東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第58回 汽車】

 妖夢たちは言い知れぬ不安を抱えながら坑道を戻り、先ほどとは反対側を線路沿いに進んだ。特に敵と遭遇することもなく、しばらくしてより開けた空間に出た。

 周囲には坑道より多少密度を高めて灯りが点っており、作業台やら土嚢、手押し車、滑車の付いた奇妙な骨組みなどがぽつぽつ見える。

「ここは?」

「荷運び場……かな? レールがずいぶん大きくなっているし……そうか、坑道のはやけに幅が狭いと思ったけど、トロッコ用だったのか」

 周囲を見渡していたにとりが、半分は妖夢の問いに、残りもう半分で自身の疑問に答えた。

 推測を裏付ける証拠として、ひとつだった線路は途中から枝分かれするように広がり、その終着点に木で作られた大きな車輪付きの籠がいくつか置かれていた。

「トロッコ?」

「掘った土を人力で運び出すための荷車だよ。線路の上を転がすと抵抗が減るから、人の手でも運べるようになるんだ」

「細かい用語はさっぱりわからないけど、要するにあそこにあるトロッコ? それよりももっと大きな何かが行き来するってことだよね?」

 トロッコ群の向こう側にある、ずっと大きな幅の線路を見ながら小町が続けた。

 さすがにここまで短い間で工業製品に触れまくれば、いちいち驚くこともなく受け入れられるようになったらしい。

「理解が早くて助かるよ。目的はわからないけれど、あれよりもずっと大きなものが走るんだ。レールはごついし軌間も広いし枕木もうんぬんカーブのアールがかんぬん」

「ああわからん、それ以上はいい」

「まぁとにかく、どう見ても内燃機関を積んだ車輌を走らせるためのものにしか見え――」

 そこまでにとりが言いかけたところで声は遠くから響き渡る咆吼に掻き消された。それも今までに戦ってきた戦車などとは違う、叫び声のように猛烈な音だった。

「な、なんの音ですか!?」

「音だけじゃない! 何か来るよ!」

 小町の叫び声につられて音のした方向を見ると、向こうから眩い光を放つ何かが地面を揺らしながら近付いてくるのがわかった。それに伴って音もどんどん大きくなってきている。

「やっぱりぃぃぃぃぃ!! とりあえずヤバい気がする! 隠れよう!」

 にとりは驚いたままの妖夢と小町に声をかけて退避を促す。

 地下まで持ち込めないと車両はすべて置いて来ていて、パチュリーや萃香といった者たちの支援もないのだ。あれがもし戦車並の戦力であったら、このような閉鎖空間では一方的に狩られかねない。

「あー……こっちだ! ライトも消して!」

 とりあえず妖夢たちは、外へ運び出す前に一時的に積まれている土砂の向こう側へと隠れることにした。頭隠して尻隠さずにならぬよう、灯りの類はすべて消しておくのも忘れない。

 そうしている間にも謎の音は大きくなっていき、しばらくすると坑道の向こうから細長い鋼鉄の巨体が線路の上を滑るように入って来た。

 金属同士が擦れ合う甲高い音がして、その物体はゆっくりと止まった。

 次いで、上部に取り付けられた筒から勢いよく気体が漏れる音が響き渡る。

「大きい……」

 驚愕が口を衝いて出たか、稜線りょうせん越しに覗き込む妖夢が小声で漏らした。

「それよりもうるさくてかなわないよ。なんなのさ、あれは」

「蒸気機関車か……。しかもご丁寧に戦時設計のヤツをもってくるとか……。よもや狙って流れ着いてるんじゃないよな?」

「これも亡霊たちの乗り物なんですか? 旧地獄に最初からあったとかは……」

「あたいはこんなもんがあるなんて聞いたことはないね」

「少なくともわたしが間欠泉センターに出入りしていた頃は走ってなかった。それにさっき坑道掘ってた亡霊どもがレールを使ってるあたり、持ち込んだのは確実にあいつらしかいない」

