東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第41回 魔法】

 鼓膜にこびり付いた砲声の余韻を感じつつ、妖夢はカール自走臼砲が陣取った広間を離れ、森の中へ向けて全力疾走を開始する。

「……動きが早い」

 森の中へ踏み入るとほぼ同時に、周囲に漂う敵の気配に気付いた妖夢は、かかとで地面を削りながら急減速。自身で放った言葉に小さな違和感を覚える。

(あれ? なんでだろう、感覚が前よりもずっと鋭くなっている気がする……)

 たった二日ほどの短い期間とはいえ、濃密な死線を潜り抜けてきたことで、妖夢の戦闘における感覚は自分でも驚くほどに研ぎ澄まされていた。

 なんとなくではあるが、敵がどこにいてどう動くのか、漠然とわかるようになりつつあるのだ。

「でも、それだけではまだ……」

 ――――あの敵オウスティナには届かない……!

 剣士としての成長と言うべきか、新たな境地に至りつつあろうとも妖夢は慢心しない。

 幻想郷で彼女がこれまでに経験してきた戦い――――“弾幕ごっこ”はあくまでも疑似的な決闘であり、スペルカードルール下における個人の武勇や機転に勝敗を左右されるものに過ぎない。

 対するこの異変は集団との戦いである。有象無象の霊魂が亡霊化していながらにして、ひとつの意思の下に動いている“軍”との命を懸けた真剣勝負だ。

 もちろん個人の技量だけで見れば、妖夢が雑兵程度に後れを取ることなどありえない。しかし相手が変われば戦い方が変わるように、攻守が変わってより広い視野で戦場を把握しながら戦わねばならない。

 妖夢はここに至って初の正念場――――防衛戦を経験するのだ。

 しかも多勢に無勢。統率された集団との戦いでは、個人の武勇など容易に圧殺される。

 亡霊の魂の密度が増しているように思える現状、すこしの油断で地を這うことになるのは妖夢だ。

 その上で、妖夢が単身で支えなければならない防衛線を突破されカール自走臼砲が破壊、あるいは奪還されてしまえば、湖上で我が物顔に砲声を上げている戦艦を黙らせる手段がなくなってしまう。

「連係してくる敵は強敵だ。あなどることなんてできないけど……」

 勝負に絶対などありはせず、ましてや銃弾が飛び交い砲弾の降り注ぐ戦場ともなればそんなものなどあろうはずもない。

「でも、わたしならやれる。!」

 妖夢は自らを鼓舞するべく断言した。

 さて、今より始まる戦いだが、端的に言えば妖夢の役割は簡単だ。

 本来は斬り込み役となる妖夢が盾となり、背後でてんやわんやの装填作業を行っているにとりたちが活路を切り開く。なんとも不可思議な布陣である。

(わたしが守り役なんてなんだかなぁ……)

 ぼやく妖夢の首筋に突如として寒気にも似た感覚が走った。森の奥から姿こそ見えないものの徐々に気配が近づいてくる。

 いくつかの部隊を潰されていることが何らかの方法で伝わっているのか、正面からなりふり構わず押し寄せてくるような様子は見受けられなかった。

(……? 敵も学習しているってことかな?)

 これが甲冑武者の亡霊であればガシャガシャと鎧同士がぶつかり合う音がしたかもしれないが、近代兵器および装備に身を固めた敵は自身の位置を教えてくれるほど愚かではないようだ。

「ちょっと。待ってちょうだい、妖夢」

 背後から投げかけられた声に振り向くと、そこにはなぜかパチュリーの姿があった。

「え? パチュリー、向こうの作業はいいんですか?」

「ええ、照準に関してはもうにとりに任せてあるわ。やはり水を得た河童……じゃなかった。魚とでもいうべきか、すさまじい習熟具合を見せてくれたわよ。あれは執念ね」

「習熟って……。そんな一朝一夕で覚えられるようなものなんですか、あれの操作」

「計算式さえわかっていれば、あとは変化する数字を入れて計算し直すだけよ。観測手が尺貫法で数値を伝えてくるのが問題だけれど、そこは根性でどうにかするでしょう」

「いや、そこは手伝ってあげてくださいよ」

 妖夢に突っ込まれたパチュリーは、神妙な表情で口を尖らせる。

「戦車の砲弾でお手玉をやり始めた泥酔鬼の近くになんていたくないのよ」

「ああ、それは……」

 パチュリーの言葉に妖夢の顔が小さく引きつった。

「『他の敵が来てもいいように~』なんてもっともらしいことを口にしていたけど、手を滑らせたうっかりで死にたくないわ」

 要は厄介事から逃げてきただけなのだが、それを責める気にはなれなかった。自分だってそんな場所にはいたいと思えない。

 しかしながら、結果的に自分の部下に当たる美鈴と小悪魔を置いてきたあたりは、カールの発射に人手が必要だとわかるものの薄情に感じてしまったが。

「ただ、ひとつだけ言っておきますけど、こっちの方がずっと厄介かもしれませんよ? あっちにいれば狙われはしますけど直接じゃありませんし……」

「信用がないのね。わたしだって魔法使いの端くれ。戦うくらいできるわよ」

 虚弱体質のくせにどこからそんな自信がでてくるのだろうか。引きこもり過ぎて感覚がおかしくなっているんじゃ? と妖夢は思うも、さすがにここで口には出さないでおいた。

 浮世離れしている主人のせいで苦労しているが、妖夢にも多少の良識は備わっているのだ。

「疑うわけじゃないですけど……。それだって、荒事専門ではなかったと記憶していますが?」

「なんだか誤解があるようね。正面から段平だんびらを振り回すだけが戦いじゃないでしょ。それに……」

 どこから取り出したのかずいぶんと古そうな魔導書を捲りながら、パチュリーが表情のない顔の口元を小さく――――酷薄な形に歪めるのが見えた。

「せっかくのいい機会だもの。弾幕じゃない“本物の魔法”を見せてあげるわ」

 珍しく“七曜の魔女”が意気込む中、不意に枝が踏み折られる音を妖夢の聴覚が捉えた。

「来ましたね」

 日も傾き仄かに薄暗くなった森の茂みの向こうから浮かび上がる紅の鬼火。本来、幻想郷ここにあるはずのない近代兵器をその手に携え、死して尚戦い続けんとする亡霊たちが静かに森の木々の間を縫うように進軍してくる。

