東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

     東方我楽多叢誌(とうほうがらくたそうし)は、世界有数の「同人」たちがあふれる東方Projectについて発信するメディアです。原作者であるZUNさんをはじめとした、作家たち、作品たち、そしてそれらをとりまく文化の姿そのものを取り上げ、世界に向けて誇らしく発信することで、東方Projectのみならず「同人文化」そのものをさらに刺激する媒体を目指し、創刊いたします。

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馬主、投資家、同人作家――自身の馬に“東方ネーム”をつける人物「五月」とはいったい何者なのか?(後編)【シリーズ:東方からはじめた人たち。】

投資家、五月氏インタビュー(後編)

 今年で25年目を迎える東方Project。その長きにわたる歴史は、さまざまな人の、創作の「はじまり」を見つめてきた。この人、その人も、実はあんな人も?その創作の最初に、実は「東方」が関わっていたりする。
 東方我楽多叢誌では今後、【シリーズ:東方からはじめた人たち。】として、現在さまざまな世界で活躍している、そのはじまりに「東方」が関わっている人― 東方からはじめた人たち ―に、その始まりの話や、今の活動について伺ってみることにした。

 

馬主、投資家、同人作家――自身の馬に“東方ネーム”をつける人物「五月」とはいったい何者なのか?(前編)【シリーズ:東方からはじめた人たち。】

 前回の記事では、五月ごがつさんが“ハクレイファーム”の牧場主となり競走馬たちに「東方ネーム」を付けることになったワケや、いちトレーダーだった五月さんがニコニコや東方と出会い「普通の人間でも創作をしてもいいんだ」と思うようになったことなどについてお話を聞くことができた。

 後編では、五月さんが実際に刊行していた“東方×株”の同人誌が生まれた理由や、現在さまざまな形での投資を始めているその経緯について、「お金をどう使うかというところで自己表現がなされていく」と語った、今の思いについて伺った。

文/ゲン
聞き手/斎藤大地・西河紅葉
編集/鈴木梢・西河紅葉

 

五月(ごがつ):株式会社レッドマジック代表取締役。05年から個人投資家として株式投資を開始し、総資産150億円超を達成。現在は日本株の運用のほか、スタートアップ企業への投資、アパレルやEC関連などの事業も手掛ける。13年に馬主資格を取得、レッドマジック名義でオーナーとして活動する一方、17年には株式会社ハクレイファームを設立してマーケットブリーダーとしての生産販売活動も行っている。

“東方×株”の同人誌が生まれた理由

五月さんがこれまでに出された“東方×株”の同人誌

――同人誌を出そうと思ったきっかけはなんだったんですか?

五月:
 ニコニコで動画を作っていたので、それが土台としてありました。ただ、本を出す直接的なきっかけとしては、コミケのスペースでお手伝いをさせてもらったことですね。

 実際に、コミケの現場を見るとすごいなって。みんな、売ることを主目的としてはいない、ある種自分のためともいえる作品を作っているわけです。一生懸命、時間と労力を注いで本を制作して、同好の士に渡している。その熱量を感じて、自分もなんか作らなきゃって思っちゃったんですよね。

 そのときにまず、同人誌を出すっていうのが自分の中で決まって。でも、ただテキストの本を作っても面白くもなんともないじゃないですか。だったら可愛い絵の力を借りたほうがいいよねとなり、それなら、自分の好きな東方しかないなと。そういう感じで進んでいきました。

――それで東方×株の同人誌制作が始まったと。

五月:
 一番最初に出したのはこの本ですね。『東方粉飾劇』

『東方粉飾劇』

五月:
 実際に起きている、粉飾決算で会社が潰れた事例を解説した本です。

 自分で投資を始めてみるまでは、株式市場は神聖なもので、嘘とか、ルール違反とか、そういうことがないキチンとした世界だと思っていたんです。

 でも、実際に中を覗いてみると、むちゃくちゃなことやってるインチキ会社がたくさんあって。投資家を騙くらかしている会社があるというところに、驚いて。

 普通の人に「株をやっている」と伝えると、すごいとか、難しそうとか、高尚な場所だという感想をもらうんです。だからこそ「それは先入観で、本当は魑魅魍魎がうごめいてる場所だぞ」っていうことを伝える、そのギャップをまとめ上げたらコンテンツとして面白いんじゃないかと思ったんです。

――五月さんのほかの同人誌でもそうなのですが、作中に登場する東方のキャラクターの人格と、そのキャラクターの行う投資行動が、結構リンクしている設定になっていましたよね。

