東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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音楽評
2023/07/27

「東方アレンジ界のスーパーちんどん屋」東方アレンジ楽曲レビュー『市場再招宴』/オーライフジャパン

東方アレンジ楽曲レビュー『市場再招宴』

 今回ご紹介するのは、2022年に出たオーライフジャパンの『市場再招宴』だ。東方虹龍洞をテーマにしたマルチジャンルのインストアルバムである。下記のリンクから聴けるので、ぜひ楽曲を聴きながら読んでほしい。

 

オーライフジャパンとは

 オーライフジャパンはまさみティー氏の個人サークルである。まさみティー氏は2007年頃より東方アレンジを作っている方で、ベスト盤や共作含めて25枚のアルバムが出ている。今となってはかなりの古参になるだろう。氏のアレンジのジャンルは様々だが、主に民族楽器を取り入れたアレンジや、クサメタル(メタル系音楽のうち、音楽構成がやたらと仰々しかったり、あるいは必要以上なまでに泣きのギターが入るメタルのこと)なアレンジを製作していることが特徴だろう。

 幼少期からDTMに親しんでいたようで、小学生の頃にはすでにローランド社のDTMソフト「ミュージ郎」を使用していたという。おそらく90年代後半のことであるので、DTM歴は四半世紀以上になるだろう。学生の頃は吹奏楽部でトロンボーンを担当していたとのこと。ニコニコ動画の初期には東方とは関係ない耳コピ楽曲やオリジナルのボカロ曲をアップしていたようだが、やがて東方アレンジを中心に活動するようになる。特に2008年に3枚、2009年に4枚、2010年には3枚のアレンジアルバムを出していて、この時期に精力的に活動している。現在も1年に1枚程度のペースで新作アルバムを発表しており、活動は継続している。

 他にもアレンジ楽曲を東方LostWord、東方ダンマクカグラに提供しており、Yahoo!モバゲー、DMM GAMES等のゲーム音楽を担当していたこともあるようだ。

 また、2017年頃から「小説家になろう」にて小説を書き始め、2020年には「黒鳶の聖者 〜追放された回復術士は、有り余る魔力で闇魔法を極める〜」が第6回オーバーラップWeb小説大賞を受賞。商業作家としての顔も持っている。多才な人物である。

 ちなみにアレンジアルバムのジャケット絵を描いているエビゾメ氏は、まさみティー氏の双子の弟にあたる。

 

『市場再招宴』の魅力

 先ほどまさみティー氏のアレンジには大きく分けて民族楽器とクサメタルの2種類があると述べたが、このアルバムはどちらかといえば前者に当たる。分かりやすく民族楽器と述べたが、正確には民族楽器を含めたアンサンブル形式のアレンジと表現すればいいだろうか。曲によってオーケストラ的だったり、ロック的だったり、ジャズ的だったりする。

 そうした氏の特色が一番現れているのは、今作においては9曲目「百足演舞」であろう。原曲は「龍王殺しのプリンセス」だ。

 管楽器の怪しげなイントロから始まり、そこに三味線やドラム、ギターが入っていく。全体としてはロック的なアレンジとしてまとまっており、メインのメロディーは三味線とギターで奏でられる。特に中盤の三味線パートは楽しい。快活なアレンジである。ちなみにSpotifyではアルバム中この曲の再生数が一番多く、その人気もうなずける。

 筆者が特にお気に入りなのは2曲目「葉隠れの隘路」である。原曲は「深緑に隠された断崖」だ。

 楽器が増えていくにしたがってもうメチャクチャにテンションが上がる曲になっている。アコギとドラムの音を下地にして始まり、ピアノやストリングスが乗っかり、笛の音が伸びかやかに入ってきて、さらにもう一押しで豪華なストリングスが入ってくる。この辺りで聴いているこちらの体は段々と曲の空間に取り込まれる。

 原曲「深緑に隠された断崖」でも、深い森の中を表現しているような怪しげなメロディーと、雄大な自然を表現しているような広がりのあるメロディーが交互に配置されており、まさみティー氏のアレンジでも基本的にそれが踏襲されている。曲名にある隘路は狭い道という意味だが、曲の雰囲気はもう途中からは狭い道どころではない壮大さになっている。隘路を抜けた先、森を抜けた先の広い空間とでもいうような、断崖と空がイメージされる。

 もちろん豪華一辺倒というわけではなく、ところどころで緩急はつけられているし、特に中盤の素朴なアコギパートは爽やかで良い。ただやはりこの曲の良さは後半の怒涛のゴリ押しというか、手を変え品を変えとにかく押しまくってくるところだろう。3:48~4:06あたりの忙しなく跳ねるようなストリングスはたまらない。

 もう一曲紹介しよう。5曲目の「イザナギ・イノベーション」だ。

 まさみティー氏曰くジャンルはプログレ・ジャズ・フュージョン。今回のアルバムの中でも変わり種だと自身で言及されているが、筆者としてはアルバム中で一番おしゃれで洗練されたトラックだと感じる。特にフュージョンっぽさがあるのが嬉しい。1:00過ぎから始まる清涼感のあるギターとシンセの音はたまらない。原曲「廃れゆく産業遺構」は疾走感がありつつもノスタルジックな、いなたいエモさのある曲だが、氏のアレンジではより爽やかで元気いっぱいな朝一番に聴きたくなるような曲に仕上がっている。

