東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

     東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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インタビュー
2019/11/28

初回の3倍以上の出展、増え続ける参加者、大きくなり続ける会場ーー初めからずっと東方は「バブル」だった。

鈴木龍道氏、JYUNYA氏、ビートまりお氏による「博麗神社例大祭」初期、東方コミュニティ黎明期鼎談「第3回」

オンリーイベントの規模を凌駕していく

ーーすごい大変だった第一回のときに「これはもう無理だな…」というふうにはならなかったんですか? その後もどんどん増えていって、これはもう続けられないな、みたいな。

龍道:
 一緒にやっていた、その不動産会社の社長は、「ちょっと僕はもう無理だから、あとは龍道くんにあげるから好きにして」って言われて。

ーーそれは何回ぐらいですか?

龍道:
 もう、一回目。

ーー二回目から、もう。

龍道:
 でも、こんだけもう人来てるし、参加者いるし、潰すわけにはいかないから頑張るか、って。

ーーJYUNYAさんはサークル側で参加していたわけじゃないですか。そして一回目出て「すごい」ってなられて。「この規模ならどんどん出よう」って思っていましたか?

JYUNYA:
 その時は当日ソフト間に合わせて頒布するだけで必死だったし、次に夏コミが控えてたからそっちに目が行ってて。「例大祭も面白いもんだな」くらいにしか思ってなくて。その頃はコミケしか出たことがなくて。初ジャンルオンリーだったんですよ。後はサンクリは出たことはあったんですけど、こういう1ジャンルに偏った、いわゆるオンリーみたいなのに出たことがなかったから。例大祭をオンリーって言っていいのかは分からないですけど。

ーーその頃はまだオンリーと呼んでいい規模ですよね。

龍道:
 今でもオンリーだよ!(笑)

JYUNYA:
 まぁ、出たら「オンリーおもしれえな」と。コミケとかを軸にして大きい作品も出していくけど、東方は東方で例大祭でやってこうって思ったぐらいで、まだ「ヤバい規模だな」とかそんなふうに思ったりはしていなかったですね。

ーー初期の波っていうのが本当にすごかったっていうのが伝わります。

JYUNYA:
 この余波は第二回を都産貿【※】でやるまでは続いたね。あの、入れ替え制のやつ。

【※】東京都立産業貿易センター。例大祭2が開催されたのは浜松町館。浜松町館は現在改築中で、2020年9月に完了予定。https://www.sanbo.metro.tokyo.jp/

龍道:
 あれは5,000人かな。

JYUNYA:
新作も既刊も次々消えていったから、スッゲーなと思って。

ーー都産貿の時が本当にすごかったというのは当時行っていた人から伺ったことがあります。

龍道:
 あのレコードは今も抜かれていないんじゃないかな。

ーー施設のレコードクラスの参加者数なんですか、あれ!?

龍道:
 レコードなんですよ。工事で閉鎖になる最後まで抜かれずに。

ビートまりお:
 当日入れ替え制で、二分割、三分割してくださいとか言われて。持ち込んだ頒布物の三分割、どういう感じにしようかなってすごい迷ったよ。

龍道:
 前日までは入れ替え制になることが決まってなくて、そのままやろうとしていたんですけど。前日に、今も例大祭スタッフにいるUさんっていう、ずっとイベントタッフをやっている知人がいて。それが「絶対無理だ」って全員を押し切って、その場で入れ替え制にしてくれたから当日平和だったっていう。だから、あれをしなかったらどうなっていたんだろう……。

JYUNYA:
 あれは俺も、コミケ級の枚数持っていったけど完売したから、すごかった。それで面白かったのは、一部二部三部で、売れ行きが全然違って。まず最初の部は「追い出される!」ってガチ勢じゃないですか。そして、追い出されるリミットがあるから「とにかく買ってけ!」って。それでグワーっと買ってって。

ーー目についたものは全部買うと。

JYUNYA:
 そうそう。それでもうすっげえ減ってって。じゃあ二部ちょっと減らすしかねえなってやったら、二部は意外とまったりしてて(笑)。そしたら、三部になったら一部の人たちがまた戻ってきた(笑)。「また来たー!」みたいな。それでバーっとなくなってって、うわ、すげえと思って。だから最初二部で分量分けて「失敗したかな」って思ったけど、三部のフリーが最終決戦みたいな感じだった。

ビートまりお:
 俺もイベント限定作品をかなりの枚数プレスして、とりあえず三分割してみようと思って、いざ始まってみたら一部が本当にめちゃ瞬殺だった。全然足りねえじゃん! って。