五月:
 破綻というか、そういうのはしないようにしたい思いがありました。

――確かに、魔理沙は魔理沙っぽい投資行動をするんですよね。「こういうことしそう!」っていう。そのあと、結果的に5冊も同人誌を出されています。なかなかすごいなと。

五月:
 また本を作ろうと思ったときに、同じことやってもつまらないなと。お話というか、漫画寄りのものを作りたいと思って。でも、自分で漫画を描くのは難しいから、まずは『専業投資家霧雨魔理沙』のような4コマ形式にして、そのあとにフルの漫画『うちの社長がダメなんです!』をやって、という流れです。

『専業投資家霧雨魔理沙』

五月:
 これは原稿を上げてもらうのが結構大変だったんです。大変すぎたのでこの形式はもうやめようと。で、まだ出していない形式は雑誌だったので、某有名マネー紙をオマージュするコンセプトで作ろうってなったのが『東方マネー』ですね。

『東方マネー 2013年夏号』。表紙からして某金融情報誌のオマージュにあふれている。『東方マネー 2013年夏号』は現在ニコニコ静画にて一部を除き全ページが無料公開されている。

――これはとてもが気合入っていて驚きましたね。当時、販売情報を公開されていたと思いますが、損益分岐点が数千冊でしたっけ……?

五月:
 そうですね。全部売れたら黒字になるからこれでOKみたいな(笑)。

【コラム】東方キャラで投資に向いていそうなのは誰?

情報を「面白い」と思う人は、投資に向いているかもしれない―東方好きと投資

――もう少し、投資の深いところをお聞きできればと思っています。投資で重要な原理原則とは、どのようなことなのでしょうか?

五月:
 最終的には、企業”収益”がもたらす企業価値に収斂していくというのが原則です。

 かつて、PER1000倍【※】で取引されていた超高成長企業だったGoogleとか、MicrosoftとかFacebookとか、今の規模になってくると、PER20倍台の普通の株になるんです。素晴らしい技術を持っているからこの値段だ……ではなくて、この会社はとても成長しているから、“将来”成長したときにこれくらいの企業価値になるだろうっていう期待感で買っているわけです。

 なので、いい会社だから高いとか、テクノロジーがあるから割高でもOKとか勘違いしがちなんですが、自分は今見えている材料が最終的にこの会社の将来に対してどのくらいの収益をもたらすんですか、っていうのを常に考えるんです。

【※】PER:株価が割安か割高かを判断するための指標。株価収益率(Price Earnings Ratio)のこと。一般にPERが高いと利益に比べて株価が割高、低ければ割安。企業の今後の成長期待が高いほど、さらなる株価上昇を期待して株価が高くても買う投資家が出てくるため、PERは高くなる。
(日本証券業協会サイトより抜粋 https://www.jsda.or.jp/jikan/word/116.html

――五月さんは企業情報とか、企業が稼いでいるタネまで分析するんですか?

五月:
 はい、基本的には5年くらい先の売り上げと利益の姿がどうなっているかをイメージして買っていますね。

――集団心理で生まれる不当な価値よりは、この会社が現状こういう価値を持っていて、将来のポテンシャルがあり、それが市場ではこれくらいになる……っていうことを踏まえて、安いと分かると買う、と。

五月:
 人々が意図してバブルを作って間違った値段をつけにいくことに賭けるのも、たしかにひとつの手法なんです。確かにマーケットはそういうことを繰り返しているので、それも正しい手法なんですけど……いつ、どういうところで間違って、どこで終わるのかっていうのは、見えている人には見えているんでしょうけど、僕からするとランダムに感じるんです。

 だけど、会社がこういう事業計画でやっていて、こういう投資計画をやってて、所属している産業がこうだから、計画に沿っていくとこうなっていく……っていうのを当てるっていうのは、再現性が高いと思っているんですよ。長く続けていく、より大きな金額をかけていくためには、再現性の高さに賭けていかないといけないと思っているんです。

 偶然一発当ててお金稼ぐことを数年もやっていけるかっていうのは、生業としてはやっていけないですよ、怖くて。こういう理由で勝ってるから仕事にしているし、この先も稼いでいける、だから家族や従業員の面倒を見れるし、先行投資もできる…っていうのが、再現性が高くないと思い描けないわけです。そこを説明できるようにしながら勝っていくために、今のスタイルになった。

 あと、一時的にマーケットが下落したとしても、真に企業価値があるなら戻ってくるけど、それ以外の何かにかけていると、下がった際に根拠がないので、損切りしたほうがいいかもしれない、と悩まなければいけなくなる。自分はそこを考えるのが苦手なので、というのもあります。

