東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

     東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

詳しく読む

【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第48回 雲霞】

「照準合わせ! あと2発で仕留めるっ!!」

 気合を入れ直したにとりはカールの車体の上から鉄板を踏み鳴らして指示を飛ばす。

 周囲から迫る敵への対処は打って出た妖夢たちに任せることにした。自分はあくまでエンジニア――いや、今だけは現場指揮官だ。切った張ったの荒事は得意なやつらに任せて支援役に徹すればいい。

 動き出したにとりの身体の近くを銃弾が通り過ぎ、カールの車体に弾き返されて甲高い跳弾ちょうだんの音を響かせる。何度聴いても心臓に悪い。

「あぁ、くそ! 雑魚どもがだいぶ近くなってきちゃったな……。ここまで寄って来られちゃ撃てなくなっちまう……! 小悪魔、もっと早く!」

 ここからが勝負の分かれ目と理解しているのか、亡霊たちも総力を挙げて攻勢を仕掛けてきていた。

「は、はいぃぃっ!! お願いですから急かさないでくださいよぉっ!!」

 迎撃に出た小町の代わりにあれこれを任された小悪魔は、必死で応えようと弾道の計算を行っていく。

 長らくパチュリーにコキ使われ――もとい、司書として働いてきた経験が役に立っているかは定かではないが、見様見真似で覚えたカールのハンドルを操作する。

「に、にとりさぁん! 最初から本命狙いにしなくていいんですか!?」

 ふと思いついたように、ハンドルを回す小悪魔がにとりに問いかけた。

「まずは牽制けんせいと観測射撃だ! 盾で砲撃を防御してる間にも相手は結構移動しちまってる! そこも忘れるなよ!?」

「あわわ、弾道の計算をし直さないと……!」

「多少ズレたっていいよ。撃たれる前に向こうに回避運動を取らせればこっちに時間ができる!」

「あ、そっか……。向こうも再計算が必要になりますもんね」

 最初はおっかなびっくりというか、流されるように指示に従っていた小悪魔。彼女もまた次第に事態へ慣れ――いや、順応しつつあるようで、作業をしながらにとりと会話を交わせるまでになっていた。

「それに、こんな重くて遅いヤツカールはこの先連れちゃ行けない。この砲弾も後生大事に温存してたって意味がないから、ここで使い切っとくのさ!」

 ティーガーⅡの銃座から取り外したMG34を二脚バイポッドで固定し、新たな弾帯ベルトリンクを機関部に押し込みながらにとりは思考を巡らせる。

 霧を隠れ蓑にちまちま撃っていられた時とは大きく異なり状況は最悪に近い。

 それでも幸いなこと逆転できるだけの手札は揃っている。

「落ち着けよ、わたし……。ここで安易に萃香さんを使うのは勇み足になりかねない……」

 切れる札も熟慮の末に出さなければならない。

 周りを亡霊歩兵に取り囲まれている状態で文字通りの“鬼札”である萃香を突っ込ませたとして不発に終わっては本末転倒だ。

 ならば、一刻も早く敵の攻勢を退けるしかない。槓桿コッキングレバーを引いてにとりは覚悟を決めた。

「みんな! こっちからも援護するよ! 射線に入らないように気を付けて!」

 にとりから放たれた声は硝煙弾雨しょうえんだんうの戦場にあってもよく通るものだった。それらに背中を押されるように、妖夢たちは周囲の森の中から押し寄せて来る亡霊たちを迎え撃つ。

(あとすこしだ……! それさえしのげれば勝てる……!)

