東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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【連載】妖世刃弔華

著者

草薙刃

挿絵

こぞう

妖世刃弔華【第11回 奪取】

「いつまでも余所者に好き放題させていられるかってねぇ!」

 叫び声とともに空間を跳躍した小町が真横に出現、手にした大鎌を振るって亡霊の腕を切り飛ばす。

「ほらほら、どこ見ているんだい! あたいがあんたらの死神だよ!」

 挑発するように声を上げながら、周囲の歩兵たちを刈り取っていく小町。

 突然の闖入者ちんにゅうしゃへ銃を向けようとする残りの亡霊たち。

 死神からの奇襲を受ける中、最初に落下した棒の先端が爆音を上げて分離。目にもとまらぬ速度で明後日の方向へと飛翔して森の木に直撃すると轟音を響かせて幹が粉微塵に吹き飛んだ。

「ひゃん!?」

 一瞬、なにやら可愛らしい悲鳴が聞こえたような気もするがおそらく気のせいだろう。

 白煙とともに木々の破片や木の葉、それと土砂が舞い上がり、重力に引かれて地面へと落下。周囲の木々から爆発に驚いた鳥たちが逃げ去っていく。

 しばらくしてあたりに静寂が戻る。

「えっと……。わたし、まだ生きてる……?」

 矢継ぎ早に起きた事態に思考が追いつかないでいる妖夢。

 状況を認識するまで数秒時間を要し、極度の緊張から解放されてそのまま座り込んでしまう。

「おーい、妖夢~? 生きてるかーい?」

「……ええ、なんとか」

 奇襲によって亡霊歩兵たちを片付けた小町からの言葉を受け、妖夢は呼吸を手早く整えてその場から立ち上がる。

 その際、ちょっとだけ足元がふらつきそうになるも意思の力でそれを制御しなんとか平静を装うことに成功した。

「……助かりました、小町。今のはもうダメかと思いました」

「はは、礼ならにとりに言ってあげとくれ。あのコが教えてくれなきゃ危なかったよ。あの筒がそんな厄介なもんだってのは、あたいじゃわからなかったからね……」

 さすがに小町も今の爆発には肝が冷えたか額には小さく汗が滲んでいた。

「さぁ、それよりも残ってる亡霊たちを頼むよ」

「あぁ、そうでした……」

 銃座から外に出て動けなくなっている亡霊たちを幽体に戻していると、隠れていたにとりと霖之助があたりを警戒しながら歩み寄ってきた。

「いやぁ、まさか本当に全部倒しちゃうなんて思わなかったよ。あんた、こういう時は頼りになるじゃないか」

 表情に驚きを浮かべたまま、にとりが感心したように漏らす。

 普段妖夢のことをどう思っているかがわかりそうな物言いだったが、命拾いしたばかりの今はそこに触れる心の余裕はなかった。

「ええ、こんなこともあろうかと剣術を少々嗜んでいますから」

「少々……?」

「ところで、なんでにとりはあいつらの武器の名前がわかったんですか? あんなの幻想郷にはなかった物でしょう?」

 先ほどは気にしている時間も余裕もなかったため触れないでいたが、今になって思い返せば妖夢としては疑問を覚えずにはいられない。

 もしかしてこの河童が今回の異変の原因になにか関係しているのではないか。そんな疑念が湧き上がってくる。

「いや、なんか取り扱い説明書? 目録みたいなものがついていたから、あらかじめ目だけは通しておいたんだよ」

 そう言ってにとりがごそごそとかばんの中を漁りはじめる。

「いやいや、取扱説明書ってそんなものいったいどこで?」

 実際に取り出して見せてきたもの――――「これを見ればあなたも第2次世界大戦を戦い抜ける! 兵器完全網羅マニュアル!」などと書かれた本を見た妖夢は言葉を失うしかなかった。

