五花八門の東アジア游記 第1回 上海租界に東方カフェ『霧雨珈琲店』開店!? -中国東方ファンの熱気と変化-
五花八門の東アジア游記
同人サークル五花八門の上條紗智(※1)です。
このコラムでは、五花八門の視点から東アジアに広がる東方ファン活動事情についてお話します。これから日本だけでなく海外に飛びだそうとしている方にも、是非読んでいただきたいです。
コロナ禍で停滞した外国との往来は2023年に入り本格的に活発化しました。東方聖地巡礼や東方イベント参加のために、海外渡航を計画する日本在住の東方ファンがいよいよ増えてきたことを肌で感じます。コロナ禍のピーク期と比べて外国のことを考える余裕が生まれつつあるのだと思います。私自身、2023年に入り海外を訪問する機会があり、現地の東方ファンと交流するなかでアフターコロナを見据えた活動が各地で始まっていることが分かってきました。
第1回のコラムは、私の体験も交えつつ東アジアの東方ファン文化の現在について考えます。
まるで「中国の中の外国」・上海
2023年5月、私は成田空港を出発して上海へ向かいました。飛行機の中で、コロナ禍以降初めて訪問する上海に思いを馳せていました。
上海は東方Projectと深い関わりのある都市です。原作サークル名が『上海アリス幻樂団』であることに始まり、東方作品中にも『上海紅茶館』『明治十七年の上海アリス』『上海人形』など上海をモチーフにした要素が散りばめられています。ZUN氏は上海について、「私の中の上海は、西洋の文化と東洋の文化が入り交じった都市のイメージ」があると述べています。(※2)
中国=東洋の意味は分かるけども、上海と西洋はどのような関わりがあるのでしょうか? 上海には19世紀から20世紀半ばまで租界が設置されていました。租界とは当時の中国政府が諸外国に貸与した土地という意味です。上海租界は中国にありながら租界を管理する諸外国の制度が適用された飛び地であり、いわば「中国のなかの外国」として東洋と西洋の文化が交錯する世界的な大都市でした。(※3)
そのカオス的な様相は「魔都」とも形容されました。五花八門としても上海には特に強い思い入れがあります。
いざ上海に到着した私に一通のTwitterメッセージが届きました。「上海に東方カフェができたので是非遊びに来てください」上海に東方カフェ…? いつの間にそんなお店ができたのだろうか。
とにかく実際に行ってみることにしました。地図で調べると、東方カフェ『霧雨珈琲店』はまさに上海租界のど真ん中のような場所です。築百年近い租界の建物の一角に人だかりができています。近づいて様子を伺うと、魔理沙コスをした店員さんがコーヒーを淹れているではありませんか!上海租界にある東方カフェ、これ以上ない立地です。中国の東方ファン活動がまさかここまで活発化していたとは思いもよりませんでした。
霧雨珈琲店では、2023年4月にオープンしたばかりのお店のこと、また近年の中国の東方イベント(中国では「東方オンリー」を略して「THO」とも呼びます)の状況を教えてもらいました。また、私からは日本の東方イベントの状況についてお話ししました。
上海では、私が思っていたよりも日本の東方同人イベントについて突っ込んだ質問も多かったことが印象的でした。複数の方から「東方キャラオンリー合同イベントは同じ場所で開催しているのか、イベント同士の関係はどのように調整するのか」、「東方同人誌読書会とは何か」、「日本のイベントへのサークル参加申請はどのように行うのか」、「日本の同人書店で通販するとき支払い方法は何があるのか」、「日本の東方イベントについて最新の分析・研究は誰が発表しているのか」など、かなり詳細な質問を受けました。
これは素朴な日本への興味というレベルを超えています。たとえば、活動範囲を中国国内から日本・韓国など外国へ拡げたい、と考える人が近年増えている可能性があります。そのために必要な日本の同人誌即売会の一般的な参加方法・習慣・開催地・日程・種類に関する基本的な情報が不足していることが、行動に移す際の障害になっているようです。また、中国国内の活動の質を高めるために、日本の事例を参考にしたいと考えている人がいると感じます。その理由として、東アジアでは比較的日本に似たタイプの同人イベントが開催されている点が挙げられます。少し詳しく見てみましょう。
東アジアにおけるマーケット型東方イベントの勃興
海外のオタクイベントは大きくマーケット型とコンベンション型に分類できます。分類の一例として、IOEA国際オタクイベント協会のホームページに各国の加盟イベントの種別が掲載されています。同Webサイトでは日本のコミックマーケットはマーケット型、ニコニコ超会議はコンベンション型に分類されています。参考として、下の表に地域ごとにイベントの種別をまとめました。
IOEA加盟イベントのみのデータですが、欧州・北米・中南米・東南アジアはその多くがコンベンション型です。対して、東アジアでは12イベントのうちマーケット型が7イベント、実に58パーセントを占めており、他の地域と比べてマーケット型の比率が著しく高いことが分かります。中国の東方オンリー(THO)も多くがマーケット型の催事を取り入れ、ファンが自費出版した書籍・CD・グッズが頒布されています。
グローバルな視点で見た場合、世界的な日本のオタク文化の伝播がしばしば注目されますが、その受容のされ方は地域ごとに異なる側面があります。日本のコンテンツ輸出やインバウンド誘致の方法を考えるとき、こうしたローカルな側面への理解はきめ細かな施策を立案する際に重要な情報となります。中国大陸では特に、上海COMICUP、広東省広州YACA、四川省成都COMIDAYを擁する3地域は早期からマーケット型同人イベントの開催が盛んであったと言われます。
2010年代後半以降、中国の地方都市にも東方オンリー同人誌即売会が急速に広まっており、かつての日本のイベント黎明期に近い状況を感じます。マーケット型が主流の中国において同人活動が活発化すると、参考事例として似た状況にある日本の同人イベントの具体的な状況に関心が向く、という構図があるのでしょう。日本に距離が近く、日本に近い同人文化が根付いていることは東アジアの特徴です。
第2回では、中国の東方ファン文化の興隆と東方オンリー(THO)の現状について掘り下げてみようと思います。
(※1)
同人サークル五花八門(ごかはちもん / Circle Goka Doujin Works)。2010年より活動。蓬莱人形を中心とした東方二次創作、東方イベント評論や同人経済活動に関する作品を発行しています。(※2)
明治大学学園祭にて開催された『東方の夜明け』のアフターレポートより。(※3)
上海租界について語りだすと私は止まらなくなってしまいます。ここではいくつかの書籍を紹介します。【イザベラ・バード『中国奥地紀行』】の原書は1890年代の旅行記であり、明治十七年に近い時期の上海が生き生きと描かれています。上海租界を描いた文学は【芥川龍之介『上海游記』】や【横光利一『上海』】などがあります。上海租界の聖地巡礼の際には【木之内誠(2011)『上海歴史ガイドマップ(増補改訂版)』,大修館書店】がとても実用的です。上海の歴史と東方作品の関わりについては、【上條紗智(2015)『明治十七年の上海歴史案内』,五花八門】に考察をまとめています。
五花八門の東アジア游記 第1回 上海租界に東方カフェ『霧雨珈琲店』開店!? -中国東方ファンの熱気と変化- おわり