東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

     東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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インタビュー
2022/08/19

「ZUNさんが、素晴らしいから。」 ピアノ演奏者として、ひとりのファンとしての、東方曲への思い。ピアニストまらしぃ 一万字超インタビュー

ピアニストまらしぃ 一万字超インタビュー

 東京サントリーホール。クラシック音楽に詳しくない人でも、その名前だけは聞いたことがあるかもしれない。
「東京フィル(東京フィルハーモニー交響楽団)」「N響(NHK交響楽団)」などの名だたる在京オーケストラが定期演奏会を行い、あの世界的指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンが設計にアドバイスをした、日本のクラシック音楽業界を牽引し続けるコンサートホールのひとつだ。徹底的に音に拘って作られたその場所は、数多くのクラシック演奏者や指揮者たちが目指す、ステイタスのひとつになっている。

 そんな場所で『東方Projectの曲』が演奏される。そう、私たちの知るあの東方Projectだ。ピアニストのまらしぃさんが、サントリーホールで東方Projectの楽曲を演奏する。

 まらしぃさんは、ニコニコ動画でその音色を世に轟かせて以来、さまざまな場で「一度辞めたピアノを、『ネイティブフェイス』のおかげで再開することができた」と語ってきた。動画サイトでの総再生数6億回、チャンネル登録者数は150万人を超え、ピアニスト単独としては初となる幕張メッセでのライブを開催し、そしてあの日本武道館でもライブを行った、誰もが知るピアニスト。そんな稀代の演奏者が、いちファンとしてありとあらゆる場で、東方Projectへの、ZUNさんへの愛を語り続けている。

 もしも『ネイティブフェイス』がこの世に存在しなければ、私たちがまらしぃさんのピアノ演奏を耳にすることは、なかったかもしれない。

 そんなまらしぃさんが、クラシックの聖地サントリーホールに立つ。同人ゲームの曲、東方Projectの楽曲を、サントリーホールで演奏する。メジャーシーンと同人シーンのクロスオーバーにおける、ひとつの大きな礎になる出来事だ。

 8月21日に行われる演奏会の直前に、東方我楽多叢誌ではインタビューを敢行。ピアノ演奏者として感じる「東方の音楽」「ZUN氏の作曲」の魅力や、同人活動とメジャーシーンでの活動を両立するにあたっての挑戦、そしてサントリーホールで東方Projectの楽曲を演奏することへの思いを伺った。

文・聞き手:えふび~
編集:西河紅葉

まらしぃ

1990年3月10日愛知県名古屋市生まれ、在住。ピアニスト、作曲家。
2008年から名古屋自宅よりピアノ演奏動画、ライブストリーミングを発信、動画サイト総再生数6億回、YouTubeチャンネル登録者数147万人。ピアノ1台で多くの人の心を虜にするピアニスト。

TOYOTA「アクア」CMでも話題になった「千本桜」演奏動画は2,000万再生を超える。アニメ、ゲーム、ボーカロイド、J-pop、そしてオリジナル…従来のジャンルに囚われない選曲、まらしぃ自身楽しんでピアノを弾くスタイルに日本のみならず世界のピアノファンが共感、支持する新世代ピアニスト。

2013年TOYOTAアクアでのCM演奏をきっかけにノーリツ給湯器、ソフトバンクでんき、富士通エフサス、ファミリーマート…数々の企業CMに楽曲提供、演奏、出演、業界ではいち早く注目されている存在。2018年YAMAHAが主催するピアノの魅力や演奏の楽しさを伝える活動「Love Piano」のキャンペーンアーティストに起用、そのイメージソングを提供している。

2019年6月にはピアニスト単独では初となる幕張国際展示場公演を開催、完売させている。そして12月にはクラシック楽曲をまらしぃなりにアレンジ演奏した「ちょっとつよいクラシック」をリリースしている。

―公式サイトProfileより

東方が、僕をピアノにまた向き合わせてくれた

――本日は「東方の音楽、ZUNさんの作る音楽の魅力について」、ピアノ奏者であるまらしぃさんの視点から、その魅力をお伺いできればと思います。最初に、まらしぃさんと東方Projectの出会いについて伺わせてください。

