東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第6回 異変】

 まどろみから覚醒する感覚が、時として深い水底から浮かび上がるようだと形容されることがある。

 若干の浮遊感を覚えるも、重力の頸木からは逃れられず一瞬だけ沈むような錯覚を残して妖夢の意識は覚醒した。

「あ、れ……。もう、朝……?」

 半分だけ幽霊だからか。それが原因かは定かではないが妖夢の体温は普通の人間と比べてわずかに低い。さらにいうと血圧も低い。

 おかげで朝がちょっとだけ苦手だ。

 意識がこの世に戻ってくるまでさらに時間がかかる。

 どうして自分がここにいるのかという哲学的な問いや、あるいは昨日はなにを食べたっけ……などというどうでもいい思考が脳内でとりとめもなく浮かんでは消えていく。

「――――そうだ、昨日は!」

 そうしているうちに、自分が昨夜夜の森で謎の集団と激闘を繰り広げたことを思い出し、連鎖的に記憶が蘇ってきた。

 反射的に起き上がる際に跳ね除けた布団を見て妖夢は小首を傾げる。

 どうして自分はきちんとした場所で眠っているのだろうかと。

「あら、起きていたのね妖夢」

 ちょうどそこで部屋の襖が開いた。

 部屋に入ってきたのはどこか気だるそうな印象を受ける巫女服の少女。特段服装を変えたわけでもないのに昨日闇の中で見た時よりもずっと鮮やかに見える。

「博麗、霊夢……」

 ついついフルネームで呼んでしまう妖夢だったが、これはあくまでも彼女の苦手意識によるものだ。

 べつに霊夢のことが嫌いというわけではない。

 ただ、いかに弾幕ごっこという平等に近い決闘であっても、妖夢には彼女に負けたことが心の中に小さくないしこりとして残っているのだ。

「なによ。まだ寝惚けているの? あんた、酒は飲まなかったでしょ?」

「いえ、そういうわけでは……」

「まぁ、なんでもいいわ。顔を洗ってきなさいよ。朝ごはんができているわ。食べるでしょ?」

 至極どうでもよさそうに言い、霊夢は返答も待たずに部屋を出て行く。

 そんな反応を見ていると、妖夢としてもなんだかつまらないことをしたみたいで朝から気分が落ち込みそうになってくる。

(ううん、こんな調子じゃだめだ)

 布団を畳んで身支度を整えながら妖夢は気持ちを切り替えようとする。

 先に解決しなければいけない問題があるのだ。せめて今だけでも気にしないようにせねばと小さく決意をするのだった。

「いただきます」

 用意されていた朝食は質素なものだった。

 米、味噌汁、お浸し、それと川魚に塩を振って焼いたもの。豪華とはいえないが、漂う匂いが妖夢の食欲をくすぐった。

 霊夢が食べ始めたのを見届け、それから味噌汁をひと口だけ飲んで妖夢は箸を取る。

 胃の中に下りた味噌汁の温度が身体を活性化させていくような気がした。

 朝のすこしだけ冷えた空気の中、しばし無言のまま時間だけが流れていく。

 もしかしてこのままずっと沈黙が続くのだろうかと妖夢が気まずさを覚えはじめたところで、妖夢は思い切って口を開くことにした。

「そういえば萃香と紫苑はどこに?」

「鬼ならまだぐーすか寝ていて、貧乏神は庭掃除をしているわ」

 さらっと流される妖夢の言葉。不幸にも会話が発展することはなくふたたび沈黙が流れはじめる。

 ここからどうしようかと食事を口に運びながら悩んでいると、今度は縁側に通じる障子に人影が映りそして勢いよく開かれた。

「んー? なんだかうまそうな匂いがするじゃないかい!」

「うひゃあ! こ、小町!」

 びっくりした妖夢が突然現れた死神を見るが、口元に米粒がついていて台無しだ。

「なーに鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてるのさ」

「あ、あなたがそれを言いますか……」

 昨日の“敵前逃亡”のことなど記憶にないといわんばかりの小町の表情に、朝から妖夢の血圧が怒りで上がりかけそれに伴い疲労度も増していく。

「霊夢、あたいにも食べさせとくれよー」

「あんたほんとに図々しい性格してるわよねー。まぁ、そんな気はしていたから余分に用意はしておいたけど」

 小さな溜め息を残し、霊夢は立ち上がって台所へと小町の分の食事を取りに向かう。

「いっただきまーす」

 小町の呑気な声で食事の時間が再開。

 霊夢が口を開いたのはふたりの食器がほとんど空になりかけた時だった。

「飲み物、お茶でいいかしら?」

「あ、はい。いただきます」

「あたいもー」

 妖夢と小町は勧められるままに頷いた。

 饗応というには大げさだが、それでもこのように食事を出されるとは思っていなかったため、ついつい妖夢は恐縮したような反応になってしまう。

一方の小町は持ち前の図太さを発揮し、後からきたにもかかわらずすでに我が家のようにくつろいでいた。

 その対照的な様子が面白かったのか霊夢の表情がわずかに和らぐ。

「ふふ、すぐに淹れてくるわ。待っていて」

 しばらくして緑茶の入った湯呑が出される。

 ほどほどな熱さに冷まされていたため、妖夢は舌をやけどして醜態を晒すような事態を避けることができた。

 あまり高価な茶葉ではないようだが、やはり食後のお茶を飲むのはほっとする瞬間だ。

「それでゆうべのことだけど」

 湯呑を食卓に置いた霊夢が妖夢たちへ視線を向けた。ようやく本題に移るつもりらしい。

 昨晩、ちゃっかり逃げ出した小町の代わりにあわや妖夢ひとりで説明させられる事態になりかけたのだが、神社に戻ったところで事態は急変。勝手に部屋で酒盛りをしていた伊吹萃香いぶきすいか依神紫苑よりがみしおんに捕まったことで流れは一気に崩壊した。

