東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第33回 悪魔】

吶喊とっかん!」

 急加速したことで振動と騒音がひどくなる中、ティーガーⅡはそれこそが自身の存在証明とばかりに猛然と敵目がけて突き進んでいく。

「どけどけぇっ!……じゃなかった、喰らえぇぇっ!」

 戦車だけでなく自身の内燃機関エンジンまで全開にして、にとりが叫ぶ。

 たとえ時速40㎞ほどとT-34のような戦車と比べれば鈍足であっても、70tにもおよぶ超重量が突進してくれば生身でいてはただで済むはずもない。

 そうして生み出されたのは、対歩兵戦においてまさしく戦車が期待される突破力を具現化した光景だった。

 

 エンジンを容赦なくぶん回し、全力突進で突入したティーガーⅡは亡霊たちをね飛ばし、あるいは圧倒的な重量で踏み潰していく。

 履帯が軋むような音を立て、仮初とはいえ生身の肉体をし潰す感触と音を内部へと伝えてくるような気がしたが、誰もが気のせいだろうと意図的に無視することで片付けた。

「なんですか、これ。砲なんて撃たなくてもいいくらい強いじゃないですか……」

 車長席で一連の流れを見ていた妖夢は呆れたような声を漏らす。

 ただ体当たりをお見舞いしただけなのに、あっという間に数体の亡霊をして戦闘力を奪ってしまった。これでは自分が命がけで戦っていたのがなんだかバカらしくなってくる。もっとも、この言葉ですら偶然戦車を拾った上にチルノの協力が得られたから言えているようなものなのだが。

「おっと、肝心なことを忘れてました。……小町、わたしは徒歩かちの生き残りを潰してきます! 巻き込まないでくださいよ!」

 倒した亡霊を霊魂に戻さなければいけないことに気付き、妖夢は車長席のハッチを開けて外へ飛び出て行こうと動く。

「だったらちゃんと距離をとっときな! こっちはえらく視界が悪いんだ!」

「わかってます! そっちは任せましたよ!」

 今の突撃ですべて倒せたわけではないし、もしも近くに対戦車兵器を持った個体がいれば戦車が危険に晒されてしまう。特に今は“外付けの冷却装置チルノ”がいるのでより敏感にならねばならない。

 周囲に展開する敵の位置を確認するのと同時に、適宜戦車から飛び出して脅威度の高い歩兵を始末する――――それこそが車長である妖夢の役割だった。

「あれは……」

 戦車の突撃から幸運にも逃れた亡霊が、パンツァーファウスト150を拾い上げようとしている姿があった。

 自分の勘も捨てたものではない。そう口唇を歪めながら狙いを定め、上空から飛び込むように亡霊へと襲い掛かる。

「幸運もそこまでです!」

 全力で地面目がけて急降下し、そのまま立ち上がったばかりの敵を楼観剣ろうかんけんで袈裟懸けに両断。左肩から右腰までを一撃で断ち切り、亡霊の内臓を地面にぶち撒ける。

 そして、着地すると同時に、左手で引き抜いた白楼剣はくろうけんを振り向きざまに投擲。|PPsh-41ペーペーシャ・ソーラクアジーンを構えようとしていた亡霊の顔面に刃が突き立ち肉体を分解する。

 刺さっていた肉体が消滅したことで落下する白楼剣。それを妖夢は駆け抜けながら拾い上げ、跳躍から次なる亡霊の顔面に靴底をめり込ませる。

 

「ほらほら、まだ終わっちゃいないよっ!!」

 妖夢が暴れ回っている中、にとりはさらにレバーを操作してその場で回転――――超信地旋回ちょうしんちせんかいを行い、き漏らした敵をまとめて薙ぎ払う。

「め、目が回るぅぅぅぅっ!!」

 エンジンルームの天板にしがみついたチルノの悲痛な叫びが聞こえたような気もするが、残念ながらそれは操縦席のにとりにまでは届かなかったらしい。ぐるぐると回るティーガーⅡに止まる気配は見受けられなかった。