JYUNYA:
 第二回、都産でやってコミケ級の数が消えると思わなかったから、あれはすごかった。

龍道:
 そんな消えたんだ……。

JYUNYA:
 だからもう、スポーン! って感じでグラフが上がってった。

ーー「すごい人の入りだった」っていうのは情報として残っているんですが、当時その場に居た人たちは「これはこれからずっと来るだろうな」と思っていたのかな、という疑問があって。

龍道:
 考える余裕もなく必死でしたね。もう、「来る」「来ない」じゃなくて「来る」の前提で考えていました。じゃないともう、怖くて。だから二回目のときに都産貿でやって、結局5,000人以上来ちゃって、入れ替え制になったら、もう「お金マイナスになってもいいからでかいところ借りよう」って。ポンポンポン、ってやっても「足りない、足りない、足りない」ってなって。「知らねえよもう!」って(笑)

ーービッグサイトよりも大きい会場って、ないですもんね、この日本に。

龍道:
 ないない(笑)

ーー一回目が伝説的になり、これもう東方でオンリーが出来るんだ、ってみんな認識したんですね。そこからの二回目で、東方オンリーだけの会場を借りて、その時もさっきみたいに入れ替え制を行なって、それでも足りない!と。

JYUNYA:
 第三回からはサンシャイン【※】

【※】池袋サンシャインシティ。同人誌即売会の会場としては、1998年より開催されている「サンシャインクリエイション(サンクリ)」に使われていることで有名。

龍道:
 三回目、四回目はサンシャイン。毎年毎年、去年よりも大きくしても、足りない……(笑)。めっちゃ増えてる! って思いながら。

ーーそもそも、108の次350って、そんなオンリーイベント早々ないですよ。四倍近くのスペースを確保しても、足りず。

龍道:
 当時は、Cレヴォ【※】もまぁ、サンシャインのDホールでやってたから、じゃあ同じぐらいだから大丈夫だろ! って思ってたら、全然ダメで。

【※】コミックレヴォリューション。1987~2005年まで開催された、オールジャンル同人誌即売会。春と秋の年2回開催で、会場は池袋サンシャインシティ。

ーーだって、オールジャンルの一イベントとほぼ同じだったってことですもんね。

龍道:
 当時日本三位?のオールジャンルイベントと一緒にして、だめだったんですよ(笑)。

「東方バブル」という狂気

ーー2006年の第三回例大祭のビラ、33種類あります。龍道さんに持ってきて頂きました。

ビートまりお:
 めちゃくちゃあるな。

龍道:
 1イベントで33種類作った。全国のとらのあなとメロンブックスのチラシを変えたんですよ。

ーー秋葉原とかだとそれだけど、大宮だと違うよみたいな。

JYUNYA:
 これどこで配ってたの?

龍道:
 わかんない。

ビートまりお:
 わかんないんだ(笑)

JYUNYA:
 これは当時も紙で申込みしたんでしたっけ。

龍道:
 全部紙でしたよ。オンラインは結構後かな。

ーー東方初期エピソードって、聞くに狂気が多いんですよね。この数字の増え方は狂気です。

龍道:
 普通のオンリーでこんなん無理だもん、絶対。こんなジャンルって、東方出た後にも一個もないもん。

ビートまりお:
 それこそ、七回か八回までずっとこんな増え方でしたよね。俺、あの時の東方の、ワーッ!ってみんなで駆け上がっていった時代に乗れたのが本当に楽しくて。俺は日本経済のバブル時代を知らないけど、多分バブル期ってこんな気分だったんだろうなって何となく分かるな。地価がどこまでも上がってったみたいなそういう。

龍道:
 わかる。何やっても成功した。

ビートまりお:
 「東方バブル」って言われてたしね、実際。何やっても人いっぱい来て、みんなで盛り上がれるっていうのは。

ーー”東方バブル”って、個人的なイメージとしては2008年位からの感じだったんですけど、もうこの頃からずっとバブルだったんですね。

龍道:
 ずーっとバブルですよ。

ビートまりお:
 この上がりっぷりはやっぱりバブルを感じた。バブルっていうか、「フアッ!」って来た。

JYUNYA:
 とにかく例大祭1、2以降のとらのあなとかメロンブックスの発注が半端じゃなかったです。

龍道:
 すごかったよね。

JYUNYA:
 だから当時、2005年、2004年ぐらいのアキバBlog【※】のその翌日にAQUASTYLEがとらのあなでバーっと展開されているやつが、まだ記事あると思う。その頃、すごい数出てた頃。何やっても取り上げててくれてたから。とにかく発注すごかったし。

