馬主、投資家、同人作家――自身の馬に“東方ネーム”をつける人物「五月」とはいったい何者なのか?(前編)【シリーズ:東方からはじめた人たち。】
投資家、五月氏インタビュー(前編)
今年で25年目を迎える東方Project。その長きにわたる歴史は、さまざまな人の、創作の「はじまり」を見つめてきた。この人、その人も、実はあんな人も? その創作の最初に、実は「東方」が関わっていたりする。
東方我楽多叢誌では今後、【シリーズ:東方からはじめた人たち。】として、現在さまざまな世界で活躍している、そのはじまりに「東方」が関わっている人― 東方からはじめた人たち ―に、その始まりの話や、今の活動について伺ってみることにした。
皆さんは「五月さん」という人をご存知だろうか。
投資に興味がある人は著名な個人投資家として、その名を知っているかもしれない。ある人は『WORLD END ECONOMiCA』(以下、WEE)のアニメ化プロジェクトの仕掛人として名前を見たことがある人もいるだろう。(東方界隈的には、元々WEEは「岸田教団&THE明星ロケッツ」が主題歌を担当している作品で、今回のプロジェクトでも応援ソングを描き下ろしている……と言う話もあったりする)
そして、最近ツイッターで散見される、明らかに東方テイストの名前を冠した競走馬。五月さんは、この競走馬たちにも実は関係がある。
スノーハレーションだけじゃないのね……
同じ匂いしかしねぇよ pic.twitter.com/U8iUnUk1QX
— はぶ (@33habu33) October 10, 2020
この馬たちは”ハクレイファーム”という、五月さんが経営する牧場に所属する競走馬たちなのだ。直近では「インペリシャブル」が黒潮杯で勝利するなど、(競馬は門外漢の筆者からでも)一定の存在感を見せているように見える。
さらにさらに、五月さんは、過去に東方二次創作同人誌も作っていた。『東方マネー』『東方粉飾劇』『うちの社長がダメなんです!』などの“東方×株”の同人誌を発行したり、ニコニコ動画上では株式市場を題材にした人気動画「クソ株ランキング」などを投稿していた。
馬主、投資家、同人作家――さまざまな顔を見せる五月さんだが、中でもとりわけ「東方Project」に対する思い入れがあることを感じざるをえない。だが、その理由が明らかにされている媒体は意外にも見つからなかった。そこで、我々は五月さんと東方Projectの関わりを明らかにするため、都内某所へ向かった――。
文/ゲン
聞き手/斎藤大地・西河紅葉
編集/鈴木梢・西河紅葉
五月(ごがつ):株式会社レッドマジック代表取締役。05年から個人投資家として株式投資を開始し、総資産150億円超を達成。現在は日本株の運用のほか、スタートアップ企業への投資、アパレルやEC関連などの事業も手掛ける。13年に馬主資格を取得、レッドマジック名義でオーナーとして活動する一方、17年には株式会社ハクレイファームを設立してマーケットブリーダーとしての生産販売活動も行っている。
なぜ馬主になり、競走馬に東方ネームをつけたのか
――早速ですが、自己紹介をお願いいたします。
五月:
五月と申します。上場株の運用が本業で、2005年に個人投資家としてのキャリアをスタートしました。その後レオス・キャピタルワークスという投資信託運用の会社でプロの仕事を学び、再度独立して今はレッドマジック【※】の代表として投資事業などをやっているという感じですね。
その他の事業としては、シュバイツェル・インベストメント【※】という子会社でヘッジファンドの運用をしていて、事業会社としては、最近アパレルとか、オンラインのリサイクルショップを取得しました。M&Aで会社を買って、というパターンが最近増えてきていますね。
中央馬主のライセンスを取ったのは2013年で、牧場を事業承継した(前経営者より事業を受け継いだ)のが2017年の夏。ちょうど3年経ったくらいです。
【※】株式会社レッドマジック。その子会社であるシュバイツェル・インベストメントの名前は『WORLD END ECONOMiCA』の作中より拝借したとのこと。
――かなり多角的に事業を行われているんですね。
五月:
そうですね。現在では株の比率は大幅に下がっていて、どれが自分の中でメインかと言われると、どれとも言い難い状態です。競馬は原則リモートで運営していて、北海道に責任者がいて、年に何回か訪問、週毎に電話するといった形で関与しています。
――ではまず競馬の話を伺いたいのですが、そもそもなぜ「ハクレイファーム」という東方を彷彿とさせる名前を生産牧場につけて競馬を始められたんですか?
