東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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同人誌評
2023/07/14

「なぜ守矢一家は家族になれたのか。『かぜなきし』が描く早苗が起こした奇跡」同人誌レビュー『かぜなきし』/酸性いよかん。

同人誌レビュー『かぜなきし』

『かぜなきし』は、守矢一家の「幻想入り」に至るまでを描いた『東方風神録』の前日譚。東方の二次創作同人誌で人気投票をしたら間違いなく上位に入ってくる屈指の有名作であり傑作です。

 改めて紹介するのもちょっと気が引けるんですが、初出から10年以上が経っていて、未読の方も少なからずいると思いますので紹介したいと思います。

かぜなきし 総集編 | メロンブックス

 本作は作画・ほた。さん、ストーリー・流圭さん(別名:nagare)による合作。

 東風谷早苗、八坂神奈子、洩矢諏訪子。バラバラな生い立ちの彼女たちがなぜ「守矢一家」とも称されるような深い絆で結ばれるに至ったか。早苗はなぜ「外の生活」の人生を完全に捨て、幻想郷で生きる道を選んだのか。

「そんな話を描けたら凄い最高だよね~」というアイデアは浮かぶと思うんですけど、実際に描けるかは別問題じゃないですか。それを真っ向から形にしちゃった「野生の公式」系の代表格がこの作品なんです。そこに痺れる憧れる!

 物語も超壮大。何せ古代日本の時代、諏訪子が神として土地を治めていた時代から、現代の日本で神への信仰が失われつつある時代までが描かれています。古代日本時代がいつかは曖昧なんですけど、5000年以上の時の流れが描かれているんですよ。それだけでワクワクしませんか。

画像は『かぜなきし 総集編』より引用

 

ほた。&流圭タッグによる処女作にして最高の「野生の公式」

 作者のほた。さんと流圭さんは、後に本作同様の作画・原作タッグで商業誌へ活躍の場を広げ、『夢のクロエ』(KADOKAWA)、『トリガーハッピーウィッチ!』(芳文社)といった作品を発表していくことになるのですが、『かぜなきし』はその記念すべき第一作。それまで同人活動のキャリアがそれなりにあったとは言え、ほた。さんの卓越した作画による表現力、流圭さんの鋭いキャラクター考察に基づいたストーリー構成力。そのふたつが恐ろしいくらい噛み合っていて、初めての共作とは思えません。

 私自身、『かぜなきし』を読んだ時にかなり衝撃を受けました。読んだ以前・以後で、東方の二次創作マンガの見方、読み方自体を改めざるを得なかったくらいです。もともと同人誌が好きで、その流れで東方の二次創作を読んでいたので「流行ってるジャンルで、作品の母数が多いからか良い作品が多いなー」みたいな認識だったんですよ。それが「なんか面白い作家、めちゃくちゃ多い気がする……」という感じに変わりつつあったところに、いきなり『かぜなきし』が現れたんです。それで「えっ、二次創作関係なく、単純にめちゃくちゃ凄いマンガが出てる!? これが東方ジャンルの通常運転なら、本腰入れて探せばもっと面白いマンガが読めるかも……」と本気でハマっていくことになったんですよね。同じように思った人は多いんじゃないでしょうか。

 ほた。さん、流圭さんが『かぜなきし』をどんなきっかけで生み出すに至ったのかは長年気になっているのですが、実は全く分かりません……。おふたりとも作品について多くを語るタイプではなく、中でも『かぜなきし』は制作に関わる情報がぜんぜん見つけられないんですよ。後書きや前書きも存在せず、「語るべきことは作品の中に全てある」という強い意思すら感じています。そこも何だか東方イズムがあってカッコいいんですよねー。

 最初の方に「野生の公式」と書きましたが、『かぜなきし』は「東方風神録」の設定にまつわる疑問に対する回答に満ち溢れています。

『早苗は諏訪子の遠い子孫だって書かれているけど、神様である諏訪子は人の子を生んだってこと? 相手は? そもそも産めたの?』『早苗は人間の世界と決別して幻想郷に行くことは恐怖だったが、それ以上に楽しみでもあった。とか書かれているけど、そもそも親とかにちゃんと話をつけたの? 家族より神奈子と諏訪子を選んだ理由は? 異世界転生感覚の考えなし現代っ子なの?』『神奈子のキャラクターとか、考えてることが全くわからん…』『幻想郷に行く前、少なくとも早苗と二柱は親密な感じではなかった雰囲気だけど、いつから家族みたいになったの?』などなど。