「よっしゃあ!ザマァ見たかってんだ、亡霊ども! はははははっ!!」

 停止と同時に操縦席のハッチを開け、正気を心配したくなるような哄笑こうしょうを発するにとり。右手を大きく突き上げて勝利を宣言するも、その目は軽く血走っていた。完全な興奮状態だ。

「はぁ、なんとかに刃物ってのは妖夢を見てたからわかるたけど、こっちはこっちでひどいもんだねぇ……」

 エンジニア垂涎すいぜんともいえる技術の塊に他ならない戦車を存分に操縦できているからだろうか、河童の脳内でヤバい物質が分泌されているのかもしれない。いずれにせよ世間様にお見せできる姿からは程遠く、周囲の者たちは皆自身の役割に徹することで見て見ぬふりをするのだった。

「にとり、敵の戦車です!」

 戻ってきた妖夢が天板を叩いて叫ぶ。

「わかったから! 方角で指示して!」

 戦車のような視界に優れない箱モノの中に入っていては、当然だが生身のように左右を見回したりはできない。それらを見つけ出すために車長がいるのだ。

「えっと……。さ、3時の方向です!」

 車長席に戻って他に敵がいないか監視を続ける妖夢が叫ぶ。

 車体が向いている方向を12時として時計に見立てて敵の位置を伝達する方式だ。慣れない表現ながらも妖夢はなんとか敵の位置を伝えることができた。

「T-34か! 今度はこっちが狩らせてもらうよ! 妖夢、中に入ってな!」

 車体を動かすのと同時にティーガーⅡへ機銃弾が浴びせられ装甲を叩く。もちろん、その程度の攻撃で戦車はびくともしないが照準用に当たりをつけられているのだ。

 間髪入れず甲高い音が発生。内部へ衝撃と聴覚があることを後悔したくなるような音の攻撃を伝播させてくる。

「うわぁっ!?」

 鼓膜を直接殴りつけられたような錯覚に襲われ社内で悲鳴が上がる。

「初弾命中させるとは亡霊のくせに腕がいいね! だけど、そんなので虎の王者ケーニヒス・ティーガーの装甲を抜こうってか? はんっ、舐めんじゃないよ! 小町、主砲撃てっ!」

「あいよっ!」

 興奮状態のにとりが叫び、すでに照準を合わせていた小町が発射レバーを操作。71口径8.8 cm KwK 43 L/71が閃光と轟音を伴って砲弾を発射する。

 内部にいても腹の底を揺らし、脳髄まで痺れさせるような振動と衝撃が伝わってくるが、その威力を最大限に体感するのは妖夢たちではなく射線の先にいるT-34だった。

 このティーガーⅡに搭載されている主砲は、従来の8.8 cm FlaK36などに代わる高射砲として開発されたものである。

 従来のものに近い仕様でありながらも74口径という長砲身にして、装薬を増やし、より高威力の砲弾を用いるFlaK 41が開発・採用された経緯を持つ。

 大戦後期という余裕のない時期ということもあり、威力こそ高いと評価を受けながら初期トラブルや生産の遅延が発生したりと平坦な道ではなかったが、戦車砲型は8.8 cm KwK 43として採用され、多大な戦果を生み出している。

 そして、かつて外の世界で誇った性能を発揮したKwK 43 L/71はT-34の装甲を容易く貫通し、内部の砲弾に引火したのかびっくり箱のように内部からの爆発で吹き飛ばした。

