東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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同人誌評
2020/06/16

「この作品が、貴方にとっての『レインメーカー』になることを願って」 同人誌レビュー『RAINMAKER』

同人誌レビュー『RAINMAKER』

 今回ご紹介する作品はサークル「雨山電信社」の雨山電信さんが2010年から2011年にかけて描いた『RAINMAKER』シリーズ。全4巻で約400ページ、同人誌としては大長編の部類です。

 編集部の熱い要望により、この作品を第1回目に紹介することになったんですが、書いた通り4分冊の長い作品だし、熱狂的なファンも多くて知る人ぞ知るという、端的に言うと癖の強い作品なので、ちょっとビビってます。「初回だしポップで読みやすい作品を持って来ようかな?」という常人の思考の真逆を行く酔狂っぷり。東方我楽多叢誌、クレイジーだぜ…。(※褒めてます)

 

 もし貴方が東方の二次創作同人誌を好んで読んでいる方で、『RAINMAKER』を未読だったら、耳元でささやくようにお伝えしたい。「ゼッタイ読んだ方が良いですよ…」と。

 手始めに各巻のサブタイトルを見てください。

『第1話 なめとこ山の熊』

『第2話 風の又三郎』

『第3話 銀河鉄道の夜』

『第4話 グスコーブドリの伝記』

 全て宮沢賢治の作品から引用されているんですが、この時点でもうゾクゾクとワクワクが止まらなくなりませんか。もう読みたくなってきませんか?

 二次創作同人誌の「面白さ」や「良さ」がもの凄く詰まっている作品で、読めば二次創作の何でもありの楽しさ、表現の広さを感じられるはずです。いきなりメタルキングを倒した、位の“読み手経験値”が手に入ります。今後は人類を『RAINMAKER』を「読んでる/読んでない」で分類していきましょう。
 …というのは半分冗談ですけど、それくらい沢山の同人誌を読んだ上でないとたどり着けない、1つの正解みたいな作品というのは本当。これまで発表されてきた数多の東方同人誌の中でも、指折りの傑作である、ということは間違いありません。

 試しに「RAINMAKER 雨山電信」とTwitterを検索してみてください。発表から何年も経っているにも関わらず、この作品に魅了されたファンの賛辞が絶えないことが分かるはずです。そんな沢山の熱い声は、この作品が読んだ者を熱狂させる「魔力」のようなものが確実にある証拠だと思います。

 ではその「魔力」とは何なのか。作品レビューとともに究明していきましょう。

 

「魔術の術式のような」画風について

 この作品の画には大きな特徴があります。それは、基本的にスクリーントーンが使われておらず、線と墨ベタだけで画面が構成されていること。キャラクターはもちろん、背景のモブや草木のような細かいところまで、びっしりと細かい線が重ねられ、陰影やディテールが表現されています。

 手描きの絵は、画にアナログ感溢れる味わいが出ることが良い点ですが、作画に時間がかかるし(デジタルでは黒ベタや真っ直ぐな線を一瞬で描けます)、描き間違えた時の直しが面倒くさかったり、効率を考えるとデメリットの方が多かったりします。そのため、今はペンタブレット等を使ったデジタル作画が主流になりつつあります。それこそ、アナログ作画は、もっと先の未来では幻想郷入りしていてもおかしくない、かもしれません。

 『RAINMAKER』は、効率なんかお構いなし。1コマ1コマ、もの凄い線を重ねて描かれています。荒削りに見えるところもありますが、全てのコマに作画の妥協が一切ありません。全ページにみっしりと描かれた画は、ある種の“魔術の術式”のような趣もあります。これが一種の「魔力」のような魅力に繋がっているのは間違いないでしょう。そんなアナログ感溢れる作画手法が、東方の民族的で土着的な世界観、住人たちの息遣い、妖怪達の不気味さ恐ろしさをより際立たせることに成功しています。

