東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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インタビュー
2024/04/10
五花八門の東アジア游記

五花八門の東アジア游記 第4回 東アジアの架け橋を目指す韓国イベント:蓬莱祭の国際戦略

五花八門の東アジア游記

 同人サークル五花八門ごかはちもん上條紗智かみじょうさちです。

 2024年2月17-18日に京畿道水原市(水原メッセ、ソウル郊外【※1】)で開催された蓬莱祭を訪問し、私は即売会へサークル参加および東方考察発表会でプレゼンをしました。当日の様子を中心に私が観察した韓国東方ファン活動の様子をお伝えします。

 私自身は、2017年の芳年少女弾幕祭第3回以来となる韓国東方オンリーイベント参加でした。芳年少女弾幕祭は韓国南部の釜山市での開催だったため、ソウル近郊のイベント参加は今回が初めてです。韓国の東方イベントは2009年の幻想少女注意報第1回を皮切りに、実に15年の歴史があります。その後、中心的なイベントの役割は芳年少女弾幕祭に引き継がれ、2024年現在は蓬莱祭が韓国東方イベントの基幹を担っています。

 蓬莱祭はコロナ禍の2020年7月に第1回、そして2023年2月に第2回が開催され、今回が第3回でした。コロナ規制の緩和とともに蓬莱祭の規模も拡大してきました。久々に新規発足した韓国東方イベントでしたので早く訪問したいと思っていたのですが、ようやくその機会に恵まれました。

※1
水原駅まではソウル中心部から各駅停車の利用で約50分、有料快速列車の利用で30-40分ほどで到着します。

 

1200人が参加した蓬莱祭1日目

 第3回蓬莱祭のイベント構成は、1日目前半の同人誌即売会『蓬莱祭』と後半の音楽ライブ『Live TOHO 2024』【※2】が実施され、2日目に東方考察発表会(東方幻想フォーラム)が実施されました。

 これらはすべて水原メッセで行われましたが、1日目はコンベンションホール、2日目は会議室が会場でした。1日目はコンベンションホールに同人誌即売会用の机と椅子のゾーン、音楽ライブ用のステージ、その他休憩用のテーブルが一つの空間に配置されており、参加者はそれぞれのゾーンを自由に行き来できました。

※2
音楽ライブの盛り上がりは、Xにアップロードされた動画からも伝わってきます。

蓬莱祭のメイン会場。一般開場前の様子。ホールは半分に区切られ、左手に音楽ライブ用ステージ、右手にサークルスペースが広がる

 即売会全体の出展者数は75サークル(106スペース)で、うち韓国系が約56サークル(約75スペース)でした。

 特筆すべきは外国サークルの多さで、日本系が約13サークル(約19スペース)、さらに中国系が約6サークル(約13スペース)でした。出展者の実に4分の1ほどが外国サークルです。

 私がかつて参加した芳年少女弾幕祭、上海THO、博麗神社例大祭in台湾などのイベントは、基本的に現地サークル以外の外国勢は日系サークルが大半を占めていたのですが、今回の蓬莱祭は中国大陸サークルの多さが際立ちます。音楽ライブにも日本サークルのほかに中国サークルも参加していました。蓬莱祭は日本在住の東方ファンが中国大陸の作品に触れることのできる場所としての価値もありそうです。

中国大陸からの参加サークルの様子。韓国と中国の東方ファン交流の活発化を目指すサークルも参加していた

 午前9時過ぎに会場に到着すると、すでに入口から一般参加者の待機列が伸びていました。午前10時に一般入場が開始すると、入場手続きに時間がかかっていたようで、待機列が解消するまで1時間ほど要していました。スタッフさんに尋ねたところ、参加者数は一般待機列だけで約1000人、1日目後半の音楽ライブは1200人を超えていたとのことです。

 1000人を超える規模の東方イベントは日本でも数えるほどしか開催されておらず、韓国の東方ファン活動が活況であることを肌で感じます。この参加者数は運営陣としても予想を超えるものだったそうです。