まらしぃ:
 高校生のころ、「ぷよぷよ」のオンライン対戦で毎晩毎晩遊んでいたんです。そこで知り合った人たちとコミュニティができて、好きなゲームや音楽について語っていました。そこで初めて「東方Project」という名前を聞きました。興味が湧いて調べてみると、めちゃめちゃ曲がかっこよくて素敵だったんです。
 そして、もしピアノで弾くとなると、めちゃくちゃ難しいということもわかりました。

 僕は幼少期からピアノを習っていたんですが、高校受験を期に辞めてしまっていたんです。もし、一番ピアノをがんばっていた当時だったら、この難易度の曲が演奏できていたかどうか、個人的に興味が湧きました。それで、久しぶりにピアノを触ってみようかなと思い立ち、練習をしてみたんです。

 その曲が『ネイティブフェイス』です。

 やっぱりブランクもあったし、そもそもが難しい曲なんで、弾けるまでにはだいぶ時間がかかりました。結局二週間くらいかかったかな。せっかく弾けるようになったので、知り合いに聴いてもらいたいと思い、ニコニコ動画にも弾いた動画を投稿しました。

 そういった、「僕が弾いたから聴いて!」みたいなところが、東方Projectとの出会いのきっかけですね。東方が僕をピアノにまた向き合わせてくれた、そんな思い出があります。

――流れでお聞きするのですが、まらしぃさんが一番好きな原作はやっぱり……?

まらしぃ:
東方風神録 ~ Mountain of Faith.」ですね。最初にプレイしたのも風神録です。ちょうど風神録が出ていた時期が、ニコニコ動画へ投稿をしたときでした。まずは『ネイティブフェイス』をきっかけにして風神録からクリアして。そのあと、続けて最新作を遊ぶか、それとも(Win版の)はじめから遊んでいくか、と考えて、とりあえず「東方紅魔郷 ~ the Embodiment of Scarlet Devil.」から順番に遊んでいきました。

――まらしぃさんの初投稿となる動画“【東方】「ねいてぃぶふぇいす」を弾いてみた【ピアノ】”、私はリアルタイムで観ていました。とてつもないものが投稿された、と衝撃を受けたことを覚えています。

まらしぃ:
 ありがとうございます(笑)

 

「『ネイティブフェイス』を武道館で弾きたかったんです」

――では、そんなきっかけの曲『ネイティブフェイス』についてお伺いします。最近ですと、日本武道館でのライブにて、この曲を演奏されていました。武道館でネイティブフェイスを弾いたとき、どのようなお気持ちだったのでしょうか。

▲2021年「marasy piano live in BUDOKAN」

まらしぃ:
 いやあ、もう……なんて言ったらいいんでしょうか。感無量。って言うとそのままなんですが……すごく胸がいっぱいになって、言葉が出なくなるみたいな感覚は、すごく覚えていますね。

 当時のライブのMCでも、「この曲を、ここで演奏させてもらえるのは幸せでうれしい」と話させてもらいました。その後、いざピアノに向かうと、自分が発した言葉がどんどん自分のなかで大きくなっていくのを感じました。いつも、MCの最中は楽しさが強かったり、夢中になっていることが多いんですが、そのときはピアノを弾いているうちに「この曲から始まったんだよなぁ」と考えが巡って、胸がいっぱいになったのを覚えていますね。

――『ネイティブフェイス』はいわゆる同人ゲームの音楽で、まらしぃさんが武道館で演奏したり、或いはメジャーシーンのイベントで弾くには、やはり表に出しづらい部分もあるかと思います。
 そのなかで、東方アレンジ畑のファンとしては『ネイティブフェイス』を弾いてくれたという気持ちがすごく大きくて。やっぱり、弾いてくれるんだっていう。

まらしぃ:
 そう思ってくれたらうれしいです。僕自身もきっかけというか、僕の原点の楽曲ですから。

 日本武道館でひとりで演奏させてもらえる、そんな晴れ舞台が人生で何回もあるわけではないですよね。そんなライブができるなら、自分にとってきっかけとなった、原点となった「『ネイティブフェイス』を(武道館で)やりたいです」と一番最初にお伝えしました。難しいところがあったらなんとかしてください、っていうのはお伝えしていました。