【※】アキバBlog。「秋葉原の某ショップ元店長」を自称する、geek氏による個人ニュースサイト。管理人が秋葉原で目撃したことを書くというテーマで、各ショップで展開している商品、同人誌などの紹介を行う。2004年から現在まで更新されている。未成年閲覧注意。

龍道:
 そうそうそう。

【コラム】たくさんあった合同CD

そして始まる『Flowering Night』

ーーまりおさんはどのへんで上京されたんですか?

ビートまりお:
 例大祭二回目のとき、もう東京いたかも。蒲田。最初、矢口渡っていうところに住んでいて。まあそこも蒲田周辺なんだけど、ずっとそこにいて。

ーー大学を出たら東京に出るというのは、決めていたんですか?

ビートまりお:
 「東方ストライク」を作った時に決めた。これを作ったのが岩手にいたときで、これがめちゃくちゃみんな買ってくれて。で、いろんな仕事も入ってきて、「これは音楽で飯食えるかもしれない!東京行こう!」ってなった。だから当時さ、東方のアイテム少なかったじゃん。で、みんな買うじゃん。これさ、定番みたいな扱いになってたんだよ。「東方の二次創作はこれ買っとけ」みたいな。

JYUNYA:
 そうそうそう。東方が好きで二次創作が好きな人は大体買ってた。当時、モノがなかったから、みんな二次創作含めて東方の共通項みたいになってたよね。だから、俺らもそうだけど、みんな持ってる前提で話すんだよね。今は色々いっぱいあるから、ちょっと多種多様で分からないけど。「東方好き」って言っても色々違うけど、昔はみんな同じものを持っていたんだよね。

ーー『東方ストライク』の曲はかなりの人が聞いていたイメージがあります。

ビートまりお:
 再販するたびにすぐ無くなって。「もうこれで終わりだろ」って再販したら、またすぐ無くなって「終わんねえな、これ」って(笑)。「なんだこれ」って。

ーー私が東方に入った2007,8年位の話ですけど、その時でも『東方ストライク』は常に在庫があったんですよ。お店にずっと置いてあって。他のCDは結構なくなることが多くて手に入らなかったんですよね。

ビートまりお:
 「定番として置いとこう」って。

JYUNYA:
 いいなぁ。

ビートまりお:
 そっちもめっちゃ人気だったでしょ!

龍道:
 『Flowering Night【※】っていつ?

【※】Flowering Night。2006年から2012年まで開催されていた、東方アレンジのライブイベント。2009年には幕張メッセイベントホール、2012年にはZeppDiversityでの公演を行うなど、東方アレンジのライブイベントとしては最大規模。先日「Flowering Night 2020」の復活開催が告知された。

ビートまりお:
 2006年。

JYUNYA:
 『Flowering Night』のときも、そんなに歌う人いなくて大変だったみたいな感じで。

ビートまりお:
 そうそう。俺も歌うのなかったから、『Help me, ERINNNNNN!!』はそのとき歌詞つけて無理やり歌おう、ってなって。

JYUNYA:
 『Flowering Night』は黎明期だったんですよ、やっぱり。そこから「いいな」という感じで盛り上がっていって。

ビートまりお:
 この時点でウチのボーカル曲は『レザマリでもつらくないっ!』と『drizzly rain』の二曲しか存在していなかったんだけど、「二曲でライブどうやればいいの? どぶさん?」って聞いたら、「じゃあ、えーりんに歌詞つけなよ」って。

龍道:
 (笑)

ビートまりお:
 「でも、バンドとかないですけど」って言ったら、「じゃあ石鹸屋【※】っていうの紹介してあげるよ」って、繋いでくれた。

【※】サークル「石鹸屋」。2005年より活動、東方アレンジ初期当時では大変珍しい生音バンドサークルだった。代表曲に「東方妖々夢 ~the maximum moving about~」「ってゐ!~えいえんてゐVer~」。

ーー2006年というと、3回目ぐらいの例大祭ですね。

ビートまりお:
 うん、3回目。

龍道:
 主催のどぶウサギさん【※】とはたまたま飲み屋、音楽サークルの打ち上げがあって。そこに私も参加してて、ちょうど酔っ払っているときに自分がどぶさんに「東方、音楽いいから生演奏でイベント作りたいです!」ってどぶさんに言ったら「じゃあ、僕と一緒に作ろうよ」「いいよ!」ってなって。

【※】どぶウサギ。サークル「dBu Music」。2005年にアレンジCD「弾奏結界」シリーズを発表、以降毎年新しい原作が発表される度に、原曲重視の東方アレンジCDを制作するサークルとして知られている。東方ライブイベント「Flowering Night」の主催。

ーーすごいノリですね(笑)。

JYUNYA:
 Flowering Nightって龍道さん・どぶさんの2人だったの?

