東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第12回 河童】

「それじゃあ、わたしたちはこのまま山に向かいます」

 妖夢は目的地――――妖怪の山の方へ視線を向けながら周囲へと告げる。

 しかしながら、それが睨みつけるようなものとなっていることに自分では気づいていない。

(あそこに剣の使い手がいる……)

 無意識のうちに手が楼観剣の鞘へ触れていた。

「はぁもう……」

 妖夢の様子を無言のまま眺めていた小町が視線を外して小さく溜め息を吐き出す。

 元来の気質から妖夢ほど内心は表に出ていないようだが、それでも浮かぶ表情は普段の飄々ひょうひょうとしたものに比べれば間違いなく険しいと呼べるものだった。

「こんな厄介ごとになっちまうなんて思っちゃいなかったよ……」

 今となっては当初漂っていた気楽さもすっかり鳴りを潜めてしまっている。

 彼岸の亡霊が此岸に転がり出ただけであれば、最近幻想郷で起こっている数々の異変と比べてもそれほど驚くことではなかったはずだ。

 しかし、霊魂たちが外の世界の兵器群と結びついて亡霊となり、生者へと怨念の牙を剥いたばかりか、このまま放っておけば幻想郷そのものが灰燼に帰すおそれがあるときた。

 彼らの目的がはっきりしないにもかかわらず、すでにここまでの脅威が顕在化しつつある。妖夢だけでなく小町の表情にまで変化を及ぼすのも無理のないことと言えた。

「ふたりともくれぐれも気をつけて。僕は僕で知り合いを通じて里のほうに気をつけるよう言っておくから」

 霖之助も妖夢たちほどではないが硬い表情で口を開く。

 悪夢の兵器ツァーリ・ボンバについて説明するのと同時に色々と話し合ったが、結果として彼はふたりに同行しないことを選択した。

 適材適所というわけではないが、人里との繋がりを持つ霖之助にしかできない役目もあるはずだ。

 かつて商店で修行していたとかで人の住まう里への伝も多いと聞いているし、亡霊兵団ファントムレギオンと名乗る連中に別動隊がいないと考えるのは安易に過ぎる。無駄な混乱を煽らない程度には警戒を促しておく必要はあるだろう。

 もし仮に亡霊が里へ向かったとしても、あらかじめの備えがあるのとないのとでは迎える結末も大きく異なってくる。そう考えれば霖之助はまさに適任と言えた。

「もっとも、いくら気をつけろと言われたところで、あんな連中が相手じゃどうしようもないかもしれないけどね」

 周囲に残された兵器の群れを見て霖之助は乾いた笑いを漏らす。あれこれと知識を持つ彼もこのような事態は想定の範囲外なのだろう。

「でも、誰かがやらなければいけないことですから」

 内心に渦巻く不安を出さないよう妖夢は表情を引き締めたまま答えた。

 本当は亡霊の相手などしたくない。元々妖夢はお化けの類が大嫌いなのだ。いくら余人に「半人半霊のくせになにを……」と呆れ交じりに言われようが怖いものは怖い。

 しかし、今やそんなことを言っていられる状況ではなくなっていた。

「それにしても、これだけの事態が起きているのに霊夢の出て来る気配が一向に感じられないな……」

「ああ……」

 ふと思い出したように霖之助が博麗神社の巫女の名前を口にした。

 そういえば霊夢との付き合いが深かったなと妖夢は相槌を打ちながら思う。

「またいつものようにだらだらしているんだろうか、あのは」

「昨晩会ってそのまま神社でお世話になりましたけど、今のところ動くような気配はありませんでしたね。調査してみるなんて言っていましたけれど、今頃はのんびりお茶でも飲んでいるんじゃないでしょうか」