――もう絶対やる!と決めていたんですね。

▲2021年「marasy piano live in BUDOKAN」

まらしぃ:
 乱暴な言い方をするとネイティブフェイス』を武道館で弾きたかったんです。やっぱり(笑)。

――私も、武道館で聴くことができて感無量でした。武道館公演が発表されたときに、「もしかしたら『ネイティブフェイス』を弾いてくれるんじゃないか」と期待する自分がいまして。しかし、やっぱり同人シーンの音楽ですから、期待しすぎるとダメというのもわかっていて。

まらしぃ:
「FloweringNight」に代表されますが、以前から同人の音楽シーンの先輩方が精力的に活動されていたことを見ていましたし、僕もそういうことをやってみたかったんです。

東方音楽の青春期が詰まったライブイベント「FloweringNight」座談会

――東方で活動しつつ、オリジナルでも活動して、それをうまい具合にミックスしている。そういった先人たちの存在が大きかったんですね。

まらしぃ:
 流石に「FloweringNight」の第一回目をリアルタイムで体験してはいません。ただ、僕自身も結構オタク気質なので、(東方に)ハマったあとにいろいろと調べました。調べるなか、こんなすごいライブイベントが過去にやっていたぞ、みたいな情報が見つかって。出演者さんも豪華な方ばかりで、とても盛り上がっていて……わぁいいなぁ、憧れるなぁ、僕もそういう所に呼んでもらいたいなぁ、って思っていました。

 そういうイベントに呼んでもらうためにはどうしたらいいかな、と考えた時期もありました。投稿動画がいっぱい再生されたり、もっと反応がもらえるようになったら、そういうイベントから声がかかるかもしれない!って、がんばったりもしましたね。懐かしいな(笑)

――のちに、2017年に新宿ReNYで開催された「博麗神社うた祭り」に出演されますね。

まらしぃ:
 はい! そこまで声がかからなかったんですけど(笑)

――きっとまらしぃさんがすごくなりすぎて、みんな声をかけるのをためらっていたんだと思います(笑)

まらしぃ:
 そう言ってもらえるのはうれしいですけど、僕としては……のつもりだったんですけど(笑)

▲2018年に開催された『博麗神社うた祭 in 台湾』でのまらしぃさんの演奏の様子

――まらしぃさんが出演された「うた祭り」では、そのときのMCで「やっと呼んでくれた」と仰っていたことを覚えています。

まらしぃ:
 僕も出身は同人音楽畑の人間ですし、同人でのライブも大好きなんです。もともとそれに憧れを持っていた人間ですので。最近ちょこちょこ声をかけていただけるようになったのが、すごくうれしいですね。

 

メジャーで身につけた経験を持ち帰って、同人で全力で遊ぶ

――ところで、同人音楽的な活動と、いわゆる全国流通レベルでの活動、それぞれの活動で、まらしぃさんとして感じる違いなどはありますか?

まらしぃ:
 根本的なところは同じです。いわゆる「同人だからこれぐらいにしとこうか」とか、「メジャーだと締め切りあるしこれでいいや」みたいなことがあるのかというと、そんなこともないですし(笑)

 でも、自分の意識的な面で少し違いがありますね。

▲2021年「marasy piano live in BUDOKAN」

 メジャー流通作品でやらせてもらっていることは、ある意味自分の“腕試し”の要素が含まれます。たとえば、いろんな場所でライブをさせてもらったり、CDを制作させてもらったり、場合によっては一流のアーティストさん、素晴らしい方とご一緒させてもらったりしています。
 こういったことで得られる経験だったり、良くなったなと思うものを自分のなかで消化して、それをきっちり形として残して聴いてもらえる場だ、という風に(メジャーでの場を)捉えています。
 もちろん一発勝負のつもりでやっていますし、真剣に演奏しています。その上で、腕試しができる場所、という側面も同時に感じていますね。

 逆に同人の場合は、メジャーシーンの活動でできるようになったことを使って「なにして遊ぼうかな」と、試している感じです。メジャーシーンのすごい緊張感でレコーディングをさせてもらったり、耳の肥えた人たちの前で演奏させてもらったり、一流のアーティストさんとご一緒させてもらう――そうした状況で身につけたことを持ち帰って、すごくいい緊張感を持ったまま、自分の好きな遊びをやってみたらどうなるのかな?と、いうような形です。

