東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第3回 遭遇】

「さぁて、どこから探そうかねぇ」

 彼岸から此岸――――幻想郷へとやってきたふたり。

 小町が厄介事から離れられたとばかりに声を上げる。まるでこれから気晴らしに向かうようですらある。

「あのですねぇ……。これは仕事なのですよ?」

「普段の仕事に比べれば今は気楽さ。まぁ、このままたいしたこともなく終わってくれるのが一番なんだけどねぇ」

 トレードマークの鎌を持ったまま、小町は器用に手を頭の後ろで組む。

 すでにその身からはやる気がまるで感じられず、妖夢はだんだんと不安になってくる。

「……夜になったら活性化する妖怪や妖精もいますし、あまりのんびりはしていられないですよ。余計な連中に絡まれたくないですし」

 溜め息を吐きたくなるのをこらえて小町を促す妖夢。

「やれやれ。どうにも釣れないねぇ、妖夢は」

 小町が不満げな声を上げるが無視だ。

 このままのペースで会話をしていたら、いたずらに時間を浪費してしまう。

「いずれにせよ日が傾いてきています。今から人里へ向かうのは避けた方がいいでしょうね」

 まかり間違って里を守る妖怪と事を構えることになっては目も当てられない。

 そもそも、里に件の霊が行ったのであればすでに騒ぎになっている可能性もあるがその気配も感じられない。優先度は高くないだろう。

「それなら、いっそヤツメウナギの屋台に酒でも飲みに行って朝を待とうかねぇ」

 妖夢の考えなど知らぬとばかりに、手をくいっと掲げて酒杯を口に運ぶ仕草をして見せる小町。

 たしかに、夜雀のミスティア・ローレライが営む屋台は意外にも……と言っては失礼だが、思った以上に品ぞろえも本格的で人気もある。

 “気取らず長椅子に座って酒肴を愉しむひととき……”

 そんなキャッチフレーズが脳内へと浮かび上がる。

 せっかく此岸へとやって来た妖夢としても惹かれないものがないわけではないが、今はその時ではないと頭を振って悪魔――――もとい死神の誘惑を頭の中から追い出す。

「さっそくサボろうとしてる……」

「やだねぇ、仕事を効率的に遂行するための休息と言ってほしいもんだよ」

 どこまで本気で言っているのかわからない小町の物言いに、妖夢は頭が痛くなってくる。

「はぁ……。こんなサボり魔が死神の幻想郷担当でいいんでしょうか……」

「ははは、冗談だよ、冗談」

 からからと笑う小町。

 どうにも二人の間には温度差があるように感じられる。

「とてもそうは見えませんけど」

 妖夢はジト目で小町を見る。

 これは完全に特級サボり魔の日頃の行いがモノを言っていた。

「そりゃあたいだってねぇ、好きでこんな役目を受けたんじゃないさ。此岸に来るなら飲みにもいきたくなるもんさ」

「ならどうして引き受けたんですか?」

「まぁ、ここで騒ぎを治めないとかえって自分の仕事が増えそうだからねぇ。それはそれで面倒なのさ」

 それは死神の勘だろうか。いや、そんな大層なものではないだろう。

 異変が広がってしまえばそうなることくらい誰だって考えつくことだ。

「とりあえず、動こうか。こういう時こそ、“蛇の道は蛇”ってやつだね」

 妖夢が内心で考えていることが伝わったのか、小町は話題を変えようとするかのように口を開いた。

「というと?」

「そりゃあ、異変を掴んでいそうなヤツのところへ行くのさ」

 そう言ってウインクしてみせる小町。

 相棒がこれで本当に大丈夫だろうかと妖夢はやはり不安になるのだった。

 

