【連載】妖世刃弔華
妖世刃弔華【第20回 陣取】
「では、行きます! 小町、援護を!」
「あいよ!」
短く叫んで妖夢が隠れていた木々の中から高速で飛び出し、小町がそれに応じる形で大鎌を旋回させる。
「ええい! ホント邪魔ですね、あのデカいの!」
動きを止めたT-34を遮蔽物代わりにして亡霊兵たちは身を潜めている。鹵獲銃器による攻撃を警戒しているのだろう。そういう意味でも動きが良くなってきている。
いざ剣を抜いたらまだるっこしいことを厭う妖夢は、通常であれば地面スレスレの最短経路を飛んで行くところだったが、今回は真正面から相手をするには危険過ぎる鋼鉄の化け物がいる。
そのため、それを飛び越えるような放物線を描く形で飛翔していく。
「思ったよりも弾幕が濃い……!」
無意識のうちに舌打ちをしそうになるが、行儀が悪いと寸前で思い留まる。
そんな彼女に向け、すぐに反応した亡霊たちがPPSh-41の銃口を向けて発砲。弾丸の雨が疾駆する妖夢へと殺到する。
「頼んだよ、妖夢……」
亡霊たちへと目掛けて突っ込んでいく妖夢を木々の中に潜んで見守るにとりは不安げにつぶやく。
やはり亡霊兵の持つ武装が良くなっているせいで戦いにくくなっていた。
こちらが近代戦を学ぶように、相手もまた新手の武器・兵器を投入してくる。さながらいたちごっこのようだ。
「連中も本気ってことか……。いつまでも楽をさせてくれやしないね……」
PPSh-41のように同時期に作られた短機関銃は、低空で飛来する航空機への対空射撃能力も期待されていたため、軽量化され発射速度も900~1,000発/分と格段に高くなっている。これに加えて銃身のカバー先端部を傾斜させ、発射時に噴出するガスの圧力で銃口を押し下げるマズルブレーキとする工夫までなされており、これまでに比べて濃密な密度の弾幕を形成していた。
しかし、妖夢もすでに兵器との戦いではそれなりの場数を踏んでいる。
前後左右に加えて縦横無尽の三次元機動で弾の群れを回避しながら徐々に敵との距離を詰めていく。
「さぁさぁ! 鬼さんこちら! 手の鳴る方へ!」
亡霊たちの注意と殺意が妖夢へと向いている間に、能力で空間を超越して敵陣の真後ろに出現した小町が大鎌を水平に振るって妨害を仕掛ける。
完全な初見殺しによって首を刈り取られた亡霊たちが、視角を失いながらも撃ち続けようとするが、その動きを死神の少女は見逃さなかった。
「利用させてもらう側が言うのもなんだけど――――」
小野塚小町は、言ってしまえば究極のめんどくさがり屋にしてサボリ魔である。
超一級のサボリストを自他共に認める彼女としては、本来ならばこんな切った張ったの戦いなど関わりたくもないのだが、そうは事情と上司が許さない。
それゆえに、普段は眠っている脳がサボリ回路により最大限に活動を始め、「どうやったら楽して勝てるか」だけを考えるようになっていた。尚、これが怪我の功名というべきか勤労の功名というべきかは定かではない。
「そりゃちょっと浅慮ってもんじゃないのかい?」
頭部を切り離された亡霊の背後へと密着するようにして腕を掴み、PPSh-41を乱射している亡霊の銃身を仲間たちの背中へと強引に向ける。
単純な思考しかできない低級の亡霊に高度な判断などできるはずもなく、小町に腕を掴まれても引き金は絞られっぱなしであった。
当然のことながら、無防備なままに真後ろから毎分1,000発にも達する銃弾を喰らえばタダでは済まない。
また、小町に操られる亡霊兵が弾倉を入れ替えてすぐだったのも事態を余計に悪化させた。71発装填されていたドラムマガジンの大半を仲間に向けて放つこととなったのだから大惨事と言えよう。
小町の“非道”はそれだけには及ばず、トドメに――――
