東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第38話 優者】

 カール自走臼砲の周囲に展開した亡霊たちが妖夢たちの接近に気付いたのは、ふたりの疾走がほぼトップスピードに乗ったのと同じ瞬間だった。

 命じられた令を守るため、それぞれが持つKar98kやPPSh-41の銃口が一斉に敵を向く。

 だが、それが火を噴くよりも早く森の奥から伸びてきた銃火が亡霊たちを襲った。森の奥から車載機銃MG34による攻撃を行ったのは、彼ら亡霊兵団ファントムレギオンにとっても馴染みのある存在――――ティーガーⅡの姿であった。

 思わぬどころか想定外の伏兵の存在に亡霊たちの足並みがわずかに乱れる中、ついに妖夢たちは間合いへと突入する。

 敵の密集する場所へ勢いよく飛び込んだ妖夢が楼観剣ろうかんけんを振るい、右側の亡霊をライフルの銃身ごと叩き斬った。

 刀身に引っ張られて空中へと撒き散らされた血霧を避けるように、妖夢は大地を蹴って前方へ縦回転。伸びた足が唸りを上げる。

「ふっ!」

 短剣を手に迫っていた左からの敵の頭部――――見上げる鼻先へと踵が直撃し、その勢いのまま地面へと叩きつけて地中までめり込ませる。

 視界を奪われた亡霊の身体を蹴りつけ、妖夢は前へと突き進んでいく。

 包囲される前に手近な敵を斬り伏せながら、疾駆しっくする妖夢の前方で地面が破裂。さらに放たれる銃弾を、妖夢は先読みして空へ逃れるように回避し、剣を掲げて自身へ迫る攻撃のみを刀身で防御。金属同士の衝突音と火花が虚空に生み出される。

 妖夢の表情に変化はない。この程度の敵であれば、オウスティナと刃を交えた時と比べればどうということはなかった。

 敗北の苦々しい記憶。

 しかし、今はそれに引っ張られることなく、妖夢は着地と同時に楼観剣を旋回させ亡霊の首をね飛ばす。

「美鈴、分断されないように動いてください! にとりたちの援護はありますが、主砲は撃たないかもしれません!」

 手近な亡霊の胴体に白楼剣はくろうけんの刀身を潜り込ませながら妖夢は叫んだ。

 口にした言葉も実際のところは予測に過ぎないが、これまでの戦いから学んできたことから勘案するとおそらく間違いではないと妖夢は確信していた。

 おそらく、にとりはあのどでかい兵器を破壊せず手に入れようとしている。

 敵の襲撃を受けたというのに、先ほどからまるで動きが見られない。戦車であれば感じたであろう脅威をまるで覚えないのもそうだが、おそらくない・・

「え、主砲!? なんですかそれ!?」

 無理はせず、亡霊たちの行動力を奪う攻撃にのみ徹していた美鈴が、妖夢のそばまで退いてきて問いかけた。

「えぇ……?」

 間の抜けたような声が妖夢の口から漏れる。

 同時に、視界の隅から突き出される銃剣付のKar98kを上半身だけ軽く傾けて躱しつつ、反撃でガラ空きになった胴体を薙ぎ払った。

(そういえば、パチュリーさんたちと出会ってから主砲は撃ってなかったな……)

 とはいえ、妖夢に訊かれても兵器のことなどまったくわからないのだ。どう答えたものかと悩むが今は戦闘中。とりあえずのたとえ話で納得させるしかない。

魔法使い魔理沙のマスタースパークの小さい版とでも思ってください!でも気を付けてくださいよ、間違って当たったら身体がバラバラになりますから!」

 自分でも投げやりな回答だなと思いつつ、妖夢は次の亡霊めがけて地面を蹴る。

 一体が近接戦闘組と戦車組の攻撃に翻弄されながらも、ティーガーⅡを狙ってパンツァーファウスト150を発射しようとしている姿が飛び込んできたためだ。

 しかしその妖夢の動きを見て、狙われている仲間を援護すべく一部の亡霊が射撃を続けながら後退していく。

「くっ……! そう簡単にはやらせてくれないか……! ですが!」

 防御へ移行する亡霊たちに先んじて、後ろ腰から引き抜いた白楼剣を投擲とうてき。進路を塞がれる前に空中を飛翔した白刃が、発射筒を支える左腕に突き刺さり、そのまま半ばまで切断する。

