五花八門の東アジア游記 第5回 広東のオタク文化に包まれて 熱帯中国の東方イベント・星声代起
五花八門の東アジア游記
同人サークル五花八門の上條紗智です。
東アジアの東方イベントをめぐるコラム「五花八門の東アジア游記」第5回は、2024年7月27日に中国・広東省で開催された東方イベント『星声代起・朔』【1】の様子を紹介します。星声代起は2024年が初開催の新しい東方イベントです。私自身、広東省のイベントに参加するのは今回が初めてとなります。星声代起の運営メンバーである逸仙さん(@HinaYixian)から招待状をいただいたことが、参加するきっかけとなりました。
【1】
『星声代起・朔』公式WEBサイト
https://www.xn--only-kd5fu46j.com/?page_id=6965&lang=ja公式Xアカウント
https://twitter.com/Guangyou_Touhou
広東省はどんな場所?
皆さんは広東省と聞くと、どんなイメージを持つでしょうか。広東料理を思いつく方が多いかもしれませんね。広東省は中国大陸の南部に位置し、おおよそ日本の小笠原諸島と同じくらいの緯度の熱帯地域です。広東省の人口は約1億2千万人で日本全体とほぼ同じ(!)、面積は日本の約半分です。広東省だけで一つの国のような大きさの地域であることがお分かりいただけるかと思います。私が訪問した広州は広東省の「省都」つまり中心都市で、広東料理のふるさとです。
東方ファン活動の面からも広東省は存在感があります。以下の表は中国の東方人気投票アンケート結果【2】から、中国国内の東方ファンの居住者数上位10地域を示しています。広東省は長年にわたり第1位にあり、総回答数の13-14%ほどを占めています。日本では上海の東方イベントの活況が注目されますが、実は中国の東方ファンが最も多く住む地域は広東省なのです。
【2】
东方Project人气投票
https://touhou.vote/
広東省では東方に限らず日本のアニメ・ゲーム・マンガ全般への関心が高く、中国大陸におけるサブカルチャーの一大拠点です。広東省は伝統的にオールジャンル同人誌即売会が開催されてきた土地柄で、広州市内にはアニメショップが所々に立地しています。
たとえば、「動漫星城」という、まるでアニメグッズのショッピングモールのような施設には、書籍・フィギュア・その他の多種多様なアニメ関連商品を扱う店舗がひしめいており、日系のアニメイト広州店も入居しています。
動漫星城内の書店では、日本のマンガ書籍の中国語翻訳版(中国大陸版と台湾・香港版の双方)が販売されており、東方三月精の中国語版(大陸版)も目にすることができます。こうした広州のアニメショップの盛況ぶりには大変驚かされました。
広東省は、隣接する香港との往来が活発であることに加えて、外国との経済・文化面のつながりが歴史的に深い地域です。そうした広東省の気質は外国文化としての日本アニメ・ゲーム・マンガを受容する下地となっているのかもしれません。広州市内ではVtuberキャラクターが用いられた日本語学校の看板も目にしました。日本のサブカルチャーへの関心は、日本語学習のきっかけとして大きな存在感があるようです。
じっくりサークル巡りができる星声代起の様子
星声代起当日の朝は、どしゃぶりの雨でした。
熱帯の広東省はしばしばスコールが降ります。そのかわり空が雲に覆われるので最高気温は30度程度です。にわかに信じられないかもしれませんが、東京や大阪など最高気温が40度近くを記録する真夏の日本よりも、熱帯の広東省の方が過ごしやすいと感じます。イベント開会直前までは雨で参加者が少なかったらどうしようかと心配しましたが、それは杞憂でした。
星声代起の会場は広州郊外にある「羊城創業産業園」の一角でした。そこはコンテンツ産業の拠点として再開発されたエリアらしく、KADOKAWAの中国大陸における現地法人も本社を構えています。ここからも広州は中国国内のコンテンツ産業の展開にとって重要な都市である様子が窺えます。
星声代起は大きく即売会部門と音楽ライブ部門に分かれます。即売会部門は約40スペースほどで、施設は普段はライブハウスあるいはカフェとして使われていそうな場所を貸切っていました。音楽ライブは日本の東方音楽サークルが演者として登壇し、1000人規模で催行され盛り上がっていました。
当日の五花八門のスペースでは、日本語と中国語の作品をそれぞれ展示したのですが、印象的だったのは立ち止まった方に「中国語の本がありますよ」と声をかけると、「日本語の勉強をしたいので日本語の本を読みたいです」とおっしゃる方もいたことです。中国の東方イベントに遠征する文章系サークルは多くないので、日本語で書かれた評論作品は珍しいのでしょう。
中国最大の東方イベントである上海THOと星声代起を比較すると、サークル数は《上海:星声代起=10:1》ほどの違いがありますが、作品を手に取ってもらう頻度は個人的体感で《上海:星声代起=10:4》ほどです。比較的小規模なイベントですが、その分だけ参加者はひとつひとつのサークルスペースをじっくり回ることができるため、熱心に作品を手に取ってくれる方も多かったです。
