東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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五花八門の東アジア游記 第3回 上海THOと東方ファン・ネットワーク 後編

五花八門の東アジア游記

 同人サークル五花八門ごかはちもん上條紗智かみじょうさちです。

 コラム第3回は、最新の上海THOの参加体験を紹介しつつ、中国の東方ファン・ネットワークの現状と将来について考えます。

 去る2023年8月、私は第11回上海THOにサークル参加してきました。この上海THOについては、ネット上に多くの参加レポートや情報がありますが、この記事では、特にサークル参加者としての実務面を重視しつつ、東方同人イベント評論サークルの立場から現地の状況を振り返ってみようと思います。

 

異国の即売会風景

 第11回の会場は、「上海世貿商場」という施設の展示ホールでした。この施設は低層部のショッピングモールと高層オフィス棟が一体となった構造で、会場の展示ホールは低層部1階にあります。この構造は池袋サンシャインシティの展示ホールのイメージに似ています。会場付近は外国人居住者が多い地域です。たとえば会場から3分ほど歩いたところには在上海日本総領事館があり、周辺には日本食料理店も多く、道を歩いていると上海在住の日本人の会話が聞こえてくることもある【※1】、そんな場所にある展示ホールです。

※1
上海は日本人居住者が多い都市です。外務省の統計によると、最盛期の2012年には5万人以上が住んでいました。2022年10月時点でも約3万6千人の日本人が住んでいます。

第11回上海THOの一般参加者待機列。建物に沿って奥の方まで並んでいた

 当日の朝、会場正面に設置された看板が参加者を迎えます。イベント開始まで1時間以上ある時点で、入場口を先頭に一般参加者の待機列が伸びており、少なくとも数百人は並んでいました。入場時はリュックやスーツケースなど大きい荷物は必ずX線検査を通します。中国では、地下鉄の改札口やイベント会場など不特定多数の人が集まる場所でしばしば手荷物検査が行われます。これは、上海THOが一般的にみて比較的規模の大きな催事であることを示す一面と言えます。手荷物検査を済ませると、受付カウンターでサークル参加費支払いと身分証(外国人はパスポート)の確認を済ませます。

 会場内に入ると、入口そばの壁に沿って東方Project関連の年表が大きく掲げられています。また近くにはステージも設置されています。そこから会場の奥に視線を移すとサークルスペースの“島”が並んでいます。ひとつの島は20×2列の40スペース、それが6つ並んでおり全体で240スペースです。各サークルスペースの机の広さは日本とさほど変わりませんが、大きく違うのはサークルスペースの真上に設置された看板です。これには各サークル名が記されており、日本の同人イベントとは異なる独特の風景を作り出しています。

第11回上海THOのサークルスペース。日本の同人イベントはみられない、頭上のサークル名看板が印象的。サークルを探しやすいだけでなく、隣のサークルとの境界線が明確なので、スペースをはみ出した頒布行為などが起きにくく、なんとなく安心感もあります

 今回の上海THOでは、私は新刊として日本の東方イベント評論冊子を用意しました。これは中国語で書いたもので、五花八門のような文章中心の評論サークルにとって重要な宣伝手段となりました。中国語で評論作品を制作する日本サークルは珍しかったようです。また、既刊の日本語作品は上海をテーマにした東方同人誌を多めに持参しました。表紙の「上海」の文字に反応してくださる方もいました。外国の同人イベントでは、無理のない範囲で相手にとって分かりやすくする工夫は意味があると思います。

 ちなみに、サークル入場時間帯であってもスペースに作品を並べておくと購入していく人が現れます。多くはサークル参加者かと思いますが、中国の同人イベントではこれが普通です。

サークル五花八門の頒布物。QRコードを用意しておくと、サークルスペースが無人のときでも決済完了のお知らせがどんどん送られてくることもあります

 ご存じの方も多いと思いますが、中国の同人イベントではQRコード決済(Alipay、WeChat Pay)での頒布代金受け渡しがひろく浸透しています。上海THOでもほとんどの参加サークルがQR決済に対応しました。QR決済方法を持っていない人は現金をやり取りすることになるのですが……ここで問題発生です。

 大抵のサークルはQR決済が当たり前すぎて、お釣りを用意していないのです。手持ちの小額紙幣が足りないときはどうするのか【※2】。「釣りはいらないよ。」この一言に尽きます。作品代金の現金決済は、最終的にこれで解決するのが現実的です。しかし、サークル参加、つまり作品を頒布する側になるとこの方法が使えません。とにかく多くの人が現金を持ち歩いていないのです【※3】

※2
中国の同人作品の価格は基本的に10元単位で設定されます。外国人が両替で手に入れる紙幣は100元札が多いのですが、100元ピッタリの作品はあまり見かけません。小額紙幣を多めに用意しておくか、お釣りが少なくて済むように購入作品を組み合わせる、などの工夫をすることもあります。

