東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第65回 狙撃】

「これを使えってのかい?」

 あらためて存在を意識したように、小町は肩に担いだライフルの重みを感じ取っていた。

「そう。あんたがM1891/30そいつでヤツを仕留めるんだ」

「えぇ……? そりゃ撃ち方はイヤになるくらい教えてもらったけど、まだ実戦で試してもいないんだよ?」

 にとりの提案に小町は反論する。

 手段を選べる状況ではないのはわかる。しかし、いくらなんでもぶっつけ本番で試せと言われて「はいやります」とは答えられない。

「なし崩し的だけど仕方ないじゃん。それにあんた距離を操れるだろう?」

「まぁね」

 小町は素直に首肯した。

「その能力を最大限に活かすなら狙撃手スナイパーほど銃火器の利用に適した戦い方はないんだよ」

 実のところ、にとりは早くから小町の能力に目をつけていた。

 残念ながらここに至るまで最適な武器を入手できなかったのと、3人しかいない中で貴重な人員を単独行動させられるだけの隙間がなかったのだ。

 死神――三途の川の渡し守だけあって、小町は自身の位置と目的地を自由に制御できる。

 本来は此岸から彼岸へと渡す死者の霊が生前に詰んだ善行に応じて――などとそれっぽい使い方をされるのだが、とびきり物臭な彼女はそれを瞬間移動的な用途にも使ったりもしていた。

「そうかもしれないけどさ。簡単に扱えるものじゃないって言ったのはにとりだろ」

 地下へ入る前に半ば無理矢理叩き込まれた銃の扱いだが、それでも小町は適性があったのか感覚的に射撃というものを理解しつつあった。

 だからこそ要求されているものの厳しさがわかるのだ。

「そりゃそうだ、曲芸みたいなもんだからな。べつに牽制だけでもいいんだよ。相手の隠れている場所を探し出せれば、妖夢だって斬り込める」

 戦果のみが華々しく語られることもある狙撃手だが、本来狙撃とは非常に繊細で地味な作業だ。

 本来目視できる距離での交戦に使われる銃。その射程限界を攻める勢いで弾丸を送り込もうというのだから正気ではない。

 風を読み、湿度を読み、ついでに弾丸の軌道も読み、さらに自身が操る銃の癖まで理解しなければ、遥か先の標的を撃ち抜くことはできないのだ。

「ひとつ訊きたいんだけどさ」

 ふと小町はにとりに訊ねた。彼女にしては迂遠うえんな話しかけ方だった。

「なに?」

「相手がこっちを見付けて撃ってきたなら、あたいがこいつを持っていることだってバレてるんじゃないのかい?」

 小町の言葉は背中を押してもらいたいように見えた。

「だろうね。だから――

 にとりの言葉には覚悟が宿っていた。妖夢も同様に大きく頷く。

「妖夢は弾丸見切ってぶった切るくらい非常識だからわかるけど、にとりは……」

「バカにすんなよ。わたしにだって秘策はあるさ」

 そう言って例の鞄から光学迷彩スーツを取り出した。

「なんだい。それならあんたが敵の背後にでも回り込んでやっちまえばいいじゃないか。連続して撃てる大層な武器だって持ってるんだろ?」

 にとりが肩から吊るしたM1ガーランドに視線を送りながら小町はそう投げかけた。

「言うと思ったよ。でもね、光学迷彩こいつだって完璧じゃない。周りの景色に同化するってもそれは動かなきゃの話だ。移動しなきゃいけない以上、空気の中をかき分けていくわけだから微妙な光の屈折の誤差が出て、じっくり見られたらバレちまう」

 自分を中心にして180度反対側の光景を映し出すのが光学迷彩だが、物理的な存在を消すわけではないので、周囲の陰影までは完璧にコントロールできない。

 特に、地下という閉鎖空間で空気の流れが悪く、さらにすぐ近くで派手な乱戦が起きているせいで、無数の粉塵が漂ってきている。

 身体を動かしたときに発生する空気の流動に粉塵が流され、陰影が微かに変化する。狙撃手ほどの視力があれば、その変化を捉えるのは容易い。

「あんたそんなんで陽動役なんてできるのかい?」

 頭隠して尻隠さず風に目の前で撃ち殺されては堪らない。

「だから妖夢に引き受けてもらうのさ」

「さっき自分を含めてたの訂正しろ」

 先ほど切った啖呵タンカの価値が下がったように思えた。

 現状、脅威度のトップは弾丸を見切った彼女ようむに設定されているはずだ。小町の姿まで捉えられていたかは不明だが――この光学迷彩の存在が露見するまでは――注意力に欠けていたにとりはそれほど脅威と捉えられていない、と考えられる。