――私が同人畑の人間だから舞い上がっているだけかもしれないんですが、「持ち帰って」という言葉に、すごくうれしさを感じます。

まらしぃ:
 好きで続けている活動なんで、遊びこそやっぱり全力でやるべきですし、できるようになった選択肢が増えれば違うことだってできるし、すごく面白いなと思っています。

 なので、(メジャーと同人で)優劣はないです。同人活動は好きだからやっているので、絶対手を抜かない。そして、メジャーでやっていることももちろん、一発一発が勝負なんで手を抜くわけにはいかない。だから、どっちもすごく本気なんです。ですけど、それぞれ向いているベクトルが違うのかなぁと。

――メジャーで行った力試しを同人に持ち帰った例として、覚えてる作品はありますか?

まらしぃ:
 結構ありますよ。たとえば、グランドピアノで演奏させてもらったCDのシリーズですね。『幻想遊戯<雅>』シリーズ)

▲「幻想遊戯<雅>

 普段、僕が同人CDを作っているときは、自宅にある電子ピアノの環境で収録するんです。メジャーシーンでのレコーディングでは、グランドピアノで演奏させてもらうことが多いんですね。そういう緊張感のある張り詰めた環境で演奏することに、最初は恐る恐るでしたし、ビクビクしていたんです。それが、ちょっとずつ楽しめるようになってきて、グランドピアノを鳴らしながら音の方向を決めていくというか、音を作っていくことが、ちょっとずつできるようになってきたんです。

 そういう音作りを東方Projectの曲でもやってみたいなとか、自分の弾き慣れた曲でやってみたらどうなるのかなとか、そういうことに興味があって、グランドピアノで録る東方CDを作りました。

 ほかにも、三年前に行った東方Projectの楽曲を演奏させてもらうライブもそうですね「まらしぃ 幻想遊戯演奏会 2019 」)。これもやっぱり、「グランドピアノで東方Projectの曲を演奏する」という、普段のメジャーシーンでのライブで無理を言って東方曲を弾かせてもらった経験があって。その上で、なら次は東方だけでライブやってみたい!と思ったからツアーを開いたりとか。グランドピアノを弾いたときに感じた良さを届けたい、という気持ちがつながってたりしています。

――どのお話にも、ワクワクが詰まっている感じがしますね。

 

東方Projectの曲を“攻略していく楽しみ”――ZUNさんの素敵な曲が弾けるようになって、うれしい!

――それでは最初のテーマに少し戻ります。東方Projectの曲、ZUNさんが作曲される曲は、演奏者としてどういう点に魅力を感じるのでしょうか。東方の曲を演奏するときの喜びや、どういった気持ちで演奏されているのか、といったところをお伺いしたいです。

まらしぃ:
 もしかするとこの話は、ZUNさんが聞いたら「うん?」って思われるかもしれないんで、先に、もし気分を害されたらごめんなさい、という注釈を置かせてください。

 東方の曲はすごく難易度が高い曲が多くて、たとえば腕が二本じゃ演奏できない、あと何本かないと弾けないと言われるような曲とか、そもそも指が届かないとか、これ物理的に無理じゃね?みたいなものが結構あるんですよ。
 それをどうやって弾けるようにしようかとか、難しいフレーズを弾くために、どのように自分なりに落とし込んでいくか、自分の手で操縦できるようにするのか――という、“攻略していく楽しみ”を最初に感じます。

 どうやってこの山を登っていくか、試行錯誤する感覚です。「こっちだと無理だからこっちのルートにしようか」とか、「ゴールまでのルートは見えたから、このルートで練習してやっていこうか」とか、その過程を考えて、進んでいくのもめちゃめちゃ面白い。単純にゲームを遊ばせてもらっているような感覚です。

 この箇所ができるようになったとか、ちょっとずつ光が見えてきたという瞬間が、たまらなく楽しいです。弾けたということは、演奏の難しさを乗り越えたということですし、同時に、すごく素敵なZUNさんの曲が弾けるようになった、ということでもあるので、達成したときのご褒美がとても大きいです。

――まらしぃさんは東方曲を弾くということに、原作ゲームにすごく近い魅力を感じておられるのですね。
 弾幕シューティングも、攻略していく喜びや、ルート構築、リカバリー等の要素があって、そして難易度はとても難しいです。でも難しいからこそ、弾幕を潜り抜けてボスを倒したときの達成感やご褒美もひとしおなわけですよね。「東方曲を演奏すること」と「弾幕をくぐり抜けること」には、なにか似たような魅力があるのかもしれません。