 そして次の瞬間、勢いが止まらず支えを失ったままの状態でパンツァーファウスト150が発射された。――――射手の真下に向かって。

 霊体へ戻されつつある亡霊はまだしも、周囲に集まっていた仲間たちはその爆発を至近距離から浴びせられる羽目となった。

 成形炸薬弾頭とはいえ、近距離で生じた爆風によって吹き飛んだ四肢が周囲へと放射状に散らばっていく。

 同時に、爆風で生まれた粉塵の中から、己の存在を誇示するかのように回転する白楼剣が飛び出して来る。跳躍した妖夢はそれを迷いなく掲げた手で掴み、滑らかな動きで鞘へと納刀。

「うわぁ、ひどい……」

 亡霊の短剣を躱して反撃の掌底を撃ち込みながら、幻想郷でもなかなかお目にかかれそうにない惨状を前に美鈴が小さく呻いた。

 顔色をわずかに青くしているものの、これしきで参るようでは門番など務まらない。すぐに表情を引き締め、次なる亡霊へと向かっていく。

「はぁ……こんな曲芸みたいなのは得意じゃないんですがね……」

 妖夢は短く息を吐き出すも、すぐには動かず、立ち込める土煙へと油断なく視線を向けていた。何かを待つかのように。

「ちょっと他とは違う気配がいると感じていましたが……」

 次第に晴れていく視界。その中から一体の亡霊がゆっくりと進み出てくる。

 手に携えるのはひと振りの刀。業物の優美さはほとんど見られないものの、実戦向きの堅牢な造りであることは妖夢にもひと目でわかった。

「コレ以上、邪魔ハ、サセヌ……!」

 魂へと刻み込まれた憎悪に冴え渡る殺気。冥府の底から響くような声で短く告げた幽鬼が進み出てくる。

 どちらからともなく疾走を開始。瞬く間に詰められる間合いの中、同時に刃が放たれる。破壊力を宿した剛剣を楼観剣が受けて停止。虚空に咲いた火花が亡霊の表情をほのかに浮かび上がらせ、虚ろな眼窩がんかで燃える鬼火が輝きを増した。

 濃密な殺気を正面から受けた妖夢の表情へ次第に荒々しい感情が浮かび上がる。

「首魁以外にも使えそうな相手がいるとは驚きです……!」

 言葉とともに手首が返され、弾かれる刃の軌跡。絡み合った剣と剣が離れ、そのままわずかに身体を引いて間合いを空ける。

 両者は並走するように広間を駆け抜けていく。互いが放つ刃が白昼に銀の煌めきとなって交錯。火花と悲鳴にも似た金属音が連続して生まれては消えていく。

 そこで新たな殺気。後方から直線で突っ込んでくる亡霊の気配があった。

挟撃きょうげき……! ならば!)

 瞬時に判断を下した妖夢は楼観剣を地面に突き立て、疾走を強制的に停止させた。かなりの無茶だが、妖怪が鍛えた楼観剣がこの程度で折れたりすることはあり得ない。

 その場で反転しながら刃を引き抜き、後方から迫っていた気配との間合いを詰める。

 奇襲を仕掛けようとしていた亡霊の表情に、驚愕が浮かび上がっていたような気がした。

 鋭い踏み込みとともに、長大な楼観剣が高速で横へ一閃。銃剣を突き込もうとしていた亡霊が二体、胴体部分で両断される。

 血と内臓が撒き散らされる中、妖夢は再度反転。振り下ろされる刀の一撃を受け止める。

 刃同士のきしる音を挟み、半人半霊と亡霊が睨み合う。

「わたしを倒したければ、銃撃とびどうぐも必要でしたね!」

 両者の力が拮抗する中、妖夢は挑発するように言葉と蹴りを放った。

 驚異的な柔軟性で繰り出された蹴りは亡霊の左腕に直撃。骨の砕ける鈍い音を立てる。

 指揮官を援護しようと周囲から銃撃が放たれるも、軽やかに跳躍した妖夢を捉えることはできず、逆に森の中から浴びせかけられる機銃弾によって釘づけにされてしまう。

 当然ながらその隙を美鈴が見逃すはずもなく、襲い掛かる気を纏った一撃によって大地へと沈められていく。

 もはやまともに動けるのは刀使いの亡霊だけとなり、両者の間に数枚の木の葉が舞い落ちた。

 左腕を潰された亡霊の指揮官は、それでもこの場を死守すべく片手で剣を構える。

「やめるつもりはありませんか……その忠義に敬意を。では、参ります」

 淡々と告げた妖夢は地面を蹴って前進。自分でも驚くほどの――――飛燕のごとき動きは、時すら跳躍するような感覚を与えていた。

(いや、まだ空気を渡り歩いているだけだ。でも――――)

