東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第64回 潜入】

 炎に包まれる集積所は、地下空間の薄暗さもあってさながら阿鼻叫喚の地獄となっていた。

 降ってきた機関車に押し潰された者はまだマシだ。爆発の衝撃でバラバラになり――四肢をもがれた姿で蠢いている亡霊たちがなんとも吐き気を誘いそうな具合であったし、どうも付近の爆薬にまで引火したらしく火だるまになって転げまわっている者までいる始末だ。ああなっては熱で筋肉が硬直するまで藻掻き続けるのだろう。

 勇儀の言う“大戦果”と形容するにはあまりにも凄惨な光景と言えた。

「うひゃあ。提案しておいてなんだけどこりゃあひどいね……」

 にとりが上擦った声でつぶやくが、炎に照らされた顔色は妖夢の視点からはよく見えなかった。

 しかし、気持ちがわからないわけではなかった。彼女はあくまでも機械いじりが好きな河童であり、他者を積極的に害そうとする妖怪ではない。

 いくら敵が幻想郷を滅ぼす可能性があるとはいえ、このようなものを目の当たりにして心中に痛みを感じずにいられるかは別問題なのだ。

 せめてこの異変が解決するまでは――。

 にとりは自らの発案が生み出した凄惨な光景に負けないよう、気丈に振舞おうとしている。それが周りにも空気を通して伝わっていた。

 だからだろうか――地下の三人組が妖夢たちよりも先に動いた。

「さーて、わたしはこのまま残敵掃討といこうかねぇ。基地もぶっ潰していいんだろ?」

 右腕をこれ見よがしにぐるんぐるんと振り回して、勇儀が獰猛な笑みを浮かべた。

 炎の照り返しを受け、表情が普段の数割増しで怖く見える。にとりとは別の意味で迫力が増していた。これでは気の弱い者なら心臓が止まりかねない。

 ちょっと迫力あり過ぎる勇儀を前面に出してはまずいと思ったのか、ヤマメが食い気味に場を和ませようとする。

「いやにとりちゃんたちが潜入するんだから、景気よく潰してたら巻き添えになっちゃうよ!」

 散々嫌味を吐いていたにとり相手にもこの気遣いだ。妖夢は感動すら覚えていた。

「それもそうか」

 今気付いたと勇儀が残念そうに答えた。

「そ、そうですね……ちょっと調べたいこともあるので、あんまり施設に被害は出さないでもらえると助かります」

 やはり苦手意識は消えないらしくにとりは遠慮がちに願い出る。それでも言っておかなければ周囲一帯を破壊尽くされてしまいそうだった。

「調べたいこと?」

 今度は妖夢が問いかけた。

「こんな派手に列車を放り込んだのに、敵の大将の出て来る気配がない。わたしの予想だと、勇儀さん級の妖怪が近づいたらすぐ飛び出してくると思ってたんだけど」

 風見幽香のような存在を見てきたからわかる。“あれ”は間違いなく戦闘狂の類だ。強者の匂いを感じ取って動かないはずがないのだ。

 いや。それでなくとも、彼女にはツァーリを死守するという防衛目標がある。この拠点の中にあるなら、探らせないためにも遠くで足止めするだろう。

「そういえば。でもたくさん気配はあるから、ここを放棄したってわけでもなさそうだよねぇ」

 もしも小町の予想通りなら亡霊たちとてほとんどいなかったはずだ。

「じゃあわたしたちが隠密行動する目的は、敵将に対する不意打ちではなくなったってことですか」

「まだはっきりと決まったわけじゃないけどね」

 確信を得るだけの材料が足りないらしくにとりは明言を避けた。

「重労働を押しつけてわたしたちに押しつけて、楽な仕事を選べてほんと妬ましいこと」

「京出身のしゅうとめかよ」

 これといった主張はないようだが、相変わらず誰かを妬まないと呼吸もできないのかと思うほどの滑らかさでパルスィが呪詛を振り撒いてきた。相も変わらずブレない反応である。

