東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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初めての「開催中止」を乗り越えて。例大祭と振り返る、この二年間の軌跡――博麗神社例大祭社務所インタビュー

博麗神社例大祭社務所、代表・北條氏 販売統括・篠原氏 企画統括・関氏インタビュー

 東方Projectオンリー同人誌即売会「博麗神社例大祭」は、2020年春に初めての東京以外での開催を目指していた。しかし、2020年初頭より猛威をふるい始めたCOVID-19、いわゆる「コロナ禍」の影響を受けて中止となった。

 2020年中に多くの同人誌即売会やライブイベントが開催延期・中止を余儀なくされたことは、もはや説明は要らないだろう。今もまだ世界はコロナ禍の真っ只中にあるが、その中でも「博麗神社例大祭」を運営する「博麗神社例大祭社務所(以下、例大祭社務所)」は、即売会の灯を絶やさぬよう、可能な範囲でのイベント開催を模索していた。

 その努力もあり、2021年には「第十八回博麗神社例大祭(静岡)」「COMIC1 BS祭 スペシャル」「博麗神社遊芸祭」「第八回博麗神社秋季例大祭」という4つのイベントの開催にまでこぎつけている。

 このインタビューでは、例大祭社務所代表北條氏販売統括篠原氏企画統括関氏の3人に、このコロナ禍において例大祭社務所がどのような動きをしてきたかを伺いつつ、そもそも「博麗神社例大祭」がどの様に作られているのか、イベントとしての現状や、即売会の中でも特異な「参加者層の若さ」についてどの様に考えているのかなどを合わせて伺った。「例大祭」というイベントの形が見える内容となれば幸いだ。

※こちらの記事は、2021年6月、12月の2回に渡って行われたインタビュー内容をまとめたものとなっています。

文・聞き手/西河紅葉
写真/紡

 

初の「例大祭中止」――2020年、第十七回博麗神社例大祭

――本日は、2021年に行われたイベント「第十八回博麗神社例大祭(静岡)」「COMIC1 BS祭 スペシャル」「博麗神社遊芸祭」「第八回博麗神社秋季例大祭」を振り返りつつ、私たちがいつも参加している例大祭という即売会・イベントがどのように、どんな人たちの手で作られているのか、といったことが見えるインタビューにできればと思っております。よろしくお願いいたします。それではまず、自己紹介をお願いいたします。

北條:
 博麗神社社務所代表の北條です。その名の通り、イベントの代表をやってます。

篠原:
 販売統括をしております、篠原康博と申します。よろしくお願いします。

 例大祭の初参加は第三回……のハズだったのですが、仕事の都合でスタッフ登録したものの欠席してしまったという経緯があり、初参加は第6回目の2009年からです。その当時は公共担当【※】をやっていました。その当時は御庭番って呼ばれていた部署ですね(笑)。途中から販売の統括になりまして、以降はずっと販売担当です。

【※】公共担当:
主に入場者が会場内に入るまでの誘導や列整理を行う部署。当時の例大祭は、列をホール内ではなく外に並べていた。そのため、国際展示場駅から来た参加者をビッグサイトまで誘導、当時存在したビッグサイト駐車場まで受け止めて運ぶ、といった業務を行っていた。

関:
 第八回例大祭からスタッフやってます、関と申します。よろしくお願いいたします。現在は企画担当の統括と、カタログ編集長と、生放送のMCをやらせていただいてます。

――企画統括って、どういうことをやっているんですか?

関:
 即売会に直接関わる部分ではないところ、例えばイラストコンテストだったりとか、ゲームメーカーさんを呼んで試遊してもらうとか、スコアアタック大会とか、そういった参加者をより楽しませる企画やブースの運営を中心に担当している部署です。

――今の例大祭の特色となっている「即売会ではない部分」についても、後ほど詳しく聞かせてください。ぜひともよろしくお願いします。
 まずは、2020年に開催予定だった「第十七回博麗神社例大祭」についてお話をお伺いさせてください。例大祭の静岡開催はもともと、2020年に行われる予定でした。そこから一度の延期を経て中止になります。改めてそのときの経緯や、中止になってしまったあとの1年間はどうされていたのか、といった話をお伺いしたいです。

