同人誌評
2021/03/04

「恋をするように、ラブレターを書くように。たとえそれがホンモノでなくても」同人誌レビュー『東方怪弾七』 / めるくまある

同人誌レビュー『東方怪弾七』

 あなたは、「東方」のことをどれくらい知っているだろうか。

 わざわざカギカッコつきでくくったのは、東方という言葉があまりにも広くなったからだ。東方Projectは上海アリス幻樂団の製作物だが、「東方」という語り方をするとき、人は原作のみならず二次創作作品やイベント、もっと言えばファンの認識まで含めた広い範囲を「東方」と指すのだ、ということは多くのところで語られている。その意味では、もはやどこまでが「東方」なのかということさえ私たちには分からなくなっているし、全てを知っているとはとても言えない。

 けれど、逆もまたしかりだ。

 狭義の意味での東方、原作である東方Projectについても、私たちはよく知らないのだ。ゲームをプレイしただけでは、いったいこの異変はなにが目的だったのかもよく分からない。キャラクターについてもそうだ。おまけテキストを読んで初めて多くのことを知るし、ときには後日発売される公式書籍で新しい事実が明らかになることもある。当然ながら、ZUNさんの頭の中にしか存在しない情報も数多くあるのだろう。

 私たちは、「東方」について、ほんの一部しか知らない。
 知らないから、知りたくなる。

 そしてすべてを知ることができないのなら、想像で――空想で、欠けた部分を埋めたくなる。だからこそ、二次創作がここまで盛んなのであり……『東方怪弾七』は、そのことについてとてつもなく自覚的な傑作である。

 「東方」がここまで広くなった今だからこそ、この十五年以上前に発行された傑作同人誌をあなたに読んでほしいと強く思い、こうしてレビューを書かせていただいている。

 

『東方怪弾七』とは 

 『東方怪弾七』は、サークル「めるくまある」のALL.さんによる長編同人誌である。

 2005年からシリーズが頒布され、のちに総集編が全三巻頒布された。こちらは現在メロンブックスの電子書籍にて購入することができる。

 

東方怪弾七 recompilation 1
東方怪弾七 recompilation 2
東方怪弾七 recompilation 3

 

 内容は一言で語れば「学園パロディの皮をかぶった異変」である。

 ある日博麗霊夢が目を覚ますと、幻想郷ではなくどことも知れない学校の生徒となっていた。クラスメイトの魔理沙からは“れーちゃん”と呼ばれ、委員長のアリスからは“ハクレイさん”と呼ばれる。誰もが同じ制服を身にまとい、休み時間には楽しく談笑する。穏やかで、平和な世界。

 まるで初めから世界がそういう形であったかのように。

 もちろん、そんなはずもない。

 博麗霊夢は、博麗霊夢だ。彼女は幻想郷に住まう博麗の巫女だ。したがって霊夢はすぐに「これは何らかの異変だ」ということに気づく。ガクエンセイカツなるものはよく分からなくとも、それが異変であるのなら慣れたものなのだ。

 博麗霊夢は、博麗の巫女であり。

 自機であり、主人公なのだから。

 学園の平和を乱す、学校の七不思議を模した奇妙な事件、通称「怪弾」が巻き起こったところで彼女は動揺しない。むしろ分かりやすくなったとばかりに、博麗霊夢はいつもと変わることなく異変を解決するべく動き出す。

 誰が、どうしてこんなことをしたのかなんて、博麗霊夢にとっては知る必要のないことだ。彼女にとって異変は解決するものであり、理解するものではないのだから。

 それが、博麗霊夢という少女の在り方であり。

 だからこそ、黒幕の少女は異変を引き起こしたのだ。

 