 特に実害もないので、もうこれは彼女なりの挨拶みたいなものだろう。妖夢たちはもはや慣れていた。

「冗談よ。貴方たちが幻想郷の地上も地下も救おうとしてるのはわかってるから」

 さすがにこの状況下でも妬み続けることはしなかったようだ。

「へへ。あんたのそういうとこ、嫌いじゃないぜ」

 小町が人懐っこい笑みを浮かべると赤面したパルスィは無言で顔を逸らした。

「ではこの場はお願いします。またあとで!」

 心強さを感じながら妖夢はひとまずの別れを告げた。長々と喋ったが、要するにそれぞれの言葉で「あとは任せた!」と言ってくれていた。

 ならば自分たちはその期待に応えるしかあるまい。妖夢たちは短く礼を述べて亡霊たちを避けるようにして迂回しながら奥へと進んでいく。

「ここからどうします。突っ込んだらまずいですよね?」

 見つからないように慎重に進みながら、ふと妖夢がにとりに問いかけた。さすがの辻斬り少女も今回ばかりは思考をあらためたようだ。

 せっかく勇儀たちが陽動役を買って出てくれたのに、敵の湧き出てくる方に斬り込もうとは考えなかったのだ。進歩しているのかもしれない。

「やる前にひと言訊いてくれるだけでも、戦いを通して妖夢も成長してたんだな。わたしゃ涙が出そうだよ」

 妖夢の問いかけを受け、にとりはしみじみとした様子で何度も頷いていた。

 あまりの言われように、まるで自分が聞き分けのない子供みたいではないかと思いつつも、向こう見ずに突っ走ってきた自覚がある妖夢は反論を諦めた。

 亡霊たちの気配を避け、建物の隙間を縫うように抜けながら先を急ぐ。

「さぁて、どこから中へ潜り込んだものか……」

「うーん見事に分かれてるっていうか、建物の中に続いてるのがあるねぇ。また“人類の叡智”とやらに頼るかい?」

 身を低くしながら辺りを窺うにとりの言葉に、小町が投げやり気味に嘆息した。

 敵の親玉を狙うならまずは素直に線路へ沿っていけばいいだろうと進んできた。

 ところが、4つに分岐していたそれらも、建物の中へ続いているのが2つと1つ。残る1本だけが何かに隠されるでもなく奥へと伸びていた。しらみつぶしに捜索するには時間が足りない。

「いや要らないよ。……こっちだな」

 やや間を置いてから、にとりは剥き出しの線路を指差した。言葉には確信めいた響きが感じられ、当てずっぽうで選んだのではないと妖夢たちにもわかる。

「あのすだれみたいなやつの中は調べなくていいんですか?」

 例の爆弾が隠されてたりはしないのか? と言外に妖夢は問いかけていた。

「あっちの鎧戸シャッターの中はどれも違うだろうね。たぶん車輌を整備したり、なにか作ったものを運び出すためのものさ。本命じゃない」

 にとりはゆっくりと首を左右に振る。

「そもそも、こんな近くに親玉がいるとは思えない。妖夢もわかってんだろ?」

 まんまと陽動に引っかかった亡霊たちが出て来たのはもっと奥からであってこの近辺ではない。

 何より、2度も遭遇した際に記憶へ否応なしに刻まれた、脊髄まで凍りつかせんばかりの禍々しい気配を感じない。

 戦いを専門にしていない自分でさえそうなのだから、剣を学んできた妖夢あたりはもっと強く感じ取るのではないか。そう思ったにとりは妖夢へ訊ねる。

「いやぁ……。もう少し頭で考えた方がいいかなと思って、直感を信じるのとかはちょっと控えめにして――」

「いやいや! ここまで来て勘を鈍らせたらおまえ死ぬぞマジで!?」

 妖夢が恥ずかしげに、とんでもないことを言い始めた。即座に詰め寄ったにとりは「今すぐやめろ」と念を押す。

 いよいよ敵の拠点に侵入を試みているのだ。今までのような雑兵亡霊ばかりでなく、時折現れた知性の片鱗を感じる者、あるいはさらに上位の存在までもがいるに違いない。そんな場所で気を抜けばどうなることか。