「お腰につけた鉄団子? ひとつみんなにあげましょうってねぇ!」
弾切れになった亡霊兵にもはや用はない。背中を蹴り飛ばしながら、最後に腰にぶら下がっていた檸檬に似つつも鈍く黒光りする鉄塊――――F1手榴弾のピンを抜いて前方に展開している亡霊兵たちの中へと放り込む。
仲間からの誤射だけでなく、足元に手榴弾まで転がされた亡霊兵たちが振り向くが、その時にはすでに小町の姿は消えてなくなっていた。
間髪容れず轟音が響き渡り、爆心地にいた亡霊兵たちの“部品”が辺りに四散する。
しかし、20から30メートルの有効殺傷範囲内にある人体など容易く破壊する爆風を浴びても、すぐ真横にいたT-34にダメージはない。
「うーん、雑魚たちにはいい感じだけれど、デカブツにはまるで効かないってのは本当みたいだねぇ……」
離れた場所へと転移して戦果を確認する小町。やれることはやったが、肝心の大物に何ら被害を与えられていないのが悔やまれる。
ちなみに、彼女がこうして大戦果を挙げられたのは、にとりが「亡霊兵たちが持っている可能性が高い」と事前に教えてくれていたためだ。
武器の説明など聞いてもたいしてわからないし覚える気もない小町だったが、胸か腰に吊り下げた黒っぽい球状の物体を探すように言われればそれほど難しい話ではない。
かくして、にとりの目論見は大当たりし、亡霊たちへ見事なまでに牙を剥いた。
この騒ぎが収まれば関係なくなるにしても、現状では彼女の“空間を跳躍する能力”と爆発物の相性は凶悪なレベルで良かったといえる。
いかに妖夢の白楼剣でなければ成仏させられないとしても、行動力を奪うならば四肢を破壊するのがもっとも近道である。
本来の目的である魂を彼岸へ連れ戻すための作業は後回しにしてでも、とにかく敵の攻撃力を可能な限り削ぐ。それが妖夢への支援となり、また本命の攻撃を仕掛けようとしているにとりへの援護となるのだ。
そして――――
「はぁぁぁっ!!」
手榴弾の爆発によって足並み――――弾幕が乱れたところへ好機と判断した妖夢が急襲した。
迸る雄叫びと共に楼観剣の刃が閃き、混乱状態にあった亡霊たちの身体が両断されていく。
ひとたび間合いに入ってしまえば、高い連射性を誇る銃器をもってしても妖夢を止めることはできない。交互に繰り出される白刃によって残る亡霊たちが肉体を破壊され、あるいは魂へと強制的に戻されていく。
上半身と下半身を両断したくらいでは亡霊も動きを止めない。銃器を扱う両腕を斬り飛ばすか肉体そのものを消滅させておかねば、思わぬところで反撃を喰らう可能性があるため妖夢も容赦はしない。
「妖夢!」
小町の鋭い警告が上がるが、その時には妖夢も気配を感じとっていた。
戦車がその場で向きを変える――――超信地旋回によって妖夢を轢殺しようとしてくるが、後方宙返りしつつ空中へと一気に逃走。仲間の多くが動けなくなったことで障害がなくなったのか再び主砲が咆吼するが、その時にはすでに妖夢は爆風の加害範囲からギリギリ離脱していた。
「つぅ……。耳にキますね……」
これだけ離れていても押し寄せる衝撃波だけで耳が痛くなってくる。もし間近にいたら内臓が破裂していたかもしれない。
妖夢の直感を裏付けるように、残っていた亡霊兵たちも一部が吹き飛ばされて地面に転がっていた。口や目などから血が流れ出しており、動きもひどく緩慢なものとなっている。間違いなく戦車砲が生み出した衝撃波によるものだ。
「はー、あいつら兵器を相手するのにも慣れてだんだんとエグい戦い方をするようになってきたねぇ。こわいこわい……」
木々の間を縫うように進みながら、にとりは最適な射撃位置へと着くために諸々の準備を行っていく。