――一般的な人たちにとっては、デイトレーダーのような即時的なものではなく、長期的な資産運用がこれからのスタンダードになると思います。そのような人たちには、どの部分を見ていくと、五月さんの実践されているその状態に近づいていけるのでしょうか。

五月:
 自分の経験ですが、僕自身はデイトレードで言うほど勝てなくて。もっとうまいことやってる人たちが周りにいたんです。

 あるときオフ会に行ったときの話なんですけど、いつも手を出すとコテンパンにやられる銘柄があったんです。それを「この銘柄の株価の動きクセ悪いですよね」と言ったら「負けたことないけどね」ってほかの投資家に言われて。「俺こいつにいつも食われてるんだ……」と気付いたんです。

 で、ここで張り合っちゃいけないなって思いまして、どうにかこうにか、自分でも勝てる場所はないかと考えました。大前提として、個人投資家としてやり続けたいっていうのがあったので、生き残るにはどうしたらいいかを考えたときに、ここが空いていた。野球でもあるじゃないですか。エースで四番にはなれなかったけど、バントを猛練習してそこにしがみついたっていう。そんな感じなんです、変遷としては。

 ここしか空いていなかったっていうのをやり続けていたのと、2005年に証券口座を開いて株をやり始めたときから、たまたま『日本経済新聞』も『会社四季報』も購読していていたんです。それを楽しいと最初からと思っていたんですよね。これについては生まれ持っていたというか。気になるんですよね。この会社が何やっているのか、というのが。

――文字の羅列だけには見えないんですね。

五月:
 チャートだけ見て事業は知らないけど儲かっているというやりかたで勝っている人もウヨウヨいますけど、僕は知りたかったんですよね。事業とか会社とか経済とか。

――波や流行を追うよりも会社を見た投資をしたいと思っている人には、日経新聞や四季報【※】に触れることから始めるといいんでしょうか?

【※】四季報:金融証券の世界においての「四季報」は東洋経済新報社の発行する、投資家のための企業情報誌「会社四季報」を意味する。全上場企業を網羅し、業績予想などの企業データを掲載している。

五月:
 世間ではこのやり方がいいといわれている、とかじゃなくて、自分はこれだから熱中できるっていうほうを選んだほうが勝てますね。自分はどっちが向いているのかなと思ったら、それに従えばいいと思います。

――つまり、五月さんには日経新聞や四季報から入るのが合っていたと。

五月:
 四季報をめくるのは面白いです。世の中にはこういう商売している会社がいるんだっていうのが気付けるので。生活していると、大半のビジネス向け(BtoB)の会社って知らないんですよ。

 だけど、知るようになると、これはあの会社だなっていうのが分かるんですよね。クレーン作ってるのはこの会社だなとか、マンホールの蓋を作ってるのがこの会社とこの会社で独占してて……とか、街の見え方が変わってくるんですよね。生活とつながったりして、そういうのが、知ると面白かったりするんですよ。

――東方のファンたちって、絵とゲームとちょっとした動きから、いろんなことを想像しているんですよね。今の話と、そこがすごく近いなと思っていて。設定を知りたいと思う人は、会社の設定を知りたくなるということなのだなと。「こんなキャラにこんな能力があったんだ」っていう発想の根本と、投資はつながっているかもしれないと思いました。

五月:
 情報を面白いと思った人は、確かに地続きかもしれないですね。間違っていないかもしれない(笑)。

 

「お金をどう使うかというところで自己表現がなされていく」

――最近の五月さんは、コンテンツ投資や、クラウドファンディングの立ち上げなど、株だけじゃない投資に手を広げておられます。それにはどういうきっかけがあったんですか?

五月:
 「なんとか生きるために株で稼がなければならない」みたいなところから、いったんある程度まで資産が到達したときに、そこから思考が少し離れて「流石に自分ひとりの人生だけならもう大丈夫かな」、という段階になりました。

 それからレオス・キャピタルワークスに入り、機関投資家の世界を知って、社長にいろんな世界の起業家を紹介してもらったりして。そこで、“スタートアップ企業に出資する”ということは5000万円、1億円の世界なんだと知りました。その世界だと10億なんて一瞬でなくなってしまうけれど、それによって新しい事業が生まれたりするのは面白いし、ワクワクするなと。それをやりたいなと思ったときに、10億じゃなくて100億、1000億の単位のお金が必要だなと考え始めたんです。

 それで再度、勤め人から独立したんですけど、日本の上場株だけを扱って100億までは行ったけど、500億とか1000億が見えるのか……という疑問が出てきて。自分の才能と照らし合わせたときに、結構きついんじゃないかって発想が湧いてきました。