 妖夢、小町、美鈴の三人の呼吸は知らぬ間にぴったりと重なっていた。それぞれに背中を任せる形で押し寄せる亡霊たちの群れへと突っ込んでいく。

「「「はぁぁぁっ!!」」」

 奇しくも、それぞれが気炎を吐きながら攻撃を繰り出したのは、ほとんど同じタイミングだった。

 長刀が、大鎌が、拳が、生気のないかおで迫りくる亡霊たちへと一斉に叩きこまれる。

 最早、妖夢たちの表情に恐怖や躊躇の気配は存在しなかった。

 この戦いが人間だの妖怪だの妖精だのといった細かいこととは異なった純然たる弱肉強食の闘争――いわば生存競争になっていると理解したからにほかならない。

 四肢を斬り飛ばし、首を刈り取り、骨ごと内臓を粉砕する。

 一撃一撃が亡霊たちを大地に沈めていくが、この調子ではキリがない。魔理沙でもいればマスタースパークでまとめて吹き飛ばせただろうが、この状況下ではないものねだりだった。

「にとりはなんで撃たないんですか!」

 とっくに砲弾は装填されているはずだ。照準の修正にしたっていくら小悪魔が不慣れとはいえ、そう時間がかかるものではないように思う。

「忘れたのかい!? 至近距離で備えもなしにカールあいつが火を噴いたら、あたいらみんなお陀仏だよ!」

「ええと確か衝撃波がどうとかでしたっけ? 耳を塞いで口を開けて……」

 FlaK36アハト・アハトからカール自走臼砲と、にとりは砲を発射する度にそのようなことを叫んでいた。

「そう! あたいらは生身だから、こうして武器を振り回しているうちはにとりも適当に撃てない! 亡霊たちもそれを知ってて、撃たせないように無理矢理突っ込んできているんだ!」

 幾度となく空間を飛び越えて回避と奇襲、それに攪乱かくらんを繰り返しながら小町が妖夢の叫びに答えた。

「そんな無茶苦茶な!」

 亡霊たちの中に飛び込み、白兵戦を繰り広げている美鈴が叫んだ。

 気を練り込んだ蹴りの一撃が亡霊の腹部へと突き刺さる。後方の仲間を巻き込み、もろともに吹き飛ばしていくが攻撃の勢いは衰えない。

「この亡霊たちだって無事じゃ済まないでしょう!?」

 白楼剣がなければ魂に戻せないので死にはしないだろうが、間違いなく肉体は砲撃によって生み出される衝撃波でやられてしまい、機能の大半を喪失することになる。

 しかし、彼らはそれを躊躇わない。

「こっちを確実に殺せるなら、それは許容できる犠牲なんだろうよ! ――いや、もう死んでいるから関係ないのかもね!」

 一度死を経験しているから――いや、それだけでは説明がつかなかった。それこそ集団の目的を達成するため、自分という個を投げ出してみせるだけの覚悟を有してでもいなければ。

「なんですかもう!! 絶対にわたしたちだけでどうにかできる領域を超えているじゃないですか!!」

「そんなの今さらだよ!」

 叫んだところで小町の勘が警告を発した。

 本能に導かれるように視線を動かすと、突っ込んできた亡霊から軍刀の斬撃が放たれた。間合いが長い大鎌の柄を滑るように死神の首を狙いに来ていた。

「おっとぉ!」

 頭を振って小町は白刃を回避。反射的に後方へ逃げたくなる気持ちを抑え、前に出て行くことで相手の追撃を封じ込める。入れ違いになる寸前、強引に引き寄せた鎌が亡霊の胴体を上下に分かつ。ギリギリの攻防だった。