 気になるのは、こうした、ある意味で非効率な手法が意図的に選択されたものなのか、それとも消極的に選択されたものなのかです。結論としては、意図的な表現であると私は考えています。

 

 この考えに至るには、作者の雨山電信さんについて触れる必要があります。雨山さんは2007年、東方Projectにハマったのがきっかけで同人活動を始め、2014年に成人向け漫画誌の「エンジェル倶楽部」(エンジェル出版)で商業漫画デビュー、現在も同誌で活躍されているプロの漫画家です。

 雨山さんは、作品によって画風を使い分けていて、例えば成人向けでは、ムチムチとした肉体から溢れる濃厚な色気を艷やかに描いています。『RAINMAKER』のように線のみで陰影を描いたりはせずにスクリーントーンを使っていますし、女の子には不気味さはなく、可愛さと色気に溢れています。子供の頃からマンガを描いていて、学生時代には美術を学んでいたそうですので、効果的な表現手段については自覚的であると考えた方が自然でしょう。このあたりから『RAINMAKER』の作画手法やキャラクターデザインは、この物語を表現するために、意図的に選択されたものと言えます。

 

 この画風の理由としてもう一つ考えられるのは、マンガ表現そのものに対するオマージュとリスペクトです。本作に限らず、雨山さんの同人誌には数々のマンガやアニメのパロディが、これでもかという程盛り込まれてます。

 雨山さんが最初に出した東方同人である『THE WORLD IS NOT ENOUGH』(こちらも名作)では「元ネタ」として多数のアニメ・マンガ・ゲーム等の名前が羅列されています。全ては書ききれないので、マンガ系の作品を少しピックアップすると「風の谷のナウシカ」「BLAME!」「ベルセルク」「ナポレオン」「銃夢」「攻殻機動隊」「魁! 男塾」「ヘルシング」「ギャグマンガ日和」「ブラックジャック」などなど…、これだけでも相当なマンガ好きであることが伺えるラインナップです。

 雨山さんは、こうした好きな作品のネタを好き放題に詰め込める遊びができることも「同人の大きな魅力の一つ」と書いてらっしゃいます。まさしくその通りなんですよね。その自由さが二次創作の醍醐味です。

 『RAINMAKER』の作中でもその遊びは沢山盛り込まれていて、「攻殻機動隊」や「銃夢」「BLAME!」のキャラの見た目と名前をもじったがキャラが登場したり、モブに有名作品のキャラクターが混じっていたり…そんな元ネタを見つけるのも楽しい作りになっています。

 風景描写のシーンでは五十嵐大介さんのリスペクトが述べられ、SF描写には士郎正宗作品を彷彿としますし、バトルシーンでは平野耕太作品のケレン味を感じるかもしれません。

 

 『RAINMAKER』は、オタクが自分の好きなマンガの良いところをごった煮して、自身が読みたい理想の面白いマンガを、東方Projectという依代を使って生み出した作品だと感じます。東方Projectを知っていたらより楽しめるのは間違いないですが、知らなかったとしても、マンガを山ほど読んでいるような人であれば「面白いマンガ」として読めるはずです。冒頭に「癖が強い」と書いた理由はこのあたりにあります。

 以上のような評価は、今だからこそ冷静に語れる話で、最初に読んだ時は数ページめくったあたりで「あっ、この作品はヤバい…」という焦燥や恐怖といった感情が強かったんですよね。「もうこれ以上に面白い東方同人誌には出会えないかもしれない」「読み終わったら自分の中で何かが終わってしまう」…人は自分の価値観を変えかねないような傑作に出会った時、ただ怯えることしか出来ません。『RAINMAKER』には暴力的なまでに荒々しいパワーと情報量に満ち溢れています。

 

 

 この先は、お話の内容に触れていきます。

 以下、出来るだけ伏せていますが、話の筋に触れる関係でちょっとネタバレを含みます。完全にまっさらな気持ちで作品に触れたい方は先に『RAINMAKER』を読破してからお目通しください、いや、『RAINMAKER』を読んでくれた時点で本レビューの目的は達成しているので、レビューは読まなくてもいいです!