※3
当日の会場では、スマホの電波状況が悪化した際にQR決済を利用できない人が散見されました。私はそうした状況の方に「現金でも大丈夫ですよ」と伝えたのですが、半数以上の方は現金を持っていないという答えでした。今回の上海THOで私のサークルを訪れた9割以上の方がQRで決済しました。

 

上海THOの果たす役割とは

 こうした状況は2010年代後半から出現しました。かつて、2015年の上海THOに参加したとき、現金のやり取りは特に問題なかったと記憶しています。その後、2019年に2度目の参加をした際にはすでにQR決済が支配的になっていました。日本サークルが中国の東方同人イベントに出展するときは、QR決済方法を準備しておく必要性がきわめて高いと思われます。これはもしかすると言語の問題よりもはるかに優先度が高いかもしれません。

 イベント全体のサークルスペースの大まかな配置は、中国各地のTHO主催団体が配置された島、一般の中国サークル中心の島が3つ、日本や韓国など外国サークル中心の島、上海THO関連スペース中心の島がある、という具合です。中国全土や日本・韓国からの参加サークルだけでなく、東方原作ゲームや公式書籍の正規翻訳版の頒布【※4】、カードゲーム大会やステージ企画もありました。また、イベント1日目の夜は東方オーケストラ上演会、2日目には音楽ライブや東方考察評論の発表会【※5】も実施され、さながら東方に関する「国際展示会」の様相です。

※4
中国では、きわめて精力的に東方ファン活動の基盤を作りに関与してきた人材グループがあることが知られています。ひいき目に見ても、彼らは戦略的な考え方に沿って活動しているように私は感じます。上海THOは様々な企画が用意されていてとても楽しいイベントです。そのために周到な準備が積み重ねられてきたこともその背景にあるはずです。

※5
第2回コラムで取り上げた「大学系聚会」のなかには、考察や座談会を行っているものもみられるます。こうした大学生や卒業生の存在が中国の東方考察評論活動を支えている可能性は十分に想定できるでしょう。

 今でこそ日本からの参加者が大きく増加し、日本語の情報も格段に増えた上海THOですが、2015年に私が参加した当時は牧歌的な雰囲気が漂う地域密着型の性格があるイベントでした。率直に言って、「私がかつて参加した2015年と現在の上海THOは本当に同じイベントなのだろうか……?」と感じるほどの変貌ぶりです【※6】

※6
上海THOをはじめ数多くの東方イベントの成長は、中国国内の東方ファン人口が増えたことが当然影響しているはずです。同時に、中国では同人専門ショップがほとんどみられないことや、ネット通販での自費出版物取引は万全ではないことが、東方ファンが対面で交流するニーズが強く生まれる要因となっている、という見方もできると思われます。

 現在の上海THOは、大きく3つの機能を担っていると私は考えています。第一は、広大な国土に散らばっている中国各地の東方ファンが一堂に会する機能。第二は、中国東方ファンが、日本など外国の東方事情に触れるショーウインドウ機能。第三は、日本や韓国などの東方ファンが、中国の東方事情にアクセスする窓口機能です。上海THOが持つ国際性は、日本国内を含めたあらゆる東方イベントのなかでもずば抜けて高い水準にあると思います。

2023年7月に開催された「江西THO」(江西省南昌市)に関するイベントカタログ。上海現地では複数のTHO関係者とお会いする機会がありました。コロナ禍以降、しばらく途絶えていた対面の交流が再び可能になったことをとても嬉しく思います

 日本在住の人間として、「今後より多くの中国東方サークルが日本の東方同人イベントに参加するようになる可能性はあるか」という点に私は強い関心があります。特に、音楽・イラスト・グッズ作品などは言語の壁が比較的低く、実際に日本から上海THOへこうした作品を携えて参加したサークルは少なくありません。ならば、逆に中国東方サークルの作品を日本の東方イベントで見かけるようになる可能性もあるのではないでしょうか?近年、中国発のオンラインゲームが日本に進出して人気を博すなど、日本から外国へ一方的にコンテンツが流れる時代はとうに過ぎ去りました。

言語に頼らない作品は音楽やイラストに限らない。2023年の上海THOでも、凝ったグッズやコスプレ衣装を扱うサークルもみられた

 中国の東方ファン活動は、東方公式作品との正規の関わり、東方事情を網羅する中国語WEBサイト、それを支える中国の東方ファンの人的結合を強力な基盤として、日本など外国の東方ファンを巻き込みながら成長してきました。強い国際性を帯びた「東方ネットワーク」とも呼ぶべき現代の東方ファン活動の形が、その姿を現しつつあります。中国の状況は、今後の東方ファン活動のあり方を考えるうえで無視できない力を持っています。それは日本の東方ファンにとっても、新たな活動の機会をもたらすものであるはずです。

 

五花八門の東アジア游記 第3回 上海THOと東方ファン・ネットワーク 後編 おわり