「なるほど」

 薄闇の中でも正体を掴んだにとりが呆れたような声を漏らしつつ、取り出した双眼鏡越しにどうにかその他の様子を窺おうとしていた。

 彼女が向ける視線の先に鎮座していたのは全長23メートルにも及ぶ巨体、ドイツ国鉄52形蒸気機関車だった。

 本機は1942年に登場し、1944年からメーカー総動員レベルで本格量産された戦時設計の機関車である。第2次世界大戦の激化で物資が足りなくなっていくのに、その物資をガンガン輸送するために30,000輌もの数を作ろうと先行型よりも徹底的な合理化・簡略化をしまくった設計となっている。耐用年数も5年程度を見積もっており、限界を迎えつつある国家が選ぶ無茶な計画であった。

 にもかかわらず、敗戦後に各国に接収されて使われた上に予測をはるかに上回る耐久性を発揮し、あちこちの国でコピーされたり長いものでは冷戦後まで使われたりしているのだから、完成度としてはたいしたものと言わざるを得ない。

 ちなみに運転士の姿までは暗くて見えないが、こんなものを運用できるのは亡霊たちに違いなかった。

「ていうかなんなんだ、あいつら! どこぞの神さま連中がやろうとして、結局できてるんだかできてないんだかはっきりしない産業革命までさらっと達成させかけてやがるぞ!」

 よくよく考えればとんでもないものを目の当たりにしているのでは? そう気付いたにとりは思わず呻き声を上げた。

「外から影響受けて文化だの技術だのは発展するっていうけど……いやそれ以前に待て待て。蒸気機関は百歩譲って理解するけど、あんな燃料バカ食いするものどうやって維持してるんだよ!?」

 自身の理解を超える光景だったのか、とうとうにとりは頭を抱え始めた。

「どういうことなんです?」

「あれは水を強い火で熱して蒸気に変えて、その力で歯車を回して重たいものを動かすんだ。火を燃やすための燃料が必要なんだけど、そんなもの……」

 脳に刺激を与えないように、にとりは土砂の山に背中を預けて天井を眺めることにした。これ以上深く考えすぎると血管が切れてしまいそうだった。

「水はわかるよ? ここは妖怪の山の麓らへんだから地下水だってあるだろうし、湖から持ってくりゃあいい。でも火は燃料が限られて――」

「地獄の火じゃないのかい?」

 そこでなにげなく小町がつぶやいた。

「あぁそれかぁぁぁ……! とんだ伏線だよ! 坑道の灯りが蒸気機関の登場に繋がるなんて誰も思いつくはずないだろ!?」

「誰に言ってんだい」

「うぅぅぅぅ……なんてところで科学技術との融合を果たしてくれてんだ……」

 武装の有無で対応も変わってくるため、にとりは何か役立ちそうな情報がないか懸命に探っていく。

「とりあえず武装の類は見当たらないかな。だめだ、暗いとよくわかんないや」

「あ、向こうから亡霊たちが来ますよ」

 そんなタイミングで、彼女とは別の方向を見ていた妖夢が小さく声を上げた。

「どれどれ?」

 規則正しいとは言いがたいが、ぞろぞろと連なる足音が広場に近づいてくる。

 中途半端に武装した亡霊たちが、先頭から徐々に姿を現した。あのようになってまで疲労するのかは不明だが、なんとなく疲れているような重い足音に聞こえる。

「あー、あいつら地上にいた連中だね。まさか先回りできるとは思わなかったけど、偶然とはいえ近道様々だね」

「……素直にすごいとは思うけどさ。よくわかるね、あんた」

 双眼鏡を横に動かしたにとりに小町が呆れたように問いかけた。ついでに「わかる?」と水を向けられた妖夢はぷるぷると首を横に振っている。

「いやいや、よく見たらわかるだろ? 持ってる武器が昨日湖で襲ってきた連中と一緒。それにほら、靴とか衣服に草だとか葉っぱだとかがついている。地上から戻って来た証拠だよ」

「ほんと細かいところまでよく見てますねぇ」

 感心したように妖夢はにとりを見た。

 とりあえず斬るかどうかを先に考えてしまうので、妖夢はそんなところにまで頭が回らない。剣士としてはそれでいい――わけはないが、せめて今回のような戦いの中ではもうすこし広い視野をもってほしいと呑気な妖夢を見てにとりは思った。