龍道:
 そうだよ。

JYUNYA:
 どぶさんの当時のインスト曲、超ヒットしてたよね!

龍道:
 最高だった。超最高だった。俺、4枚組の買ったよ、昔。

JYUNYA:
 買った、買った! いや、買わない奴いないでしょ、あの頃(笑)。dBu musicのCDはみんな買ってた。

ーーシリーズの最初に、いきなり一度に4枚出されたんですよね。

JYUNYA:
 そうです。どこのお店でもランキング最上位だったんですよ

ーー『Flowering Night』は時系列でいうと、まず最初はどこでやったんですか?

龍道:
 新宿のロフト。

ビートまりお:
 柱が邪魔くせえところでやって。

JYUNYA:
 柱がバーン! って立ってるからね(笑)。

ビートまりお:
 「Flowering Night」の前に、「東方カーニバル」っていうクラブ系のイベントがあって、俺はそれに出ていたんだけど。それに対して生演奏イベントをやりたい、っていうことで始まったんだよね。

龍道:
 そう。でも、本当に今思うと何も知識がない中、どぶさんと出演者のみんなの知識が頼りで。

ビートまりお:
 あとは、hellnianがずっと頑張った。会場を押さえて、機材も手配して、ドラムも全部叩いて、って。

ーー聞く限りだと、あの時のhellnianさんは八面六臂の活躍をしていたんですね。ロフトを選んだのも、hellnianさんなんですか?

ビートまりお:
 じゃないかな、多分。

ーーそこでまさに、本当に数少なかった歌モノを、半分受け入れられるか、受け入れられないかっていうところで、生演奏でという声をうけてやったと。

ビートまりお:
 そうそう。すし~さん【※】とか歌ってたよね。

【※】すし~。個人サイト「あぷえぬすたーと!」でネットラジオ「あぷらじっ!」を2002年から現在に至るまで配信。コミケ、M3、例大祭などの同人イベント開催時に併せて、同人音楽サークルの新譜を紹介する配信をしている。「風神青年」はサークル「ACID CLUB」と「あぷえぬすたーと!」共同で制作された、「風神少女」アレンジ曲の一つ。

JYUNYA:
 マジで!?

龍道:
 あれ、文化帖のやつを歌ったんだっけ。

ーー「風神青年」ですね。

龍道:
 そうそう、あれをみんなで歌っていて。

JYUNYA:
 学祭みたいで楽しそう。

龍道:
 DVDうちにあるよ。

JYUNYA:
 マジで! 観てえ。

ビートまりお:
 ニコニコ動画に上がってるよ。2006年の『Help me, ERINNNNNN!!』のね、ロフトの映像上がってるんだよ。みんなクソ若いし、ほっそりしてんだよ。

<みんなでニコニコの映像を見出す>

ビートまりお:
 おいおい! 同じ服じゃねえの(笑)

龍道:
 やめろー!! 何も変わってないからやめろー!!

JYUNYA:
 ちょっと短く、伸びたぐらいの龍道。

ビートまりお:
 龍道全部MCやってたんだっけ。

龍道:
 涙出そう!

JYUNYA:
 これでも、手作り感あっていいね。

ビートまりお:
 あ、hellnianが叩いてるよ。全部ドラム叩いてる(笑)。貴重な、東方知ってるドラマーだから。

JYUNYA:
 小骨さん【※】
とかいるよね。

【※】鯛の小骨。サークル「Azure&Sands」。代表作として「東方JAZZ2006」「八雲紫の多世界解釈」「十六夜咲夜の時間旅行」など。現在は岸田教団&THE明星ロケッツのマスタリングエンジニアとして活躍。

ビートまりお:
 小骨さんいる。

JYUNYA:
 みんな、雰囲気若く見える。

龍道:
 実際、若いから。

ーーみなさん、当時二十歳くらいですよね。

ビートまりお:
 みんな大学生とかだったから、時間はいっぱいあったんだよね。

JYUNYA:
 (流れている曲を聞きながら)これはインストか。

ビートまりお:
 最初のアクトの「闇鍋」は全部インストだね。

ーーまりおさん以外に、歌っていた方はいたんですか?