「ははは、霊夢らしいな」

 散々な目に遭わされた妖夢の言葉には少しだけ棘があったが、麟之助はそこに気づかないふりをした。

「……それで、あんたはついて来るのかい?」

 皆が見ていない場所で密かに気を落とし、そして知られぬうちに気を取り直した小町が妖夢たちの会話に付き合うのも面倒だと視線を動かす。

「そうだよ。連中が使ってきそうな兵器がわかるやつは必要だろ? 対策も打てないんじゃ早晩死んじまうよ。そうなったらいくらなんでも格好がつかないじゃないか」

 亡霊たちが魂へと戻ったにもかかわらず、周囲に取り残されていた武器。それらをかき集めてきたにとりが小町の問いに答える。

 昨夜の戦いでは魂の消滅と共に消えてしまっていたそれらが、今は“持ち主”が不在となったにもかかわらず明確な形を残している。おそらく使用も問題ないはずだ。

 亡霊たちが肉体を得るための依り代として機能していたようだが、何か変化が起きたのかもしれない。

(此岸で肉体を持って連中、魂の密度が上がっているのかねぇ? どんどん厄介な方向に転がっていってる気がしてきたよ……)

 はじめは此岸に迷い出た亡霊たちを戻せばいいくらいに考えていた小町は頭痛を覚えるが、今はそこを考えないようにする。なんにせよこれ以上事態が悪化する前に解決してしまえばいいのだ。そうすれば万事めでたし、いつものサボリライフに戻ることができる。

「もっともらしいことを言うけど、結局河童として興味があるからじゃないのかい?」

 さすがに口には出さないが、幻想郷が吹き飛びかねない災厄級の厄介ごとに自分から関わってくるなんて酔狂を通り越してどうかしていると思う。

「うぐっ……。それは否定できないけれど、わたしにも責任の一端がないとは言えないからね。もうちょっと早くにあれを処理していたら……」

 地面に座って武器をいじるにとりの言葉には後悔が滲んでいた。

 珍しく反省でもしているのかと一瞬小町は思ったが、すぐに頭の中で浮かんだ考えを否定する。

 どこまでも個人主義な河童にそこまで殊勝な気持ちがあるとは思えない。おおかたゆっくり機械をいじる時間を奪われたことを後悔しているだけだろう。

 実にマイペースというかブレないものだ。

(そうか、この河童……)

 小町はここで確信を得る。

 にとりは命を危険に晒してでも外の世界の技術に触れる機会を逃したくないのだ。

「まぁ、あんたの事情はどうでもいいや。協力してくれるって言うなら、あたいらは遠慮なく利用させてもらうだけだしね。そうだろ、妖夢?」

 結局、小町は深く考えるのを放棄した。

 せっかく向こうから協力してくれると言っているのだ。利害が一致していればそれいいではないか。それに人手が増えたほうが多少はサボれるだろう。

「え? ……そうですね。河童の知識はあって困るものではありませんし」

 突然話を振られた妖夢は困惑するも特に断る理由はないと適当に頷く。

「そうか。そんじゃあよろしく頼むね」

 短く言って笑みを浮かべるにとり。立ち上がった際に、赤い珠がいくつも付いた、さながら数珠のようなアクセサリーで飾られたツーサイドアップが小さく揺れる。

「じゃあ、早く行きましょう。急がないと」

 短く促して歩き出した妖夢と、面倒くさそうにしながらもそれに続く小町。

「いやいや、ちょっと待ってよ」

 先へ進んで行こうとするふたりへにとりが制止の声をかけた。

「まさか歩いて向かうなんて言うんじゃないだろうね? 先に言っておくけど、弾が飛んでくる中を真正面から進んで行くのは御免だよ」

 にとりは腰に手を当てて口を開く。

 妖夢の戦い方を見ていたが、あんな無茶――――高速で飛来する弾丸の雨の中を潜り抜けるような真似をしろと言われては命がいくつあっても足りない。

「べつに当たらなければいいんじゃないのかい?」

「それは違いますよ、小町。当たる前に斬ればなんの問題もありません」

(ちょっとちょっと……。こいつら正気なのか?)