北條:
 はい。例大祭が中止になるというのは、初めてのことだったんです。

 2011年に起きた東日本大震災のときは、会場の東京ビッグサイトがダメージを受けて修繕が必要になり、もともと3月開催予定だったものが5月に“延期”する形でした。

 今回の場合、2020年の3月にツインメッセ静岡で開催予定だったものを、感染症の情勢を見ていったん5月に延期しました。ですが、その2ヶ月間で更に状況が悪化してしまっていて。結局、中止せざるを得なくなったわけです。ですから、初めての中止なわけですよね、例大祭にとって。参加者の皆さんもそうだと思うのですが、僕たち社務所、例大祭スタッフも本当にショックを受けて。準備も、ほぼほぼ終わっているような状況まで進行していたので。

――心中お察しいたします。2020年という年は本当に世間の移りゆくスピードが早くて、同人誌即売会を含めてイベント業界に対する、圧力と対応の要求が凄まじいものだったと思います。

篠原:
 静岡例大祭直前の2月に、視察として台湾のイベントに足を運んでいるんです、僕ら。

北條:
 台湾のFancy Frontier【※】というイベントに行って、そこで敷かれていた、当時としてはおそらく最も進んでいた、大規模イベントにおける感染症への対応策を見たんです。それを見て、「これは今までとは明らかに違う」と、すごいショックを受けたんですね。

【※】Fancy Frontier 開拓動漫祭:
台湾のアニメ情報誌「月間Frontier」が開催する、台湾最大規模の同人誌即売会。夏と冬の二回開催され、出展サークル1000以上、参加者数5万人を越える規模で開催されており、「台湾のコミケ」と呼ばれることもある。

 マスク着用の徹底や検温体制、手指の消毒のような、日本で数ヶ月遅れで行われたことが、その当時の台湾ではもう当たり前になっていて。徹底して感染をしないように死守していたのを目の当たりにしたんです。

――それを見て、これまでのイベントとは対応を変えていかなければならないと。

北條:
 そうですね。それを見てしまって、もうその時点で「これは日本も変わる、3月の静岡例大祭はちょっと厳しいかもしれない……」とは思っていたんです。実際、日本帰ってきたら状況がさらに悪化していたわけですね。3月から5月になって、感染者数は増える一方で、正直見通しがつかなくなってしまいました。

 我々としてもショックだし、当然楽しみにしててもらったサークルさんにしても、一般参加者にしても、それから企業にしても、皆さんショック受けていたと思います。

――あの時は本当に文字通り、先が見えない状態でしたね。せっかくなので、2020年の静岡例大祭でやりたかったこと、準備していたこと、っていうのを教えてもらってもいいでしょうか?

篠原:
 私は販売担当として、公式グッズの作成を行っています。今回は静岡で開催するということで、ゆかりのある作家さんにイラストを描き下ろしてもらって、紙袋を作ったりしていました。でも、中止になってしまって、その紙袋は日の目を見る場所がなくなっちゃったんですよね。

 ほかにも北條の方で、地元の企業さんを巻き込んで、ご当地モノのお茶やお酒、有名なところで言うとしずおか弁当さんとか、さまざまな展開を現地で行う予定でした。せっかく参加者が静岡まで来るのだから、地元静岡のものを買っていって欲しい。即売会も楽しいですが、静岡ってこういう良いものがあるんだよというオススメをしたかったというのがありました。そういったものがお披露目できなかったのは、残念でしたね。何らかの方法で出来ないかと探った部分はあったのですが、地元の皆さんも状況が状況なので、なんともしがたい、悔しい思いをしました。

コラボしたあみ焼き弁当には特製のステッカーがつく予定だった。ステッカーは現在単品で東方やおよろず商店などで購入ができる。

関:
 僕はカタログの編集長をやっているので、カタログの入稿が完了し、いよいよショップさんに置くよ!……って、タイミングで、例大祭が延期になってしまったんですね。そうなってしまうと、カタログが入場券としてはもう使えないんです。配置された内容も違う、当日やる内容も違う、そもそも日程が違う、全部違ってしまうので。

