音楽と食事は相性が良い? 『異食獣』/ワタシキサマ
東方アレンジCDレビュー『異食獣』/ワタシキサマ
レストランや居酒屋、バーなどでは必ずと言ってよいほど、音楽が流れている。
古い食堂などではテレビやラジオで間に合わせるところもあるだろうが、多くは何らかの音楽が食事に華を添えていることだろう。そう考えると音楽と食事の相性は本来良さそうに見えるが、実は食事をテーマにした楽曲というのは決して多くはない。精神活動や美意識の埒外に置かれることが多いのだ。
むかし、とあるロッカーは「メシ喰うな!」と叫んだ。
「千と千尋の神隠し」では千尋の両親が食に耽り、厄災に見舞われる。
このように食事という行為は、むしろ美意識に相反する物と見なされる向きすらある。「日本全国酒飲み音頭(バラクーダ)」や「日本印度化計画(筋肉少女帯)」のようにコメディに振り切るのであれば、むしろ有用なくらいである。しかし、その扱いづらい「食」を敢えて、全面的かつ真摯にテーマにしたアルバムがある。
『異食獣』 / ワタシキサマ
どの曲も個性豊かで魅力的な本アルバムだが、今回は、特に大人の香りが濃密な2曲をご紹介したい。
LOVER POTAGE
本楽曲は亡き王女の為のセプテットをジャズロックに纏めた、美しく気高く力強く、しかし悲しい一作である。
最小限と言っていいシンプルなバッキングのイントロ〜Aメロから始まり、感情が抑えきれず高まっていくサビ前、そして叫ぶようなサビへとつながっていく。原曲である亡き王女の為のセプテットのメロディーはほとんど変えられていない。原曲は晩餐のBGMとしてすでに完成されているのだ。
そう、これはただの夕食ではなく晩餐だ。歌詞上での情景描写は「綺麗なRED(紅い)ボウル」など、最小限である。しかし、心地よいジャズアレンジとスラップ・ベース、咲子氏のブルージーなボーカルから、その様子をはっきりと思い浮かべることができる。
原曲は言わずとしれたレミリア・スカーレットのテーマである。咲子氏のパワフルで感情的な歌声が見せてくれるのは、500歳を超える大妖怪かつ永遠に幼い少女である、強くて脆いレミリア・スカーレットだ。
そんな彼女の夜の曲。
暗い赤を基調とした落ち着いた空間、華美になりすぎずない調度品、最小限の蝋燭によるライトアップ、純白のテーブルクロス。ふたりで食事するには少し狭い食卓。間近で大切な人の笑顔を楽しむために。
Stand up and dancing night under the moonlight.
そう、そのようなテーブルには、美味を語らう大切な人が不可欠だ。
しかし、
Tharsty night, Lacking taste, Isolate.
テーブルにはレミリア嬢しかいない。向かいには誰も居ない。彼女が愛する人は、二度と席には戻ってこないのだろう。
グルメライター≠ススメライダー
皆さんも経験があるはずだ。仕事や学業、日々のよしなしごとに忙殺されて、これが食わなきゃやってられるか!となる瞬間が。
それを幻想郷でもっとも共感してくれそうな妖怪、射命丸文のレトロスペクティブ京都をアレンジして歌い上げたのが本楽曲だ。
サイコアナルシス(EGO-WRAPPING`)のような疾走感あふれるスイングロックは、幻想郷最速を謳って憚らない射命丸文にふさわしい、気持ち良いアレンジに仕上がっている。
「最近はスランプ状態、書けど飛ばず地団駄、気晴らしに外に出ようか」から始まり、跳ねるリズムで美味を食べ散らかしていく。しかし、ここは魑魅魍魎が跋扈する幻想郷。楽しむ美味が、どうにも不穏だ。
今朝絞めたばかりのレバー、鮮やかな赤。
希少部位です、レモンを絞って、舌を舐める背徳感、ぐちゅりぐちゅり飲み干して。
繁盛で品切れです、調達のご指名。
ついには笑顔で告げる、
今日のご飯は「あなたに決まりました!」
そして、長いドラムソロに入っていく。ドラムソロの裏で、いったい何が調理されているのか……? しかし、ここで考えてみる。
射命丸文は鴉天狗だ。
天狗は人を攫うが、しばらく後に元の家へ帰す。自らの力を人に誇示することはあっても、人を攫って食べたりはしない。では、これまで彼女が食べていたモノはいったい、何だったのだろう? 真相は文々。新聞を読んでも闇の中だ。彼女は、人を食ったような性格だから。
楽しい食事はまだまだ続く
本アルバムは他にも、
- 叶わぬ人との逢瀬を夢見る人魚の思いをテーマに、静かな語りと優しいボーカルで綴る秘境のマーメイドのボサノバアレンジ「ステイ・ミー・ライク」
- 現人神が、おそらくは二柱に見守られながら、大好きな誰かのための料理に奮闘する信仰は儚き人間の為に/少女が見た日本の原風景のポップスアレンジ「SANA`S☆キッチン」
など盛りだくさんである。
しかし残念ながら、ワタシキサマはコンスタントに活動しているサークルではなく、次のアルバムが予定されているかは不明である。しかし、サークル代表でありアレンジや作詞などの骨子を担当する田中じゅんじろー氏はモジャン棒で、ボーカルの咲子氏は少女理論観測所などで、その魅力を遺憾なく表現している。両サークルはコンスタントに素晴らしい新作をリリースし続けている。本アルバムが気に入った方は追いかけて絶対に損はしないと、断言する次第である。
作品情報
『異食獣』
編曲:田中じゅんじろー
作詞:田中じゅんじろー/イヌリン
Vocal:咲子/イヌリン/抹
演奏:テラ/ムー/ねっぴ/kent watari
ジャケットイラスト:左野ナオイ
特設サイト:https://watashikisama01.tumblr.comサークル:
ワタシキサマ
https://twitter.com/tanakajunjiro