 まさみティー氏としてもアルバム中でお気に入りだったのだろう、この曲には動画もある。気の抜けたような絵のリリカや雷鼓、魅須丸が音に合わせて首をカクカクさせる動きは可愛い。首カクカクMVはまさみティー氏の定番の動画で、氏のYouTubeチャンネルやニコニコ動画には他のアレンジ曲のMVもある。気になる人は是非見てほしい。味のある絵と動きはクセになる。

YouTubeチャンネル

ニコニコ動画

 

東方アレンジ界のスーパーちんどん屋

 まさみティー氏のアレンジの魅力といえば、やはりそのエンタメ性であると思う。曲の展開が早く、様々な楽器が入れ替わり立ち替わり入ってきて、スパッと終わる。遊び心が散りばめられていて、飽きのこない作りになっている。先にも述べたが、氏のアレンジは民族楽器をメインに据えているものであってもドラムやピアノ、ギター、ベース、ストリングス、管楽器等が入ってくるし、何でもアリなごった煮アレンジという側面がある。そうした楽器がワイワイガチャガチャと入れ替わっていくスタイルは楽しい。

 例えばジャズの生演奏などで各楽器のソロパートのときに演奏者が大袈裟に体を動かしながらメロディーを奏でることがあるが、そういうときに単に曲そのもの以上に演奏者の楽しさが観客と共有されていると感じることがある。それは所謂ライヴ性であり、パフォーマンスの楽しさだが、まさみティー氏のアレンジにはそうしたものがある。

 もちろん打ち込み音楽ではあるので生演奏のグルーヴ感には敵わない部分もあるだろうが、各楽器の鳴らし方のツボを押さえているといえばいいのか、演奏者の楽しさやノリみたいなものを演出しようという意図はかなり感じる。そしてそれは、まさに先に示したMVそのものであろう。もしかしたら編曲段階ですでに、まさみティー氏の頭の中では東方キャラが首をカクカクさせて演奏しているのかもしれない。思わずこちらも楽しくなる、うきうきわくわくする、首カクカク音楽だ。

 また、以前まさみティー氏がイベントで登壇されていたときに自身の音楽背景に最も大きい影響をもたらしたものはゲーム音楽だと発言していた覚えがあり(筆者もそのイベントに参加していたが、酒に酔っていて記憶が曖昧な部分がある)、個人的にはとても得心がいく。

 特にファンタジー系のRPGやアクションゲームのBGMで顕著だが、異国情緒を演出するために民族楽器が使われていても、きちんと聴けばどこかエセ民族的な曲は多い。90年代以降の、所謂ケルト音楽という言葉の氾濫はそうした流れのものであろう(詳しくはWikipediaのケルト音楽の項目などを読んでほしい)。

 もちろんこれは曲の良し悪しがそこで決まると言いたいわけではない。そのスタイル自体は曲の良し悪しとは別である。そして言い方を変えれば、そうした曲は音楽ジャンルや文化的な厳密さにこだわらない自由奔放さが売りとなる。まさみティー氏のアレンジもまさにそういうものだろう。

 まさみティー氏は自作のことをよくマルチジャンルと謳っているが、たしかに氏の曲には様々なジャンルの要素が出てくる。

 筆者の好きなアレンジ曲でいえば、「サニティポイントの迷子捜索」は明らかにプログレッシブ・ロックを意識して作ってあるし、「ほおずきみたいに紅い魂でメタルっぽくない何か」はマスロックっぽい。

 クサメタルシリーズにしても、ゴシックメタルっぽいものや90年代RPGのBGMっぽい作りのものもある。「The Karasu Wind」のオマージュ元はPat Metheny(著名なアメリカ人ジャズ・ギタリスト)の「Third Wind」だし、「ミューチュアル一方通行」はSteve Reich(ミニマル・ミュージックを代表するアメリカの作曲家)あたりを意識しているだろう。

 筆者が一番笑ったのは、和楽器アンサンブルがメインのアルバム『謀叛和楽陣』の7曲目「RI」で、突然ダブステップをぶち込んできたことだろう(まさみティー氏がゴリゴリのEDM曲を作るのは珍しい)。もちろん、この曲も和楽器がメインにはなっているのだが、途中からは容赦なくワブルベースも鳴り響く。まさみティー氏なりの遊び心であり、リスナーへのおもてなしである。何より鬼人正邪のヤンチャっぷりをそのように表現したことが面白い。

 筆者がオーライフジャパンの曲をきちんと聴き始めたのは、2010年代前半頃なのでそろそろファン歴として10年くらいになってくるだろうか。毎度高クオリティなアルバムが出るのが楽しみでならない。今後ともまさみティー氏の活躍を応援したい。

 

作品紹介

作品名:
市場再招宴
https://o-life.jp/olja0021/

楽曲クロスフェード、サンプル音源:
https://soundcloud.com/masamit/vz7gjnkox6jb

サークル名:
オーライフジャパン
https://o-life.jp

代表者名:
まさみティー
https://twitter.com/MasamiT

委託・配信先:

https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=1575716

https://ec.toranoana.jp/tora_r/ec/item/040031003330/

https://shop.akbh.jp/products/2100000131044

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