 平然と答えたふたりを前に、にとりは言葉を失いかける。

 妖怪辻斬りようむが言うなら百万歩譲ってまだわかる。刀を抜くとこいつは人が変わって相手を斬ることしか考えられなくなる病気だから。

 だが、死神こまちはどうだ。

 行動を共にしている間に、妖夢の思考形態に毒され始めているのではないか。そうでなければ幻想郷でもトップクラスの怠惰さで知られる小町がこんなことを言い出すはずがない。

「あのねぇ……。弾幕ごっこをやるならわかるけれど、命かかっているんだよ? あんたらまったくどうかしちゃってるんじゃないの!?」

「じゃあいっそ飛んでいきますか?」

 別にそっちでも構わないけど……と何も考えず言い出す妖夢。にとりはますます頭が痛くなってくる。

「それもおすすめはしないね。あいつらの武器がひと通り揃っているなら、空を飛ぶ敵だって相手にできるものがあるはずだよ。暢気に飛んで行ったところを撃ち落とされたいなら止めはしないけれど」

 にとりの頭の中に入っている兵器リストでは、亡霊兵団ファントムレギオンの装備はあらゆる敵に対応できるだけの物が網羅されていると記憶していた。

 数さえあれば幻想郷すべてを相手取って戦争ができるだろう。逆説的に言えば、そうなっていないのは数が足りていないからだが、それらの大半が本拠地の防衛戦力として充てられているわけだ。そう考えるとさすがにこの先進んで行くのは死のひとつやふたつは覚悟しなければいけない。

 もちろん、単なる河童に過ぎないにとりには二回目の死など迎えられないのだが。

「うーん、とりあえず片っ端から叩き斬れば――――」

「あのさぁ、頼むからもうすこし知的な考え方に至ってくれないかな!?」

 自分の中での常識がまるで通じないと本格的に危機感を覚えたにとりは我慢できずに叫び声を上げた。

「……にとりはさっきからなにをそんなに心配しているんですか?」

「そうだよ。行く前からそんな神経質になっていたら身がもたないんじゃないかい」

 にとりの想いも空しくふたりにはまるで響いた様子が見られなかった。

(こ、このふたりをアテになんかしちゃダメだ。自己防衛しないと……!)

 覚悟を決めてにとりは近くから拾ってきたボルトアクションライフルKar98へ手を伸ばす。

 そして、まるで話が通じている様子のないふたりに対する苛立ちをぶつけるかのように槓桿チャージングハンドルを引き、同じく回収してきたと思われる弾丸クリップを排莢口に当てて弾丸を内部へ送り込む。最後に遊底ボルトを閉鎖して初弾を装填すると、それに合わせて金属の澄んだ音が鳴り響く。

「なんだい、あいつらが残していった武器なんか持ってきてどうするつもりなのさ?」

「そりゃわたしが使うんだよ。あんたらみたいに無茶な突撃なんかしたくないからね。悪いけど、後方からの援護しかしないよ」

 Kar98kのスリングベルトを肩にかけてにとりは放置された装甲車――――Sd.Kfz.223へと向かい、側面下部に設けられたハッチを開けて中へと乗り込んでいく。

 しばらくすると妖獣の咆吼ほうこうのような音が一瞬響き、それよりも幾分か小さな唸り声のようなものが鳴り始めた。

「ほら、早く乗ってよ。時間がないんだろ?」

 Sd.Kfz.223の正面窓を開けて隙間から顔を覗かせたにとりがふたりを促す。

 にとりのあまりの手際の良さと予想だにしない事態が重なり、妖夢と小町はどうしたものかと顔を見合わせる。

 しかし、ここで反論しても仕方がないと言われるままに金属の塊へと乗り込むことにした。

「よいしょっと……」

 銃座の中に小町とふたりで入ると、にとりが先に入れていた亡霊たちの武器らしきものもあって妖夢としては窮屈で仕方がない。

「狭い……。小町、その危なっかしい鎌をもっと隅にやってくれませんか?」

「ちょっと。バカ言っちゃいけないよ、妖夢。これは死神の存在意義アイデンティティなんだからさ」

 正当な注文に対して無茶苦茶な理屈を口にした小町は知らぬ存ぜぬとばかりにどっかり座って動かない。

 言っても無駄だなと妖夢は諦めた。こういうところだけは小心者である。

「一応先に聞いておきますけど、にとり。これの動かし方はどこで?」

「簡単なもんさ。さっき説明書マニュアルを読んだからね」

 妖夢の不安げな問いに、にとりは当然だろ? と言わんばかりの素っ気なさで答えた。

「そういう生兵法が正直一番心配なんですが……」

 一連の会話を傍で聞いていた霖之助からすれば、どっちもどっちだった。間違いなくこの場にいる者には誰かにものを教える才能はなさそうだ。

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