自機であるということ

 博麗霊夢は、「東方」のことをどれくらい知っているだろうか。

 先ほど述べたように、私たちプレイヤーは「東方」のすべてを知ることはできない。しかし一方で、おまけテキストや公式書籍である程度の情報を得ている。異変がどうして起こったのか、黒幕は何を望んでいたのか、登場するボスたちはなぜ弾幕遊びをふっかけてくるのか。そういった、ゲーム本編では直接的に描かれない裏情報を知っている。

 博麗霊夢は、何も知らない。

 考えてもみてほしい。プレイヤーキャラクター、すなわち自機である博麗霊夢は、そういったメタ的な情報をいっさい知らないのだ。そして、知ろうともしない。異変が起きたから解決する、それが博麗の巫女のすべてだ。「よく分からないけどあんたをとっちめる」という行動は公式ゲームにて繰り返し描かれているし、それゆえにEXボスの手のひらで踊らされることもある。それでもいいのだ。彼女は博麗の巫女であり、幻想郷が平和であれば、それでいいのだから。

 博麗の巫女であること。異変を解決する自機であること。

 『東方怪弾七』において、そういった博麗霊夢の在り方は如実に描かれている。

 否、それを描くために、この物語はあるといってもいい。

 『東方怪弾七』は連鎖する怪弾の異変だ。「動く二宮金次郎」から始まり、「トイレの花子さん」を経て、「無人の音楽室で鳴る演奏」「繰り返される十三階段」と、学校の七不思議を模した事件が連鎖的に引き起こされる。

 それらを博麗霊夢は解決する。異変の裏側で何が起こっていたとか、誰がどんなことを想っていたとか、黒幕がどうしてこんなことを引き起こしたのか、そういった事情にいっさい関わることなく異変を解決してゆく。

 いつも通りに。

 博麗の巫女として、普段通りに。

 そしてそんな霊夢を、異変の裏側を察する大妖怪たちは高みの見物するのだ。

 妖怪たちにとって、博麗霊夢がいつも通りであることは何の問題もないのだ。むしろ、そのほうが都合がいいとさえ言える。博麗の巫女が役割を果たしてさえくれれば、幻想郷のバランスは保たれる。博麗霊夢が異変の裏側を知る必要なんてどこにもないのだから。

 もしもあるのだとすれば。

 それは博麗の巫女という役割ではなく、博麗霊夢という少女に、「知ってほしい」と誰かが望んだときだろう。

 異変を起こした理由を。

 隠している心を。

 嘘の向こう側に隠された本心を。

 博麗霊夢に知ってほしいと願ってしまったのなら……それはもう十分に、異変を起こす理由になるのだ。その誰かがいったい誰なのかは、ぜひ本編を読んで確かめてほしい。もうほとんど察してしまっているかもしれないが。

 

パロディであるということ

 さて、回りくどいレビューもそろそろ終盤である。『東方怪弾七』が、博麗霊夢という少女の在り方と、そんな霊夢に感情を向ける黒幕の少女を描いた物語であることは先に述べた通りであるが、あなたはひとつ疑問を抱いたかもしれない。

 なぜ学園のパロディであるのか。

 『東方怪弾七』は学園の皮をかぶった異変であり、学園生活を模した異変である。黒幕が「どうやって」異変を起こしたのかも、「どうして」異変を起こしたのかも、作中できちんと描かれている。

 しかしここは書評の場だ。本を深く読み込みレビューする場なのだ。もう少しだけ踏み込んで、なぜ作者であるALL.さんが学園のパロディを異変の題材として描いたのかを少し考えてみたい。

 ヒントは、作中で八雲紫が語っている。

 ここで語られているのは、世界の在り方をねじまげた元凶の動機である。「七しか見えなかったところに」とは通常の幻想郷を指し、「当然潰れてかたちがゆがむ」世界が学園のパロディとなった作中舞台を指す。

 いつもの幻想郷とは形が変わってしまっているが、そうであるがゆえにいつもとは違う隠されたもの、普段なら知ることのないものが表に出る。「そっちのほうがホンモノに近い筈なんだ」と元凶は信じたのである。子どものように。

