トラックメイカー・チバニャン×ビートまりお×IOSYSまろん鼎談――3人のDTM習得術「まず作ってみればいい」
トラックメイカー・チバニャン×ビートまりお×IOSYSまろん鼎談【後編】
COOL&CREATE・ビートまりお氏と、IOSYS・まろん氏、そして大人気アーティスト集団「レペゼン地球」チバニャン氏の鼎談連載。初回の前編ではチバニャン氏と東方Projectの出会い、前回の中編ではみなさんの音楽二次創作論などを中心に伺いました。
最終回の後編はDTM習得術と曲作りについて。みなさんが考えるDTMの魅力と、曲作りのこだわりについてとことん語り尽くします。前編、中編とあわせて最後までたっぷりお楽しみください!
「それ人力じゃ弾けないだろ!」ってものも作れるのがコンピュータ音楽の面白さ(チバニャン)
――チバニャンさんはどんなふうにDTMを学んでいったんですか?
チバニャン:
ZUNさんと同じことがしたい! と思ったんですけど、中学生はお金がないじゃないですか。だからまずDominoってソフトから打ち込む練習をしようということで、東方の耳コピを始めました。何度もパソコンを殴りそうになったけど(笑)、これで慣れていくところから始めようと。いちばん最初に耳コピをしたのは(東方風神録の)「封印されし神々」でしたね。
まろん:
へえ~!
チバニャン:
『(東方)風神録』の楽曲は群を抜いて素晴らしいと思ってるんですよね。だから「封印されし神々」のあとは「厄神様の通り道」をコピーしました(笑)。
ビートまりお:
耳コピしたデータ残ってないの?
チバニャン:
どっかにあると思いますよ。Microsoft GS音源ですけど(笑)。めっちゃ厨二だったころにYouTubeにアップしたんで、探せば見つかると思う。
まろん:
じつは僕もチバニャンさんと同じで、いちばん最初にコピーしたのが『風神録』なんですよ。「稲田姫様に叱られるから」。
チバニャン:
おっ、1面のボスですね。
まろん:
そうです。僕が東方にハマり始めた頃は『風神録』が発売される前後だったので、当時の最新の曲をコピりたいなと思って、耳コピしてアレンジしたりしてましたね。
――なるほど。DTMをやっている方々も、最初は楽器と同じようにコピーから入るんですね。
チバニャン:
美術の模写と同じっすね。俺は楽器が弾けなかったので、「弾いてみた」よりもパソコンで仕込んだほうが面白いなと思ったんです。パソコンだと「それ人力じゃ弾けないだろ!」ってものも作れるじゃないですか。コンピュータ音楽の面白さはそこだと思ってて。だから生楽器よりコンピュータにハマっていったんですよね。
ビートまりお:
よく「東方アレンジを作りたいんですけど、どうやって作ればいいですか?」という質問メールをもらうんですけど、それより前に人に訊いてたらだめだ!(笑) 俺も楽器弾けないままパソコンで音楽作り始めたんですけど、「ああ、いいメロディだ!」と思って作っても、楽器出来る人から「実際この楽器じゃこの音域は出ないから」みたいに言われることがあって。
チバニャン:
俺もよく言われたけどガン無視っすね(笑)。これはコンピュータミュージックですから!
ビートまりお:
あはははは!
チバニャン:
ほんとはZUNさんと同じSD-90【※】買おうと思ったんですけど、まったく同じになるからやめました(笑)。
※SD-90
ローランド社が発売したDTM用音源モジュール、StudioCanvasシリーズの最上位モデル。通称「ZUNペット」として知られているトランペット音色「Romantic Tp」などが含まれる。
まろん:
僕もどの機材を買ったらいいのか迷ってめちゃくちゃネットで調べて。だから当時のまりおさんのHTML日記とか、ZUNさんの日記の過去ログを全部追って――。
チバニャン:
ストーカーじゃないっすか!(笑)
まろん:
もうネットストーカーですよ!(笑) 追えるものは全部追って、ふたりが使ってるソフトを全部見て。そしたらおふたりともRoland SC-8850【※】を持ってるらしい、と。「じゃあこれを買えばいい!これで東方の音を再現できる!」と思ってたら、あのロマンチックなトランペットの音はSC-88Pro【※】にしか入ってなかったんですよね……!