「おかげであたいらも無茶な戦いを挑まなくて済むよ。芸は身を助くとはよくいったもんだ」

「へへへ、褒めても何も出な――あ、武器と工具なら出るよ」

 装備から所属などを当てるのは軍事マニアの嗜みだ。

 そう返そうと思ったにとりだが、このふたり相手にそんなことを口にしても胡乱うろんな目で見られるだけだと思ってやめた。代わりに武器やらを取り出そうとするのもどうかと思うが。

「要らん要らん。それよりもあいつら、あのデカいので何をするつもりなんだい?」

「うーん、ありゃ見たところ武装もないし、ただの兵員輸送列車じゃないかな? 機関車の牽引力けんいんりょくを使えば数百人の人員の輸送なんて大した負担にはならないしね」

 上から降りてきた亡霊たちが兵員輸送列車に乗り込んでいくのを眺めながら、にとりが現状知り得た内容から分析を口にした。

「でも、どこへ向かうつもりなんでしょう?」

「上から降りて来たんだから、そりゃ拠点かなにかじゃないの」

 当たり前のことを訊かないでおくれと小町が手を振る。

「あの武装状態だと大半が満足に戦えそうにないし、補給するつもりかもしれないね。はぁ、こうして亡霊たちを眺めていると、戦争はとかく物資と命を大量に消費するばかりで虚しいものなんだねぇ」

 しみじみとした口調でにとりがつぶやいた。

 幻想郷を守るためとはいえ技術の粋を集めて作り上げた兵器同士をぶつけて容赦なくぶっ壊していく戦いに思うところがあるのかもしれない。

「すでに死んでるにも関わらず動く兵を消費と言っていいのか?」

「わかんない。大量消費するって言ったばかりで恐縮だけど、ちゃんと補給受けさせるように見受けられるし、ちゃんとしてるよね」

 どこぞの上層部にも見習わせたいよ、などと妙なことをボヤくにとり。

「拠点に戻るってことはそこに親玉がいるってことですよね。上手いことついていけば敵のいる場所に辿り着けるんじゃ……?」

 センチメンタルな感情などまるで理解しない妖夢はにとりを無視して推測を口にした。

 すこしくらいは感傷に浸らせろよと、にとりは恨めし気な視線を妖夢に向けるが、途中で言葉の意味を理解して目を見開いた。

「たしかに道案内を頼むほど確実な手段はないね。ああでも、またこのパターンか……」

 進む度に厄介な兵器が出てきて道を塞がれてきた。今度もそうならない保証などどこにもないのだ。

「そんなことよりいいのかい? 出発しちゃいそうだよ」

 いつの間にか発射準備を終えたらしく、機関車の後ろに連結された貨物車に乗り込んでいた亡霊たちの姿がほとんど見当たらなくなっていた。

 残っている最後の亡霊が「よいしょよいしょ」と声が聞こえてきそうな動きでよじ昇ろうとしていて、見かねた仲間がそれを引っ張りあげているくらいだ。

「……なんだかどんくさいのがいるね」

 先ほどの採掘部隊といい、微妙に人間臭いところが見えてしまい小町が何とも言えなさそうな顔を作る。

「亡霊にも個体差があるんだろう。おかげでこっちが相乗りする隙もありそうだ」

「まさかあれに飛び乗るんですか!? あんな亡霊だらけの――」

 おっかなびっくり問い返した妖夢の声を掻き消すように汽笛が鳴らされ、それを合図として機関車が動き出す。

「とりあえず、いちばん後ろの車輌には亡霊もいない。双眼鏡で確認済みさ。これなら戦わずに拠点まで行けるって寸法。……行くよ!」

 有無を言わさぬ口調でにとりが叫び、我先にと駆け出した。

「ああもう!」

 こうなっては妖夢たちもついていくしかない。助走をつけて最後尾の列車目がけて飛翔し、そのまま中へと入り込もうとする。

 そこで妖夢はふと新たな気配が近付いてきているのを察知した。

「にとり! 後ろから誰か来ました!」

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