 『RAINMAKER』は「DLsite」で電子版が購入できます。紙版と内容は変わりません、以下のリンクからお求めください。 

DLSite ー 『RAINMAKER』の作品一覧

 ということで、すでにお読みの方、多少のネタバレくらいなら気にしないよ、という方のみどうぞ。

 

「世界で一番たいせつなだれか」を持ちながらも、自分一人の足で世界を生きていくこと

 まず、大まかなストーリーや設定について。

 物語の主人公は霧雨魔理沙と博麗霊夢の2人。霊夢と魔理沙が幻想郷を守る立場として、異変を解決していくことになる…という大枠は原作と同じです。ですが、お馴染みのキャラクター達や舞台となる幻想郷は似て非なるもの、別の世界線だと思ってください。“パラレル設定ものってヤツですね。魔理沙はまさにヒーロー的な立場で物語を動かす活躍をする一方、霊夢はヒロイン的な立ち位置で、悪役としてキャスティングされている稗田阿求の策略に巻き込まれていきます。

 その設定の緻密な練られ方や原作アレンジの仕方がまあ、とにかく見事なんですよ。「これをこういじったか!」と関心する大胆なもの。「どこまで原作設定だっけ?」と思うくらい東方の世界観への深い理解に基づいたもの。その二種が入り混じってます。

 

 中でも最も衝撃的な設定は、本作の霊夢が幼児並の知性しか持ち合わせていない純粋無垢な存在、白痴のように描かれていることでしょう。落ち着きもなく、時に残忍で傍若無人に強大な巫女の力を振るう姿に、幻想郷の住人は恐れを抱いています。作中では、幻想郷の結界の守護者である「博麗の巫女」は、機械的な管理者が望ましく、人格を持つ常人は不適格である…というような説明がされています。大胆なアレンジだと思う一方で、原作における霊夢の、強大な力を持ちながらも、消極的かつ淡々と異変解決に向かう姿と、実はあまり違和感がないんですよね。それにしたって、原作の主人公をそういうキャラにしようって発想がぶっ飛んでますよね。最高じゃないですか?

 もう一人の主役・魔理沙は、そんな霊夢の世話係であり、唯一の友人として幼い頃から一緒にいます。性格なんかは原作通りですが、生い立ちに大きな改変があります。

 本作の幻想郷では、法術師が権力を握るという世界観になっていて、2つの法術師の名家、稗田家と霧雨家が千年以上も権力争いを続けています。霧雨家は妖怪を退治する「退魔師」の名門。現当主・霧雨芥(あくた)の唯一の子である魔理沙は、本来は正統な後継者です。が、芥は魔理沙が女であることから後継者に不適格と判断し、幼い頃から冷たく接し、後に家からも追い出します。

 そんな魔理沙を厳しく鍛え、育てたのは先代の当主でもある祖父・霧雨金剛で、ある目的を持って魔理沙に退魔の法術を教え込みます。そしてもう1つ、魔理沙に託したのは、霊夢の面倒を見ることでした。金剛は「霊夢を『人間』にするのだ」と遺し、この世を去っています。

 そんな祖父がいなくなり、家を追い出された魔理沙に残されたのは、祖父の言葉と霊夢だけ。その言葉は呪縛でもあり、残された生きる目的でもあります。霊夢は魔理沙にとって唯一の生きがいなんです。霊夢は魔理沙の世話を必要としているし、魔理沙は霊夢の世話をすることでしか生きられない。共依存の関係になっているわけですね。

