東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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高村蓮生の「幻視探求帳 ~ Visionary eyes.」第十五回:地底世界のプロメーテウス #古明地さとり

幻想考察コラム:取り扱う内容は筆者の個人的な妄想を含む東方二次創作であり、公式の見解とは無関係です。

 初めましての方は初めまして。そうでない方はお久しぶりです。高村蓮生たかむられんじょうと申します。このコラムで取り扱う内容は個人的な妄想を含む二次創作であり、公式の見解とは無関係です。数ある解釈のひとつとしてお楽しみいただければ幸いです。

 

地底世界のプロメーテウス

 古明地さとりは妖怪(覚)です。そもそも覚って猿の経立ふったち(※年を重ねて妖怪になった動物)とされたり童子だったり、どういう妖怪なのかがはっきりしないところがありますが、とても頭がいい妖怪らしいです。

 能力は「心を読む程度の能力」で、二つ名「怨霊も恐れ怯む少女」です。心を読まれると悪いこと考えられないので困りますね。困りますかね?

 BGMは「少女さとり ~ 3rd eye」です。仏教では悟りを開いた人は第三の目が開くらしいです。もしくはシヴァの額に現れた欲望を焼き尽くす第三の目ですね。

 心を読むという能力だけ見ても、第三の目が本体でもおかしくないくらい強力な能力です。この能力についてはさとりさん本人も満点以上の点数をつけるくらい自信満々ですね。10点満点って言ってるでしょう。ルールは守って。

 ところで、心を読むって実際のところ何を読んでるのでしょう。人の心はよくわからないもので、考えても迷うばかりです。そもそも人に「人の心」があるのかという話もありますね。他人の思考を理解するためには、自分の中で仮想の個人を走らせる、他人の気持ちになって考えるのが大切です。気持ちとは世界に触れたときに発生するものであり、私達はそれをもとに世界を理解します。

 頭のいいキャラの思考は真似できないといいますが、思考内容じゃなくて枠組みなのでたぶんいける気がします。今回もそんな曖昧な話題ですので、もこもこした気分でお付き合い下さい。

 

はじめ人間

 人より賢い存在と言えばですね。ギリシア神話で賢い神といえば、全知全能たる至高神ゼウスだったり、知恵の女神であるメーティスであったり、悪知恵の働くヘルメースだったり、様々な神が思い浮かびます。なかでも先読みに優れた神としてプロメーテウスがいます。「先に考えるもの」の名前の通り、あらゆる物事を見通す頭の良さで有名ですね。プロメーテウスとその弟エピメーテウスは、pro「先に」とepi「後で」という対比になっています。プロローグとエピローグの関係ですね。

 ギリシャ神話では、プロメーテウスとエピメーテウスが人間を作ったとされています。エピメーテウスは神々からの贈り物を動物に与えていきました。鳥に翼を、獣には毛皮を。最後に人間の番になりましたが、与えられるものはもう何も残っていません。人間を作る過程で火はゼウスの企みによって取り上げられてしまっていますし、人間は「不死のイモータルな神々」とは違い「死すべき定めのモータルな存在」です。困ったエピメーテウスは兄に相談します。するとプロメーテウスは鍛冶の神ヘーパイストスの炉から「道具を作る道具」、つまり「火」を盗み出し人間に与えました。寒さに凍えることがなくなった人間は、さらに武器を生み出し戦争をするようになってしまいます。火を盗み出したことに怒ったゼウスは、プロメーテウスを山頂に磔にして毎日大鷲に肝臓をついばまれる罰を与えたそうです。プロメーテウスは不死なのでいつまでも終わりません。罰はヘーラクレースが助け出すまでずっと続いたそうです。

 プロメーテウスはゼウスがろくでもないことを企んでいることを見抜いていたので、弟に「ゼウスからの贈り物には気をつけるように」と言い付けます。最高神と知恵比べ出来る程度の賢さですね。一方でエピメーテウスの方はそんなに賢くないので、忠告も虚しく贈り物であるパンドーラーを受け取ってしまいました。妻となったパンドーラーは、結婚の際に神々から持たされた「開けてはいけない甕」を好奇心に負けて開けてしまいます。するとなかからあらゆる災厄が世界中に飛び去ってしまいました。あわてて蓋を閉めた甕のなかには、希望だけが残っていたそうです。パンドラの箱のお話ですね。

 このように、人間がつらい目に合うのは大体ゼウスのせいです。とはいえ神様のやることですから、しょうがありません。世界のルールを決められるのが神様ですから。そんなしょうもない神様に抗うのがプロメーテウスたちティターン神族です。そういえばヘカテーもティターン神族ですね。地底の妖怪はガッツがあります。

