【連載】妖世刃弔華
妖世刃弔華【第16回 応戦】
内燃機関の上げる唸り声が響き渡る空気に、突如として鋭い銃声が加わった。
多重奏と呼ぶにはあまりにも武骨な音が響き渡る中、山道を取り巻く空気は戦場のそれへと変化していく。
「おーっと! 連中あたいらに気付いたみたいだね! 撃ってきたよ!」
装甲板越しに頭を出した小町が、武器を構える亡霊たちへと視線を向けて叫ぶ。
「小町、そんな風に頭を出していると弾け飛……ごほん! 危ないですよ!」
「ちょっと、妖夢? 今、あたいが死んでも構わないみたいに言わなかっ――――」
さすがにぞんざいな扱いになってきた妖夢に対し苦情を述べようとしたところで、付近を通り過ぎていった弾丸が空気を切り裂く鋭い音を立てる。
「ひゃん!?」
聞く者の心拍を強制的に跳ね上げる不吉な音に、小町の頭から否応無しに血の気が引いていき、足腰の力まで抜けたかその場に座り込んでしまう。
死者の魂を運ぶのが生業といえども、べつに彼女自身が直接手を下しているわけではない。
もしも当たれば容赦なく“運ばれる側”に変えられるであろう無慈悲な暴力を前にすれば、さすがの小町も飄々としてはいられなかった。
「ほら、言わんこっちゃない……」
尻もちをついた小町を見て、妖夢は呆れた表情を浮かべる。
ほとんど同じ状況にいるにもかかわらず、臨戦態勢に入った少女剣士はすでに滅多なことでは動じず、鋭い視線を敵方へと送っている。
「よーし、このままギリギリまでSd.Kfz.223でつっこむよ! しっかりつかまっていてよね!」
強くハンドルを握りしめたにとりがアクセルを全力で踏み込む。
大口径弾あるいは対戦車兵器がないかぎり、亡霊兵たちの持つKar98kをはじめとしたライフル弾程度ではSd.Kfz.223の装甲を貫通させることはできない。
そのため、できるだけ近付いた上で斬り込み役である妖夢と間接支援の小町を送り出すのがにとりの考えた戦法だった。
結局突撃を仕掛けるようなものじゃないかと妖夢も小町も思ったが、実際のところは弾除けがあるのとないのとでは大きく違うし、あえてそこに触れてにとりの講釈が始まるのは避けるべきだと素直に従っている。
「牽制のために適当でいいからこっちも撃って! 当てようなんて思わなくてもいいから! あ、あと“例の筒”が見えたら教えてよ? あれにやられちゃ装甲車だってお陀仏さ!」
いかに鋼鉄の防弾板で守られているとはいえ、筒――――危うく妖夢が完全な霊体にされかけた携帯式対戦車擲弾発射器――――パンツァーファウストなんてものを持ってこられた日には一撃で天界は比喩表現だとしても彼岸までくらいなら吹っ飛ぶことができる。
妖夢や小町なら常日頃から慣れ親しんでいる場所だが、あいにく当分の間にとりはそちら側へ行く予定はなかった。
「うーん、こういうカラクリを使うのは苦手なんだけどねぇ……」
面倒くさそうにぼやきつつも、小町は銃座に取り付けられたMG34機関銃の銃把を握り、銃口を亡霊兵たちに向ける。
MG34はKar98kと同じくドイツ国防軍でスイス製のゾロターンMG30機関銃を基に開発された機関銃であり、従来の弾倉式ではなくベルト・ドラム弾倉式に変更しているため、歩兵用から車載機関銃、はたまた連装式にすることで対空機関銃としても使えるほど非常に汎用性が高い。
新たに銃口へと追加されたラッパ型のマズルブースターにより、発射速度は毎分800~900発という驚異的な水準に達し、しかも7.92mmライフル弾をバラ撒くことができるのだ。
これをとんでもない殺傷能力を有しているといわずしてなんというのか。
もっとも、そんなカタログスペックなど知らない小町からすればいくら職業死神をやっているとはいえ、こんな形で命を容易に刈り取る武器を扱うことになろうとは思ってもいなく、終始困惑しっぱなしであった。
「えーと? たしかジャラジャラしてる帯みたいなのをつけて、それがこっちの本体に吸い込まれていく間は撃てるんだっけ……?」
MG34を操作していく小町の手つきはどうにも覚束ない。
にとりから事前に使い方のレクチャーを受けていたはずなのだが、生来の集中力のなさが災いして話半分で聞き流していた小町の手際はお世辞にも良いとは言えなかった。
弾薬箱から弾丸が連結された弾帯を設置しようとしているのだが、そもそも頼りにするはずの記憶が存在しないのだからこればかりはどうしようもない。
「もう……ちゃんと覚えていてくださいよね……。そうじゃなくてこうです。それで撃てたはずですから」
見かねた妖夢が操作を手伝い、やっとのことで槓桿を引いて弾帯を装填させ発射準備を整えることができた。
「悪いねぇ、妖夢」
「いえ、なんとなくこうなると思っていましたから」
もはや妖夢は溜め息を隠そうともしない。
斬り込み役である彼女の役割ではないのだが、やはり生真面目な性格をしていること、それ以上に小町に任せておいては不安だったために妖夢も念のためKar98kやMG34などの使い方を記憶していたのだ。
