東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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音楽評
2024/07/18

かつて共にあった幸せを願う宇佐見蓮子の物語。東方アレンジ楽曲レビュー『あいの風』/ ZYTOKINE

東方アレンジ楽曲レビュー『あいの風』ZYTOKINE

「再びの」はじめに

 今回紹介させていただくのは、コミックマーケット100にて頒布されたZYTOKINEによる秘封アレンジアルバム「あいの風」だ。

 こちらは以前紹介した秘封アルバム『二輪草』に続く秘封アレンジシリーズとなっており、前作との対比を意識したような作品となっている。

 すぐに気付くところを挙げるとするならば、双方のジャケットイラストだろう。『二輪草』で描かれるマエリベリー・ハーン(メリー)と『あいの風』で描かれる宇佐見蓮子のイラストは、まるで二人が手を差し伸べているような『繋がり』を意識した構図となっている。

 そこで、本レビューも前回のレビューとは対照的に、メリーと別れてしまった蓮子を中心とした物語と捉えてこの作品を紐解いていくことにしよう。

 そのため、本レビューでも『二輪草』のレビューにて述べた箇所に触れるところがいくつかある。興味があればこちらを先にお読みいただくことをオススメする。

「ずっと離れない」ことに囚われたマエリベリー・ハーンの物語。東方アレンジ楽曲レビュー『二輪草』/ ZYTOKINE

東方アレンジ楽曲レビュー『二輪草』ZYTOKINE

 それでは、もう一人の秘封倶楽部のお話を一緒に観測してみよう。

 

悲しい現実に抗おうとする宇佐見蓮子の物語

Tr.02「邀火」

「禁忌の膜壁」のどこか不穏で特徴的なイントロが物語の始まりを告げてくれる。このアルバムでも特に蓮子の強い思いが込められた一曲だ。

何度目かの覚醒めと共に  ああこれは夢じゃなかったと

突きつけられる現実に 誰に何が出来るだろう

 どうやら、宇佐見蓮子は受け入れ難い現実に直面しているようだ。やはりメリーとの離別は彼女にとって大きなダメージをもたらしたのだろうか。

『二輪草』の「詠み人知らず」でも述べたが、「一緒にいてほしい」という自分のメッセージをメリーは拒んでしまったのだ。いつも一緒にいた相方との別れ、ずっと思い悩んでしまうのも無理はないだろう。

”ああすればよかった こうすればよかった 一生 唱えてろ”

 でも、彼女にとって後悔なんてものは戯言に過ぎない。なぜなら、どんなに後悔したところで今の辛い現実を変えることはできないのだから。

 そんな複雑な思いを抱えながら、この曲はサビへと向かっていく。違和感なく挿入される「夢と現の境界」のメロディーとともに。

汚れた手に 残る温もりが

消えるくらいならいっそ この躰 火に焚べて

 そして、宇佐見蓮子は考える。メリーを引き止めることが出来なかったこと、そしてこの悲惨な状況を作り出してしまったのは自分のせいであると。ずっとこの自責に苛まれて生きていくくらいなら、この身すら滅ぼしてしまいたい。彼女にとってメリーのいない世界など、無価値に等しいのだから。

還る君が  迷わぬように 僕は喜んで灼かれ 君をむかえよう 

 だからこそ彼女はメリーに謝罪したいのだろう。償いたいのだろう。もし、メリーが自分のことを探してくれるなら、燃え盛る「邀火」のように自分はここにいるのだと示したいのだ。そんな、蓮子なりのメリーに対する愛情と懺悔が表れた歌詞だと感じている。

 

 さて、ここで使用されている原曲についてもう一度注目してみよう。「禁忌の膜壁」と「夢と現の境界」、どちらも現実と幻想のボーダーラインを想起させるものだ。抗うことの出来ない、誰にもどうすることも出来ない「現実」から逃れ、新たな「幻想」へと至りたい、そんな宇佐見蓮子の願いを表しているようにも見える。

 

Tr.04「剽窃者のソフィズム」

 宇佐見蓮子はこの悲しい「現実」から脱却するためにどのように抗っていくのだろう。そんな疑問を抱えながらも、次の物語が始まる。

愛したかった 追いかけていた(遠すぎる日の欠けた追憶)

鋭いまま 心に刺さっている

 彼女は、これまでのメリーとの活動を振り返っていく。今まで培ってきた思い出、記憶、それらが思い起こされる度、自分を傷つけていくことになるのだ。

”暴いた  どんな現実も  誰一人 救えはしないだろう”

騙りあい 信じあう 自我 微笑む世界

 そして、後半のサビのこのフレーズを聴いた時、私は疑問に思った。本当に宇佐見蓮子はこんなことを思ったのだろうかと。

 確かに、秘封倶楽部はこれまで様々な事を暴こうとしてきた。それは「誰かの役に立つ」とか「困っている人を助ける」といった慈善的な活動ではない。この科学世紀に眠る秘密を自分たちの力で曝け出すといういわばエゴなのだ。

