東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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五花八門の東アジア游記 第2回 上海THOと東方ファン・ネットワーク 前編

五花八門の東アジア游記

 同人サークル五花八門ごかはちもん上條紗智かみじょうさちです。

 第2回では、東アジアの東方イベント黎明期からの系譜と、それに続く2010年代の中国大陸における東方ファン・ネットワークの構築について考えます。2023年には常設の東方カフェ(第1回参照)が誕生するほどに多様化した中国の東方ファン活動は、10年以上の時間をかけて現在の状況が形作られてきました。

 東アジアでの東方イベントが現在に至るまでを、前後編に分けてお送りします。

 

東アジア圏での東方イベント発展の歴史

 私が初めて中国大陸の東方ファン活動に触れたのは、今から8年前でした。とある同人イベント主催さんがサークル参加するということで、私も同行する形で参加しました。その頃の私は「你好」「謝謝」くらいしか中国語が分からなかったので、ほとんど体当たりで参加する気分でした。

 当時の上海の印象として、現在ほど雰囲気が垢抜けてはおらず、経済成長の真っただ中で荒削りのパワーがあふれ出すような街だったと記憶しています。第6回上海THOは数十サークルほどの規模で、日本での知名度、注目度は近年と比べて高いわけではありませんでしたが、当時から東方イベントデータベースの作成・調査をしていた私にとって、具体的な情報に乏しかった中国大陸の東方ファン事情を体験する良い機会でした。当日の会場では、サークルスペースで頒布の手伝いをさせてもらい、初めて中国大陸の同人作品を手に入れました。

 中国の同人活動は日本と異なるところもありましたが、それと同時に、「各サークルが制作した作品を通じて東方ファンが交流する」という同人活動の基本は中国でも十分に通用すると感じました。

第6回上海THO入場口の様子
同イベント会場ステージ上でのゲームプレイと、それを眺める参加者

 ところで、2015年に中国大陸で開催された東方イベントは、私が参加したこの上海THOのみでした。これは、中国大陸では上海に限らず多くの地方都市で東方イベントが開催されるようになった2023年前後の現状と大きく異なります。

 ここで、東アジアの東方イベント黎明期の歴史を振り返ってみましょう。日本で初めての東方イベントである「博麗神社例大祭」は2004年に開催が始まりました。それでは、海外の東方オンリー同人イベントはいつから開催されているのでしょうか?

 記録では、日本国外で最初に開催された東方イベントは「東方絢櫻祭」(台湾・2006年)でした。なんと、第1回例大祭の2年後には、すでに外国で東方同人イベントが開催されていたのです。それに続き2009年に中国大陸で初の「東方櫻神月」(第1回上海THO)、韓国で初の「幻想少女注意報」(ソウル)が開催されました。これ以降、日本国外で東方イベント開催の歴史が刻まれてきました。台北・上海・ソウルの東方イベントは伝統的に情報感度が高く、各地の東方ファン活動の拠点となる空間を創出しました。特に、2023年時点でも活動が継続している日本国外の東方イベントとして、上海THOは最も長い歴史があります。

 上海THOの初開催以降、2010年代前半の中国大陸では広州・成都など、オールジャンル同人イベントの基盤があった地域で比較的早く東方イベントが発足し、他に北京・武漢・重慶・南京など大都市で開催が積み重ねられました。2010年代後半になると、地方都市のTHO開催が急速に拡大しました。下記の表は、東アジア全体の東方関連ファンイベント(即売会・交流会・音楽ライブなど)の開催件数および都市別の初開催年をまとめたものです。この表からは、私が上海THOに初参加した2015年のイベント開催数は8件であり、一時的な停滞期であったことが分かります。2016年以降、特に中国大陸で東方関連ファンイベントの爆発的な増加が始まり、2019年には東アジア全体で115件にまで達しました。

東アジアの東方関連ファンイベントの開催状況
THB wiki「日程表」より参照

 東方イベント開催地の変遷を見ると、2013年以前の新規開催都市が外国との交流が盛んな国際都市が多い傾向であったことと比較すると、2016年以降はどちらかといえば国内の各地方の中心都市での新規開催が目立ちます。また、コロナ禍の影響が強かった2021から22年ですら、新規に東方イベントが開催される都市が激増しました。これは地方都市でも一定規模の東方イベントを開催できるほど、東方ファンが中国の奥深くにまで浸透したことを示しています。中国の地方都市における東方ファン活動はどのようなプロセスを経て組織されてきたのか、という点は非常に興味深い論点です。