この状況を鑑みるにその選択は間違いなく正解だった。
「ちょっと! いつまで準備してんの! 早く撃ってよ!」
モタモタとしていたせいでにとりから抗議の叫び声が上がる。
しかし、すでに何発かのライフル弾が飛来し、にとりのいる運転席側の装甲板に命中。腹の底に響き渡るような鈍い金属の音を響かせていたのだから彼女が叫ぶのも仕方のないことだった。
射撃で釘づけにしていなければこっちが狩られる側になってしまうのだ。
「ごめんごめん! 待たせてすまなかったね!」
叫んだ小町が口元を不敵に歪めて転がっていたフリッツヘルムを掴んで頭に被る。
木の枝の時もそうだが、どうも形から入らないと気が済まない性格をしているらしい。
「よーし、そんじゃあいっちょやるよ!」
銃撃を続ける亡霊たちを狙って小町が引き金の下側を絞ると、けたたましい音を立ててMG34の銃口から炎が連続して噴き上がる。
「うひゃ!?」
自分のすぐ近くで上がった銃声の大きさに驚きながらも、小町が放った弾丸の群れはカタログ通りの性能を発揮して立ち塞がる亡霊たちに吸い込まれていく。
その多くは地面に当たって土を跳ねさせるだけに終わったが、その一方で何体かの亡霊が弾丸の直撃を受け、もんどり打って地面に倒れていくのが見えた。
「うへぇ、なんともえげつないねぇ……」
一旦射撃を止めた小町の口から呻き声が上がる。
あれくらいで亡霊が“死ねない”のは理解しているが、やはり人の形をしたものに向けるというのはなんとも言えない気分になる。
しかも一部の亡霊の手足が吹き飛んでいるのを見るとなおさらだ。
射手がど素人であること、また装甲車を走らせながらであるため、射撃精度はお世辞にも良いものとは言えなかったが、牽制が目的であるとするならば歩兵に大きなダメージを与え、隙まで作ったのだからその効果は抜群だった。
よもや亡霊たちも鹵獲された兵器を使ってくるとは思っていなかったのか、遮蔽物すら用意せずに展開していたのが災いしていたと言えよう。
「その調子だよ! 弾がなくなるまで撃ち続けて!」
「任しときな! まだまだいくよ!」
ふたたび激しい発砲音が鳴り響く。
発砲するたびに鋭い衝撃が小町の肩口を襲い銃床が食い込むものの、それに反して不思議と狙いはブレず、安定した射撃を続けることができている。
「それにしても本当に強力ですね、この武器……」
耳を塞いでいる妖夢が戦果を前に感心したような声を上げる。
さすがの少女剣士も外の世界の技術力と破壊力には舌を巻くしかなかった。
道中にとりから銃に関する説明も簡単に受けてはいたが、まさかこれが今まで戦ってきた亡霊たちが使用していた銃――――Kar98kと同じ弾薬を使用しているなどとは到底思えない。
取り回しこそ悪く、こうして固定しなければ非力な存在では満足に使えないものだが、その分強力な存在であることは間違いなかった。
もしも膂力に優れる妖怪がこれを使おうものなら、あるいは集団運用で
人間がこれらの武器を妖怪に向けたら……などと余計な思考が浮かんでくる。
「やった! 連中の足並みが乱れたよ! 斬り込むなら今のうちだね!」
にとりの声で妖夢の思考は現実に帰還する。
たしかに彼女の言う通り、先ほどまでに比べて銃撃の密度が明らかに低下していた。
「ようやくあたいらの出番ってことだね。それじゃあ、先にいかせてもらうよ!」
「では、わたしも。にとり、くれぐれも無理はしないようにお願いします!」
小町が能力で姿を消し、次いで妖夢が勢いよく飛び出していく。
そこでにとりはハンドルを大きく切って射線から離脱。モタモタしてはどんな攻撃を喰らうかわかったものではない。
「まず先に仕留めるべきは……」
虚空へと躍り出た妖夢は素早く視線を動かして最初の標的を探す。
予想外の攻撃から身を守るべく遮蔽物に身を隠していた亡霊たちも、射撃が止まったのを皮切りに反撃に向けて動き出していた。
妖夢の目が止まる。視線の先に自分たちが使っていたものと同じ銃を展開しようと亡霊歩兵が二体動いているのが見えた。
身をもって威力を体感したからこそわかる。あれは紛れもなく脅威だ。
「残念、そこは真っ先に狙うところだよ!」
空間を跳躍した小町の鎌が真後ろからの奇襲で亡霊の首を刎ね飛ばした。
MG34本体を持っていた歩兵が首を失って倒れ、給弾手が視線を小町へ向けるが、その時には水平に旋回した鎌が上半身と下半身とを見事に両断していた。
まさかの方向からの襲撃を受け、亡霊たちは小町を最優先で排除しようとKar98kの銃口を向ける。
しかし、すでに死神の姿はどこにもない。
「敵を前に余所見とはずいぶん余裕ですね!」
声と同時にまず一体の亡霊が硬直。
背後から急襲した妖夢の白楼剣により胸元を貫かれ、地面に崩れ落ちていきながら霊魂へと戻された。
「さて、ここからは我が剣でお相手をしましょう。魂魄妖夢――――参る!」