 

いま読まれています。

 サードアイの存在を考えると、さとり妖怪の知覚は人間のものとはかなり異なっていると思われます。ちなみに悟りですが、こちらは仏教において「迷いを超えて真理に目覚めること」という意味です。ブッダのことですね。ブッダとは「目覚めた人」のことであり、つまり私達は毎朝ブッダになっているわけです。いや本当に。花が散るのを惜しみ、雑草が生い茂るのを憎むのが人の心ですが、どちらも自然が生々流転する一部であることに変わりはありません。人の心は同じものを見ているはずなのに何故か違う感じ方をするのです。第三の目は、そんな感じ方の違いを直接見分けることが出来ます。顔色とか心拍数とか視線とか、そういう間接的な手がかりを経由せずに、直接です。

 では、実際に私達の心のどのへんが読まれているのかというと、少なくとも思考の筋道は確実に読まれているでしょう。以降では、心を読むという能力を思考の道筋を読む能力だと仮定して話を進めます

 話を進める前に、私達がどうやって考えているかという点について簡単な見取り図を示しておきましょう。まず五感を通じて外の世界の情報を取り入れます。今私は喫茶店で原稿を書いています。目の前にはノートパソコンの画面がありますし、イヤホンで「少女さとり ~ 3rd eye」を聴いています。アイスコーヒーは香ばしいですしガムシロップを入れてあるので甘いです。グラスに触れると冷たさも感じます。そんな具合に得られた情報をカテゴライズして世界を認識している訳ですね。そこから、例えば「バッテリーが半分くらいだからそろそろ充電しなければ」とか「ガムシロップだけじゃなくミルクも入れればよかった」とか考えたりするわけです。五感で得られたデータを整理して過去や未来を仮想するという順番です。

 

世界に意味は無い

 「世界に意味は無い」という文章は誤解を招きかねませんね。「意味があるのは世界の側ではない」という意図の文章です。さとりさんが読んでいる世界とは、誰かが世界を解釈した後の意味ある世界ですじゃあ、意味のない方の世界って何でしょう

 意味について考えるために、簡単な例を挙げましょう。「林檎が3個ある」という文章の意味は、「私には林檎が3個見える」ということでしょう。視界には林檎があり、その個数は3という数字と対応している、とでも考えればよいのでしょうか。じゃあ、3って何でしょう。指折り数えてひとつ、ふたつ、みっつ。でも指は数ではありません。数を置いておく場所が必要です。そこで一旦直線に目盛りを打って数字と対応させましょう。数直線ですね。

 実数についてだけ考えても数字の本質は見えないので、虚数についても考えてみましょう。二回かけると-1になる数です。実数は数直線上に点として表せますが、虚数は置き場がありません。なければ作ればいいということで、出来上がるのが複素数平面ですね。

 数字は現実世界に有るものではなく、複素数平面上に点として表現されるものと考えましょう。そのなかで特に「目の前の世界の対応物として使えるもの」が実数直線の上にある数ということになります。軸を増やすことで数の概念が実数から複素数に拡張されます。ここからさらに軸を増やすことで四元数や八元数へと拡張できたりできますがまあそれはそれ。数は世界を感じることで手に入れられるものではなく、感じる側で用意しておくものということですね。

 意味は世界の側にある対象ではなく自分の中にある枠組みといえます。枠組みは勝手に増えるものではなく、自分で増やしていくものです。自動的に他人と同期されるものではありません。自分が見ている世界の意味は、自分の経験したものを超えられないということになります。人の心は読めないので。

 

To infinity and beyond !

 無限の世界にさあ行くぞ、ということで。無限と有限ってどう違うんでしょう。誰しも、世界って無限なのか有限なのかと疑問に思ったことが有ると思います。いや、無いですね。ともあれ、無限とか有限とか最初に言い出したのは誰なんでしょう

 最初ではありませんが、紀元前500年くらいの人でエレアのゼノンと呼ばれている人が「アキレスと亀」という話をしました。アキレスが目の前にいる亀に追いつくためには、自分と亀との中間地点Aを通らなければいけない。中間地点Aに辿り着くためには自分と中間地点のさらに中間地点A’を通らなければならない。ところで中間地点は無限に存在するので、亀に追いつくためには無限の点を通過しなければいけない。無限の点を通過するのは不可能なので、アキレスは亀に追いつけない、という話なんですけど。矛盾ですね。