 そんな霊夢と魔理沙が恋人に近い関係だということは、物語の最初の方で明確に描写されています。

 そう、この作品は2人の関係性を描いた「百合」でもあるんです。設定の複雑さを抜きに、その視点で物語の筋を説明すると「2人がお互いのすれ違いによって破局し、どう関係性を再構築していくか」という恋愛物の王道ストーリーなんですよね。この2人の関係性の波乱は幻想郷の危機と完全にリンクしているので、「セカイ系」とも言えるでしょう。

 そんな壮大かつ明快なストーリーが、複雑で緻密な設定を包括することで、良質な映画のようなエンターテイメント作品として成立している…という仕組みになっているわけです。

 最後2人がどうなるかは、当然ながら読んでからの楽しみにとっておいて欲しいですが、作者の雨山電信さんは『「世界で一番たいせつなだれか」を持ちながらも自分一人の足で世界を生きていくこと』をどう描くかが創作する上での大きなテーマの一つである、という趣旨のことを語られています。

 

「レインメーカー」とは何か?

 タイトルの『RAINMAKER』についても触れておきましょう。

 そもそも「レインメーカー」とは「雨乞い師(あまごいし)」という意味です。本来は干ばつが続いた際に雨を降らせるために行う呪術や儀式を行う者を指しますが、タイトルの元ネタになったと思われる1997年の映画「レインメーカー」では「依頼者に利益を雨のようにお金をもたらす一流の弁護士」という意味合いで使われました。昔は「雨を降らせる」ことが奇跡であって民衆にとっての恵みだったものが、「お金をもたらす」ことに変わったのは現代的です。どちらも本質としては「信仰や祈りを代償に、奇跡や希望をもたらす者」といったところでしょうか。

 作中では「レインメーカー」=「法術師」とされていますが、雨山さんご自身は『霊夢が魔理沙にとっての「レインメーカー」、また魔理沙が霊夢にとっての「レインメーカー」である』と語っています。つまり、お互いに生きる希望を持たせてくれる存在である、ということですね。そうしたコメントと一緒に、解釈は作者自身が決めなくても良いもの、とも描いています。ということで「レインメーカー」とは何か、ぜひ考えてみてください。

 

 長くなってきたので、最後に私なりの解釈を書いて〆ましょう。

 このレビューを掲載するに当たり、東方我楽多叢誌編集部から雨山さんにレビューの許諾をお願いした時に、このようなコメントを頂いたそうです。

「もう十年も前の作品ですが、自分の持てる力全てをぶつけるつもりで描いた長編でした。今でも漫画を描き続けられているのはこの作品のおかげかもしれません。」

 『RAINMAKER』は、マンガという自己表現への挑戦と渇望、そして東方Projectという偉大な世界観への深い興味と愛、そして創作を純粋に楽しむ、若く煮えたぎった初期衝動。全てが偶然にあわさったからこそ生み出された、1つの奇跡なのではないかと思っています。それゆえに、多くの読者を魅了して止まないのではないでしょうか。

 雨山さんは「東方Project」との出会いが同人活動を始めるきっかけになり、プロの漫画家としてデビューしていくことになります。雨山さんにとっては「東方Project」こそが「レインメーカー」なんじゃないかと思うわけです。

 

 ということで、この作品が貴方にとっての「レインメーカー」たる存在になることを願いつつ、筆を置きしょう。では、また次回。

 

 

【作品情報】

作品名:
 RAINMAKER

サークル名:
 雨山電信社

作家名:
 雨山電信

作者Twitter:
 https://twitter.com/ameyamadenshin

 

委託販売情報:(2020年6月現在、ダウンロード販売のみ)

https://www.dlsite.com/home/fsr/=/keyword_work_name/RAINMAKER+SRI0000000155/order/release_d/from/work.series

 

雨山さんより、最近の活動状況:

 現在は男性成人向け商業誌を中心に活動中です。

雨山さんより、ひとことコメント:

 もう十年も前の作品ですが、自分の持てる力全てをぶつけるつもりで描いた長編でした。今でも漫画を描き続けられているのはこの作品のおかげかもしれません。