が、最後まで出会うことはない。

 ……おそらく、今これを読む貴方には、私の受けた衝撃が伝わりづらいだろう。

 先にも述べた通り、今となってはオーソドックスな作りだからだ。ただ、当時の私にしてみれば衝撃だったのだ。そこにあったのはそこにあったのは秘封倶楽部についての物語ではなく、秘封倶楽部が物語る物語だった。

 迂遠で、間接的で、それでいて鮮やかな物語構造。

 秘封倶楽部の二人によるお喋り。ここで重要なのは、二人が語っていることと、同人誌中で描かれていることに直接的に関係はないということだ。

『フォルスバンブースプラウトインザミソスープ』の作中で二人が見たのは夜空を舞う炎の鳥だけだ。輝夜と妹紅の会話を直接聞いたわけではないし、当然ながら彼女たちの過去についても何一つ知らない。二つの世界の少女たちは、決して交流をしたわけではないのだ。

 にもかかわらず、この物語において秘封倶楽部パートは必要不可欠なものとなっている。短い頁数の中でテーマを詰め込み、物語への導入を果たし、印象を際立たせ、余韻を残す。

 永遠を生きる妹紅と輝夜が、永遠の孤独から解放されるために互いを必要とする。物語のテーマを、秘封倶楽部のパートでも描くことで強調する。そしてそれは同時に、永夜抄パートで描かれる物語が、蓮子とメリーの関係性を引き立ててもいるのだ。

 輝夜と妹紅の物語と、秘封倶楽部の物語。二つの物語は直接的にはほとんど繋がりがないが、相互に影響しあい、本の完成度を高めている。ささやかな台詞や描写の一つが、響きあうことで、読者にとっても非常に意味のあるものとして伝わってくる。

 一見するとさらりと描かれる『フォルスバンブースプラウトインザミソスープ』は、実のところ繊細なバランスのもとに描かれている。語りすぎれば説明しがちでくどくなるし、逆に描写が足りなければ単純に意図が伝わらなくなってしまう。ギリギリの、そしてだからこそ美しいバランスの上に、『フォルスバンブースプラウトインザミソスープ』は成り立っている。

 この絶妙なバランス感覚こそが、「ヘルメットが直せません」の大きな魅力なのだ。

 

3.過去とは一種の物語であり、

 サークル「ヘルメットが直せません」の魅力といえば、総集編の加筆がある。これは収録されている同人誌の加筆修正というだけではなく、収録作品同士を加筆した短編によってつなぎ合わせ、総集編そのものを一つの物語として仕上げているのだ。

 総集編第一弾『ファビュラス・ファニー・ロータスエイジア』ならびに総集編第二弾『ワンダフルロータスエイジア』においては、稗田の短編が加筆されている。これから語られるいくつかのお話しは、稗田が編纂した書籍に収録されているものですよ、という前置きが入るのだ。

 それが意味するものははっきりとしている。
 これらの物語は、事実でもなければ真実でもない、ということだ。

 そもそも原作の『幻想郷縁起』からして、稗田だけではなく様々な妖怪たちの意図が絡んでおり、描かれている内容は事実そのものではない、というのは「上海アリス幻樂団」の公式設定でもある。

 作者はその設定を、うまく同人誌に落とし込んでいる。この総集編に収録されている作品群は、稗田の少女が編纂した『幻想郷綺史抜萃』に収録されている物語である、という態をとることで、二次創作という「本当にあったかどうか定かではない物語」とうまく重ね合わせているのだ。

 そもそも、「物語」とは何なのか?

 辞書的な定義で言うなら、それは人物や出来事といった物事について語られたもの、ということになる。
 重要なのは、語られたものであるという点だ。
 語られるものには、当然ながら語り手が存在する。語り手がいるということは、そこには語り手の意思があり、意図があるということだ。無機質な事実の羅列や数字の記録ではない、語り手の主観や感情が入り混じったものこそが「物語」なのだ。

 それならば、なぜ人は物語るのだろう?
 もっと言えば、「ヘルメットが直せません」は、なぜ同人誌という形で物語るのだろうか。

 真偽も定かではない胡乱な物語。自身の過去について物語ること。公式ではない二次創作。
 それらは全て同じことだ。考えてみれば、「過去」という概念からしてそういうものなのだ。人が過去を振り返るとき、想起されるのは過去にあった事実ではない。そこにはかならず精神の脚色があり、時間の経過による変遷があり、「こうあってほしかった」という願望が入り込むのだから。

 人が過去について語るとき、そこにあるのは現実の記録ではなく、「物語」なのだ。物語においては、真偽は重要ではない。

 では果たして、何が重要だというのか?
 なぜ香霖堂の店主は「ぜひ拝読させていただきたい」とまで言い求めたのだろうか?

 その問いは、「なぜ同人誌があるのか」という問いかけにも等しい。どこまでいっても本物ではないのに、なぜ人は同人誌を――「物語」を必要とするのか。

 その答えもまた、同人誌の中にて描かれている。

 

4.未来とは一種の物語である。

『八月の風露草のようにありふれた、古道具屋店主と普通の魔法使いの日常譚(あるいは連理の枝)』。この長いタイトルの物語は、「ヘルメットが直せません」の代表作と言い切っても過言ではない名作である。

 タイトルの通り、森近霖之助と霧雨魔理沙の物語なのだが、あまりにも名作なので内容については言及しない。ぜひ自身の目で確かめてみてほしい。ここで知ってほしいのは、魔理沙の笑顔が最高に可愛い、ということだ。

 ……可愛い!