 山の向こうに日が沈み、ひっそりと夜の帳が下りてくる中、幻想郷の東端へとやってきた妖夢と小町。

 この近くにあるものといえば……。妖夢はどうにもイヤな予感に襲われていた。

「あの、小町? この近くにあるのって……」

「そ。博麗神社だねぇ」

 前を歩く小町は特に気にした様子もなく進んでいく。

 どうしてここで神社に向かうのだろうかと妖夢は思うも、現状他になにか手掛かりらしいものがあるわけでもないためそこに口は挟まない。

 それよりも妖夢が気になるのは神社の主のことだ。

 自分ではあまり気にしているつもりはないのだが、どうも妖夢はあの巫女と会わねばならないことに気乗りがしないのだった。

 その原因にも心当たりはある。以前、幽々子のために春を集めていた際、手ひどい敗北を経験しているからだ。

 剣に生き、主人を守る立場の妖夢が侵入者に対しておくれを取ってしまったのだ。これに関しては言い訳の余地はない。師匠に知られれば何と言われるかわかったものではない。

 いずれにせよそんな負い目というか苦手意識というか、とにかくそんな感情群が妖夢の足を重くしていた。

 このままじゃいけない。今度の仕事にまで影響が出てしまう。

「神社に行くのはいいんですけど、なんでわざわざ森の中を進んでいくんです?」

 せめて気持ちを切り替えようと妖夢は口を開く。

「んー、なんとなくこういう時は真正面から行かない方が異変に遭遇しそうな気がしてさ。ほら言うだろ? “木を隠すなら森の中”って」

「絶対に使い方間違えていると思うんですけど……」

 もう二手に分かれて探した方がいいんじゃないだろうか。

 そう妖夢が考え始めたところで、ふと周囲の空気が変わるのを感じた。

「……小町」

「なんだろうねぇ、イヤな感じだよ」

 口調こそ平素のものだが、小町の目には真剣なものが宿っていた。

 張り詰めたというよりもどちらかといえば剣呑さすら覚えるような空気。

 ある種の神域である神社に近付いているからではない。

 しかし、どうにも妙だった。

「音が、しない……?」

 ほのかに聞こえてきた虫の音が突然なくなった。

 鳴き声の主がいなくなったわけではないし、相当に勘を研ぎ澄まさなければわからないが気配もある。

「うーん、こりゃどうにも不自然だね。ただ、こういう現象にいくつか心当たりはあるよ」

「……妖精の仕業ですか?」

 妖夢にも思い当たる節があった。

「ああ。たしか、博麗神社の裏側だかに住み着いてる連中がいただろう?」

「三月精の三匹でしたか」

 サニーミルク、ルナチャルド、スターサファイアの三匹は妖精にしては珍しく頻繁に行動を共にしている。

 妖精という存在は、とかく自分勝手で単独行動を好み、仲間と共に行動することは稀とされるが、なにごとにも例外はあるものだ。

「うーん、自分たちの住処――――神社への侵入者に威嚇するにしちゃあちょっとばかし能力の使い道が間違っていそうだから、これは別の事態が起きているのかもしれないねぇ」

 小町がそう指摘したところで、ふたりは遠くから接近する別の気配に気がつく。

 ひとつやふたりではない。それなりの規模だ。

 妖気の類は感じられないが、このお世辞にも愉快とはいえない気配に無関係ということはないだろう。

「ここで悩んでいても仕方ありません。行きましょう」

「これで解決しちまえば早上がりで飲みに行けそうなんだがなぁ」

 おたがいに小さく頷いて気配を殺し、ふたりは夜の森を足早に進んでいく。

 ほどなくして――――

「げっ、死神!」

「妖怪・辻斬りまで!」

「なんでこんなところに!?」

 出会いは突然だった。

 向こうからやってきた小柄な妖精たちとばったり鉢合わせする妖夢と小町。

「やっぱりあんたたちだったかい。こんな夜の森でいったいなにを――――」

「「「それどころじゃないんだよ! じゃあねっ!」」」

 反射的に身構えそうになるが、意外にも妖精たちは彼女たちふたりに関心を示そうとはしなかった。

 おまえたちに用はないとばかりに、三匹の妖精たちは神社の方――――おそらく彼女たちの住処に向けて急いで飛び去っていく。

 基本的に妖精はいたずら好きだ。ちょっとした衝突くらいは覚悟していたふたりとしては思わず拍子抜けしそうになる。

 おかげで妖夢は「誰が妖怪ですか!」という怒りをぶつけそこなってしまった。

「……いったいなんだってんだい?」

 不可解な事態に首を傾げる小町。

 普通なら、ここからひとことふたこと言葉遊びをして“弾幕ごっこ”が始まってもおかしくはない。

 しかし、三匹の妖精たちはどういうわけか妖夢たちに目もくれず行ってしまった。

 その様はまるでなにかに追われているようにも見えたが……。

「小町、向こうからなにか来ます……!」

 それが先ほど感じた気配だと気付いた妖夢と小町は、夜の闇の中を見通そうと目を凝らす。

 そうして暗がりの向こうから現れたのは、墓場から蘇ってきたような異形の集団だった。

「いやああああああああああああああああああっ!!お、おお、おおお、おばけえええええええええええええええええっ!!」

 はたして、絹を裂くような悲鳴とはこのことだろうか。

「ちょ、ちょっと、妖夢!?」

 突如として踵を返し、一目散に逃げ出しながら叫ぶ妖夢とそれに驚きながらも取り残されることなく相棒を追いかける小町。

 それがかえって功を奏し、問答無用で発射された銃弾から彼女たちを守ることとなる。

 そして紆余曲折を経て、妙な方向に吹っ切れた妖夢が飛び出していくところへと繋がるのだった。

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