※SC-8850、SC-88Pro
ローランド社が発売したDTM用音源モジュール。SDシリーズ以前の型番。紅魔郷~永夜抄まで収録されていた「MIDI版BGM」は、再生用の音源としてSCシリーズが推奨されている。8850が上位機種だが、ZUN氏が所有する88proとの互換性は完全ではない。
まろん:
だから当初は「東方みたいな音が作りたい」という気持ちと、『beatmania』にハマってたのもあって、クラブミュージックっぽいものや東方っぽいゲーム音楽ばっかり作ってました。
にしても、この流れでチバニャンさんは東方アレンジを作ってみようとは思わなかったんですか?
チバニャン:
何度か思ったんですけど、自分のオリジナルを作りたい欲のほうが強かったんですよ。それはたぶん東方だけでなくPerfumeにもハマってたからかも(笑)。
――第1回で出た、まりおさんからの「札幌出身ならIOSYSに入りたいという選択肢はなかったの?」に対する回答にもなってきますね。
チバニャン:
「かっこいいダンスミュージックを人に歌ってもらうってかっこいいな」と思いながら、歌ってくれる友達もいないからずっとインスト作ってて、それで満足してて。その流れでレペゼン地球と知り合ったので――だから人に曲を作ったのは、レペゼンがほぼ初めてみたいなもんなんですよ。
俺もまりおさんと一緒で、「どうやって曲を作るんですか?」と質問されるんですけど、「まず作ってみりゃいいじゃん!」って思うんですよね。まず訊くんじゃなくて、自分の手を動かしてみればいい。
ビートまりお:
うんうん。フリーソフトでもなんでもいいし、まずは触ってみるところからだよね。
――とはいえ最初のソフト選びは大事だろうなと。
チバニャン:
続けていけばどんどんいいソフトが欲しくなるのは当然じゃないですか。だから親に頼み込んでお金を借りて、最初からいちばんいいグレードのものを買うのもひとつの手だと思いますね。お金がないときに6,000円くらいの安いソフトを買ったら、同時に立ち上げられるトラックに制限があって全然使えなくて。
ビートまりお:
ああ、安いもので済ませようとするとやらなくなっちゃうところはあるかもね。俺も「ソフトを買うからにはいいものを買おう!」と思って、80,000円くらいのミュージ郎【※】ってソフトを買いましたね。これだけの値段を出して買ったからにはやらなきゃ!って気持ちにもなるし、覚悟を決める意味でも頑張っていいソフトを買うのはアリかもしれない。いい音出るからテンションも上がるしね。
※ミュージ郎
1989年に発売された、ローランド社のDTMパッケージ。先述のSCシリーズを含んだ音源モジュールと、音を並べて楽曲を作ることのできるシーケンサーソフト(SingerSongWriter)が同梱された、かつてのDTMの定番商品。
チバニャン:
学生だとアカデミック版を買えたりしますしね。俺も大学時代に出てたCubase【※】が6で、普通だと80,000円くらいだったのが、アカデミック版だと49,000円くらいで。一生懸命寿司屋でバイトして買いました(笑)。
※Cubase
スタインバーグ社が開発しているDAW(デジタルオーディオワークステーション)と呼ばれる音楽制作ソフト。
――始めたての頃に「これをやっておけばよかった」と思うことなどはありますか?
ビートまりお:
小さい頃から音楽やってればどうなってたんだろうなー……と思うことはあるかな。
チバニャン:
あー、それはあるっすね。でも――さっき言ったこととつながってくるけど、同人音楽やコンピュータ音楽のいいところは、そういう経験がない人や音楽理論がわからない人でも作れることだとも思うんですよ。間違ったやり方も成り立たせてしまうところが好きなんですよね。音楽の素養がない人間の作る曲が悪いかというと、そんなことないと思うんです。音楽理論的に間違っていても、自分にとって気持ちいいからその音を使ってる。オリジナリティってそういうところに出てくると思うんです。
ビートまりお:
あるある。俺、ふつうのシンセのかっこいい音色だと思って使ってたのが、後々バグパイプだって知ったことがあった。
まろん:
あはははは! バグパイプってあらかじめ知っていたら、出来なかったかもしれない音楽が生まれる訳ですね。まさにオリジナリティですよね。
僕は2歳くらいからピアノをやってはいたので、楽譜が読めて。だから楽譜で打ち込めるSinger Song Writer Liteを最初に買いました。でもドラム譜だけ読めなくて……母親に土下座をして、「ピアノを辞めるのでドラムを習っていいですか?」と頼んで(笑)。そこでドラムを学びました。
あと中1のときはオーケストラ部に入って弦楽器を学んだり、友達に管楽器を貸してもらったり。とにかく「わかんないからやってみる」ってことを繰り返してた感じですね。
ビートまりお:
さすが音大卒だね。