 結局は時間との戦いだ。闇の中に潜む狙撃手を相手にした隠れんぼと鬼ごっこ。相手の弾丸が味方を捉えるまでにこちらが敵の居場所を突き止め、弾丸か刃を叩き込むのだ。

零点補正ゼロインは300メートルに合わせてある。あとは敵の位置に合わせて調整が必要だけど、そこは目盛りを見ながらやってもらうしかないね」

 やたら脅かしたくないので口にはしないが、おそらく3発以内に仕留められなければ死体になるのは小町の方だ。

 もっとも――忠告などしなくとも、すでに小町は理解しているようだった。彼女にしてはと言っては失礼かもしれないが、いつになく真剣味を帯びた表情を浮かべていた。

「さぁ、行こうか。このままじっとしているんじゃ相手の思う壺だ。最悪、向こうはわたしたちがこのまま隠れていてくれた方がいいんだからね」

 相手がどういう方法かはさておきツァーリ・ボンバを起爆させてしまえば亡霊兵団の勝なのだ。それも含めて相手はこちらを焦らしているのかもしれない。兵を差し向けて圧力をかけずとも、いずれしびれを切らして出て来ざるを得ないのだから。

「あ。もういっこ付け加えておくけど、狙撃手を見つけたからって間違っても単身で乗り込もうなんて思わないでよ」

 にとりは小町に念押しする。あくまでも牽制が最低条件で、敵を仕留めることは努力目標なのだ。無理をしろなどとは言っていない。

「なんでさ。敵は遠くから一撃で仕留めようとするんだろ? だったら連射の利かない銃には近付いて潰しちまえばいいじゃん」

「それはちょっと勘違いしてるよ」

 小町の提案を、にとりは緊張を帯びた声で否定した。

 彼らは偵察兵リーコンと呼ばれることもあるが、それは正面戦闘に不向きな弱兵を意味しない。空挺兵パラトルーパーなどであれば砲や装甲車輌に頼ることなく、主力部隊の到着まで踏み止まらねばならない過酷な任務に就く。

 最前線の偵察任務は、単独もしくは二人一組ツーマンセルという寡兵で敵主力部隊へ接近し、生きてその情報を持ち帰ることが求められるのだ。

「狙撃手にはね、腕利きのそいつが任務に専念できるよう、大抵の場合すぐそばに相棒――観測手スポッターがいるんだよ。そして、そいつもまた狙撃手なのさ」

 けして油断などできる相手ではないことを否応なしに突きつけるにとり。

「じゃあどうするってのさ」

 そんな無茶苦茶な相手に付け焼刃の自分が勝てるのか。いくら囮になってくれるとは言っても――

「おいおい。なんのためにわたしが夜更かしして通信機を用意したと思ってるんだ?」

 小町の不安を打ち消すように、にとりが不敵な笑みを浮かべた。

 こういう時の彼女はだいたいなにかやってくれる。これまでの戦いでそれはよくわかっていた。

「こいつで情報を組み合わせながら、隠れている敵を見つけ出して倒すんだ。――というわけだから妖夢。まずは撃たれてきてくれ」

「人に頼む口調じゃない……。はぁ、わかりましたよ。行きますよ、行けばいいんでしょ」

 諦めの境地に辿り着いたらしい妖夢は、小さく溜め息を吐いて準備を整えていく。

「おう。健闘を祈る」

 わざとらしくにとりは敬礼して見せた。

「……」

 もはや語るまい。

 大きく息を吸い込んだ妖夢は、類稀なる身体能力を駆使してプラットホームの上へと飛び出した。そのままわずかに身を低くして敵基地の奥へ向かって疾走を開始する。これは“誘い”だった。