 振り抜かれる一撃を回避し、妖夢は間合いに入る。閃いた楼観剣が亡霊の右腕を切断。重力に従って落下する前に、続く逆手に握った白楼剣の横薙ぎが首を刎ね飛ばしていた。

「ミ、見事、ナリ……」

 青い粒子となって消えて亡霊は短い言葉を残して消失していった。

(剣筋が良くなった気がする……? この剣であの亡霊オウスティナに届くだろうか……)

 妖夢は思考を引きずりながら振り返り、後ろを見やる。今となっては聞き慣れた音が耳に飛び込んできたためだ。

「もうちょっと援護してくれても良かったと思うんですけど」

 溜め息を吐く妖夢の視線の先には、水冷ガソリンエンジンを唸らせ、森の奥からゆっくりと近付いてくるティーガーⅡの姿があった。

「やぁやぁご苦労さん、妖夢。制圧完了だねぇ」

 操縦席のハッチを開けて、にとりが顔を出した。

 労いの言葉こそ口にしたものの、彼女が視線を向けているのは妖夢なかまではなく、森の広場に鎮座する鋼の巨体だった。どちらかと言えば、その偉容に惹き寄せられていると言ってもいい。

「しっかし、またとんでもないものを用意してくれたもんだよ、あの連中は」

「本当にねぇ。幻想郷をなんだと思っているんだか」

 にとりの言葉に応じるように、小町もコマンダーキューポラから上半身を出して頷いた。ふたりとも驚きなどとっくに枯れ果てたか、浮かべているのは呆れの表情だった。

「あらためて見ても、あなたたちが使っているその戦車とかいう兵器の砲よりもずっと大きいのね。この分だと湖にいるものも似たようなものかしら」

 にとりたちから遅れて近づいてきたパチュリーが、鎮座するカール自走臼砲を見上げながら溜め息を吐いた。

 その瞬間、幾度目かの轟音が湖を渡って鳴り響く。

「――――噂をすればなんとやら」

「くそ、あいつら好き勝手やりやがって……」

 湖の方を向いて小さく毒づくにとり。

 カール自走臼砲を抑えたとはいえ、さすがにあの音の主をこのまま放置していくわけにもいかない。とはいえ、無策に突っ込んでいけば戦車ごと吹き飛ばされみんな仲良く三途の川を渡ることになる。

「悪いけどさぁ、誰か偵察に行ってくれない? さすがに敵の姿も確認しない状態じゃ対策も練れやしないし……」

「うーん、この場合は……」

 悩んだ末に、妖夢の視線が小町を捉えた。

「小町、ちょっと頼まれてくれません?」

 白羽の矢を立てられ、小町は大きな溜め息を吐き出した。

 やはりFlaK36で照準担当を引き受け、草々に命中弾という成果を出した功績は大きい。これほどまでに偵察向きの人材もいないだろう。

「……はいはい、あたいがやらなきゃ他にいないんだろう? この期に及んでサボるだなんだって言っちゃいられないのはわかってるよ!」

 不承不承といった様子ではあるが、手をひらひらと振った小町はティーガーⅡの上部装甲を蹴って空へと飛び立つ。

 それなりに気に入っていたのか、大事に持っていたフリッツヘルムを被っていった。

 兜で隠れる前に垣間見えた表情を見るに、頼られて満更でもないのかもしれない。

 

「さーて、ちゃっちゃと終わらせちゃおうかね!」

 森を抜けると目の前に広がる霧の湖は、広いものと勘違いされることもあるが実際のところはそうでもない。

 とはいえ、昼間は立ち込める濃密な霧によって対岸どころか沖合さえも見通しが悪い。これでは湖上に潜む敵などそう簡単に発見できそうにないものだが、今回に限ってその心配はなかった。

「……こんだけ派手な音を立ててちゃ、見つけてくださいって言ってるようなものだよねぇ」

 なにしろ先ほどから、花火など比較にならない轟音が何度も上がり続けているのだ。耳には辛いが、音の方向へ近づいていけば勝手に相手の居場所を掴むことができる。

 そうして霧の中へと進んでいくと、ついに小町の視界にシルエットが浮かび上がった。

「ちょっとちょっとちょっとぉ……。まさかあんなのと戦わなきゃいけないってのかい!?」

 小町の頬を滂沱ぼうだと噴き出た汗が流れ、次いで渇いた笑いが漏れ出そうになった。

 目の前に現れた正真正銘の巨体には、先ほど目撃したカール自走臼砲の姿でさえも霞みそうになる。

 湖の沖合に浮かんでいたのは、島と見紛う巨大な船――――ロシア海軍がペトロパブロフスクとして建造し、後にソヴィエト連邦海軍が運用することとなったガングート級戦艦、その2番艦である“マラート”の姿であった。

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