 なにやら“発行:宝山社”と書いてあるが、こんな本を出すとは外の世界にはそれだけ需要があるのだろうか? それとも頻繁に戦争が起きるような物騒な世界なのか。

「なぁ、にとり。あらかじめ読んであったってことは、あんたあの妙な武器とかが幻想郷に流れ着いたのを知っていたんだね?」

 妖夢の思考が余所へいきかけている中、にとりの言葉から何かに気づいた小町が普段よりもやや強い口調で問いかける。さらにいえばその目は笑っていなかった。

「あー、それは……」

 ここで疑われてはたまらないと思ったのか、困ったような表情を浮かべたにとりが口ごもり、そのまま横にいた霖之助へと視線を向ける。

 それは彼に助けを求めるというよりは「喋っちゃってもいい?」と確認を取るかのようだった。

「……そうだね。彼女は依頼を受けただけだし、それについては僕から説明しようか」

 慣れない荒事に巻き込まれたからか、色濃い疲労感を漂わせた霖之助が眼鏡のズレを指で直しながら口を開いた。

「あぁ……。やっぱりあの人の仕業でしたか……」

 話を聞き終えた妖夢は戦闘の緊張から解放されたことも相まって、肩を大きく落としてそれから息を吐き出した。

 より厳密にいうと、わりと異変の裏側にいることの多い八雲紫やくもゆかりの名が出たところで無意識のうちに溜め息となって漏れ出ていたのだ。

 彼女は主人である西行寺幽々子さいぎょうじゆゆことは、妖夢など比較にもならないほど長い付き合いのようではあるが、従者としてはあのどこか胡散臭い印象のスキマ妖怪と、まるで掴みどころのない主人が組み合わさるととんでもなく危険な存在に思えてしまう。

 しかし、そんな考えに至ってしまうのも彼女たちが纏う仮面の向こう側にあるものを妖夢がまだ読み切れない――――いわば未熟な部分があるからだろう。

 自覚がないわけではないだけにもうひとつ余計に溜め息が出そうになる。

「君の気持ちもわかるけど、彼女の仕業と決めてかかるのはちょっとやり過ぎだよ」

 霖之助がそう口にするが、彼としても思うところがないわけではないのか、わずかにではあるが苦い笑いを浮かべていた。

「そうでしょうか?」

 一方、軽く窘められた妖夢は眉根がわずかに寄っていた。

 先ほども触れたように、自分の主人とあのスキマ妖怪との付き合いは知っているが、もしも幽々子が今回の裏側を知った上で妖夢を派遣したのだとすればさすがに心中穏やかではいられない。

(もしそうだとしたら――――)

 思わず問い質しに向かいたい衝動に妖夢は駆られるが、すでに異変の中心へと近付きつつある現状では不可能だ。

 それに八雲紫が事態の裏で暗躍しているのではという疑念にしても、あくまで想像の範囲に過ぎず確証もない。

「これはあくまで助言のつもりだけど、異変の度に原因扱いされてはたまらないだろうし、せいぜい彼女が関係しているかも……くらいに留めておくべきかな。早合点はやがてんは損をするからね」

 依然として苦い笑いを浮かべつつも霖之助は唇の前に人差し指を立ててみせる。それから「どこで聞かれているかわからないからね」と冗談めかして続きを口にした。

「すみません、考え過ぎてしまうところでした」

 暴走しかけていた思考が霖之助の言葉で徐々に鎮まっていく。

「いいんだよ。純然たる事実として、外の世界で行き場をなくした幻想を保つための結界という性質上、どうしても外で変わっていくもの――――忘れ去られていくものはここに流れ着いてしまうからね。今回みたいなことが起きれば尚更さ」

 時代の変遷とともに神秘の類は居場所を失いその力を弱めてきた。

 どれほど足搔こうとも、いつしか世界の観測者と位置付けられた人間から認識――――畏れ敬われていなければ、彼らを容易く凌駕する神も妖怪も本来の力を発揮することはできないのだ。