「さっきああは言ったけど、攻め込まれたのがわかってて最奥でドンと構えてるパターンだってあるからな」

「輝夜とか埴安神とか……」

 豊聡耳神子とよさとみみのみこは寝起きだったのでノーカンだろう。答えながら妖夢は密かにひとりを除外していた。

「異変のたびに増える大物、大体そんな感じだね」

 他人事のように小町は答えるが、本当は「お前の上司のことだぞ」と妖夢とにとりは突っ込みたくて仕方がなかった。

「霊夢や魔理沙から聞いてた話と筋が違うから、動きが読めないんだよな。“大佐”とか名乗っていたあいつが一番厄介だけど、その側近だっているかもしれない」

「まぁたしかに、ただならぬ気配はありそうなんですが……なんかよくわかんないんですよね」

「ふぅん? あいつじゃないのかな。ともかくせっかくみんなが陽動してくれてるんだ、余計な戦闘は避けて行くよ。ほれほれ、しっかり気配を探知してくれ」

「わたしは犬じゃないんですけどぉ……」

 小さく頬を膨らませて妖夢は不満を露わにした。さすがに自身がアホなことをした自覚はあるのか抗議は控えめだった。

「そう拗ねるなって。本当に犬が必要なら白狼天狗でも連れて来たさ。ここまで戦い抜いて来たんだ、最後まで頑張ってくれよ」

 白狼天狗の名前を出したとなると候補は犬走椛いぬばしりもみじあたりだろうか。それにしてもフォローの仕方が上手くない。犬扱いされたと聞いたら椛も怒り出しそうだ。

「そうそう。さすがに敵の真っ只中を突っ切っていくのは御免だよ。しっかり頼んだからね」

 にとりと小町の言葉を受け、妖夢を先頭に据えた火力、作戦指揮、支援役の組み合わせで基地の奥へと潜入していく。

 普段であれば貨車が横づけされ、亡霊の乗り降りや物資の上げ下げをしているであろうプラットホームは静まり返っていた。

 ホームの端から上に登れば歩きやすいが今度は周囲から丸見えだ。いくら陽動で兵力があらかたで払っているとはいえ、堂々と進むのは危険と判断したにとりの指示でせめて車止めまではと線路の上を進んで行く。

「ここからはさすがに上に登るしか――」

「伏せて!」

 弾かれたように叫んだ妖夢が、プラットホームの上に登ろうとしたにとりの鞄をつかんで強引に引き倒した。

「ぐぇっ」

 当然、引っ張られたほうは自ら伏せる暇などありはしないが、そこは共に倒れ込んだ妖夢がなんとかした。

 潰れたカエルのような声を出した直後、彼女の頭が寸前まであった空間を何かが通り過ぎ、次いで後方の砂利が爆ぜる。

 銃撃だ。それもたった1発の――銃声が届いた。

 妖夢はにとりを放して迎撃態勢を取る。

「バカ、頭を出すな! 狙われてるぞ!」

 事態を理解したにとりがホーム下の退避場所へ転がり込みながら叫んだ。

 機関銃でもなく単発での発砲をしてくる相手など通常は考えられない。そう、狙撃手スナイパーでなければ。

 さらに銃声。

 間髪容れずに飛来した次弾は妖夢を狙っていたが、勘を頼りに彼女はそれを絶妙の間合いで回避する。

「わかった! あっちから撃ってきてます!」

 初弾の時点でおおよその見当はついていた。その上で早くも2発目で弾道を見切り、それらしき建物の目星を付けるがまだ確信には至らない。

(せめてもう1発くれば……!)

 極限の集中力が発揮され勘も冴え渡っている。ところが――待てど暮らせど3発目が来ない。

 妖夢は気付く。場所を変えたのだ。今はこれ以上誘っても無駄だろう。

「この暗がりで弾道を見切ったばかりか、撃ってきた方角までわかるのかよ。人間じゃねぇ」

 さりげなく見せた化物っぷりに、にとりは呆れざるを得なかった。

「いやこんな暗がりでこっちを正確に狙ってきた敵のほうが危ないでしょう!?」

 妖夢の反駁はんばくを聞き流しつつ、にとりは新手にどう対処するか考えていく。

 しかしすぐに単純なことに気が付いた。

「ああそうか、暗視ゴーグルでも着けてんのかな?」

 1発目はそれだけの余裕もなかったが、にとりは2発目の着弾から銃声までの時間を数えていた。1秒強といったところだ。

 そこから逆算するに敵は300メートル以上先から撃ってきている。これは地下空間の暗さに慣れた程度でどうにかなる距離ではない。その上で当てに来ているのだからスコープ以外にも何か使っているはずなのだ。

「あんし……暗がりでも見えるってこと?」

「そそ。小町、どうやらこの場はあんたの出番みたいだよ」

「へっ? どういうこと!?」

 唐突に水を向けられた小町は目を点にして困惑する。

「あのねぇ……。あんた、その肩に担いでいるもんは何なんだよ?」

 にとりの声に全員の視線が一点に集まった。

 そう、彼女が今肩に担いでいるのは本来持つべき死神の鎌ではなく、闇の遥か向こうから弾丸を送り込んで来る“見えない敵”にも対抗し得る切り札――スコープ装備のモシン・ナガンM1891/30狙撃銃だった。

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