一般入場列の様子。入場時に一人ずつ応対する時間があるので、全員の入場完了まで時間を要した

 韓国サークルの頒布物は、意外と漫画が少なく、小説や評論など文章系作品が多かったことが印象的でした。他にはイラスト集、グッズなどのサークルが比較的目立ちました。対して日本サークルと中国サークルはグッズと音楽CDの比率が高めで、言語の壁が小さい作品が多いです。しかし日本語の文章作品が全く売れないかと言えばそうではなく、事前の告知を見て私のスペースに来てくださった方も見られました。

当日の五花八門サークルスペースと韓国語POP

 私にとって韓国語読解は難易度が高いのですが、一方で日本語作品を頒布するのは存外ハードルが低い印象でした。事前に韓国語POPを用意したうえで、あとは簡単な日本語や英単語、スマホの翻訳を用いれば特に問題ありませんでした【※3】。ソウルは日本との航空便も充実していますので、次回の蓬莱祭(2025年2月開催)にサークル参加を検討するのも一興かもしれません。

※3
私はアニョンハセヨ(こんにちは)とカムサハムニダ(ありがとう)だけが分かる程度の語学力です。当日はChat GPTで出力した韓国語の説明文を印刷してサークルスペースに掲示しました。スタッフさん曰く「95%くらい伝わる」水準だったらしく、概要を伝える程度なら使えそうな感じがしました。

会場内には「ドレミ・バイク」もありました。またがって記念撮影する人もいました。

 

韓国初の東方考察イベント『東方幻想フォーラム』

 今回の蓬莱祭は新規企画として東方考察発表イベント「東方幻想フォーラム」が開催されました。

 2010年代以来、日本で幻想郷フォーラム・東方発表会・東方カンファレンス、上海THOで東深見演壇が開催され東方考察発表イベントが盛り上がりを見せており【※4】、ついに韓国へも広がりつつあります。

※4
日本や上海の東方考察発表イベントについては我楽多叢誌内の記事が参考になります。

「幻想郷フォーラム」の発足が及ぼした影響と、東方評論・情報サークルの萌芽――「幻想郷フォーラム」関係者座談会(前編)

「你好(ニーハオ)」と「谢谢(シェシェ)」しか中国語を話せなくても何とかなる!?海外の同人イベント参加経験ゼロの筆者による、台湾&上海の同人イベント弾丸参加レポート!④(東深見フォーラム〜東方露明境ライブ編)

東方幻想フォーラムの案内板

 当日は発表者10組、聴講者は約30名が参加し、コミュニティ評論、聖地巡礼、作品考察などの多様な内容が発表されました。東方Projectにおける中国モチーフの多さに着目した背景考察、儚月抄を喜劇とみなした文学論的考察、ストーリー創作の方法論、東方聖地の選定基準に関する分析、東方音楽アレンジの歴史……などがありました【※5】。緻密な論理構成を意識した発表も多く、全体を通してレベルの高い発表でした。

※5
韓国の参加者がまとめたプレゼン概要ブログがあります。

르네상스 플레이스(ルネッサンス プレイス)
https://m.blog.naver.com/ungzx/223358780740

会場内の様子

 発表者の出身地は韓国から8組、日本(日本からは私が発表しました【※6】)と中国から各1組となっており、外国人のプレゼンテーションが組み込まれていることが大きな特徴です。

 私は日本語で発表し、その場で韓国語に通訳してもらいました。対して中国からの発表者は中国語で発表し、音声を機械翻訳した韓国語文章がスクリーンに表示される方式でした。私自身、外国の発表会で話すことは初めての経験で、いろいろな方法で言語の課題に取り組む姿勢は学ぶものがありました。

※6
私は「東方ネットワークの構造と動態:東方イベント統計と人気投票統計に関する検討」をテーマに報告しました。スライドは事前に運営陣に送付したうえで韓国語に翻訳していただきました。私の発表内容の韓国語訳や当日の発表内容の把握は、運営スタッフや日本語が堪能な発表者の方々のご厚意があってはじめて可能になりました。たいへん感謝しております。