まらしぃ:
 そして、弾けるようになったからといっても、そこがゴールじゃないんですね。たとえばシューティングゲームでも「ノーミスノーボム」を目指す方がいらっしゃるように、演奏でもどこまで弾けるようになるかとか、ここでちょっと間違えちゃうんだけど、そうなったときの自分なりのリカバリーの方法も結構あるんです。そういう楽しみ方も、ゲーム的、弾幕シューティング的ですよね。

――そういう概念で東方曲の演奏を“攻略”されているというお話は、演奏者じゃないと想像に及ばないところだと思うので、伺っていてとてもワクワクさせていただきました。東方のこんな楽しみ方があるんだよと、このインタビューを見ている人もハッと気付かされるような気がします。

まらしぃ:
 それはなによりです。うれしいですね。

――もともとゲーマー気質なまらしぃさんにとって、東方曲を弾く「攻略」を始めたことで、弾く前よりもより愛着が湧いた曲はありますか。

まらしぃ:
 あります。でもそれは、東方Projectの楽曲、全部に言えますね。たとえばエキストラステージのボスの曲、皆さんが思い浮かべるようないわゆる“発狂ピアノ”な曲は、そもそも弾くこと自体が難しいので、一個一個がラスボスみたいな気持ちでやっていますね。

――弾いてみたら案外難しかった曲はありますか?

まらしぃ:
 そうですね、やってみたら難しいだろうな系は、道中(ステージ)曲とかに多いですね。幻想のホワイトトラベラーが思い浮かびます。しっとりとまでは行かないんですけど、きれいなメロディなので、ピアノで弾くと原曲の雰囲気と比べてちょっとシンプルになりすぎるんですね。それをどうやって原曲っぽく寄せていくのか、とか。そういう「演奏すること自体が難しい」というよりかは、弾けるようになってからどのように色をつけていくか、という点が難しかったりします。

▲まらしぃさんの演奏する「幻想のホワイトトラベラー」が収録されているアルバム「幻想遊戯<謝>」

――通しプレイは楽ですけど、そこからスコアを伸ばすのは難しいみたいな。

まらしぃ:
 そんな感じですね。クリアは簡単なんですけど、ノーミスでやるとちょっと難しい。ああいうの、わぁ、キタキタ!ってなるんですよね。

 

その作品が好きだからこそ、演奏を聴いたときに原曲と同じくらいの充足感があるように

まらしぃ:
 忠実に音を拾って演奏させてもらう感じだと、こじんまりして少しおとなしくなってしまう。なので、原曲の盛り上がりの素晴らしさを表現するために、どうやって組み立てていくかを考えます。楽曲として聴いたときに、原曲を聴いたときの充足感にどのように近づけられるかを常に考えています。

――まらしぃさんの演奏を聴いた人が、原曲を聴いたときと同じくらいの充足感があるように弾く。そういった心がけは、どの曲でもしているのでしょうか。

まらしぃ:
 そうですね。東方Projectの楽曲だけでなくて、アニメの曲であったりほかのゲームの曲、最近だとボーカロイドの曲だったり――そういう、僕が好きで演奏させていただいてる曲のときは、常に心掛けています。

 その作品の曲が好きな方は、その曲を聴いて感じた作品のイメージや雰囲気をそれぞれに抱いていて、それが好きだという方たちが多いと思います。でも、僕がピアノで演奏させていただく上で(物理的に)その通りに弾くことはできなかったりします。腕の本数が足りなかったりで。

 その上で、いかにその感じを出せるのかを、いろいろ工夫させてもらっています。それを聴いてもらって、その人が好きになった作品のイメージと楽曲とがつながればうれしいなという感じです。なにより、自分自身がその作品が好きで、弾かせてもらっているので。

 僕も、ほかの方が演奏されてたり、その動画を観させてもらうことがあるんですけれども、「この人、(この曲の)ここの部分超好きなんだろうなー!」と、感じることがあります。これが好きでやったんだよね、っていう人の演奏を聴くのが、僕は好きですね。