 狙撃は――まだ来ない。

 しかし妖夢が安堵することはなかった。むしろ撃ってもらった方が良かったくらいだ。

 いかに狙撃地点を変えようと、ひとたび狙いを定めた獲物から目を離すとは思えない。

 つまり――相手もまた狩りを楽しんでいるか余裕があるわけだ。こっちはそんな気分ではないというのに。

 すこし誘い方を変えるべきか。妖夢はふと思いついた。

 銃との戦闘経験を得て間もないというのに、妖夢はすでにどのように戦い方を組み立てればいいか感覚的に理解しつつあった。

 要するにそれぞれの武器だとかの要素を分解して考えてみればいい。

 もし近接戦闘であれば常に相手を視界に入れた状態で戦おうとするし、互いの間合いの中での攻防で相手の動きを上回った方が勝負を制する。

 しかしながら銃との戦い方はまるで違う。

 肉眼で捉えることはおおよそ不可能なほど超高速で迫る弾丸を回避するのがそもそも無謀なのだ。反面、それを当てる方もまた相応の技量が求められる。

 この中で真に恐ろしいところは、相手が気付いていない場合にも条件さえ整えば一方的に攻撃をできる点にある。

 これを突き詰めていくと、腕や武器さえ確かなら一撃目で敵を葬り去ることも可能になる。今まさに戦いを挑もうとしている狙撃手の優位性アドバンテージはこれに尽きるのだろう。

「わかっていても気が削れるなぁ……」

 どこから狙われているかわからない恐怖心と緊張は、知らぬ間に身体の動きを阻害する。

 釘付けにされている焦燥感にしびれを切らせば、鈍った身体をたちまち撃ち抜かれてしまうだろう。普通はそう考える。

(でも――わたしはそうならない)

 鎧戸シャッターが中途半端に開けられた場所を見つけ、妖夢は手近な建物へ飛び込んだ。

 転がり込むようにして内部へ入った瞬間に気配。

「っと!」

 出会いざまで硬直していた亡霊を、妖夢は好機とばかりに首筋を寝かせた刃で串刺しにしてから拘束。入って来た隙間から外へ向かって放り投げる。

 瞬間、鉄片と火花が内部に散った。ライフル弾がシャッターを貫通したのだ。

(やはり狙っていた……!)

 体勢を立て直す瞬間――本人は気力を取り戻したようで、その実一番油断している瞬間を狙っていたのだ。

 音でわかればいいが、地下空間の反響と、それなりに近くで勇儀たちが暴れているせいかたった一発の銃声だけを拾うのは不可能に近い。

 でもおそらく、これでこちらが優位に立った。妖夢には確信があった。

 今まで相手の焦燥感を煽り、隙さえ掴めばいつでも殺せると思っていた相手がどのタイミングで銃弾を撃ってくるか予想していたのだ。となれば自分のいる方向についても見当がついているのではないか。その疑念を生じさせただろう。

 ならばこちらは相手をより煽ってしまおう。

 妖夢はシャッターを潜り抜けるようにして外へ躍り出る。

 瞬間、地下の冷たい空気をく銃弾が妖夢の胸部を襲った――かに見えた。妖夢が常人であったならば。

 だが、あろうことか妖夢は絶妙なタイミングで膝を抜き、身体全体を沈ませて弾丸を回避した。

 もちろん単なる撃たれ損ではない。妖夢は自身へ押し寄せた弾丸の軌道を見切っていた。

(あれだ……!)

 妖夢はすぐさま通信機に向かって声を飛ばした。

『小町、右手奥の建物中腹です!』

 弾丸が空けた穴の形状で、妖夢は狙撃手の潜んだ場所の当たりをほぼつけていた。

 それを確実なものへ変えたのが今の見切りだ。

「おっしゃ、任せとけ!」

 妖夢からの連絡を受けた小町が気炎を上げて動き出す。

(見えた……!)

 上空へと転移した小町は妖夢の指示した方向へモシン・ナガンを構える。

 わずかに銃口を動かしていくと、小町は怪しげなゴテゴテの装置――Zielgerätツィール・ゲレート1229 Vampirアクティブ赤外線暗視装置をKar98kに装着させたスナイパーの姿を肉眼で捉えた。

 敵の姿がはっきり見えたならあとは単純だ。弾丸の飛翔する道を繋げてやればいい。死神の身体も死者の霊も、そして弾丸も、すべての距離を超越して届けてやれる。

「距離は――なんだい、照準通りじゃないか」

 存外才能があるのかもしれない。小さく笑みを浮かべながら小町は引き金を引いた。

 果たして亡霊には聞こえただろうか。大気が切り裂かれる悲鳴が。

 見えただろうか。銃身内の螺旋状溝ライフリングによって錐揉み回転しながら迫る7.62mm×54R弾の姿が。

「わたしは渡し守ってねぇ!」

 次の瞬間、弾丸が照準器のレンズを破壊。そのまま亡霊狙撃手の眼窩へと潜り込み、頭部内を蹂躙した勢いのまま抜けていった。

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