 なので、急遽ファングッズという方針に転換しました。毎回掲載している前回の振り返りや、企画記事的な読み物のページを中心にしたんです。とはいえ、もともとの配置図といったものはすべて使えなくなってしまったのは事実で、それらをがんばって作ったスタッフたちの努力が誰にも見てもらえなかったのは、本当に悲しかったです。

第十七回博麗神社例大祭目録(カタログ)表紙イラスト。東方やおよろず商店より引用

――どちらも、せっかく準備したものが、ごっそり失われて世に出ない、という状態になってしまったんですね。

関:
 カタログは完全に支援用のファングッズになってしまったんですが、そんな中でも「カタログ5冊買って例大祭支援したよ」という声があったりとか、30冊買った人もいたりしたそうで、そういうお話を聞くたびにすごく支えられた気持ちになりました。

 それ以降、入場券とカタログが完全に別のものになったにもかかわらず、紙のカタログはとても多くの方に手に取っていただいています。2021年の静岡例大祭のときは、増産が間に合わないぐらいでした。

――それは大変有り難い話ですね。

関:
 そういうところも含めて、参加者の皆さまに非常に優しくしていただいたな、というのが印象に残っています。辛かったですけど、みんな優しくて。

――東方ステーションに、北條さんにご出演いただいた際「今回のカタログは支援という意図がメインになってしまいますが、ぜひ買っていただければ」という話をされて、それに対して参加者が応えたという事実があったのは、大変良い話です。

北條:
 そうですね。丁度そのときに立ち上がった「東方やおよろず商店」にも協力していただいて、そこを中心にカタログとか当時のグッズを置かせていただきましたが、そこから皆さま支援の購入をしていただいたことに、本当に感謝しています。それが無かったら、恥ずかしながら本当に危なかったんです。

 

待ちに待った静岡例大祭

――そこから一年が経ち、2021年の「第十八回博麗神社例大祭(静岡)(以下、静岡例大祭)」につながっていくわけですが、気になっているのは「なぜまた静岡で開催できたのか」というところです。
 言葉を選ばずに言うと、関東、特に都内の感染者数は年を跨いでも大きな改善がなく、そんな状況でイベントを開催する、という状況はかなりの挑戦だと感じます。会場側から「申し訳ないが遠慮して欲しい」と要請を受けたりはしなかったのでしょうか。

北條:
 これが逆に、ツインメッセ静岡さんのほうに僕らが心配してもらった様な感じなんです。

 ツインメッセ静岡さんはとても協力的な会場で、「ギリギリまで判断も待ちます」「なるべくキャンセル料が発生しないようにしましょう」「どうしたらコストを抑えられますか」と、とにかく親身になってくれて。もちろん初めての会場ですから、運用のすり合わせで大変な部分もあったのですが、それでもかなりの面で融通していただきました。

 正直、ここまで会場側が同人誌即売会に配慮してくれることってほとんど無いと思うんですが、ツインメッセさんはとても優しかったですね。

――まさに旱天の慈雨というか、そんなこともあるんですね。

北條:
 もしかしたら、もともと地元のみなさんと一緒にこのイベントを作り上げたい、という話をお伝えしていたのが、協力を得られた理由かもしれません。静岡茶のコラボとか、静岡弁当とか、会場で屋台を出す話とか、会場近くにある鈴木酒店さんの会場試飲コーナーを作りたいとか、そういう話を事前に伝えていたんですね。そういうのも含めて、かなり融通きかせてもらい、よくしてもらったんです。

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――同人イベントというのが、同じ人、人間のつながりで出来ているものなのだなと実感します。そしていよいよ当日、静岡例大祭本番ですが、いきなりの大雨は大変でしたね……。