――まさにそれも、同人の考え方ですよね。好きなものを自分も弾いてみたいからというのがまらしぃさんの根底にあることがわかります。

 

「なにかを組み立てていくっていうのが、やっぱり好き」

――話が少し変わるのですが、まらしぃさんの配信、生放送では複数の曲をメドレーとして演奏するのが定番ですよね。そういう、新しいメドレーを演奏したり曲として作るときに、意識していることはありますか。

まらしぃ:
 配信でやらせてもらうときは、コメントを見ながら二つ三つ候補を出して、そこから組み立てています。なにかコンセプトを持ってやっている、というわけではないですね。

 東方オトハナビに収録させていただいた曲だったり、東方ダンマクカグラで依頼された楽曲は、正直「メドレー期待しています」みたいなニュアンスで依頼が来ました(笑) そういう場合にはコンセプトをつけたりします。たとえば、エキストラステージの楽曲で、とか。

 あとは、動画でメドレーとして投稿させてもらったパターンもあります。東方メドレーとか、アニメソングメドレー、ボーカロイド楽曲メドレーなど、自分である程度ジャンルを決めたものですね。

 なにかを組み立てていくっていうのが、やっぱり好きです。たとえば作曲者、編曲者つながりだったりとか、作品ジャンルで並べたりとか、タイトルに入っているキーワードで並べていくとか。そうした、作詞のときに韻を踏む感覚じゃないですけど、そういうのを入れたりするのは結構好きですね。

――生放送でまらしぃさんが、コメントを見ながらいじらしくメドレーをつないでいくのが、本当に好きです。

まらしぃ:
 あれもすごくいい練習になってます。一つひとつの積み重ねというか、引き出しを増やしていく作業だと思っていて。どこからでもどの曲にもつなげるようにするには、いろんなつなぎ方だったり、曲の変わり方の把握を、一通りやっておかないといけないんです。

 生放送ではコメントを見ながら「ここからこっちに進まなければならない」というつなぎを咄嗟に頭で出して、それを具現化していかなければならないんです。
 そういうことをずっとやっていると、動画でメドレーとして投稿するときとか、メドレー楽曲を依頼されたときも、スムーズになっているというのを自分でも感じました。

 ここにも行けるし、こっちにも行ける……と、選択の幅がすごく広がってきているのは実感しています。選択の幅が増えたら、次の同人CDやメドレー企画のときにいろいろやってみたくなりますよね。そういうところで、遊ばせてもらっているという感じです。

――全部つながっているわけですね。

 

まらしぃさんの配信にある暖かさ

――5月には、グランドピアノを用いて東方楽曲を演奏する生放送がありました。あの配信に対する理由や想い、そういったものがあれば教えていただきたいなと思います。

まらしぃ:
 理由となるとごめんなさい、やりたかったんです(笑)

――最高の理由ですね!

まらしぃ
 東方の楽曲オンリーという配信は実は初めてではなくて。おそらく三回目だったと思います。

 普段、配信でいろんな方が観に来てくださっていて、人によっては「今の曲、なんの曲? おしえて!」ということが、結構あるんですね。初めてそこで曲を知ってもらうような。「まらしぃさんの配信でこの曲知りました」みたいなことを言ってくれる方もいらっしゃるんですね。それを見て「これは布教の良いチャンスだな」と思っていたんです。

「東方Projectの曲を演奏させてもらいます」というコンセプトを置いたら、「これはこういうシリーズの曲で、こんなキャラクターの子が出てきて」とか、「こういう風につながってて、この僕はこの曲にこういう思い出がある」とか、そういった話をしながら演奏できるんですね。この企画は、もしかしたら東方の楽曲を布教する良い機会になるんじゃないかな、と思ったのが、ことの発端です。

 もし、僕の話した内容がちょっと足りなかったり、一部間違ってたりしたら、コメントやチャットで東方Projectガチ勢の人たちが補足でいろいろ書いてくれたりして(笑) そういったチャット内でのコミュニケーションもあって、東方好きな人たちが集まるいい場所になっているなって感じましたね。

――まらしぃさんの配信は、いい意味でニコニコ動画的というか、コメント欄に感じる「コメント同士のコミュニケーション」があるんです。ニコニコ動画のいい文化の部分を引き継ぐ形で、YouTubeでも配信されていると感じます。すごくあたたかくて、いい空間だなといつも思っています。