 どこが問題かといえば、無限の点を通過することが不可能という点です。世界は無限の点に分割できるから、無限の点が世界に実在する、というわけではありません。存在に対する誤った信仰ですね。世界から意味を受け取ることは出来ても、意味を世界に押し付けることは出来ないので。

 世界の意味は私の思考に基づく私だけのものです。普通の人間はみんなそうなのですが、サトリ妖怪にかかれば思考の世界はバリアフリーなので覗き放題です。世界を経由することなく他人の思考に直接触れることができるので、世界の捉え方をダイレクトに追体験できます

 

殺す・集める・読む

 私達が世界を扱う場合、まず固定します。生きている昆虫は観察しづらいので標本にするみたいな感覚ですね。普通は3つの法則に従って世界を殺します。記号「|-」の左右で異なる世界を表すことにしましょう。記号「¬」は否定を表します。左の世界を前提に「考える(|-)」と右の世界になる、という思考の変遷です。

 まずは同一律です。Pという命題のある世界はPという命題がある世界になる。何も足さない。何も引かない。次に矛盾律、もしくは無矛盾律と言ったりします。PとPでないことが同時に起こったら、何も考えられない。それはまともな世界ではないということです。そして三番目に、排中律何も前提しなくても、世界は結局PかPでないかのどちらかであるという主張です。

 どうして矛盾してはいけないかといえば、現実世界は矛盾しないからです。矛盾は常に個人の認識において発生します。抽象化や演算にミスがあると、うまく行かない世界が出来上がってしまうわけです。きちんと殺された世界は解決可能な推理小説ですね。

 私達の見ている世界は現実世界の模倣エミュレートであり、世界がおかしいときは大体自分がおかしいということになります。世界が苦しみに満ちているのではなく、自分が苦しみを生み出しているのです。疑心暗鬼を生ずというように、悪意を他人に投影してしまっているだけだったりしますね。その行為はどういう思考の筋道を辿った結果なのか。誤解や曲解や無理解がないか。たまに本気で悪意がある人もいます。

 そんな悪意まみれの心を持つ怨霊に対してメタを取れるのがさとりさんです。相手がどんな悪いことをしようとしても、計画段階でまるわかりです。怨霊相手に限らず、幻想郷で起こる大体の異変は心を読めば解決できるかもしれません。首謀者はみんな怨霊みたいなものですし、犯罪者みたいなものではあります。犯罪を解決するにはミステリーを収集し読むのが有効です。犯罪者には探偵をぶつけましょう。相手が作戦を練れば練るほど、盤上遊戯に絡め取られることになります。相手の打ち筋がわかっていて、かつ同じルールを守る以上は、少なくとも負けないゲーム展開が出来る筈なので。さとりで探偵とか榎木津礼二郎かよ、と。

 ともあれ、ゲームにおいて重要なのは、単なる反射神経ではありません。眼の前にある世界に対応するだけではなく、先の展開を見越して手札を揃えておくことが重要です。ゲームのルールに従って。そして、相手が何を考えているのかを予想ではなく、観測できる能力は当然バランスブレイカーと言えます。さとりさんとのゲームはいかに意表を突くか、ランダム要素にかけるかという進め方になりそうです。私の世界は向こうの手の内なので。

 プロメーテウスは人間に火(道具)を与えました。そのおかげで人間は眼の前に存在する世界を解体して過去や未来といった眼の前に存在しない世界に組み替える能力を獲得しました。抽象化と演算という道具によって獣が世界にルールを見つけ出し、人間性を与えたと言えるかもしれません

 地霊殿にいるペットたちは怨霊を食らうことで人間に近づくらしいです。人間性を獲得することは、とりもなおさず存在を抽象化し思考によって世界を広げることになります。ゲームができるようになるということですね。ではペットたちが人間と同じ道を歩むかと言えば、どうでしょう。太陽くらいは生み出しそうですけれど。幸いなことにさとりさんは磔にされてはいませんし、神様でもぶん殴ってくれそうな反骨心もありそうです。いや、どの神様だよって話ですけど。神子様ならいます。

 さておき、凡そゲームが可能な程度の「思考」を備えている存在にとって、さとり妖怪とは対立すべき相手ではありません。サトリ妖怪の本性は、意味の収集です。手の内が全てバレているわけですから。神様にとってさとりさんは天敵と言えるかもしれません。人を救う(人が救われる)ルールと欺瞞を見破ることが出来るので。捕まえて暴力で黙らせないと。

 

高村蓮生の「幻視探求帳 ~ Visionary eyes.」第十五回:地底世界のプロメーテウス #古明地さとり おわり

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