関:
 本当に大変でしたね……一日中雨で困惑していた記憶です。

北條:
 本当にね。あの日は公共担当のスタッフが一番かわいそうだったなと思って。

関:
 感染対策もしながら、大雨も配慮しながら、足元も気をつけながら入場対応する……という状況で。公共担当の人が一番がんばってたかなと、当日は。

午後からの入場でも例大祭は楽しかった! 英語圏ファンによる第十八回博麗神社例大祭レポート」より

――かなり辛い環境の中で、最終的に感染者を出さないでイベントを終えられたのは、記録的なことだと思います。

北條:
 もちろん会場内の感染対策はきっちりと行いましたが、そもそも会場にたどり着くのが大変になるとは……。来場者の皆さまには、本当にご迷惑をおかけしました。

――そんな雨の中でも会場はがらんどうにならず、サークルも一般参加者も程よい参加具合でしたね。2021年初頭に行われた即売会としては、本当に成功したもののひとつだなと思います。

北條:
 例年参加していただいている皆さまの顔ぶれも見れましたし、ほかにも、地元静岡の東方ファンたちも、多く来てくれたのかなという感触がありました。

――そうでしたね。私も現地で参加しましたが、来られている一般参加者の顔ぶれがなんとなくいつもと違う感覚がありました。今まで都内のイベントには足を運べなかった、本当に地元のファンが来ているのかもな、と思った記憶があります。これまでの例大祭とはちょっと違う不思議な感じでしたね。

北條:
 そうですね、それは僕らもすごく感じましたね。あのとき、我々としては初めて公共交通機関に広告を出したんです。静岡鉄道さんのバスと鉄道に広告や中吊りを出させてもらって、結構話題にしていただいたみたいです。その広告を見て、ちょっと興味持って来た人もいたのかなと思っています。

――1年越しに販売担当と企画担当としてイベントが行えて、何か高まるものはあったりしましたか?

関:
 企画担当から見ても、やっぱり普段と違う顔ぶれだったのが印象的でした。なんですけど、その間イベントが無かったんで、1年ぶりで感極まるスタッフもいれば、初めての会場でオロオロしてるスタッフもいる感じで(笑)

――久しぶりだったり初めてだったりするのは一般参加者だけじゃなくて、スタッフの皆さんもですよね(笑)

関:
 それも含めて全部終わると、やっぱり「楽しかったね」という気持ちと、何よりも「無事にイベント終わってよかった」という満足感に包まれてたいたかなあと思います。……なんてことを考えながら、土砂降りの中を帰りましたね(笑)

――本当にお疲れさまでした。販売のほうはいかがでしたか?

篠原:
 2020年の秋季例大祭より、LivePocketによるオンライン入場券販売の形になり、カタログが入場券の役割を持たなくなりました。参加者の皆さんにとって非常に大きな変化だったと思うのですが、皆さんかなり柔軟に対応していただいて、カタログもとても多くの人に手にとっていただきました。例大祭は若い参加者の方も増えたので、カタログを読み物として楽しんでおられる方が増えてきたのかも、と感じています。

北條:
 コミティアさんの「ティアズマガジン」のような、イベントについての説明書にとどまらない、ひとつの雑誌やムック本のような方向性が求められているなと思います。

COMITIAホームページより引用

篠原:
 入場前の時間帯に、サークルチェックじゃなくて中の記事を読んで時間を潰すための媒体としても使えるし、逆にその内容をもっと濃くしていかなきゃいけないとか。そういう部分が、編集長の関が一番カタログ作ってて葛藤してる面だろうなとは思っています(笑)

関:
(笑)

――近年の例大祭参加者の年齢層に合わせた内容も、意識的に織り込んでいるわけですね。

篠原:
 参加者層が低年齢化してきたのもそうなんですが、最近顕著なのが、親子での参加や、2世代での参加ですね。ご両親が東方好きで、お子さんたちも東方ファン、っていうケースも増えてきていて。

――親子二人で東方好き、そんな時代ですか。隔世の感を覚えますね……。

篠原:
 販売所にいると、「お父さんこれ買って」といった光景を見ることが、ほんとに増えてきて。

――2019年以前の時点でも、例大祭はほかの即売会と比べて圧倒的に参加者の年齢層が若いといわれていましたよね。それからイベントが2年間開かれなかったにも関わらず、その傾向が未だに続いているというのは、特筆すべきことだと思います。