五月:
JRA(日本中央競馬会)が「不景気の影響で馬主の数が減ってきたので、馬主資格の取得要件を緩和する」といった趣旨のニュースを見たのがきっかけです。それを見て、「今ならデイトレーダーみたいな身分でも馬主になれるんじゃないか?」と、興味本位で電話をかけてみたのがスタートでした。ずっと馬主に憧れていて待望の馬主資格獲得、っていう感じではなかったんです。
――わりと気軽なスタートだったんですね。
五月:
いきなり馬主生活が始まりましたね。「せっかく免許を取得したのだから1頭くらい買いに行こう」ということで馬のセリに行ったのですが、たまたま出会った調教師に勧められてすぐに馬を買うことになり、名前をつけないといけなくなって……という流れで。まったく準備していない状態でした(笑)。
――そこで、東方に関連した名前をつける……という流れが。
五月:
せっかく付けるならありきたりの名前じゃ面白くないなと思ったんです。馬主の資格を最初にとったときは、今から比べるとそんなに資産の規模は大きくなかったので、何頭も買うことは想定していませんでした。一生に何度かっていうことになったら、自分なりの爪痕を残してやろうと。しかも、買った馬が良く走るかどうかも分からないから、名前で自己主張しようと。
自分の馬なので、自分がやってきた中でも好きなフレーズや思い入れのあるものの名前をつけたいなと思い、そのときに僕の中で大きな存在だった東方Projectから拝借しました。一番最初は「デザイアドライブ」という名前をもらって名付けました。
――ハクレイファームで生産した馬たちの、今後の構想などはありますか?
五月:
クラブを持っているわけではないので、どんな方針で育成するかは買っていただいた方々の裁量に委ねられるんですね。そういった意味ではなるべくいい人に買ってもらい、いいジョッキーに走ってもらいたいというのはあります。そのためにも研究を続けて、トレンドに沿った血統なども意識して、儲けたらもっといい種馬をつけて……とサイクルを回していきたいですね。
ゆくゆくはハクレイファームの名前でG1を取りたいとは思います。
――なるほど。やはり東方ファンとしては、東方の名前がついた馬が勝って欲しいと思うので。
五月:
そうですね。馬も走っている以上、応援されたいはずで。名前をきっかけに気にしてくれる人もいるわけじゃないですか。僕はそれが大事なことだと思うし、若い人が競馬に興味を持つきっかけになったら面白いと思いますね。
東方は普通の人間に創作のきっかけを与えてくれた
――五月さんが馬主になるまで、という話を伺いました。では、なぜ競走馬の名前として「東方」が候補に上がったのでしょうか?
五月:
僕が初めて創作みたいなことをやったのはニコニコ動画でして。2007年に投稿して、2010年くらいまでに8本くらい株関連の動画を出したのかな。
五月:
あのとき、二次創作というか、素人が物作りして世に出すということが流行っていました。「動画とかを出すのは技術があって面白い人の専売特許だ」と思われていたときに、その壁を壊してくれたのが東方Projectだったと思っていて。「普通の人でも自分のやりたいことをやっていいんですよ」と、場を与えてくれたような気がしていました。
あのころ、自分は下手だからやっちゃいけないと思っていたものを、東方にチャレンジさせてもらった人って、私以外もたくさんいたんじゃないかなと思うんですね。
普通に考えたら、素人が稚拙なものを作って、出して、誰が読んでくれるんだろうとか尻込みするんですけど、みんな乗っかってやってるし、自分もやってみようと。今でももちろん感謝してるんですけど、あのときのムーブメントがなかったら、動画は作らなかったと思います。
そんな空気を作ってくれたおかげで動画を出し、同人誌を出し……それが、結構周りの人に評価してもらえた。
――年齢に関わらず、ニコニコ動画で、東方で、初めて何かを作って世に発表しようと思ったという人は、当時本当に多かったと思います。五月さんは、なぜ株を題材にしようと?