 おそらく、幾多の存在が時の移ろいとともに物体が風化するかのごとく消えていったことだろう。

 しかし、幻想郷はそんな法則システムを逆手にとって利用することで、外の世界で忘れ去られたモノが行き着く“世界のスキマ”として成り立っている。

「つまり今後は武器などもその例外ではいられないということですか」

「そうだね。そこは神も妖怪もそして物すら平等ということなんだろう。作った側が意識していたかはわからないけれど」

 神秘の類があらかたやってきた後は、文明の中で忘れ去られたものが来たとしても不思議ではないのだろう。

 ただ、残念ながら今回はとてつもなく厄介なものが来てしまったようだが。

「なにやら栓のないことを言ってしまったみたいですね」

 妖夢は己の浅慮を恥じるように頭を小さく掻く。

 思い込みをそのまま口にしてしまようではまだまだ未熟と言わざるをえない。

「はは、僕はいいさ。こうして同じ異変に巻き込まれた身としては愚痴のひとつもこぼしたくなるしね。あやうく袋叩きじゃすまないところだった」

「情けないことを言うよなぁ。あんた男だろ? か弱いあたしを守ってくれるくらいはさぁ……」

 そこで亡霊たちが残した武器などを物色していたにとりが会話に入ってくる。

 一緒に逃げ回っていたことへの呆れが混じった目で霖之助を見ていた。

「手厳しいなぁ……。でも、悪いけど僕は荒事には向いていないんだ」

 霖之助の表情にふたたび苦いものが宿る。

「知ってるよ。あんたが舶来物はくらいもの狂いだってことはね。だから誰がおくうを助けに行くか考えなきゃいけないんじゃないか」

「いや、面目ない……」

 頼りにならないよねぇと遠慮なく毒を吐く河童を前に、霖之助はとうとう言い返す言葉すらなくしかけていた。

「……おくう? どういうことです?」

 この場にいない者の話題が出たことで、妖夢は小首を傾げて問いかける。

 事情を訊ねようとはしているものの、すでに何とはなしに予想もついており、事態が厄介な方向に進んでいると否応なしに突きつけられた気分だった。

「いやぁ、今の会話でなんとなく想像がついてるとは思うけどさ。うつほがさっきの連中の親玉みたいな女に攫われちゃったんだよ……」

 ばつの悪そうな表情でにとりが衝撃の事実を告げる。

「ええ!? あの地獄鴉が!?」

 妖夢としては驚くしかない。先ほどから聞き役に徹してダラダラしていた小町でさも一瞬身構えたほどだった。

「そりゃあちょっと解せないねぇ。あの地獄鴉は妖怪の身に余るようほどの厄介な力を持っている。殺意満々の連中が襲ってきたなら、ここら一帯が消し飛んでいたってあたいは驚きやしないよ」

 小町から鋭い指摘が放たれる。

 間欠泉騒動の一件で空が討伐されずに済んだのも、彼女の主人が一種の安全装置となっているのと、あくまで“弾幕ごっこ”の原則を守っているからに過ぎない。

 それほどまでに彼女が持つ“神の火の力”は強力かつ危険な存在で、異変の際には巫女と魔法使いによって成敗されてもいる。

「わたしもそう思います。まさかとは思いますが……」

 現実であってほしくない答えに達した妖夢の額に汗が浮かぶ。

 八咫烏の力が発動した形跡は見られず、その上で空が拉致されたという。そこから導き出される答えは――――

「お察しの通り、その女には手も足も出なかったよ」

 思い出したのかにとりは両手で二の腕を掴んでぶるりと震える。

「おくうが動き出そうってところで、あっという間に距離を詰めたかと思ったら、鳩尾に刀の柄頭を打ちんで昏倒させちゃったんだ」

妖世刃弔華挿絵6

 刀という言葉を聞いて妖夢の表情が大きく変わる。

 幻想郷に並々ならぬ剣の使い手がいる事実に反応せずにはいられなかったのだ。剣客の宿業ともいえるかもしれない。

「それほどの使い手がいたのですか……。しかし、いったいなんのために彼女を? わたしたちが今まで相手にしてきた亡霊たちの行動からはまるで想像ができません」

 自分たちが遭遇してきた亡霊たちは問答無用で襲って来るばかりで交渉の余地すらあるようには見えなかった。

 もしも言葉が通じるのであれば、昨晩の戦いのようにいきなりの襲撃とはならなかったであろう。

 よしんばそれが高位の存在と出会わなかった結果だったとしても、うつほだけが攫われ霖之助とにとりが始末されそうになっていたこととはまるで結び付かない。

「それは……」

 ひどく言いにくそうに言葉に詰まるにとり。

 幻想郷に流れ着き、今や亡霊たちと同化している兵器について口にしていた時とは大きく異なる困惑を表情に浮かべていた。

「そこも僕から話そう。彼女にはすべてを説明していなかったからね」

 代わるように霖之助が口を開いた。

 妖夢としては妙に勿体ぶった流れに感じられたが、そこにはいつも見られる「趣味人」の調子とは程遠い真剣なものが宿されていた。

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