 では、ホンモノとは何だろうか。

 作中では紫が、「本物の幻想郷とは?」と問いかけている。作中人物である博麗霊夢はその問いに答えないが、読者である私たちはそれを知っている。

 私たちは、読者であり、プレイヤーなのだから。

 ホンモノとは公式であり、原作であり……つまるところ、上海アリス幻樂団の製作物であることを、知っているのだ。

 境界を越える妖怪である八雲紫は、この手のメタ発言を担うことが多い。ここで語られていることも、作中の異変であると同時に、作品外について言及するまぎれもないメタ発言だ。

 八雲紫は暗に語る。

 この世界は、上海アリス幻樂団の二次創作――パロディなのだと。

 作中で学校の七不思議を模した怪弾が繰り広げれられているのと同じように、『東方怪弾七』とは「東方」を模した怪弾なのだと。だからこその、学園パロディ。ホンモノでは描かれなかった部分を描くための二次創作。

 すべては同じことなのだ。

 作中の少女たちが、「知りたい」「知ってほしい」という動機で異変を起こすのも。

 作外の私たちが、「知りたい」「知ってほしい」という動機で二次創作に触れるのも。

 七しか見えない原作世界の、残りの三を知るための空想。

 それこそが、同人なのだから。

 

終わりに

 私は『東方怪弾七』のことを傑作だと思っているし、ことあるごとに他人に勧めている。自身のサイトで長文考察感想を書いたこともある。それはこの漫画が単に面白いから、というだけではない。

 いや、単純にめちゃくちゃ面白いというのも勿論ある。言葉選びのセンスやキャラクターの心情描写の仕方は神がかっていて、世界の描き方の美しさに涙することもある。それは『東方怪弾七』に限らないので、ALL.さんが描いたほかの同人誌もぜひ読んでほしい。

 しかしそれはそれとして他人に勧めるのは、最初に述べたように、『東方怪弾七』は自身が二次創作であることに自覚的だからだ。描かれる物語が、そのまま「私たちはどうして二次創作をするのか」というひとつの答えになっているからだ。

 私たちは、「東方」のすべてを知りえない。

 それは別に恥ずべきことでもないし、悲しむべきことでもない。すべてを知ることは誰にもできないし、すべてを知る必要もないのだから。

 重要なのは、「知りたい」という感情のほうだ。

 隠されている部分を暴きたいと思う。知ることのできない部分を知りたいと思う。焦がれるような衝動を、人はときに恋とも呼ぶ。

 原作に恋をし、ラブレターを書くように二次創作をしよう。『東方怪弾七』において、黒幕の少女がそうしたように。出来上がったものはホンモノではないけれど、それを受け入れるだけの度量が「東方」にはあるのだから。「東方」はそうやって広がってきたし、これからも広がってゆくのだろう。

 最後になるが、今回こうしたレビューを書く機会を与えてくださった東方我楽多叢誌と、ここまで読んでくださったあなたに感謝を述べたい。すべてを知る必要はないけれど、お勧めの作品を知ってほしい、という感情の発露。それがレビューなのだから。

 私はあなたに知ってほしいし。

 あなたたちのお勧めも知りたい。

 そうやって世界が広がっていく「場」と、そこにいる「人」の両方に感謝を述べて文章の締めとする。

 読んでいただき、ありがとうございました。

 

【作品情報】

作品名:
東方怪弾七 recompilation

サークル名:
めるくまある

作家名:
ALL.

Twitter:
https://twitter.com/namawasav

Webサイト:
http://merkmal3rd.web.fc2.com

委託販売情報:
https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=251582

ALL.さんより、最近の活動状況:
某お船の作品のアンソロなどに時折お声掛けいただいたりしました。 細々と活動などしております。

ALL.さんより、ひとことコメント:
たしか永夜抄の発表前後ころに描き始めた、だいぶ昔のものですが、今でもこうして目に留まることがあるのかとわりと驚いております。