まろん:
いや~……でも僕、音楽理論弱いので(笑)。音大行って音楽理論学ぶはずが、バイノーラルマイクで水の流れる音や海の音を録音したりしてました(笑)。
チバニャン:
ASMRじゃないっすか(笑)。
まろん:
ASMR、好きです(笑)。
もっとJ-POPや過去の音楽を聴いておけば良かったかなー……と思うことは多いですね。中学で引きこもりになってから、東方アレンジや当時流行ってたアニソンばっかり聴いていたので。それこそ「ラクト・ガール」きっかけでBUMP OF CHICKENを知ったんですよ。元ネタの「ラフメイカー」を、「ラクト・ガール」から2年越しで知って(笑)。当時ポルノグラフィティも「リア充の音楽だ」って敬遠して聴いていなかったので。偏見は持たずにいっぱいいろんな曲は聴いておいたほうがいいですね。
コラムこぼれ話その2「パソコンの画面がつかなくなった話」
「なんなんだろう?」の繰り返しで知識を深めていく(チバニャン)
――みなさん曲作りのうえで「自分の好きなもの」や「自分の気持ちいい音」を追求していることは共通していますね。
ビートまりお:
いつだって自分の曲がいちばん好きですからね。自分のインスト曲一生飽きないし。
チバニャン:
すげえいいことっすね。俺、一度大手の人から自分の曲について「このコードに対してアルペジオがうるさいです」とかいろいろ言われたことがあって、「まじ!? このアルペジオが気持ちいいんじゃん!」って感じだったんですよ(笑)。
レペゼン地球も「それナシだろ!」って思うようなこともアリ。型に縛られない自由度はめっちゃ大事だと思います。音楽理論は大事だけど、「泣かせるコード進行はこうだ」とか書いてある本を見掛けたりすると、泣けるコード進行じゃなくても泣ける曲なんてこの世にたくさんあるし、音楽ってそういうことじゃねえよなって思うんですよね。
ゲーム音楽は制作者の好きなものを全面的に出してるし、ユーザーもそれを受け入れてる。それを共有できるってめっちゃいいですよね。
――チバニャンさんの作る曲は電波ソングであったり、マニアックな要素が強いけれど、さきほどおっしゃっていたような庶民性やキャッチーなところが取っつきやすさにつながっているんでしょうね。
チバニャン:
取っつきやすいものにしたい反面、聴く人が聴けばわかる要素を入れたいんですよ(笑)。「ロックマン」と同じ音を使ってるとか、スプラトゥーンのボム投げる音を使ってるとか。そういうのをさりげなくサンプリングしてるので、それに気付く人には「あ、こいつ好きなんだな!」と思ってもらえる。そういう曲の作り方が好きっすね。聴けば聴くほど発見がある曲なら、ドヤ顔できるじゃないっすか(笑)。「俺はこういうとこまで知ってるからな」ってマウントを取るために小ネタをしこんでます(笑)。
ビートまりお:
あははははは!
チバニャン:
「この世に存在する90%の音楽はパクリ」と言ったりしますけど、「あ!この曲いいな!」と思ってパクろうとしても、同じようなものは出来ないじゃないですか。そこが掛け合わされることでオリジナルになって、どんどんジャンルの幅が広くなって、どんどんどんどん曲のかたちが変わっていく。そうやって時代の流れが生まれるのは好きだし、元ネタを辿れば辿るほど歴史を知っていけるじゃないですか。
東方の音楽にハマって、『幺樂団の歴史』を買ってその時代の曲を知って――そういうのが面白いっすよね。だから今DJやってるんだと思います(笑)。元ネタマウントは大事なんです(笑)。
まろん:
「元ネタマウント」はオタク発言極まりないですね(笑)。
――(笑)。では「音楽をやりたいけれどどうしたらいいかわからない」という方々も、このお話を参考にしていただいて。
チバニャン:
とにかくやってみることっすね。どうせうまくいかないから(笑)。俺なんて、最初「エクスポート」がわかんなかったっすからね(笑)。音楽ソフトはわけわかんないカタカナ単語にまみれてるけど、HOW TO動画やチュートリアル動画もいっぱいあるし、独学しやすいと思いますね。
ビートまりお:
ああ、なるほどね。だれでも本物の音を出すことが容易になったぶん、個性を出すのは大変になっていくんだろうな。
チバニャン:
そうなるとシンセサイザーの力頼りですね(笑)。そうなってくるとシンセってなんだろう? FM音源ってなんなんだろう? Moogってなんだ? ――ってどんどんいくじゃないですか(笑)。「なんなんだろう?」の繰り返しで知識を深めていく。
――今も「なんなんだろう?」の繰り返しということですね。
チバニャン:
そうっすよ! なんならその勢いが増してきてるんすよね。いまこの年齢になって急に「そう言えばゲームキューブってなんだったんだろう!?」と思って……見てください! これ買っちゃったんですよ! 『ゲームキューブ パーフェクトカタログ』!(笑)
一同:
おお~!!