まらしぃ:
 コメント欄のみなさんには本当にいつもお世話になっています。この場をお借りして感謝を書かせていただきます。

 

ピアノに対しての恩人――ZUNさんの前で、初めて演奏した日

――ZUNさんと初めて会ったときのことは、覚えておられますか。

まらしぃ:
 一方的にお見かけしたのは、いつぞやの例大祭かコミックマーケットだったかと思います。上海アリス幻樂団がサークル参加されているのを、「わぁZUNさんだ」って、遠巻きに見ていたくらいでしたね。

 ほかのサークルさん、たとえばCOOL&CREATEさんだったり、豚乙女さんだったりは、結構ZUNさんと近しい関係だったりするじゃないですか。そんな光景を僕は指を咥えながら見てました。

 初めてZUNさんにご挨拶させてもらったのが、『東方ダンマクカグラ』での、横浜スタジアムで行ったライブ配信です。あの場所が本当に初めましての場でもあり、初めてZUNさんにピアノを聴いてもらった瞬間でもありました。

――ZUNさんの目の前で弾いたときの気持ち、覚えておられますか?

まらしぃ:
 いやぁ……緊張しましたね。普段も緊張はするんですけど、このときは人生TOP3に入る緊張でした。うわ、こんな緊張するんだ……っていうくらい緊張しました。

 ピアノに対しての恩人の前で演奏させてもらうわけなので。震えましたね。大きい舞台とかはいくつも経験させてもらいましたけど、それより全然震えました。

――まらしぃさんが弾き終わったあと、手を合わせて吐息をこぼしている映像がすごく印象的でした。

まらしぃ:
 超寒かったんですよ、あれ(笑)

――演奏のあと、ZUNさんとお話されたりもしましたか?

まらしぃ:
「僕はあなたの楽曲でピアノを再開したので、感謝を伝えたかったんです」とお話をさせていただきました。
 ZUNさんもベロンベロンに酔っ払ってらっしゃったので、どれだけ覚えてくださっているかは分からないんですけど、すごくうれしそうに「ありがとう」と仰られてたのは今でも覚えています。

 

サントリーホールで『ネイティブフェイス』を演奏する

――コンサート「幻想遊戯演奏会 2022」ではどんなことをやろうと考えていますか。

まらしぃ:
 「幻想遊戯演奏会 2022」ということで、東方Projectさまの大好きな楽曲を、コンサートホールのグランドピアノで演奏します。

 普段のライブでは、グランドピアノにマイクを立てて、コンサートホールのどの場所からでもよりピアノの音をちゃんと聴いてもらえるような調整をしてもらっています。今回はそういった、マイクなどは一切なし。完全に生音でグランドピアノを弾き、僕が出した音を聴いていただく、という初の試みを行っています。

 そういった試みは、武道館や幕張メッセなどの大きなコンサートホールのライブで、毎回一曲程度は行っています。でも、演目すべてがマイクなし、というのはまだやったことないので、ある意味でチャレンジです。

 かなり厳かな……かしこまった感じになりますけども、でも演奏させてもらうのは大好きな東方の曲です。東方ファンの方だったり、僕のピアノの生音を聴きたいなという方はぜひ遊びにきてもらえたらなと思います。会場も素晴らしいところですので。

――三つの会場はどれも素晴らしいコンサートホールだと思うんですが、どうしても目を引くのはサントリーホールですよね。もう、おめでとうございますと言うほかないと思っています。

まらしぃ:
 日本武道館での『ネイティブフェイス』も絶対やりたかったことですけど、もちろんサントリーホールで『ネイティブフェイス』っていうのも、やりたくて仕方がなかったので。

――クラシックの演奏会場として、歴史と伝統のある会場です。そんなホールで同人ゲームの曲、東方Projectの曲が演奏されるというのは本当に素晴らしいことだと思います。

まらしぃ:
 サントリーホールでいつかやりたいなというのはありました。東方Projectの曲を演奏させてもらうのは、僕にとって好きで演奏させていただくことなので、好きだからこそ全力でやるという側面があります。

 ライブっていうのはやっぱり一発一発が勝負だと思っています。そこに、自分にとって好きなものだから一切手を抜きたくないガチな感じと、普段の僕のメジャーシーンでの本気な感じとがすごく交差していて、モチベーションがとても上がっています。