五月:
自分が株をやってきて、人に与えられるコンテンツがそれしかなかったので。それが受け入れられて、それがある種、承認されたというか。
家に籠もってトレードだけやってるのって、孤独なんです。上手いトレードをやっても口座のお金が増えるだけで、誰に認められるわけでもないし、仕事だったら褒められるかもしれないんですが、個人だとそういうのがまったくない。ただただ自分のお金を増やすっていうことをやっていくと、心が乾いていく感覚がありました。これは個人投資家に共通していることのような気がしています。
そういった生活での承認の渇望みたいなものをぶつけたときに、認めてもらえたっていうのが、心のバランスを整えてくれたというか、自信になりました。そこから人の縁も広がって行きました。仕事につながっていった例もあります。
――何かを作ることが、真の意味で癒しになっていたんですね。
五月:
東方を知って、創作活動をやってみて、世に出したことによって、人生が大きく変わったんじゃないかなと。その出逢いに感謝している部分がありました。
一時期は原作ゲームも相当やりましたしね。東方との出会いは、確か2004年とか。永夜抄とかじゃないかなぁ。地霊殿・星蓮船くらいまでは原作をプレイしていました。音楽も好きだったし、本とかも買いましたし……。ゲームの中で付ける名前が東方関連のものに変わって行きました。
中学3年くらいで『ダビスタ』【※】をはじめて、ダビスタ3から98までやったと思うんですけど、高校生になってからは、プレイするのが『ウイニングポスト』【※】に変わったんですね。『ウイニングポスト』は今でもたまにやるゲームなんですが、なかなかオーナーシミュレーションとしては優れているなって。リアルな馬主になって実感することがあるんですね。
【※】ダビスタ(ダービースタリオン):1991年にアスキーから発売された『ベスト競馬・ダービースタリオン』をはじめとした、競馬シミュレーションゲームのシリーズ。競馬シミュレーションゲームの草分け的存在。2020年12月3日に最新作がNintendo Switch™で発売された。
【※】ウイニングポスト:コーエーテクモゲームスから発売されている競馬を題材としたシミュレーションゲームのシリーズ。2020年現在、第14作の『ウイニングポスト9』までが発売されている。
――実際の馬主になってわかるリアルさが『ウイニングポスト』にはあると。
五月:
『ダビスタ』はファンタジーなので、めちゃめちゃなプレイをしてもG1で勝つこともあるんですけど、そういうことが『ウイニングポスト』ではないんですよね。僕はそのリアルさがいいと思ってるんですけど(笑)。
『ウイニングポスト』ではずっと、牧場名として「ハクレイファーム」という名前を使っていたんです。そこから(牧場を事業承継する際に)いざ牧場の名前を決めましょうってなったときに、前のオーナーから「名前は変えてくれ」と言われていたので、何か名前を付けなければいけなかった。どうしようかと考えたときに、ゲーム内で使ってた「ハクレイファーム」を思い出したんです。
ゲームでずっと使い続けてきた名前だし、ファンタジーが現実に来たっていうのもそれはそれで面白いんじゃないかっていうことで、「ハクレイファーム」に決めました。
コラム:本格的な馬主になったのは「負けるにしても正しい負け方をしたかった」から
本日はここまで。後編では、“東方×株”の同人誌が生まれた理由、東方キャラで投資に向いていそうなのは誰?といった話や、五月さんが株式市場以外への投資も始めることとなったきっかけについて伺っています。次回もお楽しみに。
馬主、投資家、同人作家――自身の馬に“東方ネーム”をつける人物「五月」とはいったい何者なのか?(前編)【シリーズ:東方からはじめた人たち。】 おわり