チバニャン:
この本には「ゲームキューブはなにを反省したうえで作られたのか」とか「どんな色の種類が出たのか」とか、任天堂のクリエイターたちの闘いが描かれているんですよ。このカタログ全部揃えようとしたら買いすぎでクレジットカード止められました(笑)。
そうやってわからないことを調べるのは大事だと思うんです。辞書引くのと同じですよね。僕はそれがたまたま音楽だった。知識が増えれば増えるほど、作れる曲の幅は広がるんですよね。
ビートまりお:
チバニャンさんすごく学ぶ人だよね。俺はそういうの面倒臭がって避けてきたから、努力する才能に長けてるなと思う。
チバニャン:
いや、学んでるつもり全然ないんですよ。努力してると思ってない。好きだから気付いたら調べてるし、出来なくても続ける。これはどのクリエイターさんでもそうなんじゃないかな。才能がどうだよりも、やり続けることが大事っすよね。
ビートまりお:
音楽を辞めていった人もたくさんいるけど、みんな趣味を仕事にするとつらいって感じなのかな。同人でやってる以上は楽しいからやりたいし、楽しいと思い続けてる以上はずっと続けていけるかなと思ってますね。
――お三方がリスペクトし合っていることが伝わる鼎談でした。
ビートまりお:
俺からしたら「チバニャンさん」ですからね。チバニャンさんやまろんくんもそうですけど、最近すごく「中学時代にニコニコでめっちゃ聴いてました!」と声を掛けてもらえることが多いんですよ。それは素直にうれしくて。当時は再生数という数字だったけれど、そこには一人ひとりの人間が存在するんだなと実感してます。オタクじゃない人がもっと東方を好きになってくれたらうれしいなあ。
チバニャン:
こういうインタビューの機会、もっと増やしていくべきですよね。10年前に子供だった人たちがもう大人なので、「絶対東方なんて知らないだろ!」って有名人の人に東方好きが絶対いると思うんですよ。東方をもっと盛り上げたいんですよ!
一同:
うん、盛り上げたい!
まろん:
「時を同じくして東方を愛した」という仲間意識はありますよね。
チバニャン:
ありますよね! 住んでるところや環境が違っても、好きなものが同じだといちばん早く仲間になれる! せっかく音楽なんだから、違うシーンのクリエイター同士でもっと交流をするべきなんですよ。絶対win-winじゃないですか。
――東方育ちの人たちが東方シーン以外でも多く活躍している現状は、東方が間口の多い文化だったからだろうなと思います。その人たちを通じて、これまで届かなかった層に届いてくれたら、もっと繁栄していくだろうなと。
ビートまりお:
チバニャンさんや粗品さんみたいな人が東方好きを公言することで、「あ、東方きてるんじゃね?」って思いますよね。あちこちで東方好きが生まれていった先になにがあるのか、すごく楽しみですね。どっかの会社のお偉いさんに東方好きな人がいても不思議じゃないし。それで例大祭もさらに盛り上がってほしいし、即売会を飛び越えた文化になってほしい気持ちもありますね。そういうのにどんどん乗っかっていきたい(笑)。
チバニャン:
東方というカルチャーを広めるためならどんな手を使ってもいいと思います!
ビートまりお:
チバニャンさんが東方アレンジを作るのを楽しみにしてるから(笑)。あとZUNさんに会ってもらいたいなあ~。
チバニャン:
もうそれはイエス・キリストと会うのと同じっすよ!
一同:
(笑)
「25時間東方ステーション ~ 東の国の眠らないテレビ」
音楽バラエティコーナー「抹JAM」(8/23(日)午前1時〜)にチバニャンさん、まろんさん出演
トラックメイカー・チバニャン×ビートまりお×IOSYSまろん鼎談――3人のDTM習得術「まず作ってみればいい」 おわり