【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第37回 均衡】

「見事な腕前ね。相変わらず、剣を振るうことだけは長けているようで」

 後からゆっくり追いついてきたパチュリーが、妖夢の背中へ言葉を投げかけてきた。

 一瞬、妖夢の眉が小さく痙攣けいれんする。

 どうしてこの魔女は常にひと言多いのだろうか。こんな事態でなければ、衝動的に「斬る」と口にしてしまいそうだ。

(いや、落ち着こう。身勝手な物言いをするのはこの人だけじゃないし……)

 こうした苛立ちが剣筋を鈍らせると知る妖夢は、返す言葉の代わりに長く息を吐き出し、ともすれば鬱屈うっくつしそうになる感情を身体から追い出す。

「……そういえば、邪魔が入ったせいで話が中断されてましたね」

 妖夢は募る苛立ちを紛らわせるように楼観剣ろうかんけんを旋回させ、話題を変えながら長い刀身を背中の鞘へと納めた。

 つばりのえ渡るような音が小さく響き、それを契機に張り詰めていた空気をわずかに和らいでいく。動作を起点としたように、妖夢の表情もまた白刃のような静けさを取り戻す。

「それで、どうしてあなたたちは亡霊に追われていたんですか? あと、たしか言っていましたよね、“他にも厄介なものがある”って」

 振り返りながら発せられた妖夢の問いに、パチュリーと美鈴、それと小悪魔の三人がどうするべきかと顔を見合わせる。図らずも、地位の低いふたりの視線がパチュリーに向けられた。

(まぁわたしが決めるしかないわね。……しかし白玉楼の辻斬り、閻魔の使い、妖怪の山の河童、飲んだくれ、妖精……おかしな組み合わせだことね)

 一見してまとまりのない集団が同じ目的のために動いているというのか。鉄の塊の上でへばっているチルノは、見た感じさほど考慮に入れなくて良さそうだが……。

「そうね……。助けてもらったようなものだし、こちらの事情も説明しておきましょうか」

 代表者としてパチュリーが口を開いた。

 淡々と経緯を告げる魔女の話を聞いていくと、この湖にある島のほとりに建つ紅魔館の周囲に素性の知れない亡霊が百体近く展開しているのだという。

「――――どうにも妙な気配なのよね。間欠泉かんけつせん騒動の時に地下から噴き出してきたものとは全然違うみたいだし……と思って見に行こうとしたら襲撃を受けたのよ」

 口元に手を当てて思案していた妖夢が口を開く。

「今さっき戦った亡霊ですね。あれはわたしたちが追っている連中の仲間です。紅魔館を取り囲んでいるのも、おそらく同じだと思います」

 その際、我関せずと決め込んで戦車の装甲板に背中を預けていた小町の片目が小さく開き、半人半霊の少女へとそっと向けられる。

? 調べているとかではなく?」

 妖夢の発した言葉に違和感を覚えたパチュリーが小首を傾げていぶかしんだ。

 だとすればいったい何が起きているのか。パチュリーの脳が高速で思考を始める。

 先に状況を動かしたのは妖夢だった。

「すでに異変は起こっていると言えます。水面下で動いている部分もあって目立っていないだけで」

 この期に及んで下手に誤魔化したり、あるいは変にとぼけたりするのはかえって悪手と判断したのだ。

 パチュリーもまた妖夢の意図を察し、彼女にしては丁重な口調となる。

「そう……。勝手なお願いだとは思うけれど、説明してもらえないかしら? 判断材料は少しでも多いほうがいい」

 情報が揃うにつれ、今回の異常事態が今までの異変とは違うのではないかと、魔法使いとしての勘が警鐘を鳴らしはじめていた。

「ええ、ここで会ったのも何かの縁です。こちらの事情もしっかり話しておくべきなのでしょう。つい先日のことですが――――」

 早々に情報を開示してくれたパチュリーたちに不義理もしたくない。

 妖夢はなんらかの事情で彼岸から溢れた亡霊と、幻想郷に流れ着いた兵器群が混ざり合って起こりつつある異変を解決するため動いていることを簡単に説明した。もっとも、下手に興味を持たれても困るのでツァーリ・ボンバの件は上手く伏せてはいたが。

 限定的であっても協力できる可能性がある。そういった意味では取引と言えるかもしれない。

「……なるほどね」

 新たに得られた情報を反芻はんすうするようにパチュリーは深く頷いた。

くだんの亡霊たちは、スキマ妖怪とかのせいで彼岸と此岸の境界が曖昧になっている幻想郷に出てきてしまったけれど、本当の目的は“外の世界に出て行くこと”――――そのためには博麗大結界を破壊しなければならないと」

 おおよその背景は理解したらしく、すらすらと言葉を続けていく。さすがは“図書館”と呼ばれるだけのことはある。案外、“灰色の脳細胞”でも持っているのかもしれない。

「ええ。あの音が鳴り始めたと同時に博麗霊夢は結界の異変を感じて飛んでいきました。順当に考えて、湖の向こう側にあるもので結界を破壊しようとしているのでしょう」

「となると、結界の破壊を邪魔しそうな存在が動かないよう駒を置いているのかしらね。……まさか自分たちにとって厄介な勢力を知悉ちしつしている……?」

 腕を組んだパチュリーが推察を並べ始めたところで、小町がふたりの会話に割って入る。

「そう考えるのが自然だろうねぇ」

「あら、寝ているかと思っていたわ」

「そうしていたかったけどね、あんたの相手を妖夢だけに任せておくのはかわいそうだと思ったのさ」

 パチュリーの軽口に軽口を返しながら歩み寄って来る小町が、後方――――その他の仲間たちを親指で差し示した。

 にとりは今が好機とばかりにティーガーⅡをいじっていてこちらを見向きもしないし、萃香は相変わらず酒を飲み続けている。他が頼りなさすぎて自分が動かないといけないと思ったのかもしれない。

「あれじゃ仕方ないわね……。それで、死神さんの見解は?」

 ちょっとした惨状に短く溜め息を吐き、パチュリーは小町に問いかけた。

「考えてもみなよ。この幻想郷でも、紅魔館おたくのスカーレット姉妹はとんでもなく強力な存在として知られている。夜を統べる真なる吸血鬼エルダーであるあいつらが“弾幕ごっこ”以外の戦いへと出張れば、それこそ地形が変わりかねないよ。警戒するのは当然さ」

「そう言われたら納得できるわね。幻想郷のルールなんてどうでもいい連中からすれば、最大限の成果――――いえ、“戦果”を得るために動くなら、抑えるべきところは事前に調べているでしょうし」

 敵から話を聞けるわけでもないため確証は得られないが、状況だけ見ればおそらくレミリアとフランドール姉妹の動向を監視しており、動き出したら足止めするのでは?という結論で一致した。

「でも、実際有効だわ。レミィとしても下手に打って出て屋敷に被害が出たり、最悪フランが暴れだして幻想郷の一部が焦土化したりするような事態は望んでいないもの」

 機械いじりがひと段落ついたにとりも、ティーガーⅡの内部から顔を出して会話に参加する。

「亡霊たちだって似たようなものだろうね。無茶苦茶な力を持っている妹の方に大事な兵武器群や手駒を潰されたくないから積極的に動かないんじゃない?」

 敵側からすれば、本命が紅魔館から出てさえ来なければ十分牽制けんせいの役割を果たしているのだろう。

「ああ……。たしかにフランドール嬢が出てくるような事態は御免被りたいですね。タイミング悪く魔理沙もいないし……」

 場面を想像した妖夢が力なく笑う。普段なら壊し屋同士で遊ばせておけばいいのだが、残念ながらそんな余裕はない。今はアリスと一緒に空の守りで手一杯だ。

「図らずも拮抗状態を生み出しているというわけね……」

「薄々気付いちゃいたけれど、これじゃ紅魔館組真打ちの援軍は期待できそうもないねぇ」

 やはり生来の怠け癖で少しでも楽をしたいのだろう。「こりゃちょっとアテが外れたな」と小町が眉根を寄せて口先を尖らせた。

 清々しいまでのブレなさに呆れ返った妖夢が「こんな時にまで本当に小町は……」とジト目を向けている。

「この辺一帯が焼け野原になるよりはずっとマシでしょう?」

「そりゃそうだけどさぁ……。じゃあ、亡霊の目的がわかったあんたたちはもう館に戻るのかい?」

「だったら良かったんだけれどね。そうもいきそうにないのよ」

 小町の問いに言葉を返したパチュリーだが、その表情は晴れない。まだなにかあるらしい。

「というのは?」

「やっぱり敵も切り札らしきものを用意していたみたいなのよ。さっき森の奥であなたたちが乗ってきたそれに似たもの、いえ、もう少し大きかったかしら? ともかくそんなものを見かけたわ。どう使われるかわからないから無視しない方がいいと思ったのよ」

「にとり、わかりますか?」

「あのなぁ、わたしだってそんな漠然とした説明で目星がつくほどなんでも知ってるわけじゃないんだよ」

 パラパラと兵器図鑑をめくるにとりが苦い顔で言った。

「うーん……どうしましょう?」

「考えていてもらちが明かないよ。とりあえず、パチュリーが見たってもののところへ行こう。……館周辺の本隊に気づかれなきゃいいけどねぇ」

 不吉なことを口にした小町をにとりが軽く睨む。

「ちょっと、こんな時にフラグ立てるんじゃないよ。さて、そうと決まれば時間勝負だよ! こっちの動きに気付かれて援軍を呼ばれる前に片付けないと!」

 そうしてパチュリーたちを加え、妖夢たちは森の中を進んで行く。

 言われた通りの方向に進んで行くと、森の中の広場らしき場所に亡霊たちが展開しているのが見えた。

「まずはわたしたちで制圧します。美鈴、手伝ってもらえますか?」

「任せてください!」

「では、行きます! にとりたちは援護を頼みますね!」

 近接戦闘が得意な二人で亡霊歩兵を掻き回しつつ、それ以外の敵を後方から戦車をはじめとした鹵獲兵器で何とかしろということらしい。

「ホント、妖夢は向こう見ずに突っ込んでいくな。ん? あれは……」

 双眼鏡を覗いていたにとりが突如として固まり、血の気と言葉を失う。

 彼女を驚嘆せしめたのは亡霊ではない。問題はその奥にあった。天に向けて伸びる巨大な砲身――。FlaK36高射砲や71口径8.8 cm KwK 43 L/71戦車砲が玩具に見えるほどだ。

 妖夢たちもこの異変に関わってから身をもって実力の片鱗を味わってきた数多の砲、それらを生み出してきたドイツが作り上げた第二次世界大戦の巨砲――――Karl-Gerät 041、カール自走臼砲であった。

「カール自走臼砲じそうきゅうほう……!? マジモンの攻城兵器じゃないか! あいつら、なんてものまで持ち出しているんだよ!」

 震えるにとりの叫び声が戦場の空気の中に消えて行った。

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