 兵器を依り代にしているからか、あるいは生前も戦場に身を置いていたからか、練度は高そうだ。

 カール自走臼砲を狙って進んでくる亡霊たちに対し、妖夢たちはここから一歩も先には進ませない覚悟で臨まなければならない。

 短く息を吐き出し、妖夢は精神を整える。

「では、パチュリーは援護をお願いします」

 ひとたび戦闘となれば、妖夢の知覚はスイッチを切り替えた電気回路のごとく発揮され、冴えた思考の下に戦場を睥睨へいげいする。

 これが普段から機能すれば、などと言ってはいけない。

「あ、もし支援してくれるなら、危ないので隠れながらでお願いしますね」

 妖夢はパチュリーに木々を遮蔽物として援護するよう簡潔に指示を出し、突撃の瞬間に備え彼我の間合いを計る。

 が――――

 

 亡霊たちが潜む殺意に満ちた森の中を、妖夢は木々の陰から出て無造作にも思える動きで進んでいく。

 それを眺めていたパチュリーは、冷静を装いながらも信じられないものを見るような目で妖夢の後姿を追っていた。

「ちょ、ちょっとウソでしょ?」

「いいえ、これでいいのです」

 驚くほどに軽い調子で応えながら、妖夢は不意に疾駆を開始。放たれる亡霊たちの銃弾が木々の間を渡って襲ってくる。

 金属音が重なり、自身に押し寄せる弾丸を妖夢は最低限の動きで見切りながら距離を詰めていく。

 銃火の間を少女剣士が飛翔し、生い茂る木の幹を壁に見立てて着地。勢いをつけることなく幹と直角になって敵目がけ走り抜けていく。

 相手側から放たれる銃弾が妖夢を追うようにして木々に弾痕を穿ち、あるいは貫通する。もっと距離を詰めてからの包囲戦になると思っていたのだろう、迎撃もいささか精彩を欠いていた。

「そう来ますか……!」

 妖夢の表情を歪ませるように歓喜の色が宿る。

 迫りくるようむを接近戦の猛者と判断した亡霊たちの一部が、射撃で仕留めることを断念し、近接戦闘にて戦うべく軍刀を片手に進み出てきたためだ。

「そう、これが狙いなの……」

 敵の足並みを乱すことが妖夢の目的であると察したパチュリーは絶妙のタイミングで魔法を発動させる。

「じゃあ、今度こそいきましょうか。――――裂き乱れ、謡い舞え、《シルフィホルン》」

 まるで狙いすませていたかのように、森の中という戦場が完全に味方をした。

 突如として生い茂る木々の葉が秋でもないのにはらりはらりと舞い落ち始め、それが次第に速度を上げていく。

 亡霊がおかしいと感じた時にはすでに遅く、風の妖精シルフの力で加速させられた木の葉が、弾幕ごっことは異なり“木の”となって彼らに襲い掛かった。

 予想外の真上から押し寄せる縦横無尽の攻撃に、鎧も纏わない軽装の屍兵ぼうれいたちを容赦なく切り刻んでいく。

「最高の援護ですね!」

 口唇を大きく歪めた妖夢が、乱れた亡霊たちへと迫っていたところで木の幹を強く蹴る。

 彼女の手に握られていた長大な楼観剣ろうかんけんが、シルフィホルンを受けて身体の各所を切り裂かれた亡霊を死神の鎌もかくやという勢いで急襲。

 前衛となっていた亡霊三体が旋回した刃によってまとめて両断され、上半身と下半身が永遠の別れを告げさせられる。

 しかし、それでも勢いは止まらず、胴体から溢れた内臓や血液を撒き散らして木々に叩きつけられた。

「怯まなければ負けませんよ!」

 猛禽類ラプターの目となった妖夢が漂う血臭の中で吼えた。

 振り抜かれ水平となった刃を正面へ戻すように大きく旋回させ、掲げられた地点から雷光のように垂直落下。次なる亡霊を縦に両断し、新たな鮮血の霧を生み出しながら大地に沈めていく。

「ちょっと妖夢、相手が悪くないかしら!?」

「今さらですね! 相手は退くことなんて知らない連中なんですから、飲み込まれたら終わりですよ!」

 想定外の奇襲を受けても、後続は怨讐のみで動く亡霊らしく何食わぬ顔で押し寄せてくる。

 妖夢が迫りくる亡霊が放つ軍刀の一撃をかわすと同時に白楼剣の刺突を放ち、喉元から後頭部までを貫通させて仕留める。

「っ!」

 そこで弾かれたように視線を動かした妖夢は地面を大きく蹴って後退。

 直前まで彼女が立っていた場所に新たな“木の刃”が降り注ぎ、亡霊たちの行動力を奪い去ろうと舞い踊り、周囲に血の花を咲かせる。

「あなたとは性格が合う気はしませんが、いい連携ができていますね」

「同意するわ」

 狂剣士と虚弱魔女のまるで噛み合わないはずのふたりが視線を交わし、そして示し合わせたかのように笑い合う。

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