篠原:
 そうですね。逆に親御さんのほうが、心配されてイベントへの参加を止めちゃうかなと思っていたんですが、実際は驚くくらいに親子連れの参加が多くなっていました。準備は大変でしたが、あの静岡という場所でやって本当によかったと思える瞬間でしたね。

北條:
 参加者の意欲をものすごく感じました。僕らの心配をよそに、向こうは最初から例大祭に来る気満々だった、っていう。それに皆さん協力的で。

 イベントが終わったあとに、ツインメッセ静岡代表の理事長さんから「参加者のマナーが非常に良い」「悪天候の中でこんなに人が来て盛り上がるとは思ってなかった」とお褒めをいただいたりして。「今回イレギュラーで静岡開催だったことは十分承知しているんですが……数年後でもいいので、ぜひまたツインメッセで開催してほしいです」という嬉しいお言葉もいただきました。

 

イベントを超えての取り組み――「COMIC1 BS祭 スペシャル」

――そこで例大祭は同人イベントとして一定の成功を収めたわけですが、その一週間後に、2021年5月開催予定だったコミックマーケット98は中止の発表を行います。

 そこで急遽行われることになったのが「COMIC1 BS祭 スペシャル(以下、BS祭)」、その中で行われた東方オンリー即売会「幻想神楽」ですね。このイベントはのちの緊急事態宣言により、さらに日程が延期するという、大変な事態になりました。まず、この「BS祭」に博麗神社社務所が協力することになったきっかけを教えていただけますか。

北條:
 最初に、2021年のGWに開催予定だったコミックマーケットさんが、諸般の事情により延期せざるを得なくなったと。その連絡をコミックマーケット共同代表の市川さんから連絡貰ったときに、「これはまずいな」と思いました。

――当時は危機的な状況でしたね。

北條:
 本当に、コミックマーケットに非常に期待してる方々が多かったんです。作家さんやサークルさん、もちろん一般参加者もそうですし、何より関連の印刷所ですね。夏のコミケが無くなってしまったときの心の折れ様、それぞれの懐具合……印刷所さんはそれを商売にしているわけで、本当にこのままだと業界で倒れる人が多くなってしまう。

 そう思って無茶を承知で、中止したコミックマーケットさんの空き日程で、小さい規模で良いからオールジャンルの即売会を開けないか? というのが始まりでした。いろんな方面に働きかけた結果、今までずっとお手伝いしてきたBS祭と、COMIC1と、ふたつで組んで、開催してみましょう、という形になったんです。

 ただ、BS祭、COMIC1、例大祭……とそれぞれに運用の思想が違うイベントとそのスタッフが集まったので、これはまとめるのが大変だと。なので、おそらく従来の体制では回らないだろうっていうことで、博麗神社社務所が事務局の中心となって進めることで、すごく時間がない中ではありましたが、開催まで持っていける運びとなりました。

――その後、イベントの直前、4月25日に東京都で緊急事態宣言が発令となり、5月4日から5月23日に延期となりました。東方ファンとしては、5月4日にこのBS祭りで『東方虹龍洞 ~ Unconnected Marketeers.』のCD版が頒布される予定でしたが、この延期によりSteamでのデジタル頒布のほうが先行するという、今までにない事態が起きたのも、記憶に新しいです。

――KAI-YOUさんのインタビューでも話されていましたが、、延期日程を本来の開催日程と同じ月にした、とにかく近い日程にした、というのは、筆舌に尽くし難い大変さがあったのではないかなと思います。それでも、やらないといけないっていう気持ちがあったと。

歴戦の同人イベント代表が切望した“奇跡“とは コミケ、COMIC1、BS祭 座談会 ー KAI-YOU(外部サイト)

北條:
 そうですね。やっぱりあの時期にやらないと駄目だなと思ったんです。実際コミックマーケットの中止発表があって、すぐに我々が「代わりになるようなイベントを検討してます」と言えたのがだいたい3日後だったんですが、そんな短い期間でも、すでに心が折れちゃってる作家さんが続出していて。