 自分にとっても、とてもとても楽しみだし、自分がこれまでにできるようになったこと、さまざまな色や表現を総動員して望みます。過去にサントリーホールに立たれた一流の音楽家の方々に、失礼のないように挑みます。それでいて、大好きな楽曲を思いっきり堪能してもらえたらうれしいなと思います。

 

やっぱり、ZUNさんが素晴らしいから。――まらしぃさんの思う「東方の魅力」

――今後まらしぃさんが東方でやってみたいことはありますか。

まらしぃ:
 もちろんさまざまな都合があるとは思うんですけど、叶うのでしたら僕の東方のライブにZUNさんをご招待することができたら……いいなって。

 お声がけはさせていただいてたんですけど、やはりお忙しかったりして、なかなかタイミングがなかったりしました。どこかで実現するタイミングがあったら、ZUNさんとご家族のみなさんで観にきていただけたらと考えています。

――ぜひそれは実現してほしいです。

まらしぃ:
 それ以外だと、東方でなにかやりたいというよりかは、5年後、10年後、あるいはもっと先、東方Projectを一ファンとして楽しみながら、なにかができたらうれしいなと思っています。

――ありがとうございます。それでは最後に、まらしぃさんが感じている東方の魅力をお聞かせください。

まらしぃ:
 東方の魅力。いっぱいありすぎて難しいですね。
 本当はね、曲もキャラもゲームも、そこからできあがっているコミュニティの素晴らしさっていうのも、全部とりあげたいんです。

 けれども、ひとつあげるとすれば、やっぱりZUNさんが素晴らしいことをあげさせていただきます。ZUNさんの人柄や考え方が素晴らしくて、それが作品や音楽、コミュニティにすごく浸透していて、そこがいろんな人たちに共有されています。その居心地の良さ、過ごしていて温かくなるような空気感が、一番の魅力かなと思います。

ZUN氏5万字ロングインタビュー

――たしかに、このような形で成り立っているコミュニティは、東方しかないのかもしれません。ZUNさんの考えることを知りたいし、そばで見ていたい。そこから生まれたゲームを触ってみたい、と東方ファンそれぞれが思っていますよね。

まらしぃ:
 本当に、唯一無二だと思います。ZUNさん自身が、二次創作から生まれていくような文化や作品を、本当に楽しまれているのが素晴らしいなって毎回思うんです。

 一つひとつ、ゲームも音楽もキャラクターも語っていったらもうキリがないんですけど、やっぱりそれを作られているZUNさんに対しての感謝の気持ちが、いっぱいですね。

――本日はインタビューさせていただき、本当に感無量です。即売会でまらしぃさんから直接『幻想遊戯』を買わせていただいて、握手とサインもいただいたことが鮮明に記憶に残っています。インタビュアーというより、ただのファンになってしまって恐縮です。

まらしぃ:
 僕としても、東方Projectの魅力をまた改めて再認識できるようなインタビューでした。本当に素敵な機会をありがとうございます。

――こちらこそありがとうございました。

 

「まらしぃ 幻想遊戯演奏会 2022」

3年ぶり、東方Project楽曲のみ演奏のまらしぃピアノコンサートが京都、名古屋、東京の3箇所で開催されます。

今回各会場ピアノ音はマイク、スピーカーの音響機材は使用せず生ピアノ、ホール響きのみでの演出、最終公演はまらしぃ初となる東京サントリーホールでの公演となります。

終了
7/2(土) ロームシアター京都 サウスホール
OPEN16:00/START17:00
問合せ スマッシュウェスト 06-6535-5569

終了
7/15(金) 愛知県芸術劇場 コンサートホール
OPEN18:00/START19:00
問合せ 東海テレビ チケットセンター 052-951-9104

SOLDOUT  
8/21(日) 東京 サントリーホール 大ホール
OPEN16:30/START17:30
問合せ サンライズプロモーション東京 0570-00-3337

出演:まらしぃ(ピアノ)
主催:まらしぃ
原作:上海アリス幻樂団

 

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「ZUNさんが、素晴らしいから。」 ピアノ演奏者として、ひとりのファンとしての、東方曲への思い。ピアニストまらしぃ 一万字超インタビュー おわり