「あー、妖夢がぶっ壊れちまう前に景気づけが必要かねぇ!」

 埒が明かないと小町は吐き捨て、包囲網をすり抜けるように再度空間を跳躍。

「ほら、巻き込まれないでおくれよ!」

 いつの間に調達していたのか、手に握られた球体――――F1手榴弾が密集している襲撃者たちの中に次々に投げ込まれた。

 閃光と爆炎が発生、土煙が舞い上がり地面が弾け飛ぶ。亡霊たちの突き進んでくる瞬間を先読みして投擲されたため、その効果は絶大だった。

 至近距離で荒れ狂った爆風と破片に亡霊たちは身体を切り裂かれ、至近距離では四肢が千切れ飛び、外側にいた者も無事では済まず、足並みが完全に乱れる。

「「「好機チャンス!」」」

 生み出された隙を逃さず、三人は押し返すべく果敢に前進していく。

「小町ったらあんなものを隠し持っていたんですか……。わたしも負けてはいかれないですね!」

 抜け目ないものだと呆れる妖夢の視線の向こうで、白煙を切り裂いて突き進んでくる影。亡霊兵が銃剣を装着したライフルを携えて飛びかかってくる。爆発によって半身は焼け爛れ、頭部も半分が破片に蹂躙され潰れていた。

「しつこい!」

 戦いに没入した妖夢は冷静そのものだった。

 せんせんを取り、気配を頼りに突き出された銃剣を跳ね上がった刀身で弾く。尚も食い下がるように銃剣を旋回した楼観剣が追撃し、押し切るようにして亡霊の胴体を斜めに両断した。

 生者であれば即死するだけの一撃を受けたにもかかわらず、生ける屍は残る腕を伸ばし掴みかからんとしてくる。すさまじいまでの執念だった。

 妖夢は即座に片足を引き、半身はんみとなって死の抱擁を回避。同時に逆手で引き抜いた白楼剣が彼岸へ引きずり込もうとする亡霊を魂に還す。

 すでに有象無象の亡霊など妖夢の敵ではなかった。問題はいかんせん敵の数が多すぎることだ。

「ダメだ、押されてる……!」

 砲身が過熱するまで7.92mm弾をバラ撒いても焼け石に水だ。むしろ三人への援護より対戦車兵器パンツァーファウストを持つ亡霊がいないか探す方に労力を持って行かれつつある。

「にとりさん、マズいですよ! 撃てないならせめて退避しないと!」

 これ以上踏ん張るのは無理だと小悪魔が涙目になって叫ぶ。

「逃げるってどこにだよ! さっきも言っただろ、周りは敵だらけだって!」

 拉縄を握りしめた状態でにとりも叫び返す。

 もちろん、彼女自身もわかっていた。退路があろうがなかろうが、ここで撃たないという選択肢はないことを。

 妖夢や小町、それに美鈴が限定的に勝っていても、亡霊たちの波状攻撃によって全体として押し込まれている。萃香をけしかけようにも今は盾の維持に力を使っていてどうにもならない。

(できることならそりゃあ撃ちたいさ。だけど――)

 イチかバチかで対ショック体勢を取らせて撃つべきか。にとりは決断を下せない。

『構わずとっとと撃ちなさい!』

 にとりの思考が手詰まりに陥りかけた時、新たな――そして聞き覚えのある声が妖夢たちの意識に割って入った。

「「「はぁっ!?」」」

 刀を振り抜いたままの姿勢で、あるいは大鎌を旋回させ、さらには銃剣の刺突を受け流しつつ、亡霊の侵攻を食い止めている三人が反射的に叫んだ。

 こんな状態で耳など塞げるはずもないが、かといって退くこともできない。

「にとり! 撃てるように氷に穴を開けるよ! いいね!?」

 戦場――主にマラートを見据える萃香は躊躇なく氷の盾の形状を変化させ、カールの砲弾が通れるだけの穴を瞬時に作り出す。さすがの能力だった。

『早く!』

「――! そうかよ、信じたからな!!」

 にとりは声の主信じ、決断を下した。

 自棄ではなく、確固たる信頼と覚悟で拉縄が引かれ、カール自走臼砲が待っていたとばかりに爆炎と砲弾を吐き出す。

「!?」

 大地を揺るがす震動は足元から間違いなく伝わってきたのに、なぜか空間を伝播するはずの衝撃波を感じることはなかった。

 その瞬間、戦場から音が消えた。

おすすめ記事