 冗談で言っているのではない。表紙の魔理沙の笑顔もすごく可愛いし、作中の魔理沙の笑顔もとても可愛い。どの頁を引用しても魔理沙が可愛いので、どこを引用指定しようか一晩悩んだほどである。

 魔理沙の笑顔が可愛い。それもただ可愛いだけではなく、幸福に満ち溢れた笑顔だ。生命を肯定し、人生を肯定し、すべてを良しとするような満面の笑みだ。見ているこちらまで幸せな気持ちになるほどの、笑顔。

 それこそが、人が物語を必要とする答えである。

『八月の風露草のようにありふれた、古道具屋店主と普通の魔法使いの日常譚(あるいは連理の枝)』は、過去についての物語であり、未来についての物語でもある。

 現在ではない時間について語るとき、彼女たちの顔には笑みが浮かぶ。

 あったかもしれない過去について話すこと。
 ありえるかもしれない未来について話すこと。
 両者の間に差異はない。それらは現在にとっては等しく、物語であり、幻想なのだから。過去も未来も、物語るときに生まれる幻想でしかない。

 それでも、人は物語を必要とする。

 自身が幸福であるために。
 好きなものに幸福であってほしいと願うために。
 幸福に必要なのは真偽ではない。人生が「良きものであってほしい」という願望であり、「良きものであった」という定義づけだ。過去でも未来でもなく、それらを物語る現在の誰かが笑顔を浮かべられること。それこそが、物語の役割なのだ。

 たとえそれが今際の幻視に過ぎないのだとしても。

 もしかしたら、人生は良いものではないのかもしれない。少なくとも、良いことしか起きなかったというのは嘘だろう。稗田の少女は短命で、西行寺の娘は死を振りまき自死をする。妹紅は父との確執があり、魔理沙は時間の流れに押し流される。
 それは事実だ。過去にあった事実だ。変わるはずのない現実だ。

 だからこその――物語。

 辛く哀しい過去を、どうしようもない現実を、全てひっくるめて「色々あったけど、良かったよ」と最期に振り返ったときに笑うために。人生を、世界を、肯定して受け入れるために、過去を振り返って物語るのだ。

 良きもの。
 良き物語。
 良き人生。

『夢違科学世紀』曰く、子供たちが笑うためには夢が必要なのだという。現実ではない幻想があるからこそ、人は笑えるのだ。

「ヘルメットが直せません」が描く物語は、笑顔によって終わることが多い。それは登場人物たちに対する人生の肯定であるとともに、幸福に対する祈りであるのだ。

 そしてそれは、作中の人物に限った話だけではない。
『八月の風露草のようにありふれた、古道具屋店主と普通の魔法使いの日常譚(あるいは連理の枝)』という、良質な物語を読み終わったとき、私たちの顔にもきっと笑みがあったはずなのだから。

 生きていてよかったと思える物語が描かれた、読んでよかったと思える同人誌。それこそが、「ヘルメットが直せません」の本質である。

 

5.終わりに

 あれから十五年が過ぎた。

 このレビューを書いている最中、そして本を読み返しているとき、私の顔にはたぶん笑みがあったのだと思う。「ヘルメットが直せません」というサークルに出会えたことは、私にとってはこうして語るべき意味のある物語なのだ。

 出会えて良かったと思える同人誌。
 出会う価値があると信じられる同人誌。

 事実とは違うのだろう、ということはわかっている。『フォルスバンブースプラウトインザミソスープ』は、私にとっては衝撃の出会いだったが、私が無知であっただけで、当時の時点でもありふれた物語構造だったのかもしれない。もしかしたら年月と共に思い入れが強くなっていっただけで、当時はそこまで衝撃を受けたわけでもなかったのかもしれない。

 それでもいいのだ。
 今こうして「ヘルメットが直せません」の同人誌について語ってる私は笑っているのだから。
 そしてできることなら、これを読んだ貴方にも、同人誌を読んで笑ってほしいと願っている。

 思い入れとは関係なく、今誰かが新しく読んでも衝撃を受ける物語構造かもしれない。多大な影響を受け、同人誌を作り出す誰かがいるかもしれない。そうでなくても、読んだ顔に笑みが浮かぶことはきっとあるはずだ。

『ファビュラス・ファニー・ロータスエイジア』。
 とても素敵で、愉快な、幻想の世界についての同人誌。

 人間が物語を必要とするのは、人生を――あるいは世界を肯定するためのものだ。死に間際の人間が、笑うためのものだ。物語さえあれば、ヘルメットを撃ちぬかれても笑って逝けるだろう。

 それは決して人間だけではない。
 幻想を生きる少女たちにとっても、死ぬことのない少女たちにとってさえも、必要なものなのだ。

 真偽は定かではない。
 それでも私は願い、物語り、幻視する。このレビューを、そして「ヘルメットが直せません」の同人誌を読み終わった貴方の顔に、笑みがあることを。疑う余地はどこにもない。それほどまでに、『ファビュラス・ファニー・ロータスエイジア』は素敵で愉快な同人誌なのだから。

 読んでいただき、ありがとうございました。

 

作品情報

作品名:
ファビュラス・ファニー・ロータスエイジア -幻想郷綺史抜萃-

サークル名:
ヘルメットが直せません

作家名:
大出リコ(旧名義:大出長介)

Twitter:
https://twitter.com/o_ide

委託販売情報:
https://bookwalker.jp/debd4db6dc-8ea8-4b6a-a5a0-eaa723a4e8cd/

大出リコさんより、ひとことコメント:
東方Projectの作品と出会って、間もない時期に描いた二次創作を纏めた本です。
なにぶん古い漫画群ですので、拙いところは多々あると思うのですが、込めた熱量については胸を張れるのではないかなと思います。

大出リコさんより、最近の活動状況:
コミック電撃だいおうじにて『クビコリ様が飽いている』連載中/他連載準備中

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