相手の持つ手榴弾を利用した戦い方を提案したのはにとりだが、その前に小町が行った短機関銃による掃射は彼女のセンスによるものだ。
「ホント、なんでこうなっちゃったんだろ。今頃は好き放題にあの兵器群をいじって楽しんでいたはずなのになぁ……」
とは言うものの、にとりをはじめとした河童たちがあのまま流れ着いた兵器群を好き放題にいじっていたら、それはそれで別の異変が引き起こされていたことだろう。
おそらく、多くの者に訊いてもそう答えたに違いない。その程度には河童も信用がなかった。
いずれにせよ、幻想郷に近代兵器群が現れた時点でとんでもない騒動になるのは自明の理であったし、さらにいえば局地的ではあるが既に現在進行形で大騒ぎとなっている。火事は起きているものの、それが山火事にならないように必死で食い止めている段階だ。
しかし、それら騒ぎを引き起こしている兵器も最強無敵の存在ではなく弱点を有していた。
「急ぐってだけならあいつを放置して先に進むって手もあるんだろうけど……」
T-34をどう撃破するべきか……。
現在の幻想郷でもっとも兵器について詳しいと言っても過言ではないにとりは思案する。
山岳部というほど道が険しいわけではない。戦車が有する無限軌道の走破性をもってしても空を飛んで進むことのできる妖夢たちにはそう簡単に追いつけるものではない。
ここであえて危険を冒さずに無視して進む選択しもあるだろうが、それよりもにとりが気になっているのは奥に展開している高射砲の群れだ。
8.8cm FlaK(FlugabwehrKanone) 36――――あれらが鎮座しているということは、その目的は亡霊たちの目的を阻止するべく山へ向かって飛んでくる幻想郷の住人を迎撃するためのものと考えて間違いないはずだ。
弾幕ごっこはしていても、即座に死へ繋がりかねない戦いなど久しく経験していない住人たちにとって、一撃必殺の威力を持つ兵器群は大惨事を引き起こしかねない。
万が一にでも大きな犠牲が出てしまわないよう、亡霊たちの兵力が少ないうちにここを橋頭保として確保しておきたい。
しかし、問題は現状こちらの頭数が三人しかいないことだ。あまり情報を広げないでいたのがここにきて裏目に出ているかもしれない。
「ここで悩んでいても仕方ないか」
覚悟を決めて、にとりはパンツァーファウスト150を筒の部分を脇に挟んで構える。重量7㎏にもおよぶこの兵器を構えるのは結構な力を必要とするが、弱気なことを口にしている暇はない。
これをあのデカブツに撃ち込むのであれば、主砲が火を噴く正面からではなく装甲が最も薄い背面か上面に回り込む必要がある。
だが、第二次世界大戦時のドイツ兵とは異なり、空を飛べるにとりにとってはさほど難しいことではない。
「ほんと、空を飛べることに感謝だよねぇ……」
小町と妖夢が容堂を続けてくれている間に、ついにT-34の上空を陣取ったにとりはパンツァーファウスト150の安全装置を兼ねた照準器を射撃位置に引き起こす。
「さぁ、散々手こずらせてくれたけどいい加減成仏する時間だよ!」
発射レバーを押し込もうとした瞬間、にとりにの耳に今までの下は異なる音が聞こえてきた。
遠くから響き渡るようなそれの出所を探すように視線を空へと向け、そこでにとりの表情が大きく凍りついた。
「う、嘘だろ……? いや、FlaKがある時点でイヤな気はしてたけど……」
にとりにとって最悪の予感が的中した。いや、どちらかといえば考えないようにしていたと言ってもいい。
イヤになるほどに澄み渡った空に黒点がひとつ。それが次第に近付いて来る。
にとりの脳内で捲られる兵器カタログのページが止まった先には今まさにこちらへ向けて突っ込んでくる兵器が記されていた。
「あれは……“P-36”……! 戦闘機まで投入してくるってのかよ!」