 しかし、自分の活動を客観的に振り返り、ましてやそれらを否定するようなことなど、普段の宇佐見蓮子ならばやろうともしないような事だろう。

 そう、これは宇佐見蓮子の導き出した考えではない。「秘密を暴くことは危険を孕む」というのは『二輪草』でも述べた“臆病者”のメリーの考えなのだ。

 でも、今は己にこの考えを言い聞かせるしかない。まるで他人の考えを自分が述べたかのように言い張る剽窃者”のように、自分で自分を欺くことでしか安らぎを得ることは出来ないのだ。

確かに 一緒だった ふと 君を想い出して 壊れたくなる…

 しかし、完全に己を騙すことはできなかったようだ。きっとこれまでに紡いできたメリーとの「つながり」の強さがそれを邪魔してしまっているからだろう。

 蓮子視点の話でありながらも、原曲が秘封倶楽部のテーマである「少女秘封倶楽部」が用いられているのもこの「つながり」の強さを強調させてくれているように思えた。

 

Tr.10「そして、これからも失い続ける場所」

 そして宇佐見蓮子の物語にも終わりがやってくる。自分を騙すことが出来ず、かつての幸せを掴むことが出来なかった彼女は最後に何を見るのだろうか。

いつか終わるなら それまでに伝えたい事が まだたくさんあったんだ

 もしこの結末をあらかじめ知っていたのなら、もっと充実した未来について思いを馳せたのかもしれない。

だけど僕らは 全て失う 跡形もないほど 何もかも

 だが無常にも、現実は彼女に残酷な有様を見せる。どれほど悔いようとどれほど思い出に浸ろうとメリーは自分の元には帰ってくることはないのだと。

あの約束も 今は想い出 あの空も 綺麗だったね…

 失った時にようやく気付く、今まで当たり前だった日常の素晴らしさとでもいうべきだろうか。同じ場所で同じものを見ることが出来た、昔にはもう戻ることが出来ない。 

『二輪草』のTr.10「そして、これからも泣き続ける場所」と対比されるこの曲だが、どことなく明るさを感じるあちらとは対照的に、この曲はスローテンポで切なくなるような曲調だ。

 メリーへの思いが捨てきれない蓮子が現実に打ちひしがれる様子がありありと映し出され、物悲しい雰囲気の曲調が、観測者である我々の心までも掴んで離さない。

 

「もう一つの」おわりに

『二輪草』のレビューと同様、ここまで述べたことは全てただの一考察に過ぎない。当然の事だが、このアルバムはここで取り上げたいくつかの曲、いくつかのリリックだけで説明できる作品ではないからだ。

 しかし、本レビューのように数曲をピックアップするだけでも、ここまでの物語を見出すことができる。それは、本作品が「貴方にとっての秘封倶楽部とは何であるのか」という問いかけを秘めているからだと捉えている。勿論、人によって答えは異なるので、十人十色の考察が生まれるのはおかしなことではないのだ。

 だからこそ、この作品を既に持っている方やこれから手に入れようとしている方にも、ぜひ深掘りをして欲しいと思っている。「二輪草」との対比も加えることで、さらにこの作品にさらに深みが増すことは間違いないだろう。

「幻想」を拒んだメリーと
「幻想」へ至ることを望む蓮子。

無意識に「臆病者」になってしまったメリーと
自ら進んで「剽窃者」となった蓮子。

最後に一言だけ告げたかったメリーと
たくさんのことを伝えたかった蓮子。

 このような二人の違いを第三者の神のような視点で観測することが出来る作品だ。お互いの視点で進んでいく物語から生み出される濃厚な秘封成分を思う存分楽しんでもらいたい。

 さて、この宇佐見蓮子の物語も現状を打開することが出来ず、バッドエンドのような形で終えることになった。彼女達は結局このまま何も出来ないまま、ずっと「泣き続け」、また「全てを失って」終わってしまうのだろうか。

もう戻らないあのあいの風よ、今はどこで吹いている

新たな「あいの風」がきっとどこかで吹いていることを願って、本レビューを締めさせていただく。

 

あい‐の‐かぜ【あいの風】

北陸地方で夏に北東から吹くそよ風のこと。
この風が吹く頃には、豊かな実りをもたらすことから、古来から「幸せを運ぶ風」とされている。

引用:https://ainokaze.co.jp/company/about

 

作品情報

作品名:
あいの風

サークル名:
ZYTOKINE

YouTubeチャンネル
Fanbox

代表編曲者:
隣人

委託先:
BOOTH
メロンブックス
アキバホビー

ZYTOKINE楽曲配信先:

Apple Music

https://music.apple.com/jp/artist/zytokine/953386440

Spotify

YouTube Music

https://music.youtube.com/channel/UCIAB5CPbjCqdIzT782JVvfg

LINE MUSIC

https://music.line.me/webapp/artist/mi0000000016790a88