ローカルな熱意とグローバルな視野の交錯
2010年代後半以降、中国では数多くの東方イベントが開催されてきました【3】。その代表格は上海THO【4】です。上海THOが中国全土から東方ファンが集う「中国の博麗神社例大祭」のようなイベントだとすれば、他の多くのイベントは、ローカルな雰囲気が強まります。イベント主催者が開催地域の出身者や居住者であるケースも多く、「自分の地元で東方イベントを開催したい」という熱意を強く感じます。その点は、地方都市での即売会開催が激増した2010年前後の日本の東方イベント界隈の雰囲気に似ています。
五花八門スペースを訪ねてきた方の中には海南省在住者もいました。海南省はベトナムとの国境に近い地域で、上海THOは遠くてなかなか参加が難しいが、そのかわり比較的近い広東省イベントに参加して回っていると話していました。このように、近隣の東方ファンの交流の場として地方イベントは機能しています(……といっても広東省と海南省の間もかなりの距離があります)。他に遠隔地からの参加者として、星声代起のスタッフさん(日本語が堪能な方でした)の一人は、約2000キロ(!)離れた北京から夜行列車でやってきたとのことでした。
さらに、星声代起は広く中国国外に目を向けたイベント運営に力を入れています。東方音楽ライブには、日本サークルの演奏が多く組まれたほか、公式ホームページは中国語に加えて日本語ページが公開されており、公式Xでは中国語・日本語だけでなく韓国語の告知もみられました。実際に、星声代起では韓国からの参加者も見かけました。
このように、星声代起は近隣在住者だけでなく、広い地域から参加者が集まるイベントでした。星声代起の運営陣の活動には、中国国内での足場を固めつつ、日本や韓国のイベントにも精力的に参加して人脈を広げているようです。星声代起以外の地方イベントでも、ハルビンTHOなど日本からの参加者を勧誘するケースがみられます【5】。
外国サークルの招待にあたっては、相手を見極める力や相手に信用させる力を備えている必要があります。毎年日本からのサークル参加者が多い上海THOは、中国の地方イベントと日本サークルの接点となっているようです。そうした接点でチャンスを逃さないセンスと行動力が、人脈作りにつながるのでしょう。
【3】
上條紗智(2023)「上海THOと東方ファン・ネットワーク 前編」
https://touhougarakuta.com/article/gokahachimon-2/【4】
上海THOについては「五花八門の東アジア游記」の過去の記事、我楽多叢誌のいくつかの記事でも取り上げられています【5】
谷高マーク(2024)「北の果てハルビンへ」
https://touhougarakuta.com/article/harbin/
日本と海外の窓口となる人材の必要性
星声代起をはじめとする海外の東方イベントの動きを観察していると、日本の東方ファン活動において求められる人材のイメージが浮かび上がります。
2020年代に入り、日本国内の東方イベントでは中国・韓国・欧米や東南アジアからの参加者を多く目にするようになりました。こうした動きに関連したデータとして、以下の表は東方人気投票アンケート(日本)結果から回答者の居住地上位10地域を示しています。回答に占める日本在住者比率は、2017年の89%から2023年の73%へ低下しました。2023年は、東アジアの比率(17%)が近畿(11%)を上回っており、北アメリカやヨーロッパも4-5%を占めています。このアンケートは日本語で実施されたので、日本国外の東方ファンの実数はさらに膨大な数に達しているはずです。
中国語圏や英語圏など海外の主要東方イベントには、海外現地と日本の活動の橋渡しに協力する様々な立場の人が集まる傾向がみられます。また、相対的に人的資源が限られる海外の中堅東方イベントでは、日本の東方サークルと連携して独自の人脈を構築する動きもあります。日本の東方ファンの側からも、様々なレベルでこうした動向を把握して対応してゆく窓口となる人材が、ますます求められていると感じます。
これは私の主観ですが、日本の東方ファンが国際的な交流ネットワークから取り残されないために、日本側からも海外へ向けたアプローチを増やす必要がある、という予感があります。世界的には日本の東方ファン人口はまだまだ多数を占めており、多くの東方二次創作作品を生み出しています。同時に海外の東方ファン人口が増加している現状、日本と海外の連携を強化する潮流は今後も続くと私は考えています。
国境を越えて東方ファン・ネットワークが拡大する近年、日本と海外のパイプ役を担う方の活躍の場は大きく広がっています。私個人としては、読者の皆さんのなかから、そうした活動に関わる方が現れることをひそかに期待しています。
五花八門の東アジア游記 第5回 広東のオタク文化に包まれて 熱帯中国の東方イベント・星声代起 おわり