――仕方ないとはいえ、辛いですね。

北條:
 知り合いの、サークルさんとか作家さんに、私たちのほうから「こういうのをやるつもりだから、今から手伝ってほしい」と色々声がけしたんですが、もうその時点でみんな心が折れていてやばいと。「もう多分無理だよ」って、諦めきっている感じで。

 そんな状況なのを分かっていたので、とにかくこの時期に、延期したとしてもすぐ近くで再開催しなければならない。そうしなきゃ意味がないんです、とビッグサイトさんにも直接交渉しまして。自民党都議の鈴木晶雅議員経由で都議会の方に伺い、ともかくやることがこの業界を死なせないことの第一歩になるのだと強く訴えかけて、何とか開催できる形に持っていけました。

 ただ、本当なら、5月4日に開催できていればもっと参加者は集まっただろうし、盛り上がったとは思います。

「同人誌即売会は、これから継続できるの?」4月25日、緊急事態宣言発令の裏側で何が起きていたのか。東京都へ申し入れを行った即売会主催・議員の4人に話を聞いてみた

――延期発表の時点で、欠席をTwitterなどに書いているサークルさんも、少なくはなかったですもんね。

北條:
 そうですね。でも、あんな短期間なのに、4日のときのオンラインイベントにも新刊出して、23日のイベントにも新刊出して、っていうサークルさんそこそこいたので、それはちょっとびっくりしましたね。本当にやれてよかったなと、何よりも思いました。ともかくホッとした気持ちですよね。

――あのタイミングで、ひとつの同人誌即売会が開催できたことは、このあとの流れにつながる大事な一石だったのだと、今でも思います。

 

例大祭の新しい基軸―「博麗神社遊芸祭」

――もうひとつ、2021年には「博麗神社遊芸祭」というイベントも開催されました。これは即売会ではなく、完全に企画イベント側に特化したイベントです。コレはどのような経緯で行われたのでしょうか。

北條:
 これはまあ、ぶっちゃけ僕のわがままなんですけど、最初は(笑)。

 ひとつは、コロナ禍において、いわゆる「元の状態」には相当な期間戻らないだろうし、もうずっと戻らないかもしれないという考えでやらなきゃと駄目だ、という思いがありました。そうすると、たとえばイベントの面白さや収支的な部分で、いろいろ厳しい部分が出てきてしまいます。ですので、例大祭として新しいことにチャレンジしていく、それでファンを増やしていく、という考え方のひとつとしての取り組みです。例大祭の中で開催している「東方コロシアム」というスコアアタック大会がとても盛り上がっているので、そこをフィーチャーした形のものは、ほかにはないなと。

 あと……上海でZUNさんの全作品展示というのをやったじゃないですか。あれを日本じゃなく、海外で先にやられてしまったのが、めちゃくちゃ悔しくて。

博麗神主と中国ファンとの「一期一会」。ZUNさんって、本当にすごい人なんだ。上海WePlay、上海アリス幻樂団上陸レポート

――現地で見ましたが、たしかにあれは壮観で、展示としても大変面白いものでした。

北條:
「日本で一回やらなきゃいかんだろ、これは」と。さらにその先に見据えたものとして、それこそ東方のe-sports的な大会も最終的にはできたらいいと思っていて、その布石として「ゲームだけのイベントを一回やってみようか」というのは、遊芸祭の発端です。

 なんか、例大祭はパイを広げようとしてるんですけど、今回のに関してはパイを広げるっていうよりは、あえてコアな東方ユーザー層にもう一回焦点を当てて、そこを掘り下げて盛り上げ直そうって感じですね。

※博麗神社遊芸祭は先日、ツイッターアカウントを新たに開設した。

 

 今回はここまで。次回は、このコロナ禍の中で「例大祭は今、本当に大丈夫なの?」という素朴な疑問や、そもそも同人誌即売会というイベントがどの様に作られ、運営されているのかについてを伺います。

初めての「開催中止」を乗り越えて。例大祭と振り返る、この二年間の軌跡――博麗神社例大祭社務所インタビュー おわり

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