 であれば、資金という元手はあるので、ほかの投資先を見つけて多角的に振り向けることによって、次のステージを目指していくというやり方はありなんじゃないかと。それで、M&Aのような事業投資を始めていったんです。『WORLD END ECONOMiCA』のアニメ化プロジェクトに関しては、株に対する恩返しの意味がほとんどで、事業ではないですね。

――次のステージにいくための投資としての事業をやり始めたと。

五月:
 お金が増えていっても、自分の手元の中で積み上がっていくだけだと何も変わらないんです。そいつの中に眠っているだけでは。

 結局、そのお金をどう使うかというところである種の自己表現がなされていくと思っていて。昔、使いもしないのにそれ以上増やしてどうするんだってよく言われたけど、本当にその通りだなって自分でも思うようになりました。

 だから、いっぱい稼いで自由に使えるお金というパワーを増大させ、それを、自分たちのより良い社会のありかたのために投じていきたいっていうのが、今のビジョンとしてはあるんです。

――現状、コロナ禍で社会が大きく変わっている中で、社会をよくするための対策というか、ここはいけるんじゃないかとかって注目されているのはどういうところなんですか?

五月:
 普通のビジネス、つまりソロバンをはじいて成り立ちそうなものは、いずれ誰かがやるんですよ。だからそれは市場原理に任せておけばいい。

 そうじゃないところって、本来行政とか政府とかが関与して変えていくところなんですけど、日本のみならず、世界中でそれは大きく期待できないところです。一方で、ビル&メリンダ・ゲイツ財団【※】っていう、たったひとりのお金持ちが運営しているあの会社は、人類はウイルスの脅威に備えるべきだって何年も前から言っていた。僕は目指すならあれだなと思って。今の社会システムからは放置されがちなローカルな問題や社会問題に目を向けるような方向でやっていきたいと思っている。

 どこかに寄付する形だと、最終的にどのように使われたかがよくわからないので、資金をより効率よく使うっていう意味でも自分たちで使っていきたいなと思っていますね。

【※】ビル&メリンダ・ゲイツ財団:マイクロソフト元会長ビル・ゲイツと妻メリンダによって2000年に創設された世界最大の慈善規模団体。「全ての生命の価値は等しい(ALL LIVES HAVE EQUAL VALUE)」との信念のもと、全ての人々が健康で豊かな生活を送るための支援を実施している。
(Wikipedia「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」より引用、抜粋)

――それを今、どこに使いにいくのか、というのは検証しているのですか?

五月:
 漠然と、教育とかですね。国力の基礎である教育があまりにも軽視されていると僕は思っているので、そういうところとかをやっていきたいと思っています。

 じゃあ、ネットでIT教材をつくって月額いくらとか、そういうことでもないと思っているんですね。むしろ、無料で配ってみんなが読んで賢くなって、日本が強くなったらいいじゃないか、みたいな発想があってもいいんじゃないかと思っていて。

 そこで儲けなくてもいいじゃないかっていうところに行きたいと思いつつ、そういうことをやっていくには稼ぐ力が必要で、景気の変動があっても、この事業たちが毎年これくらいのキャッシュを生み出すから先行投資してもOKですよ、従業員やその家族の心配はないですよっていう地盤を今作っている状況ですね。

 

――最後に、いろんなものを作ってきた東方というメディア・コンテンツ・ユーザーに対して、一言いただければ。

五月:
 繰り返しになりますけど、東方Projectというコンテンツに多くの人が勇気付けられて、一歩踏み出す、それによって何か道が開けるっていう経験をしたんじゃないかなと思います。

 東方は真っ白なキャンバスみたいなものだと思ってて、ここにだったら何を描いてもいいんだよ、みたいなものを提示してくれたと思っているんで、ずっと後々までこの方向であってほしいですよね。

――五月さんは、東方の同人誌を作ったことがきっかけでいろいろなことに目が向いて、現在では社会貢献みたいなところまで行こうとしているわけですものね。

五月:
 そうなんですよ。だから、こういう文化が存在していると、いろんな人に可能性とか豊かさがもたらされると思うんです。だから、末永く発展してもらいたいなと思っています。「あのとき(そういう雰囲気が)あったよね」じゃなくて、ずっと続いていてほしいですね。

――本日はありがとうございました。

 

馬主、投資家、同人作家――自身の馬に“東方ネーム”をつける人物「五月」とはいったい何者なのか?(後編)【シリーズ:東方からはじめた人たち。】 おわり