 

地域密着型イベントの隆盛

 THB wikiの東方イベント日程表を確認すると、同人作品を頒布するマーケット型の「展会じゃんふい」に加えて、2016年以降は交流会型の「聚会じゅーふい」の開催件数が多いことに気づきます。さらに詳しく見ると、聚会には地域の有志が開催するパターンと、大学を会場として開催するパターンがあるようです。前者は地域系聚会、後者は大学系聚会と呼ぶことができそうです。

大学で開催された東方交流会
THB wiki「日程表」より参照

 この表は各大学系聚会の初開催年を示しています。2016年の北京大学を皮切りに、2018-19年に大学系衆会の発足ブームが生じたことが分かります。大学系聚会20件のうち北京市内の大学が10件を占めており、地域的な偏りが大きいことも特徴的です。

 中国のTHOの特徴として、比較的土着性が強い点が指摘されることがあります。つまり、各地域の東方ファンが「自分たちの地元でもTHOを開催したい」と思って、近隣の東方ファンが集まる空間を作り上げてきたということです。特に、地元密着型の東方イベントは日本語の情報があまり多くありません。

 私が過去にサークル参加したイベントのうち、地元密着型と言えるイベントについて簡単に見てみましょう。2019年6月に参加した「南京秘封茶会」は、江蘇省南京市で開催された東方同人イベントです。イベント名に秘封が入っていますが、実質は東方オールジャンルイベントでした。当時、中国で東方イベント調査サークルのメンバーだった知人に誘われて私もサークル参加しました。貸会議室を会場として20サークルが出展し、同人作品頒布のほかステージ企画も行われました。かなり和気あいあいとした雰囲気で、もしかすると外国人参加者は私だけだったかもしれません。また、2019年10月には「上海群英荟」にサークル参加しました。上海の会議・宴会用ホールが会場で、上海市内か近隣地域からの参加者が多かったようでした。

南京秘封茶会の会場。サークルスペースに座りながらステージを観賞できた。イベント後半になると、多くのサークル参加者も他の企画に遊びに行ったため、サークルスペースがほとんど無人になる時間もあった
上海群英荟の会場。中国の東方イベントはステージ企画を主軸に据えることが非常に多い
中国の東方評論サークルの作品(2019年)。中国全土に広がった東方イベントの調査記事もある

 これらの地域密着型イベントに参加した経験から私が感じたのは、中国語の情報に基づいて活動する東方ファンが相当多いということです。上海THOなど大きな規模の東方イベントでは、日本語の受け答えができる人はさほど珍しくありません。しかし、地元密着型のイベントでは日本語を聞くことがほとんどありません。日本人参加者がほぼいないのですから当然です。中国では、様々なWEBサイトや書籍を通じて中国語に翻訳された東方に関する情報が非常に豊富です【※】。これは、日本語をよく知らなくとも東方に関する情報を得ることができる、ということであり、東方ファン活動が中国で広まった重要な背景と考えられます。

 中国の東方ファン活動に対して本格的に日本での注目が高まった契機は、2018年北京大学でのZUN氏講演会であったと思われます。ZUN氏は2019年に上海のゲームイベントにも登壇しました。ZUN氏の中国訪問は中国の東方ファンにとって大きな意味があったはずです。それは、中国の東方ファン活動の活発化を促しモチベーションを高めるきっかけとなっただけではありません。中国で長年にわたって東方ファン活動が継続してきたことがもたらした、象徴的な結果でもあったのです。

 

※ THB wiki
代表的な中国語東方情報サイトとしてTHB wikiがあります。東方原作のキャラ・元ネタなどの説明、原作日本語の中国語解釈、東方イベント日程、さらには中国国内外の東方同人サークルの情報までまとめられています。もしかすると、読者の皆さんご自身やお知り合いのサークル情報ページもあるかもしれませんね。また、中国では独自の東方人気投票も行われています。
https://thwiki.cc

五花八門の東アジア游記 第2回 上海THOと東方ファン・ネットワーク 前編 おわり