 話を聞かせろと嫌がる妖夢を引っ張って帰ったくせに、当の霊夢が酒盛りに参加してしまったことで妖夢は納得いかない気持ちを堪え、諦めて先に眠ることにしたのだった。

 まったくもってこの巫女は実にその時の気分だとか本能に忠実に生きている。

「結局、あの騒ぎはなんだったわけ? あんたと死神がこっちに来てるってだけでも面倒なことだってのは想像がつくけれど」

 すでに厄介ごとオーラを感じ取っているのか、霊夢の眉根が微妙に寄っていた。

 なんだかんだと過去何度か幻想郷で起こった異変の解決に、この巫女が不承不承ながらも奔走して回ったことはよく知られた話だ。

「わたしたちにも実際のところはよくわかっていません。彼岸に行ったはずの霊たちが消えたという話を映姫様が持ってこられ、それで調査を頼まれただけなので」

「まったく、死神使いの荒い上司だよ」

 いつぞやと違い、べつになにか異変を引き起こそうとしているわけはないのだ。ここで妙な隠しだてをする必要もない。

 妖夢は繰り返しになるが背景を正直に語り、隣の小町は映姫の愚痴をこぼす。

「ただ異変の予兆はあります。いえ、すでに異変は起きていると考えていいでしょう。彼岸から消えたはずの霊たちが亡霊となって実体化しているのですから」

 まさかあんなものが外の世界からやってくるとは思えない。妖怪や妖精などが幻想郷に多く暮らしているのは、外の世界でそれらが幻、あるいは忘れ去られた存在となっているからだ。怨霊などその最たるものだろう。

 いや、あの見たことのない武器だけは外からきた可能性も高いが、問題はそれと消えた霊たちが結びついてしまっていることだ。

 しかしながら、妖夢は外の世界に詳しいわけではない。確証がない以上、推測であっても口にするべきではないだろう。

「……なんにせよ穏やかな話じゃないわねぇ」

 こころなしか霊夢の不機嫌度が上がった気がした。

「霊夢はなにか知らないかい?」

 そこでようやく神社に来た目的を口にする小町。もう少し早く動いてくれればいいのにと妖夢は思う。

「あいにくと。知っていたらもうすこし違う対応をしているわよ」

「だよねぇ」

 小町が困ったように笑みを浮かべながら頭を掻いた。

「でも、今の状況は理解したわ。あまり放置しておくとうるさい連中もいるし、わたしはわたしで調査をしてみる。あんたたちもなにかわかったら知らせてちょうだい」

 残った緑茶を飲み干して霊夢は告げる。

「そっちもね。……それじゃあ、あたいたちはこれで失礼するよ」

 小町が会話の終わりを告げて席を立ち、障子をあけてさっさと外へと出て行ってしまう。

「ちょっと小町、待ってください! ……あ、ひと晩お世話になりました」

 先に行ってしまった死神少女をマイペースだなと思いつつ、妖夢もそれに続くように立ち上がると部屋から出る際、思い出したように霊夢に向かって軽く一礼する。

 しかし、巫女から返事はない。

「わたしに話がきていないってことは、今回はおとなしくしとけってことなのかしら……。あるいは力尽くじゃ解決できないってこと……?」

 なにやら独り言を漏らしながら思考に沈んでいる霊夢の姿に妖夢は首を傾げる。

「霊夢さん?」

 声をかけられた霊夢が妖夢の顔と刀を交互に見やる。

「……いえ、何でもないわ。今度はゆっくり来てちょうだい」

 簡潔なやり取りといっていいほど話はあっさりと終わり、妖夢と小町は神社を出てしばらく歩いていく。

「うーん、これはちょっとばかしアテが外れちまったねぇ」

 小町がさも残念そうに語るが、妖夢としてはイラっとするだけだ。

「いいですよね、小町は。自由気ままな霊夢に振り回されずに逃げられて。あの後本当に大変だったんですからね」

 ひとりで夜中まで付き合わされたことに対して拗ねたような物言いをする妖夢。

 彼女は剣を振るっていないと年相応というか見た目相応の振る舞いをすることがある。こういうところが幽々子から可愛がられる所以なのだろうと小町は思う。

「そうつれないことを言わんでおくれよぅ。あたいだって仕事だったんだからさぁ」

 さすがの超一級サボリストもこうあからさまに拗ねられると困ってしまう。

 逃げ出したことへの埋め合わせに、なにか対策を考えねばと小町は普段楽することしか考えていない脳みそをフル稼働させはじめる。

「いずれにしても山の方に向かうかですけれど……」

 いつまでも拗ねていてもしかたがないと、妖夢は短く溜息を吐き出して視線を妖怪たちが多く住まう山へと向ける。

「もういっこアテがあるんだ。山に向かうならそれからにしようよ」

「それは?」

 訝しげに視線を向ける妖夢。

「外の世界のものが流れてきたかもしれないんだろう? なら、そこの道具に詳しいやつに訊くのさ」

 突き出した拳の親指を立てる小町。妖夢は本当に大丈夫だろうかと心配になるのだった。

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