プレゼンの例「東方Projectにおける中国」
プレゼンの例「東方聖地の選定基準」
プレゼンの例「ムスリム世界における東方コミュニティはどうなっているのか?」。中国語から機械翻訳された韓国語が表示されている

 所定の時間をオーバーして語る発表者がしばしばみられ、当初スケジュールは10時から13時30分までの予定でしたが、実際の閉会は17時前でした。この点は円滑なイベント運営という観点では課題があることは確かですが、なにしろ韓国で初めての発表会イベントであり、すべての参加者が手探りの状態です。発表者の話力や調整力、熱意を測るという意味では、参加者に自由に話してもらうことで得られた情報も少なくなかったのではないでしょうか【※7】

※7
これは2014年の第1回幻想郷フォーラム(名古屋)、2019年の第1回東深見論壇(上海)に参加した際も感じたことですが、各国の初期段階の発表者は、発表会インフラが整う以前から考察活動を行ってきたケースが多く、一種のベンチャー精神を持った人が多いように見受けられます。

 日本の主要な東方考察発表イベントが参加ハードル下げることですそ野を広げる方針であるのに対し、上海THOは少数精鋭の発表スタイルです。蓬莱祭は若干日本の発表イベントの形式に類似するものの、聴講者から飛んでくる質問は批判的なものも含めかなり鋭いものが多く、学会・研究会的な雰囲気が漂っていたことが印象的でした。やはりイベントの運営方針がプレゼンの内容に与える影響は大きいようです。

 このように東方考察発表イベントの国際比較ができる日が来ることを、かつて誰が想像できたでしょうか?日本国外での東方ファン活動の拡大と質の深化にはいつも驚かされます。

 

韓国の立地を活かしたイベントの国際戦略

 今回の蓬莱祭のような、即売会・音楽ライブ・発表会を一挙に開催するイベント方式は日本では珍しい部類に入ります。蓬莱祭はイベントのモデルとして上海THOに関する研究に力を入れてきたようです。こうした複合イベントは「上海方式(Shanghai Style)」と呼ぶべき特徴的なスタイルとなりつつあります。

 そのうえで、単に模倣するだけではなく、韓国国内のニーズを掘り起こすと同時に、日中の東方ファンの交流拠点としての付加価値を高めることで、独自の空間を作る戦略を目指していることが窺えます【※8】

※8
くわえて、どんなイベントであっても資金的基盤は重要な要素です。蓬莱祭はX(Twitter)などの告知を通じて、事前にクラウドファンディングで開催費用を募集していました。こうした方法は日本の同人誌即売会での採用例はあまり見かけませんが、国が違えばイベント運営の常識も違うという事例です。

 2024年3月時点において、韓国は日本からも中国からもビザ取得の面で入国のハードルが低く、各地からサークル参加者を集めやすい土地です。上海THOが“中国大陸東方ファン活動のショーウインドウ”であるならば、韓国の蓬莱祭は“東アジア各地を結ぶ架け橋”と言うべきポジションにあります。

東方イベント国際分類のラフ・イメージ【※9】

※9
出典:上條紗智「東方ネットワークの構造と動態:東方イベント統計と人気投票統計に関する検討」(東方幻想フォーラム 2024年2月18日)報告資料より

 蓬莱祭の音楽ライブの最終版では、ZUNさんのメッセージ動画が公開され、盛り上がりを見せた一幕がありました。ZUNさんに対する関心はもちろん日本でも高いのですが、外国の東方ファンはその熱意が輪をかけて強く、ZUNさんが各国を来訪することへの大きな興奮や待望の感情が垣間見えることがあります。

 こうした活動を支える基盤として何よりも重要なのは、韓国の東方ファンの理解と支持ではないでしょうか。蓬莱祭は第一に韓国在住者にとって最も身近な東方ファン活動の拠点です。韓国の強みを生かした活動が今後も広がってゆくことを、私は楽しみにしています。

五花八門の東アジア游記 第4回 東アジアの架け橋を目指す韓国イベント:蓬莱祭の国際戦略 おわり