画像は『かぜなきし 総集編』より引用

 風神録の設定を読んで感じた疑問に対して、一つひとつこうだったんじゃないかという予測を積み立てて物語を構築していったんじゃないかと思うんですよね。ある種、これって物凄く楽しい作業なんです。作者のおふたりはそんな予想話で盛り上がって共作に至ったのかもしれませんね。

 

異質のオリジナルキャラクター・東風谷静香の存在感

 「手塚治虫マンガの描き方」で有名なストーリーを考える方法として、話のラストを決めてそこから逆算して話を考えていく「演繹法」、後先を考えずにキャラクターに任せて行き当たりばったりで話を展開していく「帰納法」という2パターンがあります。これで言うと『かぜなきし』は究極の「演繹法」なんですよね。こういう公式設定と物語とキャラクターがある、じゃあそこに至るまでの計算式を考えようって発想。だから基本的に全てのエピソードに理由付けがあり、ぜんぜん無駄がありません。

 物語の始まりは古代からなのでもちろん早苗は登場せず、諏訪子と神奈子の神話の時代から描かれます。前半の見どころは、出会いこそ侵略者と奪われる者という関係ですが、数千年の時を重ねる中で変化していく諏訪子と神奈子の発酵しまくった腐れ縁の関係性。そして一番は諏訪子のちょっと衝撃的でハードボイルドなエピソードです。詳細は伏せておきますが、これもただ読者に衝撃を与える目的ではなく、後々に語られる早苗との絆を描く上で外せないエピソードになっています。

画像は『かぜなきし 総集編』より引用

 後半の現代日本編で異彩を放っているのが、オリジナルキャラクターである早苗の母・東風谷静香の存在です。

画像は『かぜなきし 総集編』より引用

 原作を重視したコンセプトの中でこうしたキャラクターが出るということは、物語を作る上で登場させないと話が成立しない超重要人物ということなんですよ。実際に静香は、早苗にとって唯一の肉親であり、現代社会との繋がりとして描かれています。劇中で静香が死ぬことで、早苗は世間とのつながりを失い、幻想郷に行くことを決意できる……という筋書きになってるんですよね。

 幻想入りって分かりやすく言えば「二度と元の世界に帰れない異世界転生」みたいなもので、そうしたこれまで生きている世界を捨てるような決断を、早苗がした理由を考えていくと母親の存在を描く必要があった……と逆算できます。

 物語終盤、幻想郷に旅立つ決意をする彼女たちは、それぞれ大きなものを失っています。

 早苗は唯一の肉親であり、現世との繋がりだった静香を。

画像は『かぜなきし 総集編』より引用

 諏訪子は何も変わらぬ状況に、物事への興味を。

画像は『かぜなきし 総集編』より引用

 神奈子は力の源である信仰を。

画像は『かぜなきし 総集編』より引用

 幻想入りするということは、今いる世界を捨てるってことですから、それくらいじゃないと納得感がないですよね。良い解釈だなあと思います。

 早苗は「東方風神録」の公式設定で、幻想郷に来て特殊な力を持つ住人たちの多さに『ここでは、彼女は特別な存在ではない。現人神なんかではなく、ただの人間となっている事に気付いた』と書かれています。

 諏訪子と神奈子も「神」というプライドやしがらみから解き放たれ、自由な存在になっているんですよね。その二柱が「変わって良いんだ」と気づくのは、早苗の真っ直ぐな言動に感化されたこともあるでしょう。本作でもエピローグ的な部分で、そうした変わった様子を伺い知ることができます。ひょっとしたら二柱の考えを変えた瞬間こそが、早苗が持つ「奇跡を起こす程度の能力」が本当に開花したタイミングだったのかもしれませんね。

画像は『かぜなきし 総集編』より引用

 このように本作について色んな読み方ができるのは、作者おふたりがあまりこの作品について語っていないこともあると思っています。私が今回書いた話はあくまでこの物語の解釈のひとつでしかありません。『かぜなきし』というタイトル自体にも色々な意味合いが込められているように感じます。ぜひご自身なりの解を見つけて貰えると嬉しいです。

画像は『かぜなきし 総集編』より引用

 

作品紹介

作品名:
かぜなきし

サークル名:
酸性いよかん。
※電子版発行時の名義より参照(書籍発行時の名義は【いよかん。】)

作家名:
作画:ほた。
ストーリー:流圭

Twitter:
ほた。
https://twitter.com/hotaiyokan

流圭
https://twitter.com/nagarekei

委託:
https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=414416

ほた。さんより、ひとことコメント:
ご紹介いただくにあたり久しぶりにかぜなきしを読み返してみました。いろいろなものをむき出しにして描いていて当時を思い出して懐かしくなりました。