ビートまりお:
 あまねさんいたし、あと春夏アキト【※】
さんも歌ってた。

【※】春夏アキト。サークル「Happy Flame Time」。同名のWebサイトで東方二次創作漫画、イラスト、Flashなどを製作していた。代表作は「今日も元気にやくもDE☆PON!!」など。

龍道:
 あくまで生演奏ってことで確かやってたんだよね。

ビートまりお:
 ささら(篠螺悠那
【※さんも出てた。ボカロ界隈でも活躍してたね。恋色マジックオーケストラ。狐夢想と秀三とhellnian。ずっとhellnianいるな。

【※篠螺悠那(ささらゆうな)。サークル「ササラヤ」。ボーカロイド界隈では「ゆうゆP」として活動。篠螺悠那名義では東方アレンジCD以外に、BMS作家としても活動していた。東方アレンジの代表作は「Imperishable Night 2006」など、その他では「深海少女」「INDETERMINATEUNIVERSE(ケムリクサEDテーマ)」など。

JYUNYA:
 帽子とかでごまかしてる(笑)

ーーhellnianさんはすごいですね、本当。

ビートまりお:
 この日、確かhellnianめちゃくちゃ風邪ひいてて。すげえめちゃくちゃ高いユンケル飲んで。

ーーまりおさん、この時、ステージに上がるのは初めてですか?

ビートまりお:
 ほぼ初、みたいな。バンドでやるのは初。クラブイベントとかは出ていたけど。懐かしいな。……このくだり(『Help me, ERINNNNNN!!』)もうやってたんだ。今と何も変わってないな。

ーー完成されていますね(笑)。元々歌詞がない曲だから、この歌詞ってみんなほぼ知らないわけですよね。なのにコール&レスポンスできてるのはすごい。

龍道:
 なんでみんなできるんだ。

JYUNYA:
 なんとなくの一体感で学習したのかな? ライヴ感が。……ブログに歌詞載せなかったっけ?

ビートまりお:
 ライブ終わった後に載せた記憶はある。

JYUNYA:
 いい男に映ってんなー!

ビートまりお:
 俺、イケメンなんじゃない? 
 ここね、ダイブしたらみんなダイブ慣れしていないからバタバタってなった(笑)。

龍道:
 危ない!(笑)

ビートまりお:
 みんなライブ慣れてないんだよ。俺も、来てる一般参加者もみんな慣れてないから。

ーー飛び込むほうが慣れてないって(笑)。

《動画》「みんな、大丈夫? 怪我した人いなかった?」

一同:
 (笑)

龍道:
 優しい! あまねさんは?

ビートまりお:
 もうちょい前かな。かわいい!

龍道:
 若!

ビートまりお:
 最前列ノリノリだな。

ーーそんなあまねさんも、母ですよ。

ビートまりお:
 そうなぁ。これ、ニコニコに上がってた動画で「魔理沙フルボッコ」って言われてて、確かにあまねさん(持ってるぬいぐるみの)魔理沙ずっとぶん殴ってるんだよ。

ーーあまねさん以外に、当時女性ボーカルの人っていました?

ビートまりお:
 あんまいなかったね。

龍道:
 ボーカルは割と、いるだけですごかったから。

ビートまりお:
 2004年ぐらいの東方アレンジ界隈はほとんどボーカルいなかった。

ーー葉鍵の頃も、全然っていう感じでしたか?

ビートまりお:
 少なかった。茶太
さん【※1とか片霧烈火さん【※2とか、今でも活躍している皆さんとかはいたけど。

【※1】茶太。主にアニメソングや同人音楽で活躍する女性歌手。2003年に初めての自主制作CD「-+誓い+-」を発表し、2007年にはメジャーデビューを果たしている。
【※2】片霧烈火。シンガーソングライター。音系同人やPCゲームの主題歌を中心に、ボーカル、作詞・作曲、ネット声優、オリジナルCDの企画・制作などの音楽活動を行う。2004年、アルバム『みんのうた。』でメジャーデビュー。同人サークル「CLOSED/UNDERGROUND」主宰。

(第4回へつづく)

初回の3倍以上の出展、増え続ける参加者、大きくなり続ける会場ーー初めからずっと東方は「バブル」だった。 おわり

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