「うはははは!! ドイツの科学力は世界一!! 行ったことないけど!!」

 真正面から戦車を撃破した興奮のあまり、ふたたび高笑いを上げるにとりだが喜びも束の間、次の瞬間、戦車の周囲で土が大量に跳ね上がる。

「なんだ!? 上!?」

 視線を上げると武骨な印象を受ける形状の機体が叫び声、あるいは金属楽器を全力で吹き鳴らすような音を立ててこちらへと迫ってきていた。

「げぇっ! スツーカァッ!?」

 慌ててハッチを閉めて全速力で走り出すにとり。空から独特の音を響かせ襲い掛かってきたのはこれまで戦ってきた戦闘機など比較にならないほど厄介な存在だった。

「今度はなんですか!?」

 狭い車内で身を寄せてきた妖夢が叫ぶ。

「急降下爆撃機だ!あれは戦車でもヤバいよ! あの機体はね――――」

 逃げ回りながらにとりがスペックを口にする。どちらかとそれは現実逃避に見えた。

 現在、妖夢たちのティーガーⅡに攻撃を仕掛けてきているのはJu 87 シュトゥーカ。第二次世界大戦中にドイツ空軍などで運用された急降下爆撃機である。書籍などではにとりが口にしたように「スツーカ」や「ストゥーカ」などと言われているが、これは正式に定められた愛称ではなく“急降下爆撃機”を意味するドイツ語の「Sturzkampfflugzeugシュトゥルツカンプフルクツォイク」の略である。

 ところが、Ju87が急降下爆撃機の代表格くらい活躍してしまったため、そのまま愛称として定着してしまった。比較的小型でリーズナブルな二輪車の製品名が、特定の国でバイクを意味する言葉として広く知れ渡っているようなものだろう。

 そして、今回襲撃してきた機体はそれを対戦車攻撃機として改良、対空砲火から身を守れるほどの防御装甲を施し、翼下に吊るしたガンポッドに37mm FlaK18機関砲を搭載したJu 87G-1だった。

「ちょっと!? そんな機体とどうやって戦車で戦うんですか!」

「弾切れを待つしかないよ。ティーガーⅡコイツじゃ相性最悪だ! あれを斬ってやろうだなんて思わないでよね!?」

「わ、わかりました! とりあえず斬りこめばいいんですね!?」

「違う、そうじゃない! 外に出て行こうとするな!」

 とりあえず何かしないといけないと思った妖夢は楼観剣ろうかんけんの柄に手を伸ばしてハッチを開けるが、まるで話が噛みあっていない。間違いなく混乱している。

 しかし、相手の弾切れを期待するのは危険で、何とかしようとする姿勢だけは正しかった。

 たしかに当たりどころさえ悪くなければティーガーⅡの装甲は抜けないかもしれない。しかし、今この機体には外付けの冷却装置がある。当然のことながらチルノの身体が37mm砲弾に耐えられるとは思えない。

「ええと、何か案は……」

「やれやれ……。どいつもこいつもこれくらいで慌てちゃって情けない……」

 騒ぐ妖夢の横合いでハッチが開き、そこから萃香がのそっと顔を出す。装填手の仕事をしなくていいのか問おうと思ったら、なぜかその腕には砲弾が抱えられていた。

「ちょっと、それは酒瓶じゃ――――」

「危ないから引っ込んでな、半霊」

「え? え?」

 この状況下で萃香はいったい何をしようというのか。状況が飲み込めず混乱する妖夢を尻目に、鬼の幼女は8.8cm砲弾の底部を持ったまま大きく振りかぶる。

「ま、まさか……」

萃符すいふ戸隠山とがくしやま投げ」ってかね。どっこい……せぇっ!!」

 放物線を描くどころか、ほぼ一直線に投擲された砲弾は突っ込んできていたJu 87G-1へと吸い込まれていくように向かい直撃。まさか操っていた亡霊も敵が生身で砲弾を放り投げてくるとは思っていなかったのか回避運動すらできずに空中で爆散させられた。

「ひ、非常識……」

 唖然とした妖夢に出せた言葉はこれだけだった。

 だが、当然だ。こんな兵器の使い方をするなんて誰にも予想できるわけがない。

 しかし、そんな妖夢の意